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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』
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リアクション

 
 親愛なるあなたへ、精一杯の贈り物を。



▽ ▽


 聖夜の数週間前、キアーラは、ヤマプリーとスワルガを行き来する行商人にエセルラキアへの文を隠し仕込んだ一輪の花を託した。
 それが、本人に届くかどうかは解らない。
 これが届けば、彼に自分の想いも伝わるのだろう。けれどそれは無いような気もする。
 二人は最後まで、互いの想いを半ば知りながら、想いあったまま、告げないまま、敵同士のまま終わった。
 それを今のキアーラが知る由もない。
 けれど、今胸が張り裂けるように切ないのは、報われないことを知っているからかもしれなかった。

 ヤマプリーを望める高い崖の上から、キアーラはエセルラキアに思いを馳せ、祈った。
(私達は、出会ってしまった。
 そして私は貴方に想いを寄せてしまった……。
 赦されないことなのはわかっています。
 胸が痛いけれど、辛いけれど、同時に心が温まり、安らぐのです。
 私は私の心を偽りたくはない……会いたい。
 無理だとわかっていても……。
 けれど今はせめて、貴方のことを胸に、祈らせてくださいませ、エセル……)


△ △



 モクシャは滅亡したけれど、そこに懸命に生きていた沢山の人達を、何かの形で残してあげたいな、と、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は考えた。

「これは、前言ってた、美羽の前世の世界?」
 美羽が記憶術と念写能力駆使して作った写真集を見て、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が訊ねる。
「そうだよ。綺麗でしょ」
 二冊作って、一冊はイルミンスール大図書室に寄贈することにした。
 そこで二人は、ハルカと出会う。
「これがみわさんなのです?」
 コハクと一緒に美羽が作った写真集を見ながら、二人はミルシェの写真に注目した。
「うん、そう」
「天使みたいで可愛いのです」
「面影は美羽に似てるけど……大人しそうな子だね」
「でも、本当はおてんばだよ」
 秘密を告白するような美羽の言葉に、二人も笑う。
「みわさんらしくていいのです」
 世界を守る為に、最後まで戦ったミルシェ。
 魔物に襲われようとしていても、ただ睨みつけるだけで躱そうともしなかったミフォリーザを庇い、渾身の蹴りを放って、魔物と相打ちになった。
「この人は? 何かぶたれてるみたいだけど……」
「うっ! その人はその人は」
 コハクが指差した写真に、パンツ見られた相手、とも言えず、美羽は適当にごまかした。

「ハルカ、此処にいたんか」
 迷子じゃなくてよかったと言いながら、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が声をかけてきた。
「此処にいるのです」
 答えたハルカは、はたと気づいてぱらぱらと写真集のページをめくる。
「みっちゃんも写ってるのです?」
 翔一朗は苦笑した。
「前世のか? 俺ら敵同士じゃったけえの」
「戦ったこともあったっけねー」
 美羽もくすくす笑う。
「あったはずだよ……ほら、これ」
 面影がある。なるほどと納得してから、ハルカは翔一朗を見上げた。
「みっちゃん、ハルカを探していたのです?」
「ああ、ハルカ、博士へのクリスマスプレゼントがどーたら言ってたじゃろ。
 皆で買い物がてらザンスカールにでも遊びに行こうかと。美羽達もどうじゃ」
「行く行く!」
 美羽は勿論賛成する。
「みっちゃんとみわさんへのクリスマスプレゼントも欲しいのです」
 早速立ち上がるハルカに、翔一朗は『禁猟区』を施した。

「そういえば、ハルカも入学して半年経つんじゃな。最近どうじゃ。進級はできそうか?」
「楽しいですけど、向いてることと向いてないことの差が激しいそうなのです」
 少ししょぼんとして、ハルカは答えた。
「はかせはゆっくりやればいいって言うのです」
「うん。いいんじゃないかな、マイペースで」
 コハクも言う。
「そういうみっちゃんはどうなの。進級できるの?」
 美羽に訊ねられて、翔一朗はふふふと笑った。
「まあ任せとけ」
「脂汗が浮いてるよ」


◇ ◇ ◇


 樹月 刀真(きづき・とうま)が、オリヴィエ博士に面会に行こう、と誘うと、ハルカは喜んだ。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)も誘ったのだが、当日彼は来ず、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だけが姿を現した。
 聞けば風邪を引いて寝込んでいるという。
「くろさん、大丈夫なのです?」
「心配するほどじゃない。皆に移さないよう、大事を取っているだけだ。よろしく言っていた」
「じゃあ、これを渡しておいてくれ。差し入れにと作ったんだが」
と、刀真は手作りのプリンをブルーズに渡した。

 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、ハルカに抱きつくようにして歩き、時折何かを思い出すようににまにまと笑っている。
「つくよさん、何だか嬉しそうなのです」
「うん、良いことがあったの〜」
 ぎゅーっとハルカを抱きしめる月夜を、刀真は横目で見る。
 多分、こないだのキス未遂事件のことだろう、と察して照れ臭く思った。


 事前に申請を出していたので、面会はスムーズに行くはずだったがハプニングが起きた。
 荷物検査でブルーズだけが残され、ハルカ達は先にオリヴィエ博士の待つ工房へ行く。
「どうしちゃったのかな?」
と言っている矢先にブルーズも来た。
「手間取ってすまない。ハルカ、茶を淹れるから手伝ってくれ」
「はいなのです」
 何でここの給湯室は来る度しっかり汚れているんだと簡単に掃除しながら紅茶を淹れる。
「ブルさんにお願いがあるのです」
 蒸らしの時間を計りながら、ハルカがブルーズに言った。
「何だ?」
「まだ先なのですけど、美味しいチョコのレシピを教えて欲しいのです」
「ああ、バレンタインか。博士に」
 ブルーズは頷く。
「ブルさんにもくろさんにもとーまさんにもつくよさんにもです。
 みっちゃんやみわさん達にも」
 言って、ハルカは少し俯く。
「……はかせはいつも、あまりご飯を食べないので、あげても困らないチョコを作りたいのです」
 オリヴィエの食が細いのは、ブルーズも既に知っていた。お茶やワインは飲むが、食べているところを滅多に見ない。
 だがそこには触れずに、引き受ける。
「仙人じゃあるまいし、全く食べないわけではないのだから、ハルカに貰えば喜んで食べるに決まっている。
 ほら、蒸らし時間が過ぎたぞ」
 慌ててカップのお湯をあけるハルカを見ながら、ブルーズは、どんなチョコがいいかと考えた。

「ブルーズの淹れるお茶はいつも美味しいね」
と言った月夜は、テーブルをちょろちょろと動いて角砂糖を運んでいる、ケルベロス着ぐるみのゆるスターを見て目を見張った。
「……ゆるスター? え、わ、可愛い! えっ、どうしたの? この子可愛い!」
 掬い上げるように手にとって頬ずりする。ブルーズはため息を吐いた。
 ティーセットや茶葉、手作りビスケットなどを入れたバスケットに入り込んでいたのに気づかず、荷物検査で発見されて驚いた。
 何を密かに忍び込ませているのかと疑われたが、それが害のないゆるスターと解って、すぐに解放されたという顛末だ。

 前世の事件のことなどをオリヴィエ博士に話したりなどして、楽しく過ごした面会時間は終わり、帰り際に、月夜はブルーズに伝言を頼んだ。
「天音に、早く元気になってね、って伝えてね」
「ああ」
 刀真と近くの店に行っていたハルカが戻って来て、ブルーズのバスケットにりんごを入れた。
「くろさんにお見舞いなのです。風邪をひいたらりんごなのです」


▽ ▽


 籠の中から、ころころとりんごが転がった。
 シュヤーマの視界の先には空があり、背中は地面についている。
 此処でするのだろうかとイデアを見上げると、
「獣になれ」
と言われ、無表情のまま、シュヤーマは引いた。
「……そういう意味じゃない」
 察したイデアの言葉に、ククラのシュヤーマは、犬の姿になる。
 するとその腹にイデアの頭が乗せられた。
 シュヤーマを枕にして、イデアは寝転がって空を見ている。
 細い銀髪が草木と同じように風に揺れ、空では雲が流れて行く。
「……美しいな」
 赤い瞳に空の青を写すイデアの呟きに、耳がぴくりと動いた。
 何かを言いたい気がしたが、言葉は出ないまま、いつの間にか寝息が聞こえてきたのに気づき、シュヤーマは前足の上に顔を乗せて、そっと目を閉じた。


△ △