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ホワイトデーのお返しは?

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 2.ジャタの森 しらたまに水飴


 森の中には音と香りに満ちている。木の葉のざわめき、小鳥や虫の鳴き声、濡れたコケの匂い。そして、蛮族に脅されるやせ細った老人と孫の声。
「どうか……どうか孫のジェー坊に水飴を分けてやってください! 金はありませんが、種もみなら種もみなら、ここに!」
 老人は、継ぎ接ぎだらけの毛羽立ったローブの隠しから、巾着に入った種もみを取り出す。
「ヒャッハー!! 種もみなんぞで、希少な水飴をもらえると思ってんじゃねー! 貧乏人は消毒だァーッ!?」
 アーミーショットガンを片手にもったモヒカン男(レッド)が、枯れ木のような老人を小突き回す。
「オォイ!? この小僧っ子お頭のところに持って行くかァ?」
 モヒカン男(ピンク)が老人の背中に隠れていた少年の腕を掴み上げる。
「あーれー、たーすーけーてー」
 老人の孫は、まるで大根役者の台詞のように間延びした声で叫ぶ。
「よくみりゃ可愛らしい顔してるじゃねぇか? こりゃ俺たちもお稚児さん遊びとしゃれ込むかァ?」
 モヒカン男(ピンク)がタバコの脂が沈着した舌で少年の頬を舐めようとした。
「ハッハァ!! それは『至高の水飴』じゃないの」
 マリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)は一気にスターターを引く。
「水飴を渡しなよ! ついでにそこのおじいさんと男の子も置いてどっか行きな!」
 マリィの手の中で血煙爪が猛々しい唸りを上げて振動する。
「義を見てせざるは勇なきなり、ですわね」
 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)はフェイスフルメイスを構えて、精一杯険しい表情を浮かべて二人のモヒカン男を睨みつける。
「二対二ですわ。分が悪いのではなくて?」
 リリィは、メイスを僅かに揺らす。
「こっちには人質が居るんだゼ!」
 モヒカンピンクは少年の首に血煙爪を押し当てる。モヒカンピンクが血煙爪のスターターを一気に引けば、この場所は一瞬で血の海となるだろう。
「……」
「どうしよう、マリィ」
 リリィは小声で傍らに立つマリィに問いかける。
「おじいちゃーん、こわいよー」
 少年はまたも緊張感のない声で助けを求める。
「だぁぁぁ! もう面倒だ!」
 寒天寄せのように震えているばかりだった老人が突然叫ぶ。
「疾く顕れよ、屍龍!」
 上空から、ワイバーンが顕われ、アーミーショットガンを構えようとしたモヒカンレッドに体当たりする。
「だ〜ひゃっはっは、ゲド爺とは仮の姿!これが俺様の正体だ!」
 シワを描いたメイクを拭い去ると、その下から若々しい素顔が顕れる。蛮族たちにホワイトデー中止のお知らせをしに来たゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)である。
「あ、ボクはジェンドっていいます」
 首筋に血煙爪を押し当てられていた少年、ジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)は素早くを身を翻す。どのような体術を使ったのか、一瞬の後には、モヒカンピンクは地面の上に倒されていた。
「なんだかよく分からないけれどチャンスですわ」
「よっしゃー!」
 リリィのかけ声に、マリィは一気呵成にモヒカンを制圧にかかった。
 実質的に四対二となり、蛮族は一瞬で制圧された。
 残念ながら、戦闘中に蛮族たちが運んでいた水飴の入った瓶は割れてしまった。
「ありゃりゃ……」
「水飴がこれだけってことはないだろ。どこにため込んでるんだ? さっさと吐かないと、たいへんなことになるぞ」
 ゲドーは、自分の配下として使っているアンデッド達を気に縛り付けたモヒカン男達にけしかける。
「ひぃぃ……話すよ、話すから!」
 まだまだ夏は遠いとはいえ、アンデッドからは独特な匂いが漂ってくる。
「俺、なんでこんなことしてんのかな?」
 ゲドーはジャタの森の中で一人首を傾げるのだった。

 非モテな男達の発する怨念は、ときに空気を淀ませ、独特な雰囲気を醸し出すことがあるという。
 ジャタの森の外れにある廃ホテル『聚楽DAI』の辺りにも、そんな非モテムードが漂っている。
「ココアパーティーいえー!」
「ぱーりーいえー!!」
 聚楽DAIのかつてロビーだった場所で十数人の蛮族たちがココアに水飴を溶かし込んでココアパーティーを催している。
「ここみたいだね」
 ライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)が外から聚楽DAIの中から漏れ聞こえてくる声に頷く。ほぼ同年代の同じような性向を持つ男性が集まった場にありがちな、抑えることを知らない大声が、廃ホテルの外まで聞こえてきている。
「ライカ、くれぐれも気をつけて」
 彼女のパートナーであるレイコール・グランツ(れいこーる・ぐらんつ)は、気遣わしげに眉を寄せる。聚楽DAIから聞こえてくる声は、まるで男子校の学生のそれのようだが、実際には蛮族は一人一人が武装した危険な存在だ。
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
 ライカは明るく請け負うと、足取りも軽く廃ホテルのドアをくぐった。
(おぉ、レインボー……)
 ドアのすぐ向こうのロビーには、モヒカンをさまざまなビビッドカラーに染め上げた蛮族たちがマグカップを交しあっていた。
「みなさーん。遊びに来ちゃいましたよー」
「おぉぅ!?」
 ライカの目に、テーブルの上の水飴の入った瓶が映る。
「みなさんはー、なにをしていたんですかー?」
 いつもより五割増しで甘い声を出しながら、ライカはロビーの中を見回す。
「ココアパーティーだぜ! お前も飲め飲め!」
 一人のモヒカン男が飲みかけのマグカップをライカに差し出す。
「え、えぇーと――あはは」
 同性のクラスメートなどであれば躊躇なく受け取るところだが、初対面の蛮族が口をつけたマグカップを差し出されて、ライカは思わず固まってしまった。
「……」
 ライカの額にうっすらと汗が浮かぶ。彼女の狙いは、友好的な雰囲気のままリア中的な体験をしてもらい気分よく水飴を元通り流通させてもらうというものだった。
「おぉぃ! ホテルの前で男を見つけたぜ!」
 一人のモヒカンが見回りから帰ってきたようだ。モヒカンに腕をねじり上げられているのは、レイコールだった。
「レイコール!」
 ライカは思わずパートナーの名を叫んでしまう。
「こいつらリア充だ! カップルで俺たちを笑いに来たに違いねぇぞ! ふんじばってお頭のところに連れて行け!」
 被害妄想に顔を真っ赤にした蛮族が、マグカップを受け取ったままの姿勢で固まってしまっていたライカの身体にロープを巻き付けた。

 蛮族たちに捕えられた二人は、ホテルの二階のある一室へと運び込まれた。
 その部屋には二人の先客がいた。
 一人は、白い体操服にブルマという、過去からやってきたかのような格好の六、七歳の少女。幼いながらも、将来大輪の花を咲かせることを予感させる整った顔をしている。
 もう一人は、Vの字モヒカンの男だ。背もたれ月の木製の椅子に縛り付けた少女の足もとにしゃがみ込んでいる。
「やめろー! 食べものをそまつにするともったいないお化けがくるんだぞ!」
 少女は、椅子の上で身をよじっている。Vの字モヒカンの手には、茶色い小瓶が握られている。
「しらたまちゃん、いい子にしててね」
 少女の体操服の胸の部分には、長方形の布が縫い付けられている。その布には、『白珠』と書かれている。
 V字モヒカンは、茶色い小瓶から粘度の高い透明な液体を『しらたまちゃん』の足へと垂らした。
「おぉ! お頭の乙女喜屋武泥が見られるとは」
 ライカとレイコールを連れてきたモヒカン男(ブルー)は驚愕の声を上げる。
「「へ、へんたいだー!!!!!!」」
 ライカとレイコールは、パートナーとして深い絆で結ばれた者同士でしかあり得ない、完璧なユニゾンで叫んだのだった。