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【二 開戦前/羽衣会】
 羽衣会は現在、B303号棟の七階にある、第三美術室隣の狭い用具室に押し込められている。
 部室として使える部屋が他に空いておらず、仕方なく、この用具室を拠点としているのである。決して人数が少なくない羽衣会にとっては、これは屈辱以上に、肉体的な疲弊を強いられる、一種の拷問のような仕打ちを受けているに等しい。
 彼女達がこの狭い用具室を脱し、かつての部室である第二家庭科室への復帰を渇望するのは、ごく自然な流れであろうと想像出来る。
 その羽衣会に、何人かの強力な助っ人達が、これからの戦いに力を貸そうと申し入れてきていた。
 顔ぶれはというと、黒一点ともいうべきジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)とそのパートナーたるフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)、ピンク・レンズマンこと月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)、そして平和的解決を望みつつも、敢えて戦いに身を投じようという火村 加夜(ひむら・かや)ら四人であった。
「しかし、また随分と極端な戦力差だな」
 用具室内のそこかしこにたむろする羽衣会の部員達を眺めながら、ジェイコブは半ば呆れ気味に、誰に語りかけるともなく呟いた。
 実のところ、最初からこの抗争に首を突っ込むつもりはなかったジェイコブなのだが、所用で蒼空学園を訪れた際、たまたま鉄人組と羽衣会の戦闘に巻き込まれてしまったのだ。
 いや、そこまでなら特段驚くような話でもなかったが、余りに凶漢な鉄人組に対し、方や羽衣会といえば、ひ弱な女子の集団であり、見ているだけで気の毒になる程に、鉄人組の勢いに圧倒されていたのである。
 そのあまりにも一方的な戦局を見かね、つい羽衣会に手を貸してしまったが為に、鉄人組を敵にまわすことになってしまったのだが、こうなったらもう、なるようになれ、である。
 どんな不利な状況であろうと、一度首を突っ込んだ以上は最後まで付き合う。それが、ジェイコブの流儀でもあった。
「ま、放っておく訳にもいかんし、かといって、今更中立は気取れんしな」
「そういいながら、随分楽しそうに見えますわね」
 フィリシアが、可笑しさを噛み殺すように小さく笑いながら、横から茶々を入れてきた。いわれたジェイコブも、苦笑を禁じ得ない。
「戦いは、逆境である程、面白い。ということにでも、しておいてくれ」
 そういって、ジェイコブは改めて、その高い目線から羽衣会に所属する女子生徒達を眺めた。
 長身の彼からしてみれば、羽衣会の少女達は文字通り、小娘の集団に過ぎなかった。

     * * *

 いや、同じ小娘でも、あゆみの場合は他と若干、様子が違っていた。
 なんといっても彼女は、ピンク・レンズマンなのである。きらりと輝く銀河パトロール隊のエンブレムが、とっても眩しい。
「羽衣会のみんな! あゆみが来たからには、もう安心よ!」
 ひとり、びしっとポーズを決めるあゆみ。周囲の空気は若干微妙であるが、そんなものはお構いなしだ。何故なら彼女は、ピンク・レンズマンだからだ。
 軽やかに踊るピンク色のツインテールが、狭い用具室の中で華麗に舞った。
 ところが、羽衣会の面々はといえば、相手が助っ人である以上、露骨に「スベってるわよ」という態度を見せる訳にもいかず、非常に困っている様子がありありと見て取れた。
 それでもわが道を行くのがピンク・レンズマンだ。ここで変に空気を読むのは、むしろ、らしくないといって良い。
 ところがそれでも、加夜はひとこといわずにはいられなかった。
「あゆみちゃん……その、えと……とっても微妙です」
「微妙! そう! どんな微妙なものでも、余さず見逃さない! それがピンク・レンズマン!」
 駄目である。いや、あゆみがではなく、加夜が。
 相手はピンク・レンズマンなのだ。行間を読ませるような、遠まわしないい方は通用しないことを、心得ておかねばならなかった。
 それはそれで反省するとして、加夜は内心、何度も溜息を漏らしていた。
(はぁ……こんなに血の気が多いひと達が集まったのでは、和平交渉はすぐには無理かも知れませんね……)
 ところが生憎ながら、まだ羽衣会はましな方である。
 実はもっと血の気が多い連中が第二家庭科室へと向かっていたのだが、まだこの時の加夜には、知る由もなかった。

     * * *

 その頃、校長室では。
「やっほ〜、涼司、困ってるって?」
 蒼空学園校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)の親友であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、陽気な声を響かせながら入室してきた。
 彼女はまるで勝手知ったる我が家の如く、校長室に入ってくるなり、執務卓の足元に隠してある小型冷蔵庫の中からコーラを一本取り出して、常人にはなかなか真似の出来ない五百ミリリットル一気飲みで、空き缶を一本作ってみせた。
 飲んだ直後に豪快なゲップを山葉校長の顔面に浴びせたのは、ここだけの秘密だ。
「おめぇよぉ……せめてゲップは、あっち向いてやれよな」
 いや、そういう問題ではない筈なのだが。
 ともあれ、山葉校長は執務卓前の革椅子にどっかりと腰を下ろしたまま、難しげな顔を崩さない。
「今回は部活同士の抗争なんだってね。こないだの河童はどうしようもなかったけど、今回は、やり方によっちゃあ上手くまとめられるんじゃない? きっと両団体とも、情熱が溢れてるだけなんだよ。発散場所がある方が落ち着くに決まってるわ。ね、敗者用に、どっか空いてる部屋は無い?」
「いや、まとめるっていってもなぁ……」
 本来なら、校長という立場上、ルカルカの意見にもっと乗り気であっても良さそうなところであったが、何故かこの時の山葉校長は、妙に渋った態度を見せた。
 それが、ルカルカの第六感を鋭く刺激した。
「涼司……何か、知ってるんじゃないの?」
 当初、ルカルカは両団体に対してある程度の提案を携えてきており、両団体のトップにかけあって、今後の対応も含めての落としどころを探る腹積もりであった。
 が、山葉校長に、如何にも何か訳ありな態度を見せ付けられては、黙っている訳にはいかない。
 ここでルカルカは、唯一の疑問点を初めて口にした。
「そういえばさぁ、羽衣会の会頭さんって、今は居ないの? どうも経緯を聞いていると、ちっとも名前が出てこないんだけど」
「……おめぇ、相変わらず変なところで鋭いよな」
 ルカルカはぴんときた。矢張り、山葉校長は何かを知っている。それを、聞き出さなければならない。そして山葉校長の方も、どうやら隠し立てするつもりは毛頭無かったらしい。
 そして、数分後。
 山葉校長の口からある情報を聞き出したルカルカは、表情を一変させていた。
「ちょっと待ってよ……それじゃあ、この抗争の本当の意味は……」
「あぁ……つまり、そういうこった」
 最早、終わりまで聞く必要は無い。ルカルカは校長室を飛び出し、第二家庭科室に向けて走った。