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リアクション
第一章
青く澄み渡った高い空。
秋晴れの空の下、人待ちの様子で、ぽつんと佇む一人の少女の姿があった。フレイルである。
その瞳は、これから始まるだろう出会いにわくわくと輝いていた。
場所は空京のショッピングモールである。石畳風の舗装がなされた街路には、女性の好みそうな可愛らしい生活雑貨や、洒落た外観のブティックなどが並ぶ。
物慣れない様子できょろきょろと辺りを見回す少女の前に、ふと、華美なる装いの美しい人が立ち止まった。
「……あの?」
立ち止まった佳人の名は天 黒龍(てぃえん・へいろん)。彼の人は名を告げぬまま、つくづくと少女を眺めた。
(これが……蝶の変成なのか。世には面白い事があるものだな)
「3日で落ちる恋か……とんだ御伽話だな」
ゆるりと首を動かして、黒龍の深い緑の瞳が、僅かに細められる。
「!」
思わずフレイルは後ずさる。
「なに、そう警戒するな。少しばかり話をと、な」
少女の警戒を緩めるよう、ゆるやかに佳人の紅唇が笑みを刻む。
「あ、あの……」
気の弱い質なのだろう、フレイルは目に見えておどおどとしている。くっくと笑う佳人が、先刻から一歩たりと動いていない事を見て、ようやくフレイルは距離を取るのを止めた。
「急ぐ気持ちは分からないでも無いが、やろうとして出来るものでもない……。『どうせ3日、ごっこ遊びで構わない』 と?」
人気のない、ショッピングモール。
すべてが始まる前のような、朝の日差しが落ちる、街路の上で。
少女と佳人はただ互いを見つめる。
「……まあ、『用意された籠で落ちる恋』もまた一つの形か」
独り言のように呟いて、佳人はふいと首を上げる。
それが、自らの恋を指す事は、フレイルにも分かった。
「精々悔いは残すな、そして……残されるな」
細められた瞳に浮かぶのは、感傷か。東のかなたを望む佳人に、あの、と小さく少女が声を掛ける。
黒龍は首を戻す。戸惑いを浮かべた琥珀色の瞳が、自らを見つめていた。
なぜ?
そう問われたならば、自らも此処に在る理由など、どう返したものかは分からないが。
(……果たしてあれが、そう呼べるものなのか……)
不思議な事に、先程から主題とされる言葉は、思いは、一度しか口に上っていない。
それでも確かに二人の間では、その主題は共有されていた。
……恋、とは。
命の終わりに望む事が、恋がしたいなどと。
少女の疑問に答えることなく、紅唇に刻まれるのは笑み。
「……私に遺されたのは、意味の無い空虚な悔いだけだ」
あるいは、それが答えなのだろうか。
諦めに似て、悟りともつかない笑みを浮かべたその人が在る理由は、それ、なのだろうか。
「お前は満足する為の努力を惜しむな。我侭くらいでちょうどいい。自分の為にも、皆の為にも」
さあ、見せて貰おうか。3日間の御伽話を。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから、しばらく後。
開店の時間を迎え、買い物客が行き交う賑やかな空気に包まれたショッピングモールに、明るい声が響いた。
「フレイル、お待たせ……って、何かあったの?」
遠くを見ているようなフレイルの姿に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は首を傾げる。
「あ、いえ……何でもありません。あの、朝から済みません、お付き合い頂いて……」
「あは、そんなに緊張する事ないって。デートするなら、それ用の服とか小物見よ? あたし、花梨だよ。よろしくね?」
明るく挨拶をする榊 花梨(さかき・かりん)に、フレイルはよろしくお願いしますと頭を下げる。
「ほらー、まだ硬いよ? 今日は楽しんでいかなくっちゃ。ねえ翡翠?」
「そうですね……女同士の方が良い場合もあるでしょうから、フレイルさんの事を見てあげて下さいね」
常のごとく元気なパートナーの様子に、優しい笑みを浮かべる神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)に、花梨はうんと元気に頷く。
「じゃあ、そろそろ買い物に行きましょうか? セレンフィリティ、貴方も付き合うのよね? 一緒に行きましょう」
ぽんと手を打って、ローザマリアがフレイルを促す。
「お買い物、ですか……。こうして大勢の方と行くのは、初めてです」
「あら、そうなの? じゃあ余計に楽しみね。セレアナ、移動よ」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、フレイルの言葉に、ふと優しい笑みを見せる。
恋は女の子の一種の見せ場だ。
恋に輝く少女の笑みは、素晴らしく魅力的に見えるもの。
それに装いを加えれば、さらに無敵になるだろう。
「ええ」
短く返答するクールビューティ、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の心の内も、僅か3日の命を恋に費やす少女の応援の為にと動いている。
「さて、フレイルにはどんな服がいいかしらね……」
秋口だというのに、セレンフィリティは今日もその素晴らしいスタイルを誇張するようなメタリックブルーのビキニ姿だ。半ば付き合いでセレアナもホルターネックのレオタードを着用しているが、二人とも吹き抜ける涼風にもびくともしないで、すらりとした長い脚を晒している。
(そういえば、セレン……。どんな物を選ぶのかしらね?)
楽しげな相棒の声を隣に聞きながら、冷静そのものの表情のまま、セレアナは僅かに首を傾げた。
「じゃあ、行ってくるね〜!」
元気に花梨が手を振る。
女性陣が買い物に向かう後ろ姿を翡翠は見送る。
……恋ですか、と。
彼はぽつりと呟く。女性達の楽しげな様子に声を掛けそびれてしまったが、ふと胸中に浮かんだ疑問は、簡単には消えない。
「最後の思い出には良いと思いますけれど、そんなに急に惚れる事なんて、出来るものでしょうか?」
ティーン向けの洋装店に入った女性陣は、まず大鏡の前にフレイルを立たせた。
「フレイル、あんたはどんなのがいいの?」
ツインテールを揺らして振り返ったセレンフィリティの言葉に、少女は琥珀色の目を瞬かせる。
「え……と、実は、よそゆきの服を選ぶのは初めてで……」
「ふーん、そりゃそうね。じゃあ、あたしの好みで決めちゃうけど」
フレイルならどんな服やアクセサリーを付けても似合いそうだけれどと、トルソやハンガーに掛かった服の中から何点か見繕って、肩に当てる。
「うーん……明るいイエローより、カーキとか、落ち着いた色が似合いそうかしら。だったらこれね。地味になり過ぎるのもあれだし、可愛いアクセも要るかしら……」
ぱっぱと迷いなく選んでいくセレンフィリティに、フレイルは感心したような表情を向ける。
「わくわくするわよね?」
セレンフィリティはにっと笑顔を浮かべる。
どんな服にしようとか、どんな髪型がいいかとか。一番綺麗な、可愛い自分を見て貰いたいって用意する。
そんないじらしくも、愛らしい……乙女心こそが、女の子を美しく輝かせるのだ。
「……はい」
小さく頷くフレイルに、笑み返して。
「そうねえ、ここは清楚な感じの服かしら。秋物なら季節がら、お手頃でいいわよね」
ローザマリアはそう言いながら、選んだ服をフレイルに当てる。蝶のように可憐で、清楚な。やや乙女趣味に過ぎるような格好もあるいは似合うかしらと、パフスリーブにAラインの膝丈ドレスと、丸く可愛らしいつま先のストラップシューズをあつらえて。
自分に出来る事は何かしらと、そう考えて服を探しに来たけれど。
(ふふ、考える事は同じだったかしら)
それでも、女友達とのショッピングの経験はどうやら初めてのようで、フレイルが喜んでいる姿を見れば間違いではなかったと思う。
(後は……そう、アドバイスね)
相手が誰となるにせよ、3日という期限の間にお互いが何処まで愛を深められるかが鍵である。
とはいえ、初心な娘に自らを演出するような真似は出来るまい。
と、なれば。やはりアドバイスが必要だろう。
ちらりとショップの外を伺えば、そこにはホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)が佇んでいる。
(ホレーショ、貴方なら、その鍵が何か、おぼろげながら掴んで自分なりに解答を導き出しているのではないかしら?)
弾けるような明るい声がショップの中に響く。にこにこと、フレイルの肩にワンピースを当てて可愛いと褒めて見せるのは花梨だ。
「あたしはこんなの似合うと思うんだけど、どうかな?」
甘めのロマンチックな装いも、肌の白いフレイルには似合いと見えて、花梨はうんうんと満足げに頷く。彼女が見繕ったのは、白地に花模様のワンピース。それに、白い靴と白いポシェットを揃えれば、可愛いよそゆきスタイルが完成。
「仕上げには、これね」
ピンク色の口紅で、口元を飾って。
これで、3日分の服は揃った。満足したように、引き締まったウェストに腕を置いて、セレンフィリティは相棒を振り返る。
「セレアナ、メイクを頼むわ」
「ええ。慣れないだろうけど、ちょっと我慢して」
意外にセンスの良い相棒に驚きつつ、ショップの椅子を借りると、丁寧にメイクを施すセレアナ。
施すのはナチュラルメイク。ベース色を慎重に肌に合わせて、チークは目立ち過ぎないように、目元も重くならないように気を付けて。
「もう少しよ」
ブラシがくすぐったいのか、肩を竦める少女に声を掛け、優しく手元を動かす。
フレイルならばそのままでも良いと思うけれど、ほんのワンポイント、手を入れる事によって素材を引き立たせる事が出来るだろうからと。
「いい? 恋をしたら、その瞬間から命すら失っても惜しくないと思うほどにその人のことを想い続けるの……そして、女はその思いを糧に生きるのよ」
目を閉じたフレイルに、囁くように告げるセレアナ。
目を開いた時から、フレイルは恋というステージへ向かう。
それはきっと、最初で最後の恋だろう。
(……だからこそ、最高の状態で送り出してあげるわ)
それが素晴らしいものであればと思う。それを応援出来ればと、願う。
「さぁ、本当に綺麗よ。あとは一歩を踏み出すだけ」
相棒のメイクが終了した頃を見計らい、セレンフィリティがぽんと肩を叩いて見せれば、はいと笑顔を浮かべた。
着替え用の服を包んでいる間、休憩に行ったらどうかと勧められ、ショップを出ようとするフレイルに、ふと花梨が声を掛ける。
「あ、そういえば、これを預かってたの。折角だし、髪に付けて行きなよ」
花柄のワンピースに身を包んだフレイルに、花梨がはいと渡したのは、秋口に似合いの、淡い色を使ったパールビーズの髪飾りだ。
「はい、似合う似合う」
花梨に手伝って貰い髪に飾るが、そうなると気になるのは、やはりこれを預けたという相手の事だ。
「……あの、これは、どなたが……?」
「ほら、今背を向けてあっち行った人。あの人だよ」
細い指が指し示すのは、白い髪の男性の背中だ。
「あ、あの……失礼します!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(髪飾り、使って貰えたみたいだな)
喜んでくれればいいんだがと、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は踵を返した。
きっと着飾るなんて機会はなかっただろうから。そう思い、趣味の装飾品作りを活かして髪飾りを作ってみたが。
(俺じゃ怖がられるだろうし、女の子同士楽しんでるみたいで、良かった)
ヴァイスは右目を押さえる。そこにあるのは壊れた水色、左には赤。色違いの瞳を隠したら隠したで、縦に走る傷跡が怖いと言われる。折角の楽しい気持ちに水を注すような事はしたくないしと、預けてきてしまったが。
「あのっ……! 済みません、お礼を言わせて、頂けませんか……?」
ふいにその背に掛かったのは、必死な様子の少女の声だ。
振り返れば、そこにはフレイルの姿があった。
「あ、いや……」
会わないつもりだったから、少々焦った。
「お手間は取らせません、ので……」
ヴァイスの僅かな戸惑いに気づいたように、フレイルは身を引くようにして、立ち止まる。
「あー……じゃあ、少しだけな」
怖がらせないだろうかと、頭一つ分下の少女の顔に視線を遣れば。
「これ、とても可愛い髪飾りを、ありがとうございます。あ、あの、私……男性の方にプレゼントを頂いたのは初めてで、それで……」
端正な顔に走る傷跡に驚くよりも、別の事に気を取られているようで、少女は必死に言葉を選ぶよう、たどだとしい様子でお礼の言葉を探している。
少女の黒髪に飾られているのは自らの手がけた髪飾り。それを見下ろしながら、何だ、とヴァイスは拍子抜けした。同時に笑いがこみ上げる。
「あー、いいって、そんな焦んなくても。喜んでくれれば十分、な。……それ、似合ってる」
「はい、ありがとうございます……!」
秋晴れの空を見上げれば、妙にすっきりとした心地になって。
ヴァイスはより深く、笑みを浮かべた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヴァイスと別れ、一人となったタイミングを見計らい、お疲れでしょうと、ホレーショがフレイルに声を掛けた。
十時のお茶には少々遅いが、物事には頃合いというものがある。青年との会話もまた彼女の為になろうかと、ホレーショは考えたのだ。
洒落たオープンカフェのウッドデッキに席を取った二人は、暖かい紅茶を頼む。
「ローザマリアさんのパートナーさん、ですか」
「ああ。ショッピングは楽しまれたかな?」
「はい。とっても、楽しくて……」
笑顔で頷く少女に相槌を打ちながら、紅茶を嗜む。紳士らしく、女性を優先するように会話を進める合間に、彼はフレイルの癖や所作をそれとなく観察して、彼女のチャームポイントを探していた。
3日しかない、という表現は好きではないな……。それは主との会話の中でホレーショが言った言葉だ。
3日もある、という事だ、そう彼は続けた。
恋をするには、それだけあれば、十分だ、と。
「やはり、君は笑顔を浮かべた時が一番輝いているな」
「……はい?」
真剣な顔でケーキのメニューを眺めていた少女は、その言葉に顔を上げた。
ホレーショは穏やかな笑みを浮かべている。凪いだ海のような、青の瞳は優しい色を浮かべていた。
「いつの時代も、女性の笑顔は掛け替えのないものだ」
下手をすれば気障に取られそうな言葉も、彼が言うと何故か自然に聞こえる。紅茶のティーカップを傾けて、僅かに間を取り、再びに視線を交えた彼は、どうかな、と一つの提案をする。
「今度笑う時は、意識して僅かに首を傾げてみるというのは。大げさな感じでなく、ごく自然に君の中の優しさを、君の愛する人に分け与えるように、だ」
「優しさを、ですか……」
「そう。ああ、良い笑顔だ」
颯爽として気持ちの良い笑みを浮かべるホレーショにつられて、儚さを秘めた少女の表情は随分と明るくなっているようにも思えた。
元気な声が聞こえてきたのは、そんな時の事だ。
「あ、ねえねえふぃーちゃん、あそこー!」
「あら、フレイルさんですね。見つかって良かったですね、結奈ちゃん」
声の方向に視線を向ければ、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)が手を振りながらぱたぱたと駆けてくる。
「あっ、待ってよ!」
慌ててそれを追いかけるのは、クラウディア・テバルディ(くらうでぃあ・てばるでぃ)だ。
元気娘達二人の様子に笑顔を浮かべながら、のんびりとした歩調で追うのはフィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)。
「お席、ご一緒しても?」
賑やかな一団の到着とともに、メイド姿の次原 志緒(つぐはら・しお)が、静かな口調でホレーショらに相席の確認を取った。
「ああ、良いとも。少々手狭のようだから、テーブルを寄せた方が良いかな」
通りかかったボーイに言付けて、席を作っていると、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が通り掛かった。
「あ、フレイルさん、こんな所にいたの。……お茶会、かな? ねえ、あたしも混じってもいい?」
「あら、歩さん。ええ、賑やかなのはすてきだと思います。是非、どうぞ」
「ふぃーちゃん、マドレーヌ取ってー」
結奈の声に、フィリアスが持参したマドレーヌを取り出していると、カップの中身を確認し、志緒が席を立ってティーポット手に取ろうとした。
「あらあら、志緒ちゃん、紅茶のお替わりなら私が……」
志緒が壊滅的な料理の腕の持ち主と知る故か、その手を止めるフィリアスは思いの外に真剣だ。
「……紅茶ぐらい普通に淹れられます」
仕事を奪われてしまいましたと所在なげに手を組む志緒に、じゃあマドレーヌは志緒ちゃんが配ってね、と、フォローするようフィリアスが言う。
「どうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
にこにこと笑って受け取るフレイルに、仕事をやり切ったような実感を覚えて、志緒は小さくお辞儀した。
「志緒ー、こっちにもマドレーヌ頂戴」
「では、ごゆっくり」
クラウディアの元気な声に、志緒はマドレーヌを配りに移動するのだった。
パートナー達の賑やかなやりとりにくすくすと笑って、結奈は甘いマドレーヌを一つ手に取りながら、ちらりとフレイルの事を見る。
(良かったぁ。フレイル、笑ってる)
心配だったのだ。
短い命の事を考えて落ち込んだり、恋を叶えようと焦ってがむしゃらに動いたり。
そんな事をしていたら、疲れてしまうのではないかと。
でも、今のフレイルは笑っている。とてもいい顔で、笑っているように思う。
「ね、フレイルもマドレーヌ食べて?」
「はい、一つ頂きますね」
笑顔を交わして、お菓子を摘んでいると、歩がふと声を掛ける。
「そういえば、フレイルさんは蝶、なのよね?」
こうしてテーブルを囲んでいると忘れがちだが、彼女は不思議な存在なのだ。
蝶、の部分だけ小さく声をひそめて歩が聞けば、はいと、明快に答えが返る。
「フレイルさんから見える世界って、どんなのかなって思って……」
「そう……ですね。やはり、スケール感は変わると思います。私にとっては、今は小さく見えるこの角砂糖も、とても大きなものですし」
白い角砂糖を一つ摘んで、お替わりの紅茶にゆっくりと落とす。
風に乗って飛ぶ空の心地よさや、雨の日の過ごし方。大好きな花の蜜のとろけるような美味しさ。そんな事を訥々と話すフレイルの話に、歩は耳を傾ける。
人とは違う存在。だからこそ、たった3日なんて、人の尺度で彼女を計ってよいのだろうか? それは歩の中に、ふと浮かんだ疑問。
「ねえ、フレイルさん、いま幸せ?」
「はい。こうして皆さんと過ごせて……とても嬉しいです」
こうして楽しいと言って笑う彼女が望むなら、限られた時間であろうと、彼女が望むままに……恋を願う少女として、素敵な時間が過ごせる方が、きっと良いと、歩は思った。
「あのね、残される方が辛いって言う人もいると思うし、別れが辛いって言う人もいると思う。そういうところは確かにあるけど、幸せな思い出まで、否定しないでいいと思うんです」
だから。
「最後の別れの時でも、幸せでいて下さいね」
相手が好きで、近くに居るだけでとても幸せな気持ちになって。互いがそう思える関係が築けたのならば、思い返す時、穏やかな気持ちになれるのではないだろうかと。
失う事は確かに怖い。けれど、踏み出さねばそこに関係は無いのだ。
「そう振り返れるなら、それは本当に素敵な恋だなぁって」
素直な、歩らしいまっすぐなエール。
女の子らしい憧れの含まれた恋愛像はとてもきらきらとしていて、目映いくらいだ。
「はい……私も、そんな恋がしてみたいです」
微笑みを交わす少女達。
その時、賞賛のように、拍手の音が響いた。
「えっ?」
思わず何事かと歩が辺りを見回せば、テーブルの近くに、笑みを浮かべた少年が立っていた。
「失礼。とても素敵なお話だったから、聞き入ってしまったよ。ご一緒してもいいかな?」
僕も、フレイルの願いを叶えてあげたいんだ。
そう言ってトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は茶会の輪に加わった。
儚い命で求めるものは、恋という儚い思い。
「一緒に探そう。僕もこころを込めて、君にとって最高の相手が見つかるようにエスコートするからね」
「あ、あの……ご迷惑では……」
恐縮するようにおずおずと言うフレイルに、トマスは即座と首を振る。
「いいや、僕から言い出した事なのだから気にする事はないよ。精一杯、君と君の恋する心を守り抜くから」
フレイルの手を取って、だから安心して3日間をお過ごしよと、トマスは笑う。少女は、物慣れぬ様子で頬を染めた。
恋に恋する心。
少女が抱くふわふわとした感情……それが美しく実ればと思う。
無論、結奈の懸念のように失意と焦りばかりの時を過ごす可能性もある。
だが、歩の願うように、「一瞬」が「永遠」に封じ込められるような、そんな恋を見つけられる可能性だってあるのだ。
どちらがより幸せなのかは、分からない。しかし、生まれてきて良かったと彼女が思えるような日々となれば良い。そうトマスは思う。
それを守るのが、自分の役目だと。
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