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リアクション
【四 空中回廊七階】
羽衣会の拠点である用具室に向けて進撃した組長正子率いる攻撃隊は、空中回廊七階で、ジェイコブ達の迎撃に遭遇していた。
ここには、羽衣会のふたりの副会頭、藤原 敦美(ふじわら あつみ)と長洲 美姫(ながす みき)の姿もあったのだが、いかんせん、副会頭にしては影が薄く、あまりぱっとしない両者である為、どうしても助っ人の面々に見せ場を奪われがちになってしまっていた。
ところが、である。
戦闘開始の直前、助っ人達は敦美から妙な指示を受けていた。
「まだ、この場では全力を出さないでください。本気で戦う局面は、もっと後に来ますから」
ショートヘアを軽く揺らし、小首を傾げながら笑う敦美の、妙に余裕めいた態度に、まずジェイコブが不審を覚えた。
(一体どういうことだ……? 第二家庭科室を本気で奪うつもりではないのか? 或いは、何か作戦でもあるというのか?)
考えてみたが、分からない。
敦美と美姫に聞いてみたところで、ふたりはまともに答えようとはせず、ただとにかく、指示通りにしてくれの一点張りであった。
同じ指示は、あゆみと加夜にも伝えられていた。
「何だかよく分からないけど、適当にあしらってってことね! お任せQX!」
あゆみは、特に疑問らしい疑問は覚えず、素直に従うことにした。ちなみにQXとは、了解の意を指す。
「見てこの銀河パトロール隊エンブレム!」
ばしっと自身の胸元を指し、
「見てこの左手の輝くレンズ!」
左手の甲に輝く、いかにもパチものっぽいレンズを高々と掲げ、誇らしげに叫ぶピンク・レンズマン。
その周辺だけが妙に静まり返った。周囲から突き刺してくる、如何にも痛々しいものを見詰める哀れみを帯びた視線の数々には、さしものピンク・レンズマンもたじろいだ。
「な、何、何だというの? この沈黙……もしかして、真打登場!?」
全然違う。
矢張り、ピンク・レンズマンはどこか微妙である。加夜の指摘は、いい得て妙であった。
そしてその加夜はというと、いきなり組長正子と正対する位置に居た。
「ふっふふ、校長の知人といえど、わしは容赦せぬぞ」
加夜を強敵とは見なしていないのか、正子は相変わらず人馬・理王の両肩の上である。その傍らでは、屍鬼乃が手にしたノートパソコンに、何やらデータを必死に打ち込んでいる。
「理王の足の震え具合から、体重100キロ超は間違い無し、と……」
どこまでも、データおたくな屍鬼乃らしいといえば、らしいといえるだろうか。
だが、加夜の視界には理王も屍鬼乃も入っていない。ひたすら組長正子の巨躯といかつい容貌だけが、彼女の視線を釘付けにさせていた。
「正子さん……あなたには、決定的に欠けているものがあります」
火術の構えを取りつつ、加夜は静かにいい放った。対する組長正子は、放射能でも発散しているのではないかとさえ思える程の強烈な眼光を放ちつつ、加夜を凝視する。
ここでひるんではならない。加夜は精一杯の勇気を振り絞って、更に続けた。
「それは、もてなしの心です。人を愛する気持ちも、料理には不可欠ですよ。どうか、大切な基本を思い出してください!」
「おいおい、黙って聞いてりゃ、好き勝手いってくれるじゃないの」
切り返してきたのは、組長正子ではなく、側近の美晴だった。右肘に巻きつけた黒いサポーターを左掌で軽くしごきつつ、前に進み出てこようとした彼女だが、その歩みを組長正子が制する。
「面白い。そこまでいい切るのであれば、うぬのいう、その愛情とやらでわしに優るというのであろう。ならば試してくれよう」
右手に包丁、左手に菜箸を携える独特の構えで、組長正子が凶悪な笑みを浮かべた。
いよいよくるか――緊張した面持ちで火術を繰り出す準備に入った加夜だが、そこへ闖入者が現れた。
* * *
「ほらほらほら、この私が皆まとめて、始末してやるよ!」
霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が空中回廊を颯爽と駆ける。その後ろに、パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が続く。
「あらまぁ、蒼空も随分、物騒なところになってしまったのですね。まさかクラブ間抗争が勃発するなんて、予想もしてませんでしたわ」
陽子が呆れたようにいい放ったが、その表情はどこか嬉々とした色を含んでいる。本質的に、透乃と同じく戦闘狂の血が流れているのだろうか。
このふたりが、羽衣会と鉄人組双方に敵対しているのは、一目瞭然であった。であれば、むしろこちらの方が厄介な敵になるのではないか。
そう直感したジェイコブが、それまで相手にしていた鉄人組の女子生徒達から、透乃と陽子のコンビに矛先を変えたのは、適正な判断だったといえるだろう。
一種混沌とした戦局に移りつつあるといって良い。この様子を、少し離れた本棟から、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)の四人が揃って困った表情で眺めている。
いや、厳密にいえば日奈々だけは、聴覚と気配を読む感覚でこの混乱を分析しているといった方が正しい。
四人はいずれも、暴力ではなく、もっと平和的な方法で事態の解決を望んでいた面々であったが、この状態では和平交渉に即持ち込むのは、ほぼ不可能であろう。
であれば、両者が疲弊して一旦退くのを待ち、そこで和平交渉に入る余地が無いかを探る以外に、道筋は無いように思われた。
「あんな風に争っているより、お互い協力してそれぞれの良いところを出し合う方が、色んなメリットがあると思うんだけどなぁ」
理沙が残念そうに呟く。歩が完全に同意して、小さく頷いた。
「そうだよね。料理と裁縫、どっちも女の子らしい趣味なんだけどなぁ。どこかで譲れるところが無いか、後で聞いてみよっか」
後で、というところがミソである。
ここで話を持ちかけたところで、誰もまともに聞いてくれはしないだろう。
「何か……良いアイデアが、あるんですかぁ……?」
如何にも何か提案ありそうな理沙とセレスティアに、日奈々が聞いた。他者の思いを読み取る能力にかけては最も優れている彼女である。理沙とセレスティアの思惑も、既に見抜いていたようだ。
すると、セレスティアがにっこり笑って応じた。
「部室を有効活用する方法を、考えておりましたの。勿論、わたくし達の案を強要する考えは全くありませんけれども、将来を見据えた一案として、両団体の方々にはご検討頂けると、大変有難いですわ」
セレスティアの説明に、何故かにやりと笑う理沙。
彼女達のいう案が一体どのような内容であるのかは、この時はまだ、歩と日奈々には知る由も無い。
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