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第五章

 おおむね、チョコを求めてやってきた生徒達にお目当てのものは行き渡っただろうか。しかし、それでもまだ食堂内は人であふれかえっていた。
「あのっ、通してくださいっ! おねーさまぁ……!」
 そんな食堂に、一人の少女がぱたぱたと駆け込んできた。
 真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)、教導団工兵科所属の士官候補生である。
 その手には、大切な人に渡すために精一杯作ったチョコレート。雪白の大切な人は百合園の学生だ。お嬢様学校と士官学校、環境は違えど、外部の人間がそうそう入ることができないという点では共通で、学校内で会うだなんてそう滅多なことではできない。
 そのまたとないチャンスを有効に使う為、精一杯作ったのだ。その所為で、食堂に駆けつけるのは少し遅くなってしまったけれど。
 目的を果たして食堂から出て行こうとする生徒達も多く、食堂の出入り口はしかし、すっかり出口専用となってしまっている。
 その中を雪白は、小さな体で一生懸命に逆流を試みる。
 もみくちゃにされながらも、愛しい愛しいお姉さまに会うために。その一心でなんとか人波を泳ぎ切った頃には、丁寧にラッピングされていた包みはぐしゃぐしゃに潰れ、一生懸命作ったチョコレートもべしょべしょになってしまっていた。
「お……おねーさま……」
 こんなぐしゃぐしゃになってしまったプレゼント、受け取って貰える訳がない。雪白の目が途端に涙でいっぱいになる。
「……あらあら、あんなにしちゃって」
 その様子を、雪白の『大切な人』――牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は少し離れた所から愉しそうに見詰めていた。百合園の制服に、何故か背中には二本の日本刀という変わった出で立ちは、恋人と落ち合う目印だ。
 とっくに恋人の姿は見付けているのに、しかしアルコリアはうふふ、と笑いながら泣きそうな雪白のことを見守っている。
「可愛い泣き顔、見せてくれるかしら……」
 が、アルコリアの期待に反して雪白はめげなかった。ラッピングに使っていたリボンを解き、自らの長いピンク色の髪に結びつける。
 そして。
「おねえさまぁーーー!」
 アルコリアの姿を見付け、雪白は走った。その勢いに、辺りの生徒達は思わず道を空ける。
「ましろちゃん……」
 よくがんばりました、とでも言わんばかりに、アルコリアは両手を広げて雪白を受け止めた。ぎゅぅう、と抱きしめてやると、雪白は真っ赤な目でアルコリアを見上げる。
「おねーさま……ちょ、チョコはなくなっちゃったんですけどっ、真白とチョコレート味のちゅう、しししししししませんかっ!」
「いいよ、ましろちゃん、私の愛しい人…蕩けるキスをしましょう?」
 甘く甘く囁きあうと、二人の唇がそっと触れる。
 ついでにアルコリアが指をぱちんと鳴らすと、空飛ぶ魔法が発動して二人の体が空を飛んでくるくる回る。
 おおお……と、今まで呆然と二人の世界を見せつけられていたギャラリーからどよめきが上がった。
 しばらく二人の体はそのままくるくると回っていたが。
「あー、すみませんがお嬢さん達、若者には目の毒なのでそろそろ降りてきて頂けますか」
 勇気ある一人の会場整理係、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)がついに二人に声を掛けた。
 存分に自分たちのラブラブっぷりを周囲に見せつけ満足したのか、二人は存外あっさり降りてきて、ぴったりとくっついたままで人混みに紛れていく。……誰も彼女たちを追いかけようとはしなかった。
「ほらほら、チョコレートを受け取った生徒は退場退場ー」
 セオボルトは、相変わらず呆然としている学生達を振り向いてぱんぱんと手を叩く。
 するとその音で我に返ったか、ハッとした生徒達はぞろぞろと会場外へと歩き始めた。もう殆どの教導団生は名残惜しそうにしながらも会場から出る方向に動き始めている。
「さーて、そろそろ終わりですかねー」
 ぐーっと伸びをするセオボルトに、片づけを始めている百合園の生徒の一人が、警備お疲れ様、とチョコレートを差し出す。
 ありがとうございました、とニッコリ笑う女生徒に、いやいやたいしたことはしていません、とか言いながら、セオボルトはちゃっかりそれを受け取る。
「もう、気付かないの?」
 が、その生徒はぷう、と頬を膨らませ、不満げにセオボルトを見上げる。
 とは言われても黒いロングヘアに黒い瞳で百合園の制服、という少女の姿には覚えが無く、セオボルトはえ、と一瞬言葉に詰まる。
「私よわ、た、し! 変装して、百合園生に混じって護衛に当たってたの」
 情報科ならでは、でしょ?と言いながらウィッグを外した下から出てきたのは、金色のロングヘア。セオボルトの恋人である、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。
「お、おお!も、勿論気付いていましたとも……あれ、でも目の色……」
「どうだか。目はカラコン」
 そう言ってローザマリアはそっぽを向いた。
「折角頑張ってチョコも作ったのになぁ……」
 ぽつり、と呟いた言葉に、セオボルトは慌てて手の中の包みを開いた。
 中には、色とりどりのスティック状のチョコレート。
「も、もしかしてこれは……」
 一本手にとって口に運ぶ。中程で噛み付いて見ると、ぽき、と軽い歯ごたえ。これは。
「芋ケンピ……チョコ?!」
 セオボルトの大好物、芋ケンピをチョコレートで丁寧にコーティングした、ローザマリアのお手製チョコレートだ。
「ありがとうローザ!」
 喜びのあまり、セオボルトは人前であることも忘れてローザマリアの頬にキスを降らせる。
「きゃっ……! もう、人前でなにするのっ……!」
 唇が触れた所を手で押さえながら、ローザマリアは空いている方の手でセオボルトの胸をぽか、と叩いて抗議の意を示した。
「やっぱり君が一番です、ローザ」
 が、セオボルトがそう言ってローザマリアの肩を優しく抱き寄せると、ローザマリアはもう、と唇を尖らせながらも大人しくなった。
「……あー、もう上がってもいですよ?」
 完全に仕事を放り出している二人に、同じ会場担当である橘 カオル(たちばな・かおる)が声を掛ける。
 見れば辺りに殆ど教導団生の姿は無く、残っている生徒も特に問題を起こそうという感じではなく、大人しく帰るだけという様子だ。
「あ、いえ……すみませんでした……仕事します……」
 お言葉に甘えて、と言いそうになったセオボルトだったが、ローザマリアに無言で睨まれ、十歳近く年下のカオルに頭を下げた。
「……そうですか?じゃあ机の片づけ、頼みます」
 そう二人に頼むと、カオルもまた散乱している机や椅子の復旧作業に当たる。
 目立って大きなトラブルは無かったとはいえ、嵐のような数時間だった。ドッと疲れが押し寄せてきて、思わず大きな溜息を吐いた。
「どうしたの、カオル」
 すると、ぽん、と後から肩を叩かれた。振り向くと、梅琳がカオルの顔を覗き込んで居た。
「あ、お疲れ様……いや、ちょっと疲れちゃってさ」
「あと少しだから、頑張ってね」
「おう!」
 先ほどまで見せていた凛とした立ち振る舞いとは違い、カオルに見せる笑顔はどことなく柔らかい。
 そんな恋人の笑顔に、カオルも釣られて笑顔になる。
「なあ、整理手伝いのご褒美とかって……貰えちゃったり?」
 よっこらせ、と気合いを入れてイスを運びながら、つい梅琳の顔を覗き込んでおねだりしてみる。
「一人を特別扱いはできないわよ」
 が、返ってきたのは冷たい返事。
 解ってはいたが、それでもちぇー……とうっかり溜息が漏れる。
「ほら、さっさと運んで頂戴」
 そう言うと、梅琳はさっさと歩いていってしまっていた。
 カオルははあ、と溜息を吐きながら手にしていたイスを抱え直し、後かたづけに奔走するのだった。


「今日はご訪問、ありがとうございました」
 最後まで残った梅琳とカオルが、百合園生たちを見送る。
 お世話になりました、と一斉に会釈し、百合園生達はヒラニプラの街を後にした。
 大きなアクシデントもなく、無事に一日を終えることがでた。その事に、二人の口から知らずに安堵の吐息が零れる。
「お疲れ様」
「お疲れ様ー」
 結局恋人らしい事は何もできず、カオルはちょっとだけ凹んでいた。
 恋人の役に立てたなら嬉しいけど、ご褒美くらい貰ってもいいじゃないか、と。
「どうしたの、眉間に皺寄せて」
「いや……今頃、みんな貰ったチョコレート食べてるんだろうなーって思って……」
 ちょっとわざとらしく唇を尖らせてみせると、梅琳はクスリ、と笑った。
「会場整理のご褒美は出せないけど、恋人へのバレンタインチョコは用意してるわ」
 ほら、戻りましょう、と笑う梅琳に、カオルは思わず素直に頷いた。

 こうして、教導団の長いバレンタインデーは幕を下ろしたのだった。



――おしまい。――

担当マスターより

▼担当マスター

常葉ゆら

▼マスターコメント

ご参加頂いた皆様、有り難う御座いました。常葉です。
無事に第一作目となるリアクションを公開することができました。
慣れない部分もありますが、皆様に少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

「貰う」側に回る方が思った以上に少なく、貰う側に回った方は大変お得なリアクションとなりました。
また作る場面は、女の子達のふわふわきゃっきゃした感じを目指しましたが如何でしょうか。

次のシナリオでもお会いできれば幸いです。
今後とも宜しくお願いします。