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ジャンクヤードの一日

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■遺跡調査2


 懐中電灯の明かりが、瓦礫の隙間を照らし出す。
 マクスウェルは、通路を塞ぐ瓦礫の間に上半身を潜り込ませて、その先を探っていた。
「なんとかなりそうだな」
 呟き、瓦礫の間から体を抜き出す。
 そして、彼は仲間たちの方へ振り返った。
「大丈夫、通り抜けることは出来そうだ――で、おまえは何をしている?」
 何故か目の前で、人差し指を構えていた死乃神を冷ややかに見据える。
「いや、頑張っている背中を見てたら、それをソッと撫で上げたいとゆー悪戯心がムクムクとな」
「……コレは、おまえの管轄じゃなかったのか?」
 マクスウェルは死乃神を指差しながら、海豹仮面の方を見やった。
 海豹仮面と一緒に“枝”を眺めていたユイが首を傾げる。
「管轄だったんだ?」
「初耳ですなあ」
 海豹仮面がハッハッハと朗らかに笑い、
「死乃神は色々と我慢の出来ない子ですから、気軽に肉体言語で処世の妙というものを教えてあげてくだされば良いかと」
「何気なく物騒なこと言ってるよねぇ……友達じゃなかったの?」
 ユイが横髪をいじりながら眠そうな眼で、死乃神の方を見る。
「じゃなかったの?」
 フードで表情の見えない死乃神が首を傾げる。
 マクスウェルは小さく嘆息して、瓦礫の穴を指した。
「先に進むぞ」

 瓦礫の隙間を抜けた先。
「崩壊が進んでるな……」
 マクスウェルが懐中電灯で照らし出した天井は、所々が崩落しており、ぽっかりと暗い穴を開いていた。
 と、ユイの耳がピクリと動く。
「――この足音、モンスター?」
 その言葉に、3人は一斉に武器を構えた。
 刹那。
 通路の奥の暗闇で、何かが動いた。
 マクスウェルが懐中電灯をそちらへ向ける。
 明かりの中に照らし出されたのは、迫るイェクの巨体。
「出やがったな、旨そうな面しやがって!」
 死乃神の火術が、イェクの顔面に叩きつけられる。
「でも、食べられないと思うなぁ」
 死乃神を狙ったイェクの爪を、ユイは暁の剣で受けた。
 その隙に両端へ回り込んでいた海豹仮面とマクスウェルが、同時に踏み込む。
 二閃のソニックブレードが爆ぜ起こした風圧に、ユイは目を細めた。

 幾つかの攻防を経て、4人の目の前にあったのは土の山だった。
「…………」
 ぎゅるり、と腹を鳴らした死乃神の手が、ふるふると土の山へ伸びる。
「お腹が減ってるんだろうけれど、それはやめといた方が良いと思うなぁ」
 ユイの言葉に振り返った死乃神の表情はフードでよく見えなかったが、なんとなく哀愁が漂っているような気がした。




 レジーヌは、調査用にデジタルビデオカメラを回しながら、ステラらと共に“枝”や壁、そして、地面を調べていた。
 ステラがハンドアックスで枝を切ってみる。
 それはすぐに修復される。
 そばの壁がボロッと崩れる。
 これを数回ほど繰り返していた。
「…………」
「…………」
 レジーヌとステラは顔を見合わせてから、うなずき、崩れ落ちた壁の破片と“枝”から少し離れた場所の壁の一部を採取した。
 メイベルが壁の崩れた部分をデジカメで撮影し、二人の方へと振り返る。
「どういうことなのでしょうねぇ?」
 メイベルの問い掛けに、ステラが小さく首を振る。
「一応、関係はあるようですが……具体的にどのようなことなのかは」
「亡霊艇の動力室の状況を解決できる何かが解明できるといいんだが」
 そばに様子を見に来たエヴァルトが零し、続けた。
「亡霊艇が飛ぶあてがついて、教導団が接収し、ルミナスヴァルキリーに並ぶ航空戦力になってくれれば、エリュシオンからの攻撃があった時に多少は安心できる」
「あの……それは、たぶん、無理ではないかと」
 レジーヌは、おずおずと言った。
 エヴァルトが軽く首をかしげる。
「どうしてそう思う?」
「亡霊艇は……その……大きな戦闘、とりわけ、イコン戦に耐え得ないように思うので……」
 レジーヌはバクバクと鳴る胸を抑えながら、言葉を探し言った。
 エヴァルトが、ふむ、と軽く顎に手を掛けながらうなずく。
「確かに……改修を施しているとはいえ、だいぶ継ぎ接ぎだらけだったからなぁ。輸送船として使うのが関の山、か」
 横でステラが興味深そうにこぼす。
「教導団などで現代の戦争に持つように基幹から改造し直す、という手も考えられますけど……。いえ、コストやイコン運用を考えれば、新造する方が早いかもしれませんね」
「はいはい、難しーお話は一旦しゅーりょー」
 エリーズが、エヴァルトとレジーヌの間にムギュッと割り込む。
「セシリアさんがサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれてるの。私もお菓子持ってきてるから、きゅーけー! ね、ね、いいでしょ、レジーヌ。早くこっちー」
 何となくエヴァルトからレジーヌを引き離すようにエリーズがレジーヌの腕を引っ張っていく。
 その向こうでは、セシリアが、フィリッパにサンドイッチとコーヒーを振舞っていた。
 フィリッパがコーヒーを一口飲み、ほぅ、と息をつく。
「そういう状況ではないと分かっていても、つい、ほっこりしてしまいますわね」
「いいの、それで。大事なのは切り替え。腹が減っては戦は出来ないし、ずっと気を張りっぱなしじゃ、すぐに疲れちゃうでしょ」
「セシリアさんはしっかりされていますわねぇ。お姉さんも見習わないと」
 遺跡のティータイムは続く。


 亡霊艇、仮設の調査団本部。
 ニコロはメイベルからの報告を受けていた。
『――というわけで、撮影・採取した資料は後ほどお渡ししますぅ』
「了解しました。ありがとうございます」
『あの、ニコロさんはどう思われます?』
「失礼。ロンです。――詳しく調べてみないことには何とも言えませんが……どうやら、枝の再生能力は無限ではないように思えます。非常に、興味深い」




「……あン……んっ……そこは――あっ――らめぇ〜」
「頼むから。変な声を出さないでくれ……」
 十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)の光条兵器の調子を確認していた手を止め、艶めかしく悶えていたミゼを半眼で見やった。
「違います、つぐむ様。そこはもっと口汚い言葉でなじるように罵って蔑んでいただかねば」
 ミゼが真剣な表情で言ってきたので、つぐむは心底から嘆息した。
「つぐむちゃんを妙な世界へ引き込むのは止めてくれるかなっ?」
 竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)が鍋を、じゅうっとミゼの頭の上に乗っける。
 彼女は強化スーツの上にフリルのエプロンといった出で立ちだった。
 ミゼが、くるりと彼女の方を見やり。
「あら、真珠様。食事が出来たのですね」
「トマトのシチューね。携帯食材で簡単に作ったものだけど――ガラン」
 真珠通路の端に腰を降ろして佇んでいたガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)を呼ぶ。
 ガランは首に掛けている装甲片のペンダントから顔を上げ、静かにうなずいた。
 つぐむたちは彼の記憶を取り戻すキッカケを探すために、この遺跡を探索していた。

 食事休憩を終えた後、4人は探索を再開し、瓦礫の隙間を進んでいた。
 警戒担当のミゼを先頭に進んだ先で、瓦礫の隙間を抜けなくてはならなくなる。
 そこで、どの順番で瓦礫を抜けていくかという問題で若干揉めた。
「リーダーであるつぐむ様と警戒担当であるワタシが先に抜けるべきですね」
「つぐむちゃんをミゼと二人きりにするの?」
「何かご不満が?」
 真珠の言葉にミゼが、はて、と小首を傾げる。
「さっき、仮眠休憩を取った時……ミゼはつぐむちゃんで警戒に行って、それで、つぐむちゃんを押し倒したじゃない」
「あれは、つぐむ様が挑発的な言葉でワタシの心に火をつけたからで」
「何で『足元に気を付けろよ』が挑発的な言葉になるのか知りたい……」
 つぐむがげんなりと言う。
「気配を察して、すぐに現場へ急行した真珠殿の勘には驚かされた」
 ガランが思い返し、感心するように言う。
 などなど諸々あった後――
 結局、つぐむ、ガラン、ミゼ、真珠の順に瓦礫を抜けることになった。




 オリヴィアが、二振りのウルクの剣を閃かせる。
 剣をイェクの爪に絡めるようにして下方へ流す。
 勢いを引きずられ、バランスを崩したイェクの腕が伸びきる。
 そして、もう一方の剣がその腕を斬り飛ばした。
 イェクが飛び退って、壁に張り付き、すぐに別方向へと跳んだ。
「ロザリンドさんお願いしまねぇ〜」
「はい!」
 ロザリンドは杖を構えながらイェクの前に立ちはだかった。
「マジカルガード!」
 魔法少女である彼女は、愛と勇気の魔法で皆を守るのだ。
 イェクの爪を受け止めた両腕のパワードスーツの装甲がガッキョォン! と重厚な音を響かせる。
「……マジカル?」
 が、怪訝に呟く。
「か弱い私でも魔法の力があれば、せめて動きを止めるくらいは! 愛と勇気のマジカルアターック!」
 ゴォゥ、と太い風を巻き起こし、パワードスーツの出力全開で放たれた強烈な突きがイェクを吹っ飛ばす。
「皆さん! 今です、攻撃をお願いします!」
「と言われても、だな」
 孝明が弓を構えたまま言う。
 隣で銃を構えていた椿が口端を揺らす。
「あれってもう……あ、土になった」
「……調査、続けようか」
 円の言葉に、孝明と椿がうなずく。
 彼らは遺跡の中で見つけた、巨大な石版の方へと振り返った。
 周囲の崩壊ぶりの中で、なんとか読み解ける形で残っている。

 円が読み上げていく内容を、孝明がメモに取り整理していく。
 そうして、分かったことは以下のような内容だった。

『彼ら(この石版を書いた者たち)は、大地から力を取り出す方法を考え出した。
 そして、条件の適したこの地で、その方法を行い、成功する。
 だが、取り出した力はただの“力”としてだけ存在し、人間が手を出せるようなものではなかった。
 力を活用するためには、力を切り分け、加工しなければならなかった。
 そこで彼らは、“人間の持つイメージを力に伝達し、力に形を与える”ことにした。
 そして、その方法を独自に編み出し、力を切り出し、加工することに成功した。
 加工された力は、荒れた大地へと運ばれ、その地に雨を降らせた。
 しかし。
 バランスを欠いたこの地の力は、遺跡と人によるコントロールを用いて安定を保たなければならなくなった』

「大体こんな感じか……」
 孝明はメモを手に、ペンの端で額を掻きながら言った。
「つまり、この遺跡は“力”をコントロールするためのもの、ということなのか……?
 この力と枝に関係があるのだとすれば、“枝”が機晶エネルギーの流れにも影響を及ぼしたって点も、納得が行くような気がしないでもないが……」
「でも……機晶エネルギーと、ここで言っている力って……なんか全然別物って感じがする」
 椿の言葉にうなずく。
「それに、どうして飛空艇の機晶石に絡んでいる必要があるのか……分からないことは多いな」



 
 つぐむに続いて、ガランは瓦礫の間を抜けた。
 先に、瓦礫から押し出していた補給物資を手に取りながら立ち上がる。
 ミゼ真珠が抜けて来るのを待つ間にマッピング作業を行っていたつぐむがガランの方を見やり。
「何か思い出せたか?」
「……いや」
 言って、しばしの後。
「だが、何故か、こうして遺跡を探索していると……大切な何かを思い出せそうな気がするのだ」
「そっか。まあ、そう焦らなくて良いからな」
「……すまない」
「ん?」
「オレのために、こんな所まで。記憶が無いばかりに、いつも迷惑をかける」
「気にするなよ――って、言っても気にしちゃうか。ガランは真面目だもんなぁ」
 つぐむは少し考えるようにしてから、改めてガランの方に目を向けた。
「仲間のために出来ることがある、っていうのは、たぶん幸せなことなんだと思うよ。俺は」
「…………」
 返す言葉無く黙ってつぐむを見ていたガランを、つぐむが不思議そうに見返してくる。
「……どうした?」
「驚いているのだ。先ほど真珠殿に記憶について励まされたのだが、その時、同じようなことを言われた」
「……ぅあー。そうか、それはなんか恥ずかしいな、俺」
「恥ずべきことではないと思うが……。やはり、二人は幼き時から共に生きた者なのだな」
「大袈裟だよ。ただの幼馴染の腐れ縁」
「過去からの繋がりというのは、羨ましいものだ」
 素直にこぼしたガランを見て、つぐむは笑った。
 彼の手の甲が、とんっとガランの胸装甲を軽く叩く。
「ガランと俺たちも、これからどんどんと繋がっていくんだよ。だって、俺と真珠は互いに迷惑を掛け合いながら今に至ってるんだからさ」