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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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第2章 ホールの外には何がある?


 元々の観光プログラムには、着ぐるみショーや人形劇の時間が取られていた。
 ホールで語られる「はじめての魔法」は観客の興味を引き付けていたが、話だけでは集中力が途切れてしまうこともあるだろう。
「ではここから一時、着ぐるみショーをお楽しみいただきます〜!」
 マイクを握った司会のユルルが宣言すると、ステージの幕がさっと引かれて、美少女──型の着ぐるみに包まれたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が現れた。
 美少女型着ぐるみとは、日本で日曜の朝から放送している女児向けアニメのステージで使用されている的なアレだ。着ぐるみの衣装も、それを意識しているのかしていないのか、魔法少女風のレオタードとスカートが組み合わされたようなものだった。
 人間型だけあって、着ぐるみの中では比較的動きやすい。それにさすがにゆる族特製だけあって内部に様々な工夫が凝らされているようだ。
 加えて彼女には着ぐるみショーでのアルバイト経験もあった。
(子供たちはこちらで安心させておくわ。そっちは御願いね?)
 ショーをして、その後グリーティングで子供たちの視線を引き付ける……彼女はその予定をテレパシーでパートナーに伝えた。
 パートナーの一人、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)はマイクを後ろ手に握って、ホールの後ろの方で直立している。彼女からは「はい」という簡潔な返事。
 エシクは臨時の船内アナウンサーとして、鯱のブリーチングを解説しようと待っていた。
 もう一人のパートナー、鯱の獣人シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)が海に飛び込んで、派手にジャンプしたり、愛嬌をふりまく。
 それによって幽霊船と反対方向に目を向けさせる。勿論子供やカップルも楽しめるだろう。……いざとなれば良いアイデアではあったのだが……。
「……海の中を見てご覧なさい」
 そっとホールを抜け出して、手すりから身を乗り出したシルヴィアに背後から声を掛けたのは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
 逃げてしまう観客がいないか、入り口付近でこっそり見張っていたのだ。
 話に加わっても良かったのだが、魔法を使うタイプではないという自認があった。彼女が好むのは精々目くらましに光を放ったり、風でものを動かす程度のものだったから。
 亜璃珠の視線の先には波の光とその下にもう一層、別の光がある。目を凝らせば、それは蠢く長い刃のような……。
「悪いけど、たとえ契約者でも一人で泳ぐのはお勧めできないわね。あれ、怪物よ。一匹じゃないわ」
 もし飛び込んだらずたずたにされるかも、と彼女は忠告する。そうでなくても戦いが発生する訳で……別の意味で注目を集めてしまうだろう。
「ねぇ、それでも行くつもりなら、その前に、私と二人きりで……」
 亜璃珠の手が髪をかきあげると、自身の豊かな胸元に添えられた。彼女の紅い瞳が妖しげに揺れ、くっきりとした色の口紅を引いた唇から八重歯が覗いた。
 同性も恋愛の対象として見れるシルヴィアは、つい見とれそうになったが、
「……分かったわ」
(これも、そうね、一応「魔法を使った」ことになるのかしらね?)
 亜璃珠はくすりと笑うと、シルヴィアの後から、再びホールの入り口へと静かに戻っていった。



 一方、船橋(ブリッジ)ではこの頃、幽霊船対策が話し合われていた。
 モニターにはレーダーや海図が表示され、その下では機晶石を用いた制御システムにヌイ族独特のあやつり人形式と呼ばれる独特の操舵装置が備え付けられていた。
 ──の、横で。携帯を握り一人の少女が必死に何か呼びかけている。
「あのー、守護天使さんですか?」
 彼女は必死に話しかけていたが、ノイズが酷くよく聞き取れない。返ってくるのはかろうじて男だと分かるざらざらとした声だった。
「守護……天使はー沢山んーいますがー」
「えー、あ、アル……」
「なんですかー?」
「アルカ……えーっと……アルカなんとかさんです! そうだ、ワタシの名前を知ってる筈です。ワタシは……」
「えー……ブツッ」
 ──切れた。
 少女の名は、笠置 生駒(かさぎ・いこま)。ヴォルロスから名無しの守護天使の名前を聞きに、樹上都市へと行こうとしたところ、生憎今は船が出ていない、と言われてしまった。
 この船には観光で乗っていて、再チャレンジしてみたものの、電話もうまく通じない。
「今回は忘れないように、通信教育で『記憶術』を習得してきたっていうのに……」
 がっくりと肩を落とす。
 それはともかく。
 この場には船の運航を担当する船長や航海士の他、ヌイ族の族長ドン・カバチョが首元の蝶ネクタイをいじりながら、あれこれとやり取りをしていた。
 基本的にはヴォルロスとの連絡をこまめに取りながら、進路を慎重に取りつつ入港するだけなのだが……。
 ばちん。
 引っ張りすぎた蝶ネクタイがカバの首元で音を立てる。
「気を張りすぎても良くないノネ」
「これは失礼シツレイ。……あー、報告書でございましたな、はい」
 ドン・カバチョはキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)の方を振り向いた。
 例によってパートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)が百合園の敷地から出てこないことを考えるとかなりアクティブである。
 ドン・カバチョはキャンディスから手渡された報告書的な手紙に目を通す。
 キャンディスが訪れたのは幽霊船対策のためなどではなく、秋に百合園で開催された合同学園祭での、ぬいぐるみ関係を報告するため……である(一応。あと、表向きは)。
 キャンディスが学園祭で開いたのは『ゆる着屋』という着ぐるみ体験のお店だった(これをヌイ族協賛にしてもらう代わにりと、押し付けられたあれこれ含めて。……これはWin−Winって言うのだとドン・カバチョは主張するだろうが)。
「ヴァイシャリーでは可愛いタイプの着ぐるみが好まれるみたいネ。ウサギなんか人気だったワ。次の機会があったらより一層の支援をお願いしたいノネ。
 ──それからはいこれ、おみやげヨ」
 キャンディスはおもむろに、化粧箱を取り出した。表装の赤い、結構頑丈そうな化粧箱に緑色のリボンが掛けられていた。開けて見せれば、中には黄金色した物体が綺麗に並べられている。
「これは……山吹色の菓子ではないか」
「どうぞお納めくだサイ」
 ハタから見ればお代官様と越後屋である。
 が、よくよく見ればそれは楕円形、香ばしそうな焼き目とほのかに甘い香り……スイートポテトだった。
「むう、これは港に帰り着きましたら、ユルルとゆっくり食べさせていただこうと存じます、ハイ」
「ユルルさんには学園祭で手伝ってもらって助かったノネ。あと最近知ったのだけど、ユルルさんのお母様と遠縁だったミタイネ」
 ドン・カバチョは今度はキャンディスが広げたゆる族の家系図に目を通したが、
「この手の家系図は、糸代にも困ったゆる族が売り払うこともございますのでねぇ……。まぁ、もし親戚だと仰られるのでしたら……」
 ぎらん。と、カバの目が光った、様な気がした。
「血筋ならぬ糸筋から気を遣って頂くことになり、面倒かと、ハイ。例えば、寿命の短いポリウレタンは我が一族では禁忌でございますし……ハイ」
 キャンディスは少し雰囲気に気圧されながら、
「手始めに人形劇のお手伝いでもするノネ。人形は上手く操れないでしょうケド、ものを運んだりするくらいはできるワヨ」
 この後、「はじめての魔法」の話の合間に、契約者たち自身が劇を二つ準備しているということで、キャンディスはそのお手伝いを命じられた。

 キャンディスがホールへ戻る間、デッキには警備をしている一組の男性の教導団員がいた。
 彼ら以外にはいない──大人数で出ては観客に不審に思われると、遠慮したのだろう。彼ら自身も人目を避けるように、静かに歩いている。
「無事にヴォルロスに戻れるよう、やり過ごせるようにしなければ……」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)の声には落ち着きがあったが、緊張した雰囲気も肌で感じていた。
 百合園の合同忘年会での料理の礼を生徒会長のアナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)にした時も、彼女は態度にこそ出さなかったが、どこか不安そうに見えた。
 であればそれを守るのが教導団としての務め──という訳ではない。彼にとって警備は料理のお返し、お手伝いだった。
 彼は避難用の小舟や、この遊覧船の船体に異常がないか見て回る。今のところ食い破られたり汚れたりはしていないようだ。
 というのは、ブリッジからフランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)の指示を仰いだ時、ヴォルロスでは船に被害が出ているという話を聞いたからだった。
「幽霊船の他にも、海中の怪物らが小舟の船底を食い破っている。それに藻が異常発生しつつある」というのだ。
 その白竜のお手伝いのお手伝いブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は双眼鏡を覗いていたが、まだ幽霊船に異常はないと告げる。
 彼は黒崎 天音(くろさき・あまね)のパートナー。何故ここに彼がいるかと言えば……、白竜のパートナー世 羅儀(せい・らぎ)が天音の側にいると言えば察せられるだろうか。
 白竜がブルーズから双眼鏡を借りて良く目を凝らせば、ヴォルロスに近い海が、うっすらと汚れているようにも見えた。