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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』
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リアクション

 
 たゆたう余韻を、今は持て余すけれど
 

 

▽ ▽


 誰かを憎悪し、何もかも破滅させたいという衝動を知らなかった頃、二度と戻れない幸せな頃が、ミフォリーザにもあった。
 普通の娘に過ぎなかった当時、ミフォリーザはタスクに可愛がられていた。
 それは妹に対するような愛情であったし、ミフォリーザもまた、彼が本当の兄だったらいいなと思うような、そんな微笑ましい仲だった。
 遠い遠い、遠すぎる、記憶。


△ △


「セレン……?」
 恋人のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の様子に、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は不安に思う。
 彼女は最近、ずっと様子がおかしかった。
 声を掛けて問うこともできずにいたのだが、そんなある夜、セレンフィリティが、久しぶりにセレアナを抱いた。
 まるで別人のような抱き方だったが、セレアナは何も言わずに全てを受け入れた。

「……セレン」
 情事の後で、セレンフィリティの顔を見たセレアナは、思わず彼女を抱きしめる。
 セレンフィリティは泣いていた。
 理由は判らない。聞けない。
 ただ、傍にいないと、この人は壊れてしまう……そんな恐怖が胸をつく。

 前世の狂気からは解放された。
 けれど、その記憶の断片は、まだこの中に残っている。
 ふたつの感情の中で揺れていて、セレンフィリティは戸惑う。
 ただセレアナの中に自分の居場所を確認するかのように、彼女を求めた。


◇ ◇ ◇


 事件も終わったことだし、色々報告も兼ねてと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、オリヴィエ博士を訪ねた。
「博士、久しぶり! 元気だった?
 ダリルのチョコケーキ持ってきたから、お茶にしよう!」
 また、ダリルはホームロボットのトビィと小型精神結界発生装置を土産に持参した。ハルカ達の分もある。
 それを見て、監視の騎士が目を丸くした。
「ゴーレム技師にロボットの土産とは……」
「皮肉のつもりではない。
 ゴーレムとは製造理念が違うし、これは、俺が設計したもので……」
「君は発明もするのか。凄いな」
 オリヴィエは素直に感心している。
「ありがとう。ハルカも喜ぶよ」
「そういえば、博士はゴーレム作ってるのに、どうしてゴーレムを身の回りに置かないの?
 色々雑用させたら便利なのに」
 ルカルカの言葉に、首を傾げる。
「なるほど。その必要性を感じたことがなかったよ」
 どんな頭の構造をしているのだろう、とルカルカは不思議になる。
「ま、いいか。
 ところでね、ルカ達ルーナサズに行って来たんだけど。
 白鯨もルーナサズに来ちゃって。詳しいことは、これ見てね」
 色々な人達から聞いた前世の話と事件の一連の顛末を「書」に纏め、土産として渡す。
 書に纏めたことではあるが、改めてルカルカ自身の口からも説明する。
 オリハルコンも“長”もガーディアンゴーレムも、みんな無事で終わったよ、と。
「書の題名は……『サンサーラ』?
 変ね、どうしてそう思ったのかしら……」


▽ ▽


 囚われ、閉じ込められていても、祭器としての力で、多くのことを知ることができたタスクだが、やはり自らの足で進み、自らの目で見る、カズとの冒険の日々は、別世界と言ってよかった。
「あちらの方角に、人目につかない洞窟がありますね。行ってみますか?」
「よし。面白そうだ」
 目的を決めずに風のようにさすらい、自由に気ままに楽しく過ごす日々。
 もっと何処までも先に進みたいと、そう思う。
「……ただ、戦闘がからっきしなのは、我ながら何とかしなくてはいけませんね」
 毎回カズに任せっきりなのが、少し申し訳ない。
 カズの踊るような剣技とまではいけなくとも、身を守れる程度にはと。
「少しずつ覚えて行けばいいさ」
と、カズは笑う。
「いえ、次はカズだけに任せず、私も戦えるようにならないとですね」


 タスクの死を知ったカズは、何とかその亡骸を見つけ出して葬った。
 少しの間、待っていてくれ、と、墓標に向けて、心の中で語りかける。
「じきに俺も国ごと滅び、お前の傍に行くさ」
 そして、やがて書に導かれた来世でも、巡り合って友となろう。
 そう祈り――そして、それは叶えられた。


△ △




 その後どうしたかと様子を見に行ってみると、トオルは何やら「反省中」らしい。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は部屋に閉じこもっているというトオルを訪ねた。
「トオル。リネンよ、入るわよ……ていうか、大人しく出てこないとぶち破るわよ」
 空賊らしい言い方でドアの前で言うと、
「リネン?」
と驚いた声と共に、あっさりドアが開かれる。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、トオルが反省中なんて、槍でも降るんじゃないかと思って」
 何か溜め込んでいることがあるのなら、聞いて吐き出させてやろうと思ったのだ。
 トオルは苦笑した。
「……皆に、迷惑かけたなあと思って」
「そんなこと」
「シキもさ、『約束を果たせなくて悪かった』とか言うし……。
 俺って馬鹿だなあ、と、久々に思った」

 逃げ切れれば何とかなると思った。
 結果は全然何ともできずに、迷惑をかけただけだった。
「友人を助けるのに、迷惑とか、そんなの関係ないわ。
 トオルだってそうでしょう」
「……そっか。そうだな。うん」
 トオルは笑って、そういえば、とリネンを見た。

「リネンは前世で俺の母親だったんだっけ?」
 リネンは頷く。
「……正直、私は前世が嫌い。
 けど、前世は前世だから。別の人として割り切ってるわ」
「そっか。でも」
 トオルは、あまり前世の記憶は多くない。
 けれど、逃走の途中で、アーリエに“同調”するリネンを見た時の、自分のものではない感情を憶えていた。
「でも、あいつは『母さん』のことが好きだったぜ」
「…………」
 リネンはトオルを見上げた。

 アーリエは放蕩な同性愛者だったが、身を痛めて産んだイスラフィールのことは特別に溺愛していた。
 あまりにも可愛がりすぎて、距離を置かれてしまった、と、そんな記憶がある。
 すれ違いが距離を生み、やがて悲劇に繋がった。
「……それを聞いたら、きっとアーリエも喜ぶわ」


▽ ▽


 雨上がり、ヴァルナは空を見上げてそれに気づき、イスラフィールに見せたくて、彼の元へ走った。
「イスラフィール、見て、虹が出ています」
「ああ、本当だ」
 それは二重にかかっている虹だった。
 雨は好きだが、雨上がりの空にかかる虹も好きだ。イスラフィールと一緒なら、もっと嬉しい。
「ヴァルナは、綺麗なものを見つけるのが得意だね」
 空を見上げて、イスラフィールが言った。
 その表情を見上げて、ヴァルナは何故か、胸騒ぎを感じる。
 それを振り払うように、悲しげに微笑んだ。
「また、何か見つけたら教えますね。一緒に見ましょう」
 ずっとずっと、これからも。
「うん。楽しみだな」
 まだ、イスラフィールが失踪する前。
 ヴァルナが己の気持ちを知らないでいる頃の一幕。


△ △