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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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リアクション


■アナト大荒野〜サンドアート展準備中(2)

「さーて。何作ろっかなぁ」
 割り当てられたブースの前、秋月 葵(あきづき・あおい)は両手を腰にあてて型枠を見上げた。
 型枠の中には、もう砂はぎゅうぎゅうに詰まっている。ここのブースが彼女とパートナーの魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)の女の子2人だけと知った東カナンの工兵たちが、提出された製作申請書に基づいてここまでセットしてくれたのだ。
「やっぱり、東カナンならではの物がいいよね〜」
 そう言いつつ、ちらと後ろのアルを伺う。何を作るかは決まっていた。ただしそれは葵の中での話。アルには何も教えていない。
(だって、前もって教えとくと、アルちゃん逃げちゃうかもしれないもんね!)
 今だってアルは、葵が何を言い出すかと、想像するだけでビクビクしている。
「やっぱ、馬さんかな〜、産地として有名だしね〜♪」
 なるべくかる〜く言ったつもりだったのだが、それでもやっぱりアルの受けた衝撃はすごかったようだった。ぴやっと小さな叫びが口をつき、ぴょこっと体が飛び上がる。
「う、うううう、馬さん…?」
 さーっと青くなった面で、アルはつぶやく。なにしろ馬に関してはあまりいい思い出がない。
「あ、あのっ、あのっ……思ったんですけど……その……馬さんは、カナンの人たち、見慣れてるし、そのぅ……め、『名状しがたいもの』とかどうでしょーかっ? それならあたしの魔装書に載ってるですぅ」
「えー? アルちゃん、そんなの薦められても抽象的すぎて作れないし、第一そんな怖いの癒しにならないからダメだよ」
 あっさり却下されて、アルはがっくりと頭を落とす。ほかにどんな生き物がいたか一生懸命考えてみたけれど、思い浮かぶのはどれも魔物系で、到底見る人の癒しになりそうな姿形のものはいなかった。
「さー、もう固まったかな。ちゃっちゃと型枠はずしちゃお。アルちゃん手伝って」
「はいですぅ…」
 気乗りは全くしなかったが、葵に促されるまま、型枠をよじのぼる。葵は空飛ぶ魔法↑↑を使って浮かぶと、一番上から型枠をはずしてはぱっぱと下に落としていった。
「それで、どんな馬さんにするんですぅ?」
 正座をし、型枠を掴み、えっちらおっちらはずしにかかるアル。
「んー? そりゃあやっぱり、東カナンで馬っていったらグラニ! だよねっ。みんなで力を合わせて捕まえて、バァルに贈ったんだから! グラニはシャンバラ人から東カナンへの友好の証だもん!」
 馬の細い足では立像は無理があるから座像にするつもりだと言いつつ、無反応なアルを訝しんで振り返った葵が見たものは。
 はずれた型枠を両手で持ったまま、ふら〜っと落下していくアルの姿だった。
「――わーっ、アルちゃんっ!!」
 思わず手を伸ばすが、届くはずがない。
「ぐ、グラニ…」
 馬の中でもずば抜けて大きくて、気性の荒い乱暴者。北カナンでの勇猛な戦いぶりで、ついには黒き悪魔との異名までついたとか…。
「おっと、危ない」
 仰向けに落ちるアルを受け止めたのは、ミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)だった。
「大丈夫か?」
「あ……はい。ありがとうございますぅ」
「気をつけろよ? あんな高い所から落ちたら、けがじゃすまないかもしれないからな」
「そうだよ、アルちゃん。アルちゃんは飛べないんだから、注意して、しすぎることってないんだからっ。もうびっくりしちゃった」
 間に合わないと知りながらも追ってきていた葵が、心配をそのまま怒りに変えて、ぷんすか怒る。
「ご、ごめんなさいですぅ」
 アルはすっかりしょげ返り、2人の前で身を縮めてしまった。
「アルちゃんは、危ないから自分の背の高さ以上に上がるの厳禁! ……もう、こっちが心臓止まっちゃうかと思ったんだからねっ」
「……ごめんなさいですぅ」
 ぎゅうっとハグされたアルは、葵をこんなにも心配させたことを申し訳なく思いながらも、ほんわか胸があったかくなるのをうれしく思わずにいられなかった。
「じゃ、あたしは行くから」
 ミンティは足元に置いてあったバケツを持ち上げる。
「あっ、アルちゃんを助けてくれてありがとうございますっ」
「お隣同士、助け合わないとねー。何かあったら声かけてよ。できる限りお手伝いするからさ」
 頭を下げる2人に笑顔で手を振って、ミンティは自分のブースに戻って行く。彼女の背中から視線をはずした葵は、おもむろにアルの両手をとった。
「あのね、アルちゃん。アルちゃんがそんなに嫌なら、別の物にしよっか?」
「えっ?」
「まだ何も切り出してないし。それに、アルちゃんにも楽しく作ってほしいもん。アルちゃんが馬さん怖いの知ってて、意地悪してごめんね。落ちちゃったの、あたしのせいだよね」
 このサンドアートは人々の心に癒しを与えるもの。ずっと、砂でつらい思いをしていた人たちが、その砂から癒しを受け取ることで、砂に対する思い詰めた心を少しでも軽くするためのものだと、葵は考えていた。そしてもちろん、その「人々」の中にはアルも含まれていて、砂で嫌な思いをアルがするのは間違っている、と思い直したのだ。
「……ううん。馬さん、作りましょう」アルは首を振る。「さっきは勢いよく型枠を抜きすぎただけなのです。葵ちゃんが楽しいのなら、あたしも楽しいのですぅ」
「そう? 無理してない?」
「はいですぅ」
 葵がしたいことを諦める姿を見るくらいなら、自分が怖い思いをした方がマシ。というより、あんなのなんでもない。
「すっごくすっごくかっこいい馬さんにするのですぅ! バァルさんが見惚れるくらい、すてきな馬さんに!」
 アルはにっこり笑った。


「隣のブースは馬作るらしいよー」
 ミンティはブースに戻った早々、そう告げた。凝固剤の入ったバケツを下ろし、受け取りに行く前にタライに入れてあった氷術製の氷を見る。氷はもう半分以上溶けて水になっていた。今日は暖かいから、溶けるのが早くて助かる。
「あれ、馬だったの。よかった。かぶらずにすみそう」
 鷹野 栗(たかの・まろん)が、ほっと胸をなでおろす。
「って、何作るか決めたんだ?」
「ええ。龍にしようかと。カナンには結構生息しているようだし、見る人にとって馴染みのあるものの方がいいかも、と思って」
「龍! おー、いいじゃんいいじゃん!」
 ぱちん、と手を打ち鳴らした直後、ミンティは眉根を寄せた。
「あ、でも、龍ってどんなだか分かる? あたし、細部まで覚えてる自信ないなぁ」
「そこはシェリダンにモデルになってもらって――」
 と、そこで栗は視線を横の【シェリダン】に流した。シェリダンはワイバーンだが、立派に龍の眷属で、翼だってある。おいそれと人間にはなつかない雰囲気は、孤高の生物というのにもピッタリだし。
「ね? シェリダン」
 にこっと笑って見せる栗に、シェリダンはそっぽを向いた。でも飛び去ったりしないし、背中を完全に向けてもいないから、絶対ヤダ! というわけでもないのだろう。多分、照れてるだけだ。
 そう思うと強面シェリダンがなんだかかわいく見えて、栗はシェリダンに気づかれないよう手で隠しつつ、くすくす笑った。
「おーし! じゃあ一発気合い入れて、サンドアート作るとしますか!」
 ミンティは意気込み、ぐるぐる腕を回す。
「これでも伊達にカナンで砂をザクザクやってきた訳じゃないよ、砂のことならこのあたしに任せてくれたまえー!
 うおおおおおおっ!!」
 凝固剤を混入した水をざあっと砂にふりかけ、ザッシュザッシュと攪拌を始めるミンティ。そしてそれをシャベルで型枠の中へぽいぽい放り込んでいく精力的な彼女をほほ笑ましい思いで見ながら、栗はレッサーワイバーンやハナウシを呼び寄せた。
「さあ、私たちは砂を運んできましょう。ファタさんの所が余っているそうだから、そちらからいただいてきましょうね」
 彼らの背中にバケツを幾つかくくりつけ、自分でも持って、一緒に歩いていく。
 どのブースでも型枠や足場が組まれ、砂を流し込んでいた。精力的に作業を行う友人たちの声がそこかしこから聞こえる。そのだれもがみんな、楽しそうにきらきらの笑顔で製作にかかっていた。
 大きく深呼吸すると、そんな彼らの思いに満たされて、自分も彼らと一体化できる気がする。
 いや、もう一体化しているのだ。みんな、サンドアートというイベントを成功させようという気持ちでひとつになって、取り組んでいる。
 何かを破壊したりだれかを傷つけたりするでなく、人々を元気づけるものを生み出す……それはとてもすばらしいこと。
「この手は、そういうことだってできるんだわ」
 久しく忘れていた思いを再確認したように、栗はてのひらを太陽に向けて広げた。


「うーん。どうしようかなぁ」
 割り当てられたブースで、神和 綺人(かんなぎ・あやと)は頭をひねっていた。
 2年近く続いた苦難に疲弊したカナンの人々を元気付けるため、という主旨に賛同し、サンドアート展に参加を決めた彼だったが、いまだに何を作るか決められないでいた。
 とりあえず、製作申請書には無難に「レリーフ」と書いて出したが……レリーフにもいろいろあるし。
「どうかしたんですか? アヤ」
 何を作るにしても砂は必要と、両手バケツで砂を運んできていたクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が気づいてその背に声をかけた。
「何を作ろうかと思って」
「? レリーフなのでしょう?」
「うん。そのレリーフの中身」
「ああ…」
 綺人の横にならび、一緒に考える。
「そうですね……向こうのリリさんたちも同じレリーフということですが、題材は先だっての東カナンの内乱のようでした。何があったのか、カナンの皆さんに説明されるそうです。あの戦いが本当はどういうものだったか、ご存じない方もたくさんいらっしゃるでしょうから」
「それはそれでいいと思う。自分の国で何があったのか、歴史を適切に知るのは大切だと思うし。でも僕はそういうのじゃなくて、もっとこう、見ている人が何の気負いもなく見えて、楽しくなるような物が作りたいんだ。……単純かな?」
「そんなことないです。とってもとってもいいと思いますっ」
 照れ笑う綺人にクリスがぐっとこぶしを握って同意する。そのとき、足元でうにゃあと鳴き声がした。
 視線を下げると、綺人の使い魔・包帯ネコのミィがちょこんと座って綺人を見上げていた。
「どうしたの? 退屈した?」
 ひょい、と腕に抱き上げると、またミィはうにゃっと鳴いて、返事をする。その姿に、綺人がひらめいた。
「そうだ! ミィを描こう!」
「「「……えっ?」」」
 綺人の発言に驚いたのは、クリスだけではなかった。少し離れた所で運ばれてきた砂を凝固剤入りの水と混ぜ合わせていた神和 瀬織(かんなぎ・せお)、そしてレリーフの土台をコテで作っていたユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)も、聞きつけて綺人たちの方を振り向く。
(包帯ネコ……包帯ネコって、アンデッドだぞ、綺人。アンデッドの猫を描くって……それで癒されるか?)
「ふふっ。鬼灯も一緒に描いてあげるね。2人とも友達だものね」
(ミィは、まぁモデルとして使用するだけでレリーフには普通の猫として表現するとして、鬼灯はどうなんでしょう? 人魂と猫のレリーフ……って、癒されるんでしょうか? いえ、もちろん鬼灯はいい子ですけれど…)
 アンデッドの猫と人魂がたわむれている図って、結構、かなり、ホラーだ…。
「2人とも、かわいく描いてあげるね。そのかわり、あんまり動いちゃ駄目だよ? モデルなんだから」
 と、綺人はさっそく構図を練り始めている。
 止めたい気持ちはあるものの、せっかくモチーフが決まって喜んでいる綺人の気持ちを台無しにしていいものか、考えあぐねて、ユーリも瀬織もひと言も発することができないまま、そんな綺人を見ているだけだ。
 そして横についていたクリスはといえば。
(猫……猫とアヤ……アヤって猫っぽいですよね……きっとアヤだったら黒猫なのです……黒い猫耳のアヤ……長いしっぽも付けて……かわいい鈴付き首輪とかして……きれいな声で鳴いて、ひとなつっこく甘えてくるのです…)
 そしてそれを胸にだっこして、ぎゅーっと抱き締める自分を妄想していた。
 ――クリス、完璧欲求不満です。


「できた!」
 最後のひと砂を盛って、綺人は三歩後ろに下がった。そうして完成した立体レリーフを全体的に見る。
 それは、座った猫のミィが目線の高さで浮いている人魂の鬼灯に向かって前足を出してたわむれている姿だった。
「……でもなんだか、鬼灯がそれらしく見えないんだけど」
 綺人は少し眉をしかめる。
「いや、そんなことはない」
 とユーリが横からフォロー。
「なんだか、思ったより細長くなってるし、炎のゆらゆらが、毛羽立ってるみたいに見えるし…」
「猫じゃらしっぽくて、これはこれでかわいくて、いいではありませんか。とってもすてきだと思いますよ」
 瀬織もまた、横についてフォローを入れる。
「そうかなぁ」
 まさか2人が、綺人がミィの製作に夢中になっている間に、猫じゃらしに見えるよう部分的にちょこちょこ変えたとは思いつかない綺人である。
「ごめんね、鬼灯。僕、あんまり上手じゃなくて」
「そんなことはないぞ、綺人!」
「難しいミィの方はすごく上手にできているではありませんか! 綺人はとても上手なのです!」
「そ、そう…?」
 力説する2人に押されるかたちで納得する綺人。
 その後ろでクリスは。
「そう、アヤは上手なのです……何をしても……何でも…」
 またよからぬ妄想にふけっているようなうっとりした目で、ぶつぶつつぶやいていた。



「いやー、結構広いねぇ」
 割り当てられたブースの前に立ち、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)はぽりぽり頭を掻いた。
 訪れた人たちが楽しく遊べる展示物を作ろう、ということで製作物を「遊具」で申請したため、大きいブースが割り当てられたのだ。
「すべり台1つだと、余っちゃうかなぁ?」
 もっと遊具を増やすべきか……とか考えていたそのとき、後ろの方から上着の裾をツンツン引っ張られた。
 パートナーのマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)だ。
「りゅーき、ちゃんと設計図……は持ってきたんですね?」
 マイペースといえば聞こえはいいが、ようはのんびりでゆるゆる、だらだら者のことだ。設計図を用意していたのは知っているが(なにしろ前もって用意しておいた方がいいと、さんざん口をすっぱくして言ったのはマティエだったので)、ザムグの宿舎に置きっぱなしにしてきたということも十分あり得た。瑠樹の場合。
「んー? 持ってきたよ。はい、これ」
 腰に下げていたベルトポーチから取り出して手渡す。マティエはそれをガサガサ広げ、ふむ、と見入った。
「子ども用すべり台なんですね。猫の形をしてて、しっぽがすべり台で…」
 と、図面を追っていたマティエの頭が、一番下を見て、ビクッと震える。
「作品タイトル『ゆるゆるでかにゃんこ』……なんですかっ!? これっ!?」
「だーって、でかにゃんこでしょ?」
「ゆるゆる、って……ゆるゆるって…」
「ああそれ。音の響きがかわいーよねぇ」
 というより、すべり台として「ゆるゆる」というのは、なんだかやばそーな気がするのだが。
(そう思うのは私だけなんでしょーかっ?)
 あんまり瑠樹が確信を持ってにこにこ笑っているものだから、反対に自分の考えの方に自信が持てなくなって、マティエは脱力するだけにとどめた。
「……まぁ、完成した物がちゃんと動けばいいわけですし」
 そう、無理くり自分を納得させて。
 でもひと言、これだけは言っておかないと! と、瑠樹に詰め寄った。
「砂を固めて作るんです! 私たちが乗って崩れるような強度なら、遊具部分は諦めてくださいねっ」
「だーいじょーぶ。ガチガチに固めて作るからねぇ。実際、砂でできたすべり台って、地球のサンドアートにもあるし」
(それに、子ども用だから高さもそんなにないし。底抜けた方が案外子どもたちにはウケるんじゃないかなぁ?)
 そうは思ったものの、さすがに口には出さない瑠樹だった。


 凝固剤を通常の倍の濃さで入れて、マティエがせっせと混ぜて作った砂を用いて瑠樹が作る。
 しっぽをすべり台に。
 体の側面に、登るための階段。
 反対側の側面にはゆるやかなスロープを作って。
 順番を待つ間、退屈しないよう、下を見下ろせる高台も作る。
 そして正面の顔は、マティエを模して作った。
 かなりの数の子どもたちが登れるようにと、強度を増すため厚みをとり、横に広くした結果、なんだかコロコロ小太りマティエになってしまっている。
 これはこれで丸っこい猫で、かわいいのだが、きっとマティエはぷんすか怒るだろう。
 そんなことを考えながら高台をコテで盛っていると、向こうからひょこひょこ水の入ったバケツを持って歩いてくる2人組が見えた。
「やぁ。お隣さん?」
 瑠樹の呼び声に、前を歩いていた茶色の髪をポニーテールにした少女が振り仰いだ。
「はい。あちきはレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)と申します。本日から、どうぞよろしくお願いいたしますねぇ」
 すっ…と頭を下げて、今どきの娘にはめずらしい、ほれぼれするほどとてもきれいな礼をする。
「すっごくかわいいにゃんこ! すべり台ですかぁ?」
 横に並んだ緑のショートの女性が手を振ってくる。振り返しつつ、瑠樹は「当たり〜」と頷いた。
「そうですか。――あっ、申し遅れました。私はミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)といいます。今後よろしくお願いします!」
「よろしく〜」
「……愛想の良い方がお隣でよかったですね」
 隣のブースに入りつつ、ミスティが言う。
「ほんとに。でも、すべり台がかぶってしまいましたねぇ」
 ふむ、と考える。
 たとえどんなに貧しくても、どんなにつらい状況でも、子どもたちが元気で走り回っていれば、それだけで大人は未来に希望を持つものだ。未来を担うのは子どもたちなのだから。
 子どもたちが笑顔でいることこそ、みんなの活力。だからやっぱり、遊具を作るというのははずせない。
「じゃあ第2案のシーソーにしましょうかねぇ」
 そのとき、プップー、とクラクションが鳴った。
「ちわー、砂宅配でーす。どこ置きますかぁ?」
 ヒルデガルドがブースに外側から輸送用トラックを寄せてきた。
「あ、ここここ。ここに置いて」
「へーい」
 思いっきりやる気のない声ながらも、動きは機敏だ。バックでブースに入ると後部ハッチを開き、ミスティの指した場所に荷台の砂をザザザッとシャベルで掻き下ろした。
「ありがとう。とっても助かるわ」
「困ったときはお互いサマってやつでね。なんだったらいつでも声かけてください。追加持ってきますんで」
 ヒルデガルドは手元のボードにある、ずらっと並んだブース番号の中の一番上、レティシアのブース番号にチェックを入れた。すっかり酒場へ行くのは諦めたのか、砂の臨時配達人になっている。
「んじゃ。まいど」
「ありがとうねぇ」
 手を振って、輸送用トラックを見送っていると。
「こんにちは」
 白くてかわいい猫の着ぐるみのゆる族が、バケツを両手に持って現れた。
「私、お隣のマティエっていーます。これ、おすそわけの凝固剤です。よかったら使ってください」
「まぁ! ありがとう!」
 ミスティが笑顔でそれを受け取る。
「遊具ですか? 何を作られるんです?」
「あちきたちはシーソーを作ろうと思っていましてねぇ」
「そうですか! それ、すっごくいいですね!」
 ぱん、とマティエが両手を打つ。その後、3人は子どもたちを楽しませるという目的の下、女同士の会話に花を咲かせ、シーソーとすべり台のほか、タイヤ跳びのタイヤを模した物、そして休憩のためのベンチも作ることにしたのだった。
「え? それって結構な数になんない?」
 戻ってきたマティエから話を聞いた瑠樹が目をぱちぱちさせる。
「4人でできるかなぁ?」
 空間はいっぱい余ってるけど。
 そんなことを考えていたら。
「あ、じゃあ僕手伝おっか?」
 すべり台を見上げていたメガネの女性が、そう声をかけてきた。2人の注目が自分に向いたのを見て、にこっと笑う。
「なんかさ、作ろうと思ってここ来たんだけど、まだ何作るか決めかねてて。参考がてらにみんなの見て回ってたんだ。
 でも手が足りてないんだったらこっち手伝うよ」
「わあっ。助かりますっ」
 たたたっと駆け寄ったマティエが手を差し出す。
「私、マティエっていいます。あれはりゅーき」
「よろしくねぇ」
 ぺこ、と瑠樹が会釈する。
「僕、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)って言うんだ。こちらこそ、これからよろしく」
 マティアと握手して自己紹介しあったフィーアは、マティアから控えのエプロンを受け取って、それを身につけた。
「さーてっと。じゃあ何から手伝ったらいい? 何作ろうか?」
「そうですねー…」
 まずはベンチでも、と言おうとしたマティエが、ふとすべり台の正面を視界に入れて硬直する。
「りゅっ、りゅーき!! なんですかっこれはっ!?」
 振り向いた先、瑠樹の姿はすでにどこかへ消えさっていた…。