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リアクション
■箱の中の災難
なるほど話に聞いた通りだ。
蒼空荘を前にする雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、嫌な予感に顔をしかめた。
木造モルタル二階建ての外見はびっくりするくらい飾り気がなく、飾り立てられた花輪がなにかの間違いではないかというくらい浮いている。花輪に書き記された正気を疑う文字は「蒼空荘スタンプラリー」。
「想定所要時間は一時間から二時間。ただし、あんまり奥の方行くとその限りでなし。わたしはここの管理人だけど、荘内全域を掃除しろって言われたら次の職探すわね。若人よ、健闘を祈るっ」
ともすれば同い年くらいに見える管理人の女性は、ハイテンションに雅羅の背中を叩く。一層気を重くした雅羅を引っ張るは二つの手。
嫌な予感は、だいたいにおいて逃げられない。
「なんだかお化け屋敷みたいですね……みなさん、はぐれないでくださいね」
「僕たちよりも柚の方が危ないと思うんだけど」
雅羅の左手を引っ張るのは杜守 柚(ともり・ゆず)と杜守 三月(ともり・みつき)。
「こういうとこの探検ってワクワクするね。ね、雅羅さんもそう思うでしょ?」
「こういうところにこそ雅羅ヲタがいるのよね。一人残らずあぶり出さなきゃ」
右手を引っ張るのは想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)と想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)。
今すぐにでも回れ右したいところだが、友人たちからの誘いとあっては断ることもできない。すでに災難を覚悟して足取りの重い雅羅である。
蒼空荘内に足を踏み入れた。この時点ではさしておかしなところはない。まばらに点いた明かりが、なるほどお化け屋敷のような雰囲気を演出していた。
「サンドイッチ配布、だって」
玄関からいくらも歩かない部屋に貼り出された紙にある。
「『手製のサンドイッチ、食べてくださった方にスタンプ1個プレゼント』とも書いてあるね」
どうする、と紙を読み上げた三月が振り返った。
「よかった、危ないことも怖いこともなさそうですね」
「そういうのはもっと先なんじゃないかな。でも、どんなサンドイッチなのかなぁ」
「罠かもしれないわね。ま、もしそうなら蹴り飛ばすだけだけど」
柚と夢悠に瑠兎子、口々に言って、雅羅に目を向けた。どうやら、全員部屋に入るつもりのようだ。
未だ嫌な予感はぬぐい去れないが、所詮はサンドイッチ、軽い気持ちで「じゃあ行きましょうか」と雅羅は頷いた。
「ようこそ、俺の部屋へ。歓迎する」
足を踏み入れた部屋には新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が待ち受けていた。
「サンドイッチ配布って見たけど……」
「ああ。これ」
人数分のサンドイッチが載った皿を出す。
「一人ひとつずつ食べてくれればいい。別に大食いや早食いをやってくれなんて言わないよ。ちょっとした軽食のサービスだ」
じゃあいただきます、と各々サンドイッチを手に取るさなか、「餓死されても困るしな」と小さく付け加えた燕馬に気づいたのは雅羅だけだった。
「今、餓死って、」
強引に遮る燕馬の声。
「ところで、普通のサンドイッチじゃつまんないだろ? だから、この中にひとつだけ普通じゃないサンドイッチがあるんだ。もちろん、見た目じゃ分からないけど」
「普通じゃないって?」
「なんだったかな、砂糖の塊に蜂蜜と練乳をたっぷりかけたような甘口とか、逆に半端じゃなく苦かったり辛かったりするのはあったと思うけど、俺自身もよく憶えてないな」
「ひとつだけ?」
「そう、ご一行様ひとつだけ」
こうなるとオチがほとんど見えている。早くも心配そうな視線や期待しているような視線を受け、雅羅は自分でももはや絶望的な気分になっていた。
「む、無理に食べなくってもいいんじゃないかな、雅羅さん」
夢悠は言うが、
「一応、これもイベントの一環だから、食べないとスタンプはあげらんないよ」
燕馬によって逃げ道を絶たれる。
「雅羅ちゃん、交換しましょうか?」
柚が自分のサンドイッチを差し出すが、雅羅はかぶりを振った。確定事項のような扱いだが、食べてみるまで分からないではないか。箱は開けていない。覚悟を決めて雅羅はサンドイッチを口に含む。
見えていた結果では、あったけれど。
そこから後のことを、雅羅はほとんど憶えていない。ただ、いくつかの声が聞こえたような気がする。
「わ、わっ、雅羅ちゃん大丈夫ですか!?」
「すごい、期待を裏切らないよね、雅羅」
「み、水! 雅羅さん、今すぐ水持ってくるから!」
「雅羅ちゃん、はいどうぞ。ワタシの膝枕」
「おお、大当たり」
嫌な予感はだいたいにおいて逃げられない。つくづく、実感する。
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