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■屋根裏のひみつ

 目指すは屋根裏。片野 ももか(かたの・ももか)モリンカ・ティーターン(もりんか・てぃーたーん)が、これと定めた目的地に向かう足は迷いがない。
「屋根裏に行きたいんだから、とにかく階段登ればいいよね」
「うむ。間違い無いじゃろう」
 階段があったから登った。外から見た時には確かに二階建てだったはずだが三つほど階段を登った。全く不可思議なことだ。それでも屋根裏にはたどり着かない。
「今何階なのかな?」
「少なくとも屋根裏ではないようじゃな」
 モリンカの返答にももかは「そっかー」と頷く。目的地でないのだから歩む足は少しも緩めない。
 当の二人はいい。いつの間にやら二人についていく格好になっていた奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)雲入 弥狐(くもいり・みこ)にとっては突っ込みどころだ。
「え、ちょっと、そんなのでいいの? 明らかにおかしくない?」
 沙夢が思わず口を出すが、モリンカは鷹揚に、
「構わん。ここが建物である以上、今ここが何階だろうと、屋根裏が一番上に決まっておる」
「つまり、上に行けばそれだけ屋根裏に近づくんだよね」
 ももかが言葉を引き継いだ。やっぱり分からない。
「なんでそんなに屋根裏にこだわるの?」
 トラップを解除しながら弥狐が首を傾げた。迷いなく屋根裏に進んでいくももかとモリンカはトラップの類に無頓着だ。沙夢と弥狐が対処することになる。
「スタンプラリーだもん」
「いかにもスタンプがありそうじゃろう?」
 要するに根拠のない思い込みで目指しているのだが、こうも自信たっぷりな態度を見せられると、つい信じてしまいそうになるから不思議だ。どのみち具体的な指針もない沙夢と弥狐としては文句のつけようもない。大人しくついていくことにする。
「でも、屋根裏にスタンプがあるとしたら、なにかしら障害があるわよね」
「そっか、注意しなきゃだよね」
 沙夢が気づき、弥狐がぽんと手を打った。
「安心するがよい。どのような障害があるか、すでにわいとももかには見えておる」
 またしても自信たっぷりにモリンカは宣言した。沙夢は本当に?、と疑問に思うが、悔しいことに薄く笑うモリンカの姿は格好いい。つい信じる方に傾いてしまう。
「あのね、それは私が考えたんだけどね、」
 ももかは自らの推理を話した。
「多分、蜂がいるの。ほら、チラシ憶えてる? 『住人は少し人見知りで、ほんの少し過激』って。それで屋根裏でしょ。きっと、屋根裏に蜂が巣を作っちゃったんだよ。だからね、障害はきっと蜂」
「見事な推理じゃ、ももか」
 モリンカがももかの頭を撫で回して、ももかがくすぐったそうに笑った。一方、ももかの推理を聞かされた沙夢と弥狐は、納得いっていないようで、
「どう思う?」
「うーん」


「うーん、住み心地ねぇ。いや、悪くないよ。あーでも冬寒くってな。そればっかりは本当カンベン」
「ふんふん、冬が寒い、と。確かに壁は薄そうだしな」
「白菜食え」
「あ、こりゃどうもです」
 ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)セス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)は住人二人と鍋を囲っていた。なぜこんなことになったのかというと、それはこの場にいる誰もが正確なところを把握していないが、住人の話を聞きたがっていたアイリと、鍋をやりたかった住人の利害が一致したためとだけ言っておく。
 すっかり打ち解けたアイリがお椀に取り分けながら質問する。
「噂聞くとなんでもありに聞こえるけどさ、実際どうなんだ?」
 住人の片方、どてらを着込んだ方は満足そうに豆腐を口に入れ、
「実際ってのは?」
「わけの分からないことに、めちゃくちゃ広いじゃん、この下宿。それって住人からすると苦労の方が多いんじゃねーの」
「いや、別に。みんな自分の生活圏内作ってその範囲から出ようとしないし。あ、でも、」
 どてらは天井を見上げた。
「屋根裏、夜になるとネズミがすげーうるさいことがあってさ、管理人さんが怒り狂ってヘビを放したんだよ。そしたら今度はネズミがヘビに食われる時の悲鳴が妙に響いて、それを不気味だって言うやつはいるな」
「へーネズミの悲鳴ですか、確かにそれは気にする人は気にするかもしれませんね」
 セスがコメントする。
「ネズミごと一網打尽にしてくれりゃありがたいんだけどな」


 蜂がいる。いいだろう、甚だ怪しい推理ではあるが、ひとまずいると仮定しよう。では蜂がいたらどうするのか。スタンプがあるかもしれないのだし、屋根裏部屋に乗り込まなくてはならないが、蜂がいたら危険だ。当然なんらかの対応策が必要になる。では、その対応策とは。
「えっとね、アシッドミストで駆除するんだって」
「アシッドミストって……酸の霧? それ、まずくないの?」
「さりとて蜂をそのままにして屋根裏に足を踏み入れるわけにはいくまい。話し合いもできない相手とくれば駆除するしかないじゃろう」
 確かに動物に好かれる傾向にある沙夢であっても、さすがに蜂は対象外で、話などできはしない。殺虫剤代わりに酸の霧を使うというのはなかなかいいアイディアなのではないか。
 そこで弥狐は疑問を口にした。
「でも、それって乗り込むことになるあたしたちはどうするの?」
「がんばって口を押さえれば大丈夫だよ、きっと」
 不安の募るももかの返答だった。
 屋根裏にアシッドミストを放ったことで、ネズミの悲鳴に悩まされていた一部の住人から感謝されることになろうとは、この時、まだ誰も知らないことだった。