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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展準備中(5)

 美しいあなたへの贈り物です、と茎の長い赤薔薇を手渡されたのち。
「え? カナンの歴史的建造物?」
 問われて、アナト=ユテ・アーンセトはちょっと驚いた顔をした。
「ええ。訪れたカナンの人たちが目にして喜ぶような建築物を作りたいと思いまして。それをぜひお教えいただけると有難いのですが」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に重ねて請われ、うーん……と考えてみる。
「そうね……だったら東カナンの物じゃない方がいいかもしれないわね」
「え? それはなぜです?」
 東カナンの歴史に関係する物を作るもの、と思っていたエースは、アナトの意外な言葉に素直に驚いた。
「今回来場する人たちは、ほとんど東カナンの人でしょう。彼らは生活圏からあまり出たことがない人が多いの。国境近くの村や町の人以外は、多分東カナンから出たことがない人がほとんどだと思うわ」
 東カナンの生活水準は、特に悪いというわけではない。今は貧窮しているが、それでも2年前までは女神の祝福と領主による安定した統治でかなり人々の暮らし向きは良かった。だがもともと保守的・閉鎖的な国民性というのか、必要もなく他国へ行くといったことはあまりせず、自分の生活にかかわる圏内から出ることを良しとしない風潮がどこかあった。
「私は結構旅行が好きで、いろいろな所へ足を運ぶ方なんだけど……まぁ、変人扱いされることもなくはないわね」
 それにまつわることで何か嫌な思い出でもあるのか、素っ気なく肩をすくめて見せると、アナトは北カナンにある『イナンナの門』を提案した。
「イナンナの門ですか? ええと…」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がぱらぱらと手元の『カナン風土記』をめくった。
「北の方角にある8番目の門で、十六華紋が処々に刻まれている、緑青の門とありますね」
「ええ。とても美しい、目の醒めるようなエメラルド色の門なの。モザイクでドラゴンを従えた女神様が浅く浮き彫りされていて、金の縁取りがついていて。……ちょっと待ってね」
 ガリガリと地面を棒で引っかいて、外観を描く。
「こんな感じね。左右にドラゴンが1頭ずついて、正面の扉に女神様がいて」
 対比として、横に人間を描いた。
「細かい所は明日からにして、今日はおおまかな外観だけ造ればいいと思うわ。乾燥する時間もいるでしょ。明日だったらもう少し詳しい絵を、町の古書店から持ってこられるから」
「でも……これはかなり大きいですね。僕たちでできるかな?」
 少し不安になったのか、エオリアは眉を寄せた。
「そうね……工兵の人たちに、手がすいてないか聞いてみましょう。今日は無理でも明日からならいいかもしれないし。ザムグへ帰ったらボランティアの中でも手伝える人はいないか、訊いてみるわ」
「お願いします」
 じゃあ、とスカートについた砂ぼこりを払って立ち去ろうとしていたアナトの手を、エースが引き止めた。
「よかったらアナトさんも、一緒に作りませんか?」

「すーなっ、すなすなざっくざくー♪」
 節をつけて歌いながら、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が長方形の型枠の底で山盛りの砂を平らにならしていた。均等に、隙間ができないよう詰めていく。
 その歌声は型枠を越えて外にも漏れていて、恥ずかしさにちょっと頬を赤らめつつ、エオリアは砂の配達人・ヒルデガルドに追加分をお願いする。
「あと2回っスねー。りょーかい。でも、ちょっとよそンとこ先回ってきてもいーっスか?」
「ええ、かまいません。急ぎませんから」
「んじゃ、またあとで」
 ヒルデガルドはボードにチェックを入れると、さっさと輸送用トラックに乗り込んで去って行った。
「さて。じゃあこれを上に運びましょうか」
 砂がくる前に氷術で用意してあった凝固剤入りの水と手早く混ぜ合わせたエオリアは、バケツにすくって入れると滑車で足場の上のエースに渡す。それをエースが型枠の中に放り込み、中でクマラとアナトがならすというのが一連の作業だった。
「ご機嫌ね、クマラ」
 鼻歌をふんふんいわせているクマラは、見ているだけでこっちの方が楽しくなってくる。
「うんっ! すっごくたのしーよ! 町のみんなもやればいいのに。おとなは町の復興でなんやかやと大変だろうけどサ、子どもたちはかんけーないじゃん? 子どもって砂遊び大好きだしネ」
「そうね。帰ったら声をかけてみるわね」
「もし来たらさぁ、オイラ、砂の城の作り方とか教えてやるヨ!」
「砂の城?」
「バケツに濡れた砂入れてギュウギュウして、ひっくり返して、お城の形に抜いてくんだー。そんで、おやつもわけてあげる! チョコとか飴とか、いっぱい持ってきてるんだヨ! いっぱい遊んで、疲れて、みんなで食べたらきっとおいしーよね!!」
 無邪気に笑うクマラを見て、アナトもくすくす笑った。
「そうね。おいしいでしょうね」

「……で。メシエ、おまえはそこで何をやってるんだ?」
 重いバケツを何往復もさせて、型枠の縁に両腕を乗せた格好でひと休みしていたエース。真下のエオリアも滑車の使いすぎでぐったりきているというのに、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だけが平然と立っている。
「カメラを回している」
「少しは手伝えよ」
「そこで作業をしていては、カメラを回せないからね。サンドアートは長期保存できないから、作成過程の部分から撮影して、こうしてみんなの思い出作りに協力しているのだよ」
 もちろん、メシエとしてはそれだけではない。作成のドキュメント部分は今回の参加者たちにディスクに焼いて配付するが、開催日の様子は東カナン図書館へ寄贈するつもりだった。
 いつかここを訪れた子どもたちが大きくなったとき、振り返れる思い出のために。おとなたちも、過ぎる歳月に、いつしか今度の出来事を忘れてしまわないために。
(これはシャンバラとカナンの、民間レベルでの友好の証のイベントでもあるのだしね)
 メシエはカメラを止め、エースたちに背を向けた。
「あ、おいっ!? どこ行くんだ?」
 あわててエースが足場から身を乗り出す。
「ほかの者たちのブースを撮影してくるよ」
 応じるようにひらひらと、肩越しに手が振られた。



『今から会場をカメラマンが回りまーす。記録を残すためなので、皆さんご協力くださーい』
 メシエの主旨に賛同してくれた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、取り付けた放送機材を用いてさっそく場内放送を流してくれた。
 おかげでメシエがカメラを向ける先、だれも「撮影おことわり!」とは言わず、むしろ率先してカメラに映りたがるようにだれもが砂像や型枠の前で、カメラ目線でポーズをつける。
 そのどれもがいきいきと輝いていて、みんながこのイベントを楽しんでいるのが分かる製作風景だった。
 後日、シャンバラに帰ってから、編集された映像で視聴会を開いてもいいかもしれない。そんなことを思いつつ、たどりついた一番端のブースにカメラを向けた。
「これは、だれの像ですか?」
 製作に没頭して近づくメシエに全く気づいていなかったのか、背中がビクッと跳ねる。
 振り返ったのは火村 加夜(ひむら・かや)だった。
「これは……その……だれということもなく…」
 彼女が作っているのは、等身大の男女の像。30センチほどの台座に乗っていることもあって、加夜よりかなり高い。それを彼女は、ときに飛行翼を使って、1人で製作していた。まだ大まかな形が切り出された状態で、頭部は未着手。パレットナイフを使って下から順に服のひだなどをけがいている状況のため、この2人がだれかという人の判別は全くつかない。
「結婚式? ですか?」
 きらびやかな衣装から見当をつけたメシエに、加夜はますます頬を赤らめた。
「そうではなくて…。
 これは、平和の象徴なんです。東カナンの人々の…」
 メシエの隣、加夜は砂像を見上げた。まだ顔はないし、体も人間だと分かる程度にしかラインが取られていないが、その完成した姿が彼女には見えていた。
 彼女は、バァルとアナトが笑顔で手をとりあっている像を作るつもりだった。
 この東カナンの領主と領母となる2人の笑顔。
 いつか、本当にその日が訪れるのを祈る思いで…。



「デート? したことないわね」
 型枠をはずしたあと。
 イナンナの門の外観をコテで切り出すため、脚立の上で伸び上がりながらアナトはトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)からの質問に答えた。
「ない!? 姐さん、こんな美人なのに!?」
「あら、ありがとう。でも、美人かどうかは関係ないわ。東カナン領主の婚約者を、だれが誘うの? バァル様はナハル叔父さまとの確執から一度も訪れてはくれなかったし、男性と席を同じくする場では付き添いが必ずいたもの」
「……バァルのやつめ…」
 脚立の下で、スカートの下を覗くだとか不埒な行為に出る男がいないよう見張りに立ちながら、トライブはぎりぎり奥歯を噛みしめた。
 こんな美人の女の子を、屋敷のメイドに行き遅れと嘲笑されるまでずーっと壁の花にしたまま無視しっぱなしで、しかもそのことに気づいてもいなかったのだと思うと、あの後頭部をスリッパでシパーンと叩いてやりたくなる。
 いや、実際叩いてやる。機会を見つけ次第。
「なら、姐さんの方から誘えばいいんだよ! ちょうどイベントでここへ来るんだし!」
「わたしから?」
 それは思いつかなかったと、声を上げるアナトにトライブはさらに意気込んだ。
「婚約者なんだし、女性から誘っちゃいけないってルールはないだろ?」
 そう言われて、うーん……と考え込む。
「デートってそんなに楽しいもの? そもそも、何をするか知らないんだけど」
 そんなのじゃ、リードも無理よね。
「あ、そうか…。
 だったら俺が教えてやるよ!」
「トライブが?」
 思いもよらなかった返しに、アナトは目を丸くした。くすくす笑って、脚立を下りて。
「じゃあ、トライブ。わたしとデートしてください」
 スカートを両手でつまんで、膝を折った。デートに誘うというより、ダンスを申し込んでいるようだ。
「よろこんで」
 トライブも笑って手を差し出し、アナトとつないだ。

「――でさぁ、あの強敵アバドンを倒せたのは、俺の決死の一撃があったからさ! でなかったらきっと、負けてただろーなぁ。わっはっは」
「ふーん、そうなの。トライブって強いのね」
 手をつなぎ、ブースを見て歩く2人。
 それを、少し離れた場所からじーーーーっと凝視する影がいた。
 本来なら2人とも、もしくはトライブだけでも気配に気づきそうなものなのだが、影の方も相当な能力の持ち主なので、うまく気配を殺している。
(うーむ……邪魔なやつがくっついている)
 門の巨大砂像の試作品として暇つぶしに作った【試作型メタルピヨ】の砂像――しかしその顔の部分には、なぜか満面の笑顔を浮かべたバァルの顔が「ゆっくりしていってね」のセリフとともに浮き彫りされている――その影からアナトたちの様子を伺う如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
 彼は、アナトの砂像をよりリアルに、本物に忠実に再現すべく「交渉」しようと考えていた。
 本物に忠実に再現するために必要なのは、もちろん、スリーサイズである。バスト・ウエスト・ヒップの数字だ。
 それをうら若き22歳の女性にいきなり尋ねて、すんなり答えてもらえるはずがないのはバカでも分かる。とゆーか、初対面で道端でそんなことを訊くのはただの変態だ。
 だから正悟はいろいろいろいろ考えたが、結局思いつく手段はどれも最初のものと大差なかった。女性のスリーサイズを知ろうとする時点で変態の烙印はかわしきれない。
 苦悶の果て、正悟は開き直った。

 変態上等! やってやろーじゃん!
 俺の超人としての能力を100%駆使すれば、ほんの数秒でスリーサイズを測り終えることができるはずだ!

 ただし、目撃者も邪魔者も、いないにこしたことはない。
 だから正悟は隙を伺い続け、トライブがアナトの隣から離れる瞬間を狙った。周囲にただようグーラッシュのおいしそうな匂いに興味を示したアナトのため、トライブが買いに向かったのだ。
 いまだ!
「やぁ、アナトさん」
「あら、あなた…」
「そしていきなり無礼でごめん!」
 後ろ手に隠し持っていたメジャーですかさずスリーサイズ測定!
 しゃがみ込んでヒップ、ウエストまで測ったはよかったが。
 肝心のバストを測ろうとしたところで異変を察知して戻ってきたトライブに髪を引っ張られ、彼女から引き離された。
「姐さんに、何をしている」
 喉を回った腕にはブレード・オブ・リコが握られ、頬に押しつけられた冷たい刃が、少しでも不審な動きをすればのどを切り裂くと伝えていた。
「……くっ」
 だが正悟はあきらめなかった。メジャーを地面に落として、それに視線が流れた一瞬をついてトライブの腕をかいくぐり、アナトに再度接近する。
「アナトさん、ごめんよ!」
 両手を突き出し、触診でサイズ測定!
 顔面にしっかりアナトの肘打ちが入ったが、その代償のように胸をわし掴むことに成功した。
「こいつ、なんてことをしやがる!!」
「トライブ、そのまま押さえ込んでいて」
 アナトが小弓を構える。もちろん狙いは正悟だ。
「女の敵は、見つけたらすぐその場で退治しておかないと、被害者が増えるばかりだものね…」
 声も目も、完全マジだ。
「ちょ、ちょっと待って、2人とも! この距離だとシャレになんないから! それ!!」
 悪かったの自分だけど、もうちょっとおちつこうよ! せめて理由を聞いて――
「うるせェ。いまさらゴチャゴチャ言っても遅いんだよ。てめェのしたことは万死に値する」


 十数分後、遙遠たちの手元に、遙遠の名前と数字の書きつけられた手紙が届いた。
 なんでも、地面に落ちていたのだとか。
「……汚い字ですねぇ」
 ミミズがのたうちまくったみたいだ。遙遠の名前がなければどちらが上かも分からない。
「ねえ……これ、なんだか血みたいに見えるんだけど…」
 脇から覗き込んだ紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が、おそるおそる言った。


 以後、正悟の姿を見た者はだれもいない…。



 一方、アナト大荒野の別地点では。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が黙々と、地質調査をしていた。
「この地に降った砂が、もし魔法によって錬成・生成された砂であるならば、ある程度均一的な材質かもしれません。それなら建築資材として加工が可能ではないでしょうか」
 イベント開催に合わせてもうじきこの地にやって来るという東カナン領主バァルにそう提案する前に、それを裏付けるデータを作りたかった。それがあれば、バァルの決定をその場で受けて、すみやかに動くこともできる。でなくともかなり時間短縮が図れるだろう。
 先日、ここであったという反乱軍と正規軍、アジ・ダハーカとの戦い。その際にできたと思われる、大地がえぐれた箇所で地層の調査もする。数箇所でサンプルを取り、ケースに入れて、地図に書き込んだものと同じ番号のシールを貼った。こうしておけば、万が一、有毒物質が検出されたとしても、すぐにどこの地層のものかが分かる。
「……カナンの大地は昔から緑豊かな土地だった。ということは、粘土層がある可能性がある」
 それを取り出して砂と混ぜ合わせれば、いい煉瓦ができるかもしれなかった。
 今日は持ってきていないが、地面に突き刺して土を掘削する機材を使えば、採取できるかもしれない。それを使用して、サンプルの煉瓦を作って提出してみることも視野に入れるべきだろうか?
 いや、これはさすがにあせりすぎだ。
 白竜は、ちらと頭に浮かんだその考えを、首を振って退けた。
 そこまでするとなると、さすがに領主やザムグの町長、議会の許可なしにはできない。
「まずは資料の作成、そして提案ですね」
 何事も1歩ずつ、確実に進めていくことが肝心と、あらためて思ったとき。
「よぉ。これでいいかぁ?」
 世 羅儀(せい・らぎ)が両手に小さなバケツを持って近寄ってきた。
 白竜が取っていた地層サンプルとは違い、こちらは有用の可能性の高い土だ。そして降った砂。
「ありがとうございます。これでふたをしてください」
 バケツに合ったサイズのふたを渡す。そしてペンを渡し、採取日時と場所を記入させた。
「なぁなぁ。あといくつこれ作りゃいーの? オレ、もう飽きたんだけどー」
 その場にしゃがみ込んで、膝に置いた手をぶらぶらさせる。
 白竜は昼を回って強まった日差しを避けるようにさらに帽子を目深にかぶり直すと、遠くの亀裂を指差した。
「次はあれにしましょう。かなり深そうです。数千年前の地層が見えるかもしれません」
 えー? まだやるのー?
 そんな言葉が羅儀の口を突きかけた。
 しかし寸前目に入ったもの――砂だらけの軍帽、砂ぼこりで汚れた横顔を伝う汗――を見て、羅儀はクッと口を閉じた。
「――ホント、変な軍人」
 ぽつっとつぶやく口元が笑んでいる。
 前にクソがつくくらい真面目で。こんな、みんなが遊んでいるときくらい、一緒に騒げばいいのに。
「あーあ! オレもサンドアートの催しに参加したいなあ! カナンのカワイイ女の子と知り合いになれるチャンスだしっ!」
 伸びをするように立ち上がり、バケツとスコップを手に亀裂へ向かって歩き出す。
「? 参加すればいいでしょう。私もその予定です」
「そ。だからとっとと全部終わらせちゃおうぜ。当日に過不足なく揃えられるようにさ」
 彼の意図が見えないと、とまどいつつ返す白竜に、羅儀はニッと笑った。