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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
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■亡霊艇の人々2


 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は、撤去作業が行われる横に集められた使えそうなパーツの山をごそごそと探っていた。
 改修作業を行う技師達の手伝いをしている柚木 瀬伊(ゆのき・せい)から頼まれた部品を探しに来たのだ。
「んー……これだよね?」
 探してくる部品の形の詳細が記されたメモと、今しがた掘り出した部品とを見比べる。
 一応、事前に機晶関連のマニュアルを読んでみてはいたが、本職で無ければ良く分からない。
 まあ、違っていたらまた探しに来れば良いかと笑み頷いて、カゴの中に部品を入れた。
「じゃ、行こうか。綺蓉」
 パーツ山から飛び出たケーブルにジャレついていた、ゆるスターが、けとっと貴瀬へ顔を向け、たたっと金属片の端を駆けて貴瀬の手の平に乗った。
 そのまま、彼の肩まで伝い登っていく。
 貴瀬はカゴを持ち上げた。
「にしても……瀬伊は本当に楽しそうだよね」
 熱心に飛空艇の改修作業を手伝っている瀬伊の嬉々と輝いていた目を思い出す。
 今まで見たことがないくらいの目の輝きに加え、マニュアルを熟読しながら何やらぶつぶつと呟いているその姿は若干怖かった。
 肩で、くりっと首を傾げた綺蓉へ微笑を向け、その鼻先を指でちょんと突く。
「あれだけ夢中になれるものがあるっていうのは、羨ましい様な、怖い様な……」
 ふと、息をついて。
「綺蓉はどう思う?」
 問い掛けられた綺蓉は、くんくんと貴瀬の指先に鼻を寄せるのに夢中な様だった。
 と――
「危険じゃないもんっ」
「いえ、ですから――」
 言い争っている……というより駄々をこねる女の子とそれをなだめるお兄さん、といった雰囲気の声が聞こえた。


「大丈夫だもんっ」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が、握った両手を思いっきり振りながら言う。
 白龍は小さく息をもらしてから、
「しかし、君はこれが何だか分かっているんですか?」
「分かってるもんっ、手だもんっ、ぼーちゃんに手を付けてあげるんだもん」
 ミーナが機晶ロボたちに運んでもらっている巨大なアームパーツを指さして言う。
「……ぼーちゃん?」
 問いかけたのは肩に綺蓉を乗せた貴瀬だった。
 ミーナが綺蓉に気づいて、ぱっと表情を明るくする。
「うん、亡霊艇のぼーちゃん。ぼーちゃん、手が無くて可哀想だから手を付けてあげるの。いいでしょ?」
「……飛空艇に手。その発想は無かったなあ。いいんじゃない?」
「ええ、これがロケット搭載型であり、かつ、このまま動力に繋げば暴発する可能性が高いことに気づいていらっしゃるのであれば」
 白龍の言葉にミーナがびよっと顔を面白くする。
 彼女は機晶技術に明るく無く、気づいていなかったようだった。
 技師でもなければ容易に繋ぐことは出来ないだろうが、何かの拍子に事故が起こるとも限らない。
 貴瀬が、へぇ、と微笑んだ顔を巨大アームパーツへ向けた。
「それは大変だ」
 ぱっと見、素人にはロケット云々のことは分からない。
 貴瀬が白龍の方へ視線を返し、
「詳しいのかい?」
「作業をお手伝いするに辺り、技師の資格を」
「真面目なんだね」
 という会話をしている二人の横を、そおっと機晶ロボへ指示を出してミーナがこっそり抜けて行こうとする。
 が、その前へ、親方が立ちはだかり。
「こりゃ随分と面白いもんを見つけて来たな、おい。だが、嬢ちゃんには、ちと難しいぜ、こいつは」
「むぅー……」
 ミーナが不機嫌そうに親方や白龍を睨んで、
「もーいいもんっ、ばかー!! ぽんこつヒゲだるまに冷血とーへんぼくぅーーーーーー!!」
 だぁあっと駆けて行った。
 と思ったら、彼女は、すぐに駆け戻って来た。
 そして、貴瀬の前で立ち止まり、綺蓉をちょちょっと撫でると、再び亡霊艇の方へ一人駆けて行ってしまった。
「もう少し、言い方を変えるべきでしたでしょうか?」
 ふむ、とこぼした白龍の肩に羅儀の手が置かれる。
「冷血唐変木だってよ」
「その腰に隠しているジャンクの銃部品を持ち帰りたいなら、ちゃんと協会長さんの許可を取ってくださいね」
「……気づいてたのかよ」
 口端を曲げた羅儀の向こうでは、
「ぽんこつヒゲだるま、か」
「改造の発想といい、興味深いセンスを持つ子だったね」
 ヒゲを弄る親方とミーナを見送る貴瀬が笑っていた。




「こらー、誰だー!? ここにペンキ缶を散らかしてる人はー!」
 山のような洗濯物を抱えた朝野 未沙(あさの・みさ)の威勢の良い声が亡霊艇の通路に響く。
 通路のあちらこちらでは、技師たちがそこかしこの壁をひっぺがしては賑やかに作業を行っていた。
「ぅあ、やべっ」
 仲間の所で雑談をしていたジャンク屋協会員の一人が慌てて駆け戻ってくる。
「すまねぇ、未沙ちゃん。片付けてる途中で話が盛り上がっちまって……――って、あれ、一缶足りねぇ……?」
「基本は作業と同時に片付け。ちゃんと整理整頓が出来ない人は、例え技術があったとしても職人としては失格だよ〜? また散らかしてるの見つけたら、まとめて洗濯しちゃうからね」
「りょ、了解」
「よろしい」
 未沙は微笑んでうなずくと再び洗濯場へと向かって歩き出した。
 そして、転がっていたパーツを踏んづけて、すっ転げる。
「わひゃぁ!?」
 ばあっと、抱えていた洗濯物たちが空中を舞うのが見えて、床に尻持ちをつく。
「ったたた……誰だー!?」
「……ふむ? 大丈夫か?」
 そばに積み上げられていたパーツの山の横で制御部品を片手にぶら下げたアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が床に転んだ未沙を覗き込む。
「……犯人?」
 未沙はそばに転がっていた太いケーブルを拾いあげながら、アレーティアの顔を見やった。
「人聞きが悪いのぅ」
 うっすらと眉根を寄せたアレーティアが未沙を助け起こす。
「しかしまあ、転がしておったのは申し訳なかった。運んできてもらったパーツの選定中じゃったのだが、来たばかりで勝手が分からなくてのぅ」
「っと、今日から?」
「うむ。パートナーと共にのぅ」
 アレーティアが、手に持った部品の端を傾けて、向こうの方で作業を進めているツナギ姿のを指し示す。
「そういえば、基幹システムの手伝いを任せられる人が来てくれたって親方さんが喜んでたなぁ」
「喜んでいたのは、こちらも一緒じゃ。古代の飛空艇を弄れる機会などそうそう無いからのぅ。それに、さっそく気の合う者も見つけたようじゃ」


 暗闇の中に詰め込まれたパイプやケーブル。
 そこに体を滑りこませて、適当な隙間にペンライトを挿し込む。
「機晶技術に限って言えば、この艦の基本構造は現在使われているものとさして変わらない……」
 明かりに照らし出された制御装置を手早く開きながら、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は『壁の中』へ潜り込んだ格好で柚木 瀬伊(ゆのき・せい)へ説明を続けていた。
「そのことは親方にも聞いていたが、実際に触ってみた感触も同じだ……。ただ、見た目の構造は随分と違うがな。その辺りは有翼人種を優先した社会だっただろうが――頼む、二番と五番だ」
 言って、外へ手を伸ばす。
 あらかじめ指定を得ていた瀬伊が指示された部品を修司に手渡しながら。
「ふむ……興味深いな」
 瀬伊の感慨深そうな声が返って来る。
 ちらりと外の方を見やれば、機晶技術のマニュアルを覗いている瀬伊の姿が見えた。
 マニュアルは技師でないと理解出来ないだろうが、それでも彼は熱心に文字を追っているようだった。
「こっちの世界に来るか?」
「いつか本格的に触れてみたいものだ」
 と。
「瀬伊。頼まれていたものだけど――」
 貴瀬の声が聞こえた。

「もらったメモの通りに探してきたけど……」
 貴瀬はパーツを手に首を傾げた。
「これは、どうやって使うものなんだい?」
「俺も先ほど聞いたばかりで、詳しくはないのだが」
 と言った瀬伊は、明らかに一から十まで説明する気満々の顔をしていた。
「あ……そういえば俺、さっき貯蔵庫の片付けの手伝いを頼まれていたような――」
「まあ、聞け」
 がっし、と腕を掴まれる。
「そもそも、このパーツがどのような経緯で開発されるに至ったかだが……」
「あー、そこからかい?」
 瀬伊は、あはは、と笑い、色々と諦めながら綺蓉に視線をやった。
 綺蓉は貴瀬の肩の上で、けとりと首を傾げていた。




『落書き?』
「はい」
 機晶ロボたちと内部の清掃を行っていた小尾田 真奈(おびた・まな)は、艦内に奇妙な落書きを発見し、七枷 陣(ななかせ・じん)へ報告していた。
 陣は別所で区画情報の整理を中心とした事務処理にあたっている。
「塗料は、ごく普通のペンキです。内装用に持ち込まれた物を使っているようです。乾き具合から、ここ一時間の内に描かれたものかと」
『どんなことが描かれとる?』
「絵です。デフォルメされた猫や犬、象、ライオン、それから、これは……魔法学校の校長ですね」
『は? なんか一つだけ違和感すごいな』
「こう並べて見てみると、意外と違和感は。可愛らしいですよ」
『そんなもんやろか……まあ、とりあえず、報告上げとくわ』
「お願いします。では、私はこの区画の清掃が終了次第、お昼ご飯作りの方に入ります」
『了解や。ちなみに献立は?』
「今日は調査団の方なども居て、量も必要なようですから定番のカレーを」
『カレー、ええなぁ……。っし、それを励みに頑張りますかねっと』
 通信を終え、真奈は手伝ってくれている機晶ロボたちの方へ向きやった。
「落書きの方は私が。皆様は先ほどの区画と同じように進めてください」
 彼女の指示通りに機晶ロボたちが動き出す中、真奈は清掃用具を手に、落書きと対峙した。
「よく描けています。少し惜しい気もしますが、清掃を任せられたメイドとしては見過ごせませんよね」
 ひゅん、とモップを構え、メイド服の端を翻す。