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【空京万博】ビッグイベント目白押し!

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 九割方の準備が整った楽屋に、教師であるマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)がひょっこり顔を出した。今日は生徒の手の届かない所をなにくれとフォローして回っている。
「おー、華やかだな」
 マリウスは楽屋内を見渡してニッコリと笑う。その声に、特に女装モデルの三人は顔を見合わせてから恥ずかしそうにマリウスに会釈した。
「そろそろ開場だ。皆、とても美しいぞ。普段のままでいい、背筋を伸ばしてな」
 私は来賓を迎えに行くから一緒には居られないが、と言うマリウスに、生徒達はハイ、と真剣な声で返事をする。
 それを合図に、概ね支度の終わったモデル役達は出番に向け、自分が出る方の袖にスタンバイするため、移動を開始した。
 そんな中。
「なあ、テディはパートナーをエスコートしないのか?」
 出番が遅いため少し余裕がある藍が、楽屋に残るテディを捕まえて、問いかけた。
 藍としてはパートナーをエスコートするのは当然、と思っているのだけれど、テディは今回は裏方に徹する、と言ってモデルを辞退している。それがどうしても気になっていた。
「や、ほら、俺は従者だから。分はわきまえてるつもりだよ」
 本当はテディだって、陽をエスコートしたかった。けれど、自分は陽に仕えている身だという思いが邪魔をして、どうしてもエスコート役を名乗り出る事が出来なかった。
 結局、今日陽をエスコートするのはソーマの役目となっている。
「分、か……パートナーなら、そんなこと関係ないんじゃないか?」
 パートナーの関係性はそれぞれ、とはいえ、陽がそんなことを気にするようには見えなかった。
「まあ、俺が口出しをすることじゃないかもしれないが。……じゃ、着替え、頼むな」
「ああ。……ありがとう」
 楽屋を出て行く藍の背中に、聞こえるか、聞こえないかという小さい声でお礼を言うと、テディはこの後に待ち受けている「怒濤の衣装早着替え大会」に備えてメイク道具の片づけをはじめる。



 開場時間を過ぎ、広々とした客席には続々と観客が集まってきていた。大ホール並の規模がある客席の、八割以上が既に埋まっている。 
 そこへ。
「会場内は暗くなっています、お足元にお気を付けて」
「ええ、ありがとうございます」
 シャンバラの女王であるアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)が、薔薇の学舎校長のルドルフにエスコートされてしずしずと現れた。
「お待ちしておりました、女王陛下」
 会場の入り口では、マリウスが二人を出迎える。
「特別席をご用意しております、こちらへ」
 無用の混乱を避けるため、観客の入場が終わった後から三人はゆっくりと、客席中央に設えられた特別席へと向かう。
 マリウスが一歩先を歩き、周囲の観客に騒がないよう言い含める。
 そのお陰もあって、平穏のうちに女王は観客席中央、ステージ正面、見晴らしの良い特別席に着席した。その隣にはルドルフが腰を下ろす。
「本日はお運び頂き誠に有り難う御座います。生徒達の心ばかりの催しですが、お楽しみ頂ければ幸いです」
「こちらこそ、お招きいただき光栄です。とても素敵なイベントですね」
 落ち着いた会場内を見渡したアイシャがにっこりと微笑む。彼女自身も吸血鬼の生まれ、その歴史を扱うとあって、楽しみにしている様子だ。
「もしお気に召された衣装がありましたら、試着されて記念撮影していただけますよ」
「本当ですか? それは楽しみです」
 アイシャの目がきらきらと光る。と、同時に、会場の明かりが落ちた。
 リィン、ゴォン、と厳粛な鐘の音が開演を告げる。
「皆様、本日は貴族服ファッションショーへ足をお運び頂き、誠に有り難う御座います」
 舞台上に執事の衣装に身を包んだ清泉 北都(いずみ・ほくと)が現れた。マイクを持って花道の先頭に立ち、深々と丁寧なお辞儀をする。
「霧の都・タシガンに住まう美しい吸血鬼貴族達が身に纏ってきた、煌びやかな衣装と装飾品。時代時代において、着こなしの流行や装飾品も変化してきました。本日はその変遷を、実際の衣装をモデル達が身に纏うことで、動く歴史資料として皆さんに披露致します。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」
 些か緊張の面持ちで挨拶をすると、北都は再び一礼する。スポットライトが消えた。
「さて、それでは時代を遡ってまいりましょう――」
 暗闇の中、北都の声だけが響く。(実際は、客席からみて左側、業界用語で言う所の下手(しもて)側に立って居るのだが、スポットが当たって居ないので姿は見えない)
 その声と共に、優雅なBGMが流れ始める。そして、下手側からカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)が姿を現した。長身に、古代の貴族服がよく似合っている。
「お手元のパンフレットをご覧下さい――」
 カールハインツがゆったりとした足取りで舞台中央に向かう間に、北都がナレーションを重ねる。
 パンフレットはエメが中心になって編集したもので、今日登場する衣装と、丁寧な解説が纏められている。
 カールハインツが舞台中央で足を止め、上手(かみて)……客席から見て、舞台の右側に向かって手招きする。すると、ドレスの裾をふわりと翻し、エリオが姿を現した。
 その姿に、客席からほう、と溜息とも感嘆の声ともつかない歓声が上がる。
 シャンパンゴールドのワンピースは、胸(詰め物入り)の下でベルトで纏められ、すとんと床まで落ちている。パニエが入っていないためボリュームはないが、シンプルで古典的な、シルエットの美しさが有る。
 エリオは滑るような足取りでカールハインツの元まで歩み寄ると、そっと差し出された腕に手を絡めた。二人揃って前を向くと、きゃぁ、と控えめながらも女性の歓声と思しき声がそこここから聞こえてくる。
「似合うぜ、エリオ」
「……やめてください」
 カールハインツが花道を歩きながらそっと耳打ちする。エリオは絡めている手でカールハインツの腕をむに、と抓った。



「流石エリオ、よく似合ってるね」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の二人は、友人が多数出演するということでファッションショーを楽しみに来ていた。因みに座っているのは最前列のかぶりつき。ちょっぴり首は痛いけれど、友人達の顔がよく見える。
「うーん、でも、クリスティーの方が似合うかも」
「もう、やめてよ……」
 目の前でポーズを取っているカールハインツとエリオの二人を見上げながら、からかうような口調で言うクリストファーに、クリスティーは顔を赤くしてはたはたと手を振ってみせる。
「女装モデルで参加すればよかったのに」
「バカ言わないでよ、素肌を見せたり、身体のラインが出る服は御法度でしょ。……それに、身長がそもそも……」
 調子よく続けるクリストファーに、クリスティーは小声で不服を露わに反論する。
 色々と複雑な事情を抱えるこの二人。バレては不味いことも多いのだ。
「クリストファーこそ、モデルやれば良かったじゃない」
「んー、モデル気分がどんなものか、興味はあるけどね」
 そう言いながらクリストファーは自分の顔に残る傷跡に触れる。以前の戦いの折りに残された傷だ。
「やっぱり、傷が有るモデルってのはちょっとねぇ」
 主催者である陽はそんなこと気にしないのだろうが、本人の美意識が許さないらしい。
「あ、ほらほら、あの衣装なんかクリスティーに似合いそう」
 そう言ってクリストファーが指さすのは、エリオとカールハインツに代わって舞台上に登場した、陽とソーマの二人。

「こちらの衣装は……えっ……し、失礼しました、タシガン貴族、アルジェント家よりお借りしたもので――」

 思わぬ所で自分のパートナーのファミリーネームを見付けて動揺した北都がアナウンスを噛んだ以外、舞台上は滞りなく演目が進んでいる。
 陽はドレスの裾を踏まないように、失敗しないように、緊張に顔を引きつらせて足を運ぶ。
 エスコートするソーマはといえば、祖父の衣服であるという事で少しリラックスしているのだろうか、陽の事を気遣いながら、ゆっくり歩を進める。その様はまるで本物の貴族が女性をエスコートしているようだ。
「大丈夫、ゆっくり、な?」
「う……うん……」
 客席に聞こえないよう小声で言い交わしながら、二人はゆっくりと花道の先頭まで歩いていくと、一度手を解き、各々いくつかのポーズを取る。ソーマは堂々と、陽は少し恥ずかしそうに。
 そして、くるりとその場で回転すると、再び腕を組み直して花道を戻っていく。
 入れ替わりに左右から現れたのは、静と藍のふたりだ。
 舞台中央で腕を絡め、花道を進む。
 静はしゃんと背筋を伸ばして、穏やかな微笑みまで浮かべて堂々と花道を歩いていく。
 その、普段の静からは想像も付かない堂々とした立ち居振る舞いに、藍は内心とても驚いていた。ついさっき、舞台裏で下手と上手に別れたときはあんなにびくびくしていたのに。
 ふたりはそのまま花道の先まで歩いていくと、北都のアナウンスに従って足を止める。
 それから、先ほどまでの二組と同じようにいくつかポーズを決めて、ゆっくりとターンする。
 藍がそっと手を差し出すと、静がそれにゆったりと手を添える。そつがない動きで花道を戻り、再び上手と下手に別れて舞台袖へと引っ込んでいく。