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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

リアクション

 更衣室の混雑にも一段落付いてきた。
 まだ更衣室から出てきていない人達も居なくは無いのだが、そっとしておいてあげよう、というのが主催者であるののとパトリック、共通の見解だ。
 二人はホールへと移動すると、しめやかに開会の挨拶を済ませる。
 成人している人には乾杯酒が、そうでない人や呑めない人にはジュースが振る舞われ、ハロウィンカラーのお菓子が次々と机の上へ供され始める。
 パーティーは穏やかに幕を開けた。
 ホールには音楽が流れ出し、中には手に手を取って踊り出すカップルも居る。
 お菓子片手に談笑する輪もあれば、二人きりでそっとホールを抜け出していくカップルもあり、参加者は皆、思い思いに非日常のひとときを楽しんでいる。

●○●○●

「むむ、出たな悪魔め、調伏してくれるぅ」
 実に芝居がかった調子で衣装の胸に掛けた十字架を振りかざすのはソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)だ。その視線の先には、悪魔の衣装に身を包んだパートナーの本郷 翔(ほんごう・かける)の姿。
 やや呆れたような表情を浮かべている翔だけれど、内心少し楽しんでも居る。全く、と言いながらも、そうはさせませんよ、と手にしたおもちゃの槍を構えてソールに対峙してやる。
「お、抵抗するか」
「簡単に思い通りになど、なりません」
 翔は軽やかにプラスチック製の槍を振り回すと、ソールの手の中にある十字架を打ち払おうとする。しかしソールもソールでひらりと身を躱すと、翔の槍を封じようと手を伸ばす。二人ともそれなりに熟練した契約者、その動きにはキレがある。
 とはいえ、二人の表情や雰囲気からじゃれ合っているだけだということは察せられるので、周囲も特に気に留めるでもなく、時たま、出し物と勘違いした人が視線を向けているくらいだ。
 だが、だんだん翔の顔に本気の色が浮かび始める。日頃の鬱憤が表面に出てきたらしい。振り回す槍の速度が上がり、狙いも精緻になっていく。
「ちょ、翔、本気で攻撃してくるのはやめておけよ。パーティーなんだから、他の人に迷惑……」
「お黙りなさい、この、尻軽エクソシスト」
「しりが……って、翔、この前かわいこちゃん口説いてたこと、根に持ってるのか?」
 ソールの言葉に、翔の手が一瞬止まる。ああそうだ、その通りだ、と心の中では思っているのだけれど、それを素直に口に出してやるのは癪なのだ。自分ばかり好きみたいで。
 けれどその一瞬で、ソールには伝わったらしい。すかさず槍をかいくぐって、翔の肩を抱き寄せる。
「本命は翔なんだから、安心しろって」
 耳元で囁いてやると、翔はどうだか、と不満そうなため息を漏らした。
「あー、女の子を口説くのは、俺の性っていうか」
「……浮気者」
 翔としてはその「性」とやらが不満なのだけれど、ソールはそうやって嫉妬してくれる顔さえ楽しんでいる節がある。その余裕が、翔には憎たらしい。
「だから、本命は翔だけだって……パーティーが終わったら、いっぱい可愛がってやるからさ」
 耳元に寄せられた唇が落としていった言葉に、思わず期待してしまう自分がいるのがまた、悔しい。
「……期待してますよ」
 だからちょっとだけ、強がってやる。ソールの胸倉を掴むようにして乱暴に引き寄せ、唇の端にキスをした。


●○●○●

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、その恋人である鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)のふたりは、メイン会場の片隅でブランデーグラスを傾けていた。手元には、机の上から取ってきたハロウィンカラーのお菓子もある。
 女吸血鬼に扮したルカルカはそのうちの一つをつまみ上げて、実に幸せそうな顔で頬張った。
「はうー、美味しい」
 うーん、と口の中の幸せを噛みしめるように天井を仰いで見せるルカルカの仕草を、真一郎は楽しそうに見詰めている。
「まるで子どもだな」
 思わずそうからかうと、ルカルカはぷうと頬を膨らませて、子どもじゃないもん、と反論する。そういう仕草が子どもっぽいのだ、と思いながら、敢えて指摘はしない。
「だって本当に美味しいんだもん、ほら真一郎さん」
 ルカルカはお皿の上に乗ったお菓子をひとつつまむと、真一郎の口の前へと持っていく。思わず唇でそれを受け取ってしまってから、ごほん、と一つ咳払い。
 しかし、口の中に入れたお菓子は確かに美味しい。ルカルカの笑顔も納得がいく。
「確かに、美味しいな」
 よしよし、と頭を撫でてやると、ルカルカはそうやってまた子ども扱いするぅ、とへそを曲げてみせた。
 小芝居なのは解って居るけれど、大切な人がこうしてへそを曲げているというのはあまり気分が良いものではない。やれやれどうしたものか、と思っていると、ふと耳に聞き覚えのある曲が飛び込んできた。三拍子のゆったりとしたリズムのワルツ。これなら踊れる。
「ダンスでも如何ですか、レディ」
 真一郎はわざと芝居がかった仕草で跪き、ルカルカに向かって手を差し伸べる。吸血鬼をイメージした白いタキシード姿と相まって、非常に絵になる。
 むくれるフリをしていたルカルカは、あっという間に笑顔になって、差し出された手に自分の手を乗せる。そして二人は寄り添い合うようにしてホールの真ん中へと踊り出た。