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リアクション
手のひらの安堵感
「ぱーぁぱーぁ」
さらっさらの黒髪にキラキラとした赤い瞳。自分の伴侶そっくりな娘がだっこをねだってくる。
喫茶【とまり木】も2号店も開店し、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は忙しい日々を送っていた。
「あぶないよ、熱いお湯をつかってるからね、ちょっと待ってね」
「やーだー、ぱぱ、だっこ−」
ぐずりだした娘を見て常連が「嫁さんそっくりだな」「将来はどうするんだ? 嫁に出すのか?」と冷やかす。
その瞬間、佑也の瞳に冷たいものが走る。
「僕を倒すくらい、そう、理さんを上まわるくらいじゃないと、娘の照日(てるひ)はあげられませんね!」
「出た出た、佑也マスターのでれでれ話」
わっと喫茶店が笑いで湧いた。
「はいはい、こっちにおいで」
常連客にコーヒーやホットサンドを配り終えて、一息ついたころ、佑也は愛する娘を抱き上げた。暖かい子どもの体温が佑也をほっとさせる。
「てるひね、ぱぱがいちばんすき」
だっこをしてやると赫夜との初めての子が佑也に抱きついてくる。甘い独特の子どもの匂いは、素肌で抱き合った赫夜の香りとそっくりだった。
「ママは?」
「ままは、にばんめ」
照日は無邪気に笑う。藤野家の跡継ぎとしてあちこちを飛びまわって仕事をしている赫夜にするとショックを受けるだろうなと佑也は苦笑する。
赫夜はすでに佑也との第二子、しかも双子を妊娠している身ながら、その美しいロングヘアーをショートカットに切りそろえ、仕事に育児に邁進しているのだ。今日も地球へ出張中だった。
「照日、ママはね、今度、弟か妹、もしかすると二人とも連れてくるんだよ。ママの大変さを判ってあげてね」
照日は可愛らしい黒いセーラーに身を包み、在りし日の赫夜がこうであったかと思わせる美しさをすでに備えていた。さらり、と黒髪がなびくと父親の佑也でも照日を誰にも渡したくないと思ってしまう。
「うーんと、よくわからないけど、パパとママは大好きなんだよね」
「そうだよ」
「だってぇ昨日も”いってきます”のチューしてたもんね」
「え? 佑也、毎日?」
常連客がざわめき出す。
「う、うるさいよ」
「てるひ、みたもん、ママとパパがちゅーって。”しばらくあえないけどがんばろうねっ”て」
その時、佑也の携帯に着信が入った。
「あ、赫夜さんからだ」
さっと2回の呼び出し音で佑也は携帯を取る。赫夜の声が一秒でも速く聞きたかったからだ。
「か、赫夜、さん」
「…ゆ、佑也さん。もういい加減に呼び捨てにして欲しいんだけれど」
携帯を通してクスクスと言う笑い声と優しい伴侶の声が耳に届く。
「ご、ごめん、どうしても僕には赫夜、さん、で、しか、なくて」
「いい。私も佑也さん、だから。照日はどうしてる?」
「さっきまでぐずってたけど大丈夫」
「まーまーはやくかえってきてー」
「照日? 待っててね。……佑也さん、あのね、伝えたいことがあるんだ」
「なに?」
「今度の子ども、双子だって言ってたけど……どうも、三つ子か四つ子、らしいんだ……」
「え!?」
「ごめん、迷惑、かける、ね」
佑也は赫夜の言葉にまったく反対の反応を示した。
「僕等の子どもが照日を入れて5人? 僕は嬉しいよ!……か、かぐ、赫夜、僕は全力で君を応援する。助ける。だから、安心して産んでくれ」
「……ありがとう」
電話口の赫夜の声もうるんでいるようだった。
「帰ったら、みんなでお出かけしようって照日にも伝えて」
「……うん、判った。美味しいものを食べにいこうね」
赫夜と佑也はほんのひととき、愛する人との電話での交流をあじわっていた。
「そういえば、真珠のことなんだが」
「真珠さん? 消息は掴めたのかい?」
赫夜の妹で10代のころは身体の弱かった真珠の名が上がった。
「……この間、地球でも難関のK2の登山に成功したらしんだ」
「え? あの真珠さんが?」
佑也は華奢で怯えている印象しかない真珠を思い出してびっくりする。
「私もびっくりしたが……次はエベレストを目指すらしい……会ってきたがあの真珠が雪焼けして真っ黒なんだ。でも金髪とキラキラした瞳は相変わらず美しかったよ」
「……この話、どこかでミケロットさんも聞いているといいね」
「いやあの、ミケロットも登山隊の一員だった……」
「まじでか!」
佑也は照日の手を引きながら、家路に急いだ。
「ぱぱぁきょうのごはんなあに?」
駅前の電光掲示板を見ながらぼんやりしていた佑也はにっこり照日にほほえみかけ
「なんだと思う?」
「てるひのすきなおさむらいす!」
「はは、照日、それはオムライスだよ、もっかいいってごらん」
「てるひのすきなおっさんらいす!」
「…照日、お父さんちょっとショックだ」
「ぱぱーちがうの、照日の好きなおむらいす!!」
「良く出来ました!」
この子は将来、この美貌でお笑い芸人になるのかとちょっと心配しつつ、佑也は赫夜のことと新しく産まれてくる生命、そして照日の柔らかい手のひらに安堵感を味わっているのだった。
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