リアクション
◇ 横を走り抜けた団体を縫う様に駆け出し、最初に動いたのは詩穂だった。 子ドラゴンの正面で急停止して、一拍停止。腕を交差して構えを取ると、笑顔で顎を殴りつける。 鈍い音が響いて子ドラゴンの頭が少しだけ動いたが、直ぐに体勢を立て直して喉元を膨らませると、裂けんばかりに口を開いて炎を吐き出す。 吐きかけられた炎をサイドステップで避け、身を焦がす炎の温度を肌で楽しむ。 「心頭滅却すれば――」 「火もまた涼し、じゃ。が、ちぃと熱いわ」 身を屈めて横に回り込んだ詩穂に子ドラゴンが翼を振り上げる。 その瞬間に、詩穂は顔に不適な笑みを浮かべた。 「表面は鱗で硬いけど、腋が硬かったら腕が動かないでしょ〜?」 短く吐いた呼吸と共に、左腕から強烈な闘気を放つ。 打ち据えられた翼が完全に上がったのを確認した瞬間に、引いていた右手を風の速度で突き入れる。 素早く引き抜いた傷口から鮮血がほとばしり、短い泣き声と共に子ドラゴンが転倒した。 追撃を入れようとした瞬間倒れこんだ子ドラゴンの背後から爪が飛び出す! 突然視界に飛び込んできた爪を寸での所で避けた先には、倒れた子ドラゴンの上に追い被さる様にして、もう一匹の子ドラゴンが牙を剥いていた。 翼に付いている爪で地面を抉ると、勢いを利用して詩穂へ接近。崩れ込む形で爪を走らせる。 「!」 目の前に迫る爪を迎撃しようとするが、一手遅い。 しかし、その爪は詩穂に届く前にウィングの刀によって防がれた。刃と爪が擦れ合って耳障りな音が鳴る。 体重で押し切ろうとする子ドラゴンを刀の流れに沿って往なすと翼を踏み、爬虫類のような瞳に向かって刀を突き出す。 繰り出された刀を牙で器用に受けると、子ドラゴンは顎を開いて喉を鳴らした。 開かれた口の奥から炎が溢れだしてくるのが見えると、ウィングは身を引いて洞窟の壁面を利用して跳躍。 炎を吐き出そうとする子ドラゴンの翼に、炎を纏わせた刀を突き立て、地面に縫い止める。続けて引き抜いた刀から冷気を放とうとするウィングを転倒していた子ドラゴンが蹴り飛ばす。 衝撃で突き刺していた刀が翼から抜け、刺されていた子ドラゴンは怒りに任せてウィングに向かって炎を吐き出した。 うねる様に伸びる炎がウィングに向かう中、全ての炎を吐ききる前に子ドラゴンの頬に一本の刀が突き立てられる。 硬い音を立てて、皮膚に刺さる刀を持っていたのはトライブだった。刀を握らない方の手を子ドラゴンの皮膚に当て、集中。 「熱くなるなよ! クールにいこうぜ」 掌から広がるように子ドラゴンの皮膚が凍り付いていく。僅かに動きを止められたが、もう一匹の子ドラゴンが体当たりをして凍結した身体に纏わり付いた氷術を砕く。 首を振り、小さく炎を吐き出すと飛び散った氷の欠片があっという間に蒸発した。 ◇ 初撃の効果はそこそこあった様で、子ドラゴンたちは接近戦を捨て、炎を使った遠距離からの攻撃に切り替えてきた。 狭くはないとはいえ、仮にもドラゴンの子供が二匹並んでいる状況も手伝って攻めきれない。 決して動きが素早いわけではないので、回避は出来るが容易というわけではない中、決定的な打撃が与えられるわけでもなく、時間と体力が奪われていく。 人数では上を行っているが、攻撃の最中にもう1匹がフォローに入るので各個撃破に集中できないのも原因だった。 (さぁて、どうしたもんかね) 飛び交う炎を、氷術を利用して緩和しながら捌いてトライブが思案する。 その時――ふ、と人影が視線の隅に映った。 「随分と騒がしいと思ったら、楽しそうなことしてますね?」 悠々とした笑顔で現れたのは、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)だった。 「きゃはは、アルコリア。天使を呼んで? 戦の女神を呼んで?」 アルコリアの後ろから朗らかな笑い声で現れたラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が、その身を鎧へと変えていく。 依然、吐き出され続ける炎に照らされた戦闘陣営が、一瞬だけ視線を絡ませた。 合図も無い。作戦も無い。ただ状況を変化し得る『何か』を感じて、その場の全員が動きだす! 「いざ、参る…!」 アルコリアの横からシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が疾走。 吐き出される炎のギリギリまで接近してブースターを起動して軌道を変えながら子ドラゴンの横に付いて、挨拶代わりとばかりに槍の石突きで腹部を狙う。 岩に金属を打ち付けるような音が洞窟内に響くと子ドラゴンの体勢が傾いた。 「硬い……ッ!」 攻撃の反動を地面に当てた槍で軽減しながら下がるシーマの横から、詩穂が子ドラゴンの翼を掴んで跳躍し、肩口に龍の波動を打ち込む。 首をしならせて詩穂に炎を放とうとする子ドラゴンの頭上に、壁面を利用して跳躍をしていたウィングが迫る。 そしてそのまま、牙を剥こうとする子ドラゴンの眼球に、体重を乗せた刀を押し込んだ。 突き刺した刀を抉りながら引き抜こうとするウィングに、もう1匹の子ドラゴンが口を開いて炎を吐こうとするが、その口の中にトライブが手持ちのプラスティック爆弾を放り投げる。 口内で炸裂した爆薬に、子ドラゴンは口から黒い煙を上げて低い声で鳴いた。 「美味いか? それ食って大人しくしとけ!」 体内で爆発が起きても吹き飛ばない身体を見て、額に汗を浮かべながらもトライブが吐き捨てる。 「一気に畳み掛けるっ!」 潰された眼球から血を流し、苦悶の表情を浮かべて身をよじらせる子ドラゴンに向かって、シーマが再度ブーストを発動。 加速を乗せたまま、波動を打ち込まれた子ドラゴンの肩口に槍を突き立て、得物を刺したまま抜かずに通過した。 「ナコト! アル! 今だ!!」 岩を削りながらブーストの勢いを減らしてシーマが叫ぶ。 「魔銃より放たれし力よ、美徳の槍に雷を注げ!!」 間髪入れずにナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、青白い雷光を振り注がせる。 子ドラゴンの頭上で展開された雷光は空気中を不規則に走りながら、シーマの突き刺した槍へと向かって収束。傷口から体内を焦がし続ける。 瞬間。瞬きも受け付けない速度でアルコリアが二対のレーザーガトリングを構えた。急激な身体の利用に腕からは不吉な音が響くが、強引に標準を合わせる。 「獰猛な竜に勝利する女神よ、赤き翼の加持を!」 叫びながら放たれたのは、数えられない程のレーザー。その殆どが狙い済まされたように、雷光が焼き焦がした肉を貫き飛ばす。 ゆっくりと、鳴くこともせずに子ドラゴンが地面に沈んでいく。 「ふふ……勝ち、ですね」 笑顔を浮かべて、アルコリアが膝を着く。人が動ける速度を一瞬とはいえ超えた代償が、身体に痛みとなって走る。 その場にいた全員が、倒れそうなアルコリアを支えようと足を出した瞬間、洞窟内が炎に包まれた。 残っていた子ドラゴンが目を見開きながら、四方八方に炎を撒き散らしたのだ。もはや狙いも何も無く、ただ怒りだけが瞳に映っている。 これまで吐き出していた炎より、更に密度を濃くしたような烈火を吐きながら翼を広げ、巻き起こした風で炎を更に大きなものにしていく。 相殺、緩和を許さない温度の炎を放つ子ドラゴンに皆が下がる。 その時、甲高い鳴き声を上げながらアルコリアへ口を開く子ドラゴンの頭部に、拳大の石が当たって砕けた。 傷さえ付かなかったが、鬱陶しさは感じた様で、投石の主へ瞳を向ける。 真っ直ぐとその視線を受けるのは、ローザマリアだった。 次の瞬間、子ドラゴンの瞳に鈍い光が宿り、不意に首を持ち上げたかと思うと、洞窟の奥へ視線を向ける。 実際には何も無い暗がりに、『マグマが押し寄せてくる光景』が『子ドラゴンの瞳にだけ』映し出された。 突然の事に混乱する子ドラゴンの後ろに、急速に接近したローザマリアが踏み込む。続けて、妄執に囚われる子ドラゴンの胴体に向けて拳を振り抜いた。 衝撃と痛みが子ドラゴンの身体を通り抜け、本能的な危機感からか、慌しく翼を壁面に打ちつけながら外に向かって走り出していく。 (……少し予定とは違うけど、良しとしましょうか) 若干痛む拳を振りながら、ローザマリアはアルコリア達に向かって歩み寄っていった。 ――洞窟出口付近。 巣穴から走り続けて肩で息をしていたメンバー達も、呼吸が整い始めた頃。 洞窟の奥から、低い唸り声と岩が削れる音が聞こえてきた。現れたのは、巣穴で出会った子ドラゴン。 何かに追われる様に時々後ろを振り返って、必死に走っている。 やがて警戒する一同に気が付くと、何度か後ろを見てから、威嚇するように甲高く一鳴きして走り抜けていった。 「……何?」 誰ともなしに呟いたその言葉は、尾を振りながら走る子ドラゴンを見る全員の意見を代弁したものだった。 ◇ 洞窟の入り口から数メートルの場所で、神代 明日香(かみしろ・あすか)は何故か小さなドラゴンと正面から対峙していた。 (話に聞いてたよりは小さいけど……これもドラゴン、ですよねぇ) 明日香が困惑していると、何かを振りほどくようにかぶりを振った後に突然、炎を吐いた。 状況がつかめなかったが、ひとまず急襲を避けるために後ろに飛ぶ。 立ち塞がっていた明日香が退いたのを見た子ドラゴンが翼を広げて数度羽ばたくと、その身体が浮いた。 「元々外に出てもらおうと思っていたのでぇ、そのままでもいいんですけど……」 洞窟から飛び立とうとする子ドラゴンに向けて、ステッキを向けると氷の嵐を巻き起こす。 放たれたその攻撃に、飛翔を始めていた子ドラゴンが地面に足を着く。 「ちょっと弱ってくださいね」 鱗の間に氷が刺さったままなのも構わずに、子ドラゴンは洞窟の外に向かって弱弱しく飛び出した。 大きく翼を広げて、洞窟から空に飛び立とうとする子ドラゴンを、快晴の空の下にも関わらず稲妻が貫いた。 洞窟の入り口近くの岩場からエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が放ったものだったが、完全に死角からの攻撃だった為、子ドラゴンは何が起きているのかわからない様子だ。 「後は頼みますね、皆様」 半ば落下するように滑空しながら遠ざかる子ドラゴンの向こうに、待機しているイコン達を見ながら、エシクは小さく呟いた。 |
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