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リアクション
今日の日を楽しめ
何者かにスコアボードのチーム名が『りゅう』『とら』とひらがなに書き換えられた一回オモテの終わり頃。
とらチームの選手として【瞑須暴瑠】に出場するブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)のパートナーの橘 舞(たちばな・まい)は、選手達にタオルや程よく冷えたドリンクを渡して、この後守備につく彼らを励ましていた。
舞はキャッチャーミットの調整をしている夢野 久(ゆめの・ひさし)にもタオルとドリンクを差し出す。
「どうぞ、久さん」
「お、サンキュ」
手を止めて受け取った久は、そういえば、と舞に話しかける。
「おまえは試合に出ないのか?」
「私ではたぶんついていけないわ。野球とは少し違うみたいだもの」
百合園の生徒らしい優しい雰囲気の舞だが、部活は野球部だったりする。実は、知らない間にブリジットが入部届けを出していたのだ。
そうか、と頷いた久に、舞は「がんばってね」と応援の言葉をおくった。
そして攻守交替となった一回ウラ。
ベンチに戻ってきたりゅうチームの選手達を七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が出迎えた。
歩は始めは優梨子と共に観戦していたのだが、ナガンが倒されるとすぐにりゅうチームのベンチに駆けつけ、手当てをしていたのだ。
ナガンの治療もほぼ終わり、歩はクーラーボックスから冷たいドリンクを手渡していった。
「みんな、いいプレーだったよ。守備もがんばってね」
「それはいいんだけどさ、あっちのチーム、ちょっと人数足りてないんじゃない?」
半分くらいを一気に飲んだ円が、とらチームのベンチを指差しながら言った。
しかし、歩はクスクスと笑みを返す。
「こんなこともあるかなって思ってね、特別ゲストを呼んだんですよ! ……来てくれるかわからないけど」
「誰?」
「ドージェさん!」
ええーっ!? と、ベンチから物凄い驚きの声が上がった。
似たようなことがりゅうチームでも起こっていた。
せっかくみんなで集まるのだから、と旧生徒会書記でS級四天王のガイアを竜司が、横山ミツエ(よこやま・みつえ)をひながそれぞれ連絡を取っていたのだ。
ガイアとミツエは来るかもしれないが、ドージェはどうなんだろうとざわついていると。
「暑いわねー! 野球やってるのってここ? ひなはいるの?」
暑さに顔をしかめながらミツエがホームベースのあたりに立っていた。
さらに。
観客席から大きな驚きが沸いた。
百メートルを超す巨体のティターン一族の長であるガイアがいたからだ。
旧生徒会として、ミツエと敵対していた頃に負った傷も癒えたようで元気そうだ。
二人を呼んだ竜司とひなはもちろん、知っている者も知らない者もベンチから出てきた。
「ミツエ、よく来てくれたですっ」
「そりゃあね……でも、ちょっと挨拶に来ただけよ。ひなもみんなも元気そうな顔見れたし、試合の邪魔しちゃ悪いからもう帰るわ」
暑いし、と小さく付け加えたのをひなは聞き逃さず、クスッと笑う。
そして、その笑みに悪戯っぽさを加えて言った。
「ミツエにはサードの守備についてもらうですよー。人が足りなくて困ってました」
「えっ!? まさかそのつもりで呼んだわけ?」
「ンフフフフ」
ニコニコするだけのひなに、ミツエは天を仰ぎ……諦めた。
「いいわよ、やってやろうじゃない。サードは抜かせないから! さあ、グラブをちょうだい」
ヤケクソ気味に言い放ったミツエの近くでは、竜司とガイアが再会を喜び合っていた。
「もうすっかり元気だな。いつか約束した野球、一緒にやろうぜ! レフト、守ってくれるか?」
「もちろんだ。本当に約束を果たせる日が来るとは思わなかったな」
大好きな野球をやれることに嬉しさを素直に表すガイアだったが、竜司はその笑顔に小さな翳りを見た。
竜司がそのことを尋ねようとした時、試合開始となり聞けずじまいだった。
その頃、球場の隅っこでは。
「これ、帝世羅さんからです」
湯島 茜(ゆしま・あかね)が球審の浅葱翡翠に綺麗にラッピングされた『ティセラの義理チョコ』を渡していた。
翡翠は反射的に手を伸ばしながら怪訝な顔をする。
茜は素早く周囲をうかがうと、翡翠に身を寄せて囁いた。
「これからのりゅうチームの攻撃の判定……頼めますか?」
その言葉の裏の意味に気づいた翡翠は、ギョッとしてチョコに伸ばしていた手を引っ込めた。
「だ、ダメですよ、そんなの……審判は神様だと聞きました。いけません……」
「神様、ちょっとだけあたし達に味方してくれないかなぁ?」
「そ、そんなかわいいフリしたってダメです……っ」
「じゃあ、ちょっとだけとらチームに厳しい判定を……」
「同じですから、それ!」
慌てながらも拒否した翡翠に、茜は唇を尖らせた。
偶然、それを遠目に見てしまったパラ実生は、告白タイムと勘違いしてひどく羨ましがったとか何とか。
気持ちを切り替えてマウンドに立った竜司は、バッターボックスに鬼崎 朔を迎えた。
一回オモテで竜司のホームラン級の当たりをフライにした相手だ。
打席でも何をしてくるかわからない、油断ならない選手である。
真剣に試合に望む朔の姿勢に、竜司も応えるように封印解凍をしていく。
キャッチャーの久も気合を入れて構えた。
経験があると言うだけあり、竜司の投球フォームはしっかりしていた。
そこから繰り出される剛速球は、空を切り裂くように走りミットに吸い込まれていった。
と、思った瞬間、ボールの勢いを受け止め切れなかった久が、球審の浅葱翡翠もろとも吹っ飛ばされて地面を転がった。
それでもボールをこぼさなかったのは、さすがいつも最前線で戦うだけの気概の持ち主と言うべきか。
朔はその一球を見て、ますます闘志を燃やした。
竜司もそれを感じたのか、好戦的な笑みを浮かべる。
「まだまだ、こんなもんじゃないぜェ!」
次の球もど真ん中のストライク。
一球目よりも力が入っていたのか、久はさらに派手にぶっ飛ばされたが、今度は翡翠はヒラリとかわした。
それでも久はミットからボールをこぼさない。
二球ツーストライクで彼はすでにボロボロだ。
事情を知らない人が見たら、集団リンチにでもあったのかと思うだろう。
朔はそれには一切かまわず、ボールにのみ集中していた。
追い込まれた彼女はアボミネーションで竜司に恐怖を飛ばす。
一瞬息を飲んだ竜司だが、すぐに目つきを鋭くして朔を睨み返した。
それならば、とすぐさま次の手を用意する朔。
竜司の球は、次もストライクゾーン内に投げ込んできた。
朔のバットが反応する。
そして、インパクトの瞬間、アルティマ・トゥーレで振りぬく。
凍りついた打球は、しかしピッチャーライナーだった。
竜司の腕がピリッと痺れる。
朔はムスッとした顔でベンチに戻っていった。
使い物にならなくなったボールを交換し、わずかに凍りついたグラブの氷を払うと、二番のスティリアム・ルシフェルを迎える。
竜司の片眉がピクリと動く。
スティリアムはバントの構えをしているが、問題はそこではない。
彼女の身長は133センチ。
ストライクゾーンが狭かった。
(※打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、膝頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間である五角柱のこと)
ストライクを一つ取ったものの、余計な力みが入ったのか四球でスティリアムは出塁した。
彼女はそこで安心せず、盗塁を狙っている。
三番は鬼道院 理香子(きどういん・りかこ)。
彼女はセンターの百々目鬼迅のいとこである。
理香子はそのいとこに誘われて野球に参加したわけだが、チームが別れたからかもともとの迅の性格なのか、非常に淡白な反応しかもらっていない。
だから、バッターボックスに立つ前にセンターに向かって叫んだ。
「おーい迅にぃ! いとこと敵対関係になってもリアクション0(ゼロ)なんですかー!?」
迅は数回手を振ってきた。
「どういう意味かわかんないっての」
小さくこぼしてバッターボックスに入った。
そこで目を閉じ、精神統一した理香子が取った構えは独特のものだった。
きっと剛速球で勝負に来る。
理香子はそう睨んでいた。
その読みは当たり、もう何度も久にダメージを与え続けている超攻撃的な投球が来た。
「これが──『傾奇打ち』だよ!」
英霊のパートナーの力を乗せた必殺打法は、見事にストレート球をとらえた。
しかし、球はかなり重く、思ったほど飛距離は出なかった。
それでも四球以外で初めてのセンター頭上を越えたヒットである。
気を抜くことをしなかったスティリアムはすかさず走って二塁を取り、理香子も一塁に間に合えと全力で走る。
塁審の九条 葱はその迫力に圧倒され、
「ヒャァ〜」
と、か細い悲鳴を上げた。
涙目になりながらもセーフと判定を下したのは、塁審を引き受けたことへの責任感か意地か。
悪くないのに罪悪感を覚えてしまうような怯えようだった。
それを目撃した二塁塁審の九条蒲公英が、突如、持ち場を離れて理香子に詰め寄った。
何事かと目を丸くする理香子に、
「そこの腐れ打者! 葱を泣かせるんじゃない! 蹴り飛ばすわよ!?」
「それってあたしのこと!?」
あまりな言われように理香子の眉も吊り上がる。
何だ何だと周りの選手達も集まってきた。
そして、本来なら真っ先に止めに入らなければならない人物の一人、三塁塁審のスワン・クリスタリアは呆気に取られて見ていた。
「呆けてる場合じゃないよ、止めないとっ」
私がしっかりしなくっちゃ、と我に返ったスワンが駆け出した。
彼女とほぼ同時にシュバルツ・ダークエデンとひなも駆けつけ、仲裁に入っていく。
三人がかりで危うく乱闘になる直前で止めて、試合再開となった。
四番は【栄光の波羅蜜多タイタンズナイン】の一人、ラルク・クローディスだ。
彼は理香子の様子からヒロイックアサルトだけでは竜司の球威に対抗するのは難しいかもしれない、と考えた。
「それなら──」
と、さらにドラゴンアーツも加える。
「俺は、去年よりも筋肉を鍛えた……一筋縄じゃいかねぇぜ」
「フン、大学でガリ勉してたんじゃねぇのかよォ!」
「脳みそも鍛えてたんだよ──ッラァ!」
ラルクはもとはパラ実生だ。
そして、竜司の鉛のように重い球を、いい音と共に打ち返した。
りゅうチームの応援客から歓声が沸きあがる。
と、その歓声はすぐ後にとらチームのものに変わった。
運悪くレフト方向に飛んでしまったのだ。
打球の向きを調整できるほど余裕のある球ではなかったということだった。
そこは、ガイアの守る場所。
百メートル超の巨体の鉄壁の守備に捕まってしまった。
「……残念」
その巨体さえ越える打球にならなかったことを惜しむラルクだった。
ふと、彼は竜司がグラブを外して手を開いたり閉じたりしている様子に気づいた。
「どうしたぁ!」
「うむ……」
ラルクが駆け寄ると、ベンチからひなも出てきた。
二人で竜司の手を見た瞬間、うわっ、と声をあげる。
手のひらが火傷をしたように真っ赤になっていた。
思い当たるのは朔の打球であった。
「交代ですねー。キャッチャーも」
告げたひなに振り向けば、久が瀕死状態に追い込まれていた。
いつからだったのか、誰も知らない。
普通にボールを受けていたからだ。
その根性に誰もが脱帽した。
ピッチャーは七瀬 巡(ななせ・めぐる)に、キャッチャーはナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)に代わった。
実は、スコアボードのチーム名をひらがなに書き換えたのは、この巡である。
ナリュキはそれまでファーストを守っていたが、移動したのでそこはセカンドのブリジットが兼任となった。
その様子を、復活したナガン ウェルロッドがベンチで眺めていた時、学校見学でまわっているのだろう熾月瑛菜とアテナ・リネア達を見つけた。
「新入生の飛び入りかァ!? どうせなら打ってけよ!」
大声で呼びかけると、瑛菜はびっくりしたのか目を丸くして聞き返してきた。
「見学に来ただけなんだけどー!」
「バット持ってかァ?」
「いや、これは……」
「おーい、代打よろしくー!」
お互いもっと近づいて会話すればいいのに、ナガンはベンチのまま、瑛菜はやや離れたところで立ち止まったままで話し続け、最終的には代打出場を決められてしまった。
戸惑う瑛菜の背をアテナがそっと押す。
「行ってきなよ。ガツンとホームランを」
そんなわけで流されるままバッターボックスに立った瑛菜を迎えた巡は、ぐるぐると腕を回しながらペロッと唇を舐めた。
「新入生でも思いっきりいくよー!」
瑛菜も真剣になってバットを構えた時、後ろのほうから妙にいやらしい囁きが聞こえてきた。
「にひひ、ローアングルからバッチリ見えるにゃよ」
「!?」
反射的にスカートの裾を押さえる瑛菜。
同時にナリュキのミットが鳴る。
「ストライーク!」
「えっ、ちょっと今のは……!」
瑛菜は抗議しかけたが球審の翡翠は取り合わなかった。
納得しないまま瑛菜は再び構える。
ナリュキの行動に巡も戸惑っていた。
スキル封じに忘却の槍をチクッとやってよ〜、とお願いした覚えはあるが、まさかそれを使わず自らの手で相手の気を乱してスキルを使わせないようにするとは思っていなかったのだ。
「ま、いいかー」
巡はあっさり流すと、今度は何を投げようかなと考えた。
巡が投げるボールを見極めてやろうと集中する瑛菜のお尻のあたりを何かが撫でた、いや揉んだ。
飛び跳ねるようにして驚いた瑛菜が振り回したバットに球が当たり、それは意外な速さで飛んだ。
その先にいたのはファースト兼セカンドのブリジット。
彼女の手前で打球はバウンドし──。
あっ、ととらチームから声が上がる。
急にバウンドが変わったのだ。地面に凹凸があったのか。
抜かれる、と思われたが、ブリジットは懸命に飛びつき、ボールをグラブに収めた。
そして、ベースカバーに入っていた巡にほぼ仰向けの姿勢から素早く送球する。
無理な姿勢からの送球は、下手すればとんでもないところへボールを飛ばしてしまうのだが、ブリジットは実に正確に巡のグラブに投げた。
瑛菜も懸命に走ったが、ブリジットのファインプレーには適わなかった。
スタンドから歓声と拍手が送られた。
ブリジットはそれを浴びながら作戦がうまくいったことにうっすらと笑む。
バウンドが変わったように見えたのは、彼女のサイコキネシスによるものだ。
つまり、計算された好プレーだったのだ。
何でわざわざこのようなことをするのか?
答えは簡単。
ブリジットは野球の醍醐味は華麗なファインプレーだと思っている。そして彼女は自分が目立ちたい人。
そういうことだ。
ツーアウト二塁三塁で、桐生円の打順となった。
その円にも、ナリュキの魔の手と囁きがのびる。
「とりぷるAはどんな心地かにゃ〜」
もうほとんどキャッチャーの仕事を無視して、円の胸を狙う手。
「ここの二個のボールを育ててやるのも良いニョギァ〜!」
実に何気ない顔で、円は目一杯スイングした。
ボールを打ちにいったんだ、と後で本人は言っていたが、バットは見事にナリュキをぶっ飛ばしていた。
「た、退場! どっちも退場です!」
目の前でこれらのやり取りを見せ付けられていた翡翠が、頬を赤くしながら八つ当たり気味に円とナリュキに退場を言い渡した。
理由は打撃妨害に守備妨害……ということにしておく。
乱れた息を整えた時、ふと翡翠は気づいた。
とらチームのキャッチャーがいなくなってしまった。
辺りを見回した彼の目は、七瀬 歩を捉えた。
「あ、あたし〜!?」
ピッチャーの巡のパートナーだからという理由で、急遽キャッチャーミットを持たされる歩。
戸惑うままにポジションについた時、突然スタンドが爆発したように沸いた。誰もが同じほうを見ている。
そこにいたのは、波羅蜜多実業高等学校総長ドージェ・カイラスだった。
ポカンとドージェを見ていた巡は、思わぬ機会に体の芯から震えるような喜びを覚えた。
「よぉし、やるよぅ!」
ゆっくりとバッターボックスに立ったドージェに、巡が構えた時、
「待った!」
と、三人の誰かの声が重なった。
ナガン、ミューレリア・ラングウェイ、竜司の三人だ。
彼らの言いたいことなど聞かなくてもわかる。
自分にも投げさせろ、だ。
マウンドに集まり、投げる順番を決めようとする四人に、ドージェの肩に乗っていたマレーナ・サエフからこんな言葉をかけられた。
「四人同時にどうぞ……だそうですわ」
それはドージェの意を伝えた言葉だった。
とんでもない挑発とも取れる。
四人は顔を見合わせ──その挑発に乗った。
横一列に並んだ彼らは、それぞれの最高の球で挑む。
スタンドは静まり返り、総立ちで勝負の行方を見守っている。
キャッチャーがいないとか、どうでもよかった。
息を合わせたように、四人の手から渾身の一球が放たれた。
ドージェのバットが反応する。
あっ、と思った時には四つの球がガイアのはるか頭上を越えて空に消えていったところだった。
それを見送ったドージェは、ゆっくりとグラウンドを一周した。
ホームベースを踏んだ彼は、特に振り向くこともしないまま、
「邪魔したな」
と、だけ残してまたどこかへ去っていってしまった。
その背に、拳を握り締めたミツエが勝ち誇ったように言う。
「──見つけたわ、ドージェ打法の弱点!」
しかし、ここで問題が起こった。
いったい何点の得点になるのか、だ。
塁に二人いてのホームランだから三点なのか、ボールは四つだったのだからホームラン四回分と数えて六点なのか。
三点と六点ではまるで違う。
ひなとシュバルツはお互い譲らず言い合い、選手達もそれぞれの意見を言い始める。
そしてスタンドでは、いよいよ自分達の出番だ、と気が昂ぶっていく一団がいた。
藤原優梨子とお友達の首狩族に馬賊の皆さんだ。
今か今かとチャンスを伺っていた彼らは、もう我慢の限界だった。ドージェを見た時点で飛び出していってもおかしくなかったのだ。
誰からともなく雄叫びをあげ、【首狩り上等!】や【魅那悟魯死】と書かれた旗指物を地面から抜くと、グラウンドに雪崩れ込んでいった。
どちらかが得点した時点で彼らの中で勝負は決まっていたのだ。
狙われたのは得点したとらチームだったが、乱闘になってしまえば見分けがつくわけもなく、
「勇敢な選手達の首をこの手に!」
という物騒な流れになっていた。
さっさと逃げる者もいれば、バットで応戦する者もいた。
それがますます乱入者達の戦闘意欲を煽っていく。
また、他のパラ実生達の中にも、何だかわからんが参戦しちまえ、と乱闘に加わる者もおり、もはや収拾のつけようもなくなっていた。
結果、選手も審判も乱入者も等しく地面に伸びることとなった。
瑛菜とアテナをいち早く避難させた橘 舞は、ふと屍(死んではいないが)の中にたった一人立っている人物を見つけた。
その姿を見れば、誰かなど聞かなくてもわかる。
今日のメンバーの中でもっとも重装備のロザリンド・セリナだ。
彼女は武器を出すでもなく、守備位置のショートでグラブを構えていた。
「何か、変じゃない?」
瑛菜の台詞はもっともで、舞が様子を見に出ると瑛菜とアテナも続いた。
おそるおそるパワードマスクを外すと。
「失神してる!」
「この炎天下でずっとフル装備だったから、熱がこもっちゃったんだよ!」
「大変! 早く手当てしないと! 二人とも、運ぶの手伝って!」
驚くアテナに原因を推理する瑛菜、手当てを急ぐ舞。
周りの惨状などまるで眼中になく、三人はロザリンドをベンチに運びこむのだった。
こうして、試合を続けられる者が誰もいなくなったため、今日の【瞑須暴瑠】は終了した。