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1.貴族服ファッションショー

 シャンバラの伝統パビリオン内の特設舞台では、皆川 陽(みなかわ・よう)の音頭の下、貴族服ファッションショーの準備が進められていた。
 万博の為だけに作られた仮設舞台とは言えつくりは立派なもので、舞台中央からは客席に向かって長い花道が造られており、まさしく「ファッションショー!」という感じだ。
 しかし、ファッションショー会場によくあるような色とりどりのスポットライトは用意されていない。貴族服というテーマに合わせ、けばけばしい装飾は排除してある。客席は広大なので、遠くのお客さんにも舞台の様子を見て貰う為、数カ所にスクリーンは設置されているけれど、それにも派手なムービーなどは流さない。
 舞台も、花道も、袖幕も黒に統一され、そこかしこに薔薇の装飾がされ、格調高い雰囲気で纏められていた。

 運営に関わっている生徒達が、慌ただしく照明の調整やBGMのテスト、装飾の仕上げに奔走している傍ら、楽屋ではモデル役の生徒達が準備に余念がない。
 モデルを担当するのは生徒が五人、それからゲストに招いている三人の計八人だ。
 さすがに理事長と領主である二人には別室で待機して貰っているものの、スペースの都合上、校長――ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)のパートナーであるエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)はさり気なーく他の生徒達に混ざって支度をしている。
 (因みにルドルフは、来賓として観覧に来る予定の女王をエスコートする役目が有るためこの場には居ない)
 モデル達は全員薔薇学の生徒……要するに男性だが、衣装には女性のドレスも用意されている。ということは、当然。
「陽、超カワイイぞ!」
 女装男子が必要になる。
 そんなわけで、皆川陽のパートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、持ち前のメイドスキルを活かし、女装モデル達の支度を手伝っている。今は丁度、陽にメイクを施しているところだ。
 その前に座っている陽が纏っているのは、淡いゴールドを基調とした、シルクのような光沢のある盛装のドレス。スカートはたっぷりとしたドレープにフリルとレースの装飾が施され、胸元には共布で作られた薔薇のコサージュが華を添えている。勿論丈はくるぶしを覆うほど、スカートの中には膨らませるためのボーン入りパニエが入っている。
 昔のドレスは、ドレスの形に体型を合わせることを前提として仕立てられているので、陽は男子にしては細い腰を、さらにコルセットでぎゅうっと締め、どうしたってがばがばになってしまう胸には詰め物をして形を安定させている。それに、丁寧に結われた黒髪のウィッグを付け、ティアラを留めれば、完璧に貴族のお嬢様そのものだ。
 仕上げな、と言いながらテディは、リップグロスを筆に取る。陽の顎に左手を添えて少し上を向かせると、息を詰めてグロスを乗せた筆をそのちいさな唇に走らせた。
 色味の薄かった唇がつややかな桜色に染まる。
「うおおおおお、陽、結婚してくれ!!」
「ちょ、や、止めてよテディ……ボク、男なんだから、カワイイとか……」
 メイクの仕上がりを確認するために少し距離を取ったかと思った瞬間、テディはぎゅうと陽に抱きつく真似をする。
 皆の前と言うこともあって、陽は迷惑顔でそれを避けようとするが、重たいドレスの所為で思うように動けないらしい。立ち上がろうとしてつんのめる。
「っと!」
 そこをすかさずテディが支える。
「あ……ごめん……」
「当たり前のことしただけだって。それより陽、舞台ではこけんなよ?」
 恥ずかしそうに頬を染める陽が体勢を整えるのに手を貸してやりながら、テディは苦笑を浮かべてみせた。
 さてその横では、三井 静(みつい・せい)がドレスに着替えている。
 静が纏うのは、パステルグリーンを基調とした、さらりとした風合いの普段着ドレス。普段着とはいえ貴族のそれだ、陽が着ているパーティ用のドレスほどではないにせよ、スカートはボリュームたっぷり勿論パニエ入りくるぶし丈、豊かに広がる袖の先までレースで装飾が施されている。
「おおっ、静もなかなかカワイイな!」
「そ、そうかな……」
 着替えを終えた静の元に、陽の支度を終えたテディがやってきてメイクを始める。
 化粧水を付けて、下地から、ファンデーション、アイシャドウにアイライン、チークと乗せていくと、なんだか段々別の人間になっていくような錯覚に囚われる。
「可愛い、かな……」
 いつもは引っ込み思案で、人と関わろうとしない静だけれど、メイクの魔法の所為だろうか、ほんのりと笑顔を浮かべてテディの顔をちらりと見上げる。
「ああ! 陽が居なかったら求婚してるところだ!」
 にっこりと笑ってテディが答える、が。
「……」
 それを部屋の反対側で聞いていた、静のパートナー・三井 藍(みつい・あお)が無言のままつかつかやってきた。かと思うと、すぅと顔の横に掲げた右手の指先が黒く染まり、ナイフの様な形に硬化していく。
「……すんません。ほんの冗談です藍さん武器はしまってください」
 視界の端で藍の姿を捕らえたテディが慌てて両手を上げて降参のポーズを取る。
「もう変な事はしないんで、メイクの仕上げ、させてもらっても?」
 その言葉に藍は大人しく手を下ろす。目つきが悪い所為と無口な所為とで本気と取られがちだけれど、藍の方だってそこまで本気だった訳ではない。大人しい静が人前に出てみようとしている事を喜んでいるし、人と関わろうとする姿は応援したいと思っている。が、悪い虫が付くのは頂けない。
 じっと藍が見守る中、リップグロスとハイライトが入って静のメイクも完成した。
「ど、どうかな……」
「うん、似合う」
 ちらりと藍の方を見てから、恥ずかしそうに自分が纏っているドレスを何度も見下ろす静に、藍はニッコリと笑った。
「さーて後はエリーちゃん! 今日もカワイイね!」
「エリーちゃんは止めて下さい……」
 シャンパンゴールドの、ハイウェストのワンピースをさらりと着こなすエリオは、流石の貫禄だ。ウェーブのロングウィッグもまたよく似合っている。――本人は非常に不服そうだけれど。
 テディの手によって大人の女性らしいメイクが施されていくと、何とも言えない色香まで漂い始める程だ。
「凄い……流石ですね、先輩」
「ありがとう、陽……ちょっと恥ずかしいけどね……」
 はは、とエリオは苦笑して、それからがく、と肩を落とした。

 女装モデルの準備が着々と進む横では、勿論男装モデルの面々も準備に余念がない。
 が、男装の場合は、体型補正から必要な女装モデルほどの手間は掛からない。舞台映えを鑑みて、裏方担当のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がメイクをして回ってはいるけれど、ファンデーションとノーズシャドウ、ちょっぴりアイライン程度だ。
 先ほどパートナーのフォローに行った藍も、もうメイクも終えて衣装もすっかり身につけていている。静が纏う普段着のドレスと対になる、普段遣いの貴族服だ。美術館などで展示されて残っているのは、男女ともに専ら盛装ばかりなので、こういった歴史有る普段着というのは有る意味レアだ。資料としての価値は大きい。
「……ん? これ、どっかで見たな……」
 そんな歴史有る衣装の数々の中から、自分が着るべき衣装を探していたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、そのうちの一着を見て手を止めた。最初に着る予定のその衣装は、歴史を感じさせる詰め襟のデザインで、ベストとキュロットがセットになっている盛装だ。
「……あ。屋敷に飾ってあった肖像画か……」
 暫くそれを手にとって眺めていたが、不意にピンと来た。
 そうだ、大分前に飛び出した、実家に飾ってあった古い祖父の肖像画。そこに描かれた若い頃の祖父が来ていた衣服、そのものだ。
 皮肉なことに、その衣装が掛かっていたハンガーには自分の名前の書かれたタグが付いている。
「げー、じじいが着てた奴かよ……ま、これも運命かね……」
 はは、と少し懐かしむような、複雑な笑顔を口元に浮かべて、ソーマはその服に袖を通した。