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恋なんて知らない!

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恋なんて知らない!

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「はぁ、はぁ……」


 無尽蔵にやってくる投石を避けるグルーガを尻目に、小町は街の裏通りへ逃げ込んだ。
 息絶え絶えに、壁に寄りかかるとそのままずるずると下へ下がって行く。


「くそ、くそ……。皆、なにゆえ我らの企てに邪魔を……」

「麿は当然だと思うが……」

「!?」


 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)のパートナーである藤原 時平(ふじわらの・ときひら)は、小町の隣りに佇んでいた。


「お、御主!?」

「おっと、そう狼狽えるでないよ。小町殿」

「……。さっきの投石、貴様が……?」

「そうとも言う」


 おざなりに答えると、時平も膝を曲げる。
 

「どういうつもりだ……」

「ん?」

「ほとんどの者たちが我々の計画を阻もうとする。……貴様は、何が目的なんだ」

「……恋、それ以外にあろうか」

「っ!貴様――!!」


 時平が呟く様に言った一言がスイッチとなり、小町は戦闘態勢に入ろうと武器に手を伸ばそうとした。
 しかし


「貴様、……て、手を放せ!」

「思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 色には出でじと 思ひしものを」


 ――あの人を思う心の強さには、堪え忍ぶ心が負けてしまったよ。表面には出すまいと思っていたのに――

 和歌だ。
 小町と自身が生きし時代の由緒正しき方法をもって小町を口説くべく、時平は和歌を送ったのだ。
 彼がかつて仕えし醍醐天皇が女性を口説く時に借用した、という和歌を。ちゃっかりと。


「く……」

「六歌仙の一人たる小町殿の愛を撫でるに相応しいものは歌のみ。そなたを想う歌を詠んでこそ、求愛の囁きとなろう。……どうだ?あの田舎の防人のような者と共に行動するのではなく、麿と共に愛を確かめ合って生きるでおじゃるよ」


 顔を近づけて返歌を待つ時平。だがしかし。
 遠くを行く通行人のお鳴らしを彼の耳は聞き逃すことが出来なかった。


「にょふっ」


 たまらず相貌が崩れる。


「ひっ……!ぶ、ぶ、無礼者!!!」

「ぐぅぉっ!?」


 時平の視界は、黒と白で埋め尽くされたに違いない。
 腰に伸びて来た手を振り払い、小町は空いている左手で石を手に取り、時平の下腹部へと投げつけたのだ。


「誰が貴様なぞの歌に惚けるか!!二度と顔を見せる出ない!!」

「……これが、今、俗……に、言う、『つんでれ』と……言ふもの也、か……」


 時平の意識は、その一言と共に朝焼けまで閉じる事となった。