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【イルミンスール魔法学校・1】


 イルミンスール魔法学校
 寮を含む学校施設が世界樹イルミンスールの内部に作られており、その独特な形状に、シェリーは早速今自分がどこの辺りにいるのかも分からなくなっていた。
「ねぇ、どうなっているのかミリツァはわかる?」と隣のミリツァに何度も聞いては、きょろきょろする彼女に、ナオの口からも思わず笑いが漏れる。
「ようこそ、イルミンスール魔法学校へ」
 魔法の不思議に満ちる場に歓迎と佇み微笑んだのはシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)だった。
「今日はありがとう。すまない。いつも忙しいのだろう?」
「構わないわ。でも、あとで校長室に顔を出したほうがいいかもね。文章だけのやり取りでは味気ないわ」
 何度かトラブルを起こしている破名は現在イルミンスール魔法学校校長エリザベートに都度の報告の義務があり、シェリエはその中継、つまり監視役であった。監視と言っても破名側が協力を仰ぐ形となっている為、実際は文書での報告や連絡のみに留まっている。
 此処まで来たのだ、しかも学校見学を実現させた張本人に直接会わないわけがないだろうと問われ、破名は反射的にアレクを見てから、ハッとシェリエに視線を戻しわかったと頷いた。
 小声でシェリエと挨拶を交わす破名に彼女と同行し学校の案内役を引き受けたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は、あまり親しそうにするなと無表情の下で思う。
 そんなフェイを横目で見ている匿名 某(とくな・なにがし)に気づいたシェリーは、自分のスカートの裾を軽く叩いて整えた。
「ナオは知っているわよね?
 ねぇ、ミリツァ、某もフェイもシェリエも孤児院の改装を手伝ってくれたの。お部屋の内装にね、とても拘ってくれてね、あの時は本当にありがとう」
 思い出して、トイレも見せるなら、どうせなら全部見せたいとシェリーはミリツァに語る。いつもならすぐに散らかして汚してしまう下の子供たちも、今は率先して掃除するようになったとナオに院の現状を伝えた。
 シェリーは某に向き直り、一行は改めて日はよろしくお願いしますと揃って挨拶する。
「某達はイルミンスール魔法学校に通っているのね」
 この学校での見学も楽しそうと胸躍らせるシェリーに「あー、いや」と某は否定した。
「学校紹介って話なんだけど、俺とフェイは蒼空学園生なんだ。ただ、フェイがシェリエと一緒にこっちの学校を案内したいってさ」
「そうなの? それで某はこっちに? 優しいのね」
「優しいかどうかはわからねぇえが、他校生だけど少しは紹介できるぜ。例えば――」
「某、立って話をしているだけ?」
 わくわくとした目で見られ、じゃぁ早速話をと口を開いた某に、フェイがいつまでも正面玄関にいないで事を始めようと働きかける。
「そうね。立ち話だけだとつまらないわね」
 笑うシェリエに、
「そうそう」
 うんうんと頷いているフェイ。
 シェリエが恥ずかしい思いをしないようにと配慮を配り、不都合があれば某に押し付けるフェイ。そんなパートナーにすっかりシェリエを味方にしてと某は少しだけ呆れた。
「――でもね、まだどこから紹介しようか迷ってるのよ」
 言って歩き出したシェリエの隣を、フェイはすかさず確保する。
「ねぇ、某。某はさっき何を言いかけてたの?」
 イルミンスール内部はその構造上複雑で目当ての施設に辿り着くまで、慣れていない足ではそれなりに遠い。道中何か聞きたいと言われて、そうだなと某は頷いた。
「俺から見て紹介できるイルミン――イルミンスール魔法学校の話は二つある。
 一つは、我が蒼空学園と縁があること。
 正確には蒼空学園の元校長兼理事長で今は人妻やってる御神楽 環菜(みかぐら・かんな)との、縁、だけどな」
「校長先生同士って事ね? 縁というくらいだから仲が良かったの?」
 というシェリーの疑問に、「今でこそ親友だけどな」と某は続ける。
「――昔は事あるごとに色々衝突しててな。いつだったかは夏祭りの屋台での売上で勝負して、負けたら相手の学校に一日留学みたいな勝負もしてたぐらいだ……って、こう聞くと昔から仲良かったな」
 勿論、本当にエリザベートと環菜は互いに啀(いが)み合い絶えず争っていたという事実は存在している。その因縁は学校へも及び、学校同士で対決していたという時期もあったほどだ。それがある出来事を契機に争うことは減っていき、お遊び的な勝負を交えつつ、仲良くなったという。
「もし興味があるんなら聞いていけばいいさ。イルミンの生徒なら詳しく知っている奴の一人や二人いるだろ」
「生徒なら知っていることなの?」
 シェリーが自分で持っているものは限られている。
 何処何処の代表者と言われると彼女は、孤児院の代表としての破名を例として取り上げ比較するので、代表者の事情が聞けば知れると聞いて不思議に思うのだ。聞けば答えてくれるというが、破名は大抵の場合はぐらかすので、余計にそう思う。
「そうそう。そんで、もう一つが、それこそイルミン皆が知ってそうなことなんだが、大ババ様の人気だ」
 誰のこと? と首を傾げたシェリーに某は、ヨーロッパのとある魔術結社の開祖であり、エリザベートの先祖にあたるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の名を挙げた。
「あの人の格好は羞恥心を投げ捨てた――あとで写真かなんかあったら説明してやるよ――とにかくその格好がすごいモンでさ――」
 アーデルハイト。あの幼く見える肢体に反した水着以上に布面積の少ない、恥部しか隠さない堂々たる衣装に纏うマントと被る大きな帽子という変――奇抜性。
 誰もが直視するのも躊躇う格好。
「なのに、いろんな人がコスプレするほど人気があるんだ。
 それってある意味イルミンスールで一番人気なのは、校長じゃなく、大ババ様ってことになると俺は思うぜ。それを覚えて――って、殺気!?」
 どこから放たれてるのかすらわからない、某一人が感じる視線に彼が一人怯えてるのを、何やってるのかと横目で眺めておきながら、表情を動かさないままフェイは内心、まぁ、どうでもいいけどと吐いて、自分の注意を隣りのシェリエに戻した。
 シェリエを挟んだ向こう側に居るミリツァとナオに、フェイは、んーと考える。
「そうね。私が説明できるのは、ここは無茶をする学校ということだ」
 他生徒からの視点かもしれないと付け加えて、フェイは続ける。
「この学校は世界樹で出来ている。そして世界樹はシャンバラのために最も重要な要素の一つでもある。
 なのに戦争に巻き込まれたり、宙に浮いては撃墜されたりと、散々な目にあってる」
 それにな、と真剣な目を向けてくるナオに淡白な表情で淡々と続けた。
「また、こいつ自身他国の世界樹にエネルギーを渡したり異世界だかの影響にあったり、結構無茶をする世界樹だ」
 だから、と念押しもしたくなる。
「だから、此処に入ったら多少無茶な事に巻き込まれる覚悟がいると――覚えておけ」
 ピシャリと言い放つ。他校生から見たイルミンスール魔法学校の印象は、それ相応な、という評価であった。魔法の不思議、世界樹という神秘にふらりと彷徨ったが最後、その神秘にしっぺ返しを喰らわぬようにと。フェイは無表情なのか真面目な表情なのか判別の付かない、真剣さに似た仕草で伝える。
「ただ、そんな学校の生徒なんだよね、シェリエは」
 見学者の感想を聞きながらフェイの注意は既に移っていた。
 フェイは正直に言えば、シェリエが此処の生徒だということをすっかりと忘れていた。否、忘れていたというより、意識してなかった。
 なにせ、会うのはいつも学校の外か、彼女が経営しているカフェばかりだったからだ。
「シェリエはそういう騒動に巻き込まれたことがある?
 ううん。そんなことより私は普段の話が聞きたい、かな、とか。一体どんな学校生活をしているのかな?」
 イルミンスールが他の学校の人にそう思われてるとは思ってなかったわね。とフェイの説明に、うっすらと苦笑を浮かべていたシェリエは話題を振られて、「そうね」と自分の顎に右手を添えて少し考える。
「でも、皆とあまり変わらないわね。友達と楽しく過ごして……。
 授業内容とかは違うけど、自分の勉強したいこと、したくないこと、しなければいけないこと。全部学ぶようにしているわ。でも、苦手な授業はやっぱり苦手よ? フェイは苦手な教科とかある?」
「え? 私?」
 逆に問われて、狼狽えるフェイに、シェリエはふふふと小さく笑う。
「あとは、カフェで働いてるから、結構学校と喫茶店の往復だけの毎日かも。
 ……そう考えてみれば、ワタシも案外普通の生徒ね」
 事情はあれど、大きな枠組から見ればあなたと何も変わらないわねとフェイにシェリエは答えた。
 大きな騒動に巻き込まれて賑やかになれば、その半面、日々結果の変わらない退屈な毎日を送る。しかもいつそのスイッチが切り替わるかは誰にもわからない。
 イルミンスール魔法学校とは、イルミンスールの理解を超えた不思議に似ている。



「ようこそ、イルミンスール魔法学校へ♪」
 見えてきた施設の前で、月崎 羽純(つきざき・はすみ)に寄り添う遠野 歌菜(とおの・かな)が、歓迎に満面の笑顔で出迎えた。
「羽純と歌菜にそう言われると、変な感じがする」
 首を傾げるアレクに、羽純は苦笑する。
「アレクが居たら案内はいらないかもな」
「否、俺が居たのも大分前だし……広いからな…………」
 アレクが天井を見上げると、歌菜も羽純も倣うように上を見ながら頷いた。きっと此処は一人の生徒では知り得ない程途方も無いのだろう。

「――何と言っても特徴は、学校施設のすべてが世界樹の中にある事ですかねっ」
 魔法少女アイドルとして活動しているだけあって歌菜の張りのある声は耳に心地いい。魔法学校の最たる特徴を持ちだした歌菜に、羽純が続いた。
「確かに他の学校にはない特色だな。
 世界樹内部を探検するだけでも、飽きないと思うぞ」
「でも慣れていないと迷っちゃいますから、気をつけてくださいね」
 世界樹イルミンスール。樹齢約五千年。各地に聳(そび)える同じ世界樹から見れば若木だが、人から見れば膨大な年月を生きている。その数字が語る歴史の長さはイルミンスールの根をどこまでも張り巡らせるに十分に、人を迷わすには十分過ぎた。
「迷子ね……」
 歌菜の言葉を反芻し、ミリツァはゆっくり瞬きする。
 彼女の持つ能力『反響』は反響定位によく似たものだ。使用するのは音ではないから、幾つもの壁があろうと阻まれる事なく、何処迄も響き渡り、位置を確認する事が出来る。つまりどんな場所に居ようが、入り口が有り出口があるのなら、迷子になりようがない。
(――この木の根が意地悪して出口を隠さなければいいのだけれど)
 一方人生で一度も迷子になったことのないシェリーは、迷子という状況に一種の恐怖心を抱いている。歌菜達のそれは慣れれば平気だという決して脅す内容では無かったが、シェリーはそんな事も有り、彼女たちに真剣な顔で頷くのだった。

「ということで、最初に案内したいのは、イルミンスール魔法学校の目玉、大図書室!」
 ばばーんと効果音が聞こえてきそうな決めポーズで、歌菜は自分達の背後にある建物を示した。
「蔵書の数が兎に角凄いんですっ
 困った事があれば、ここで本を探せば何とかなるかも? て思えるくらいですよっ」
「大図書室は、本好きには堪らないんじゃないか、とは思うな。一日篭っていても飽きないだろう」
 テンポ良く紹介する歌菜と羽純の様子に、珍しく察した様子で破名が独りごちる。
「まさに阿吽の呼吸、番いか……?」
 と。
「あの、入れるの?」
 知らないことを知りたい。その欲求が、調べれば得られないものは無いという謳い文句に、大きく擽(くすぐ)られる。
 聞かれて、入れるっ、と答えた歌菜は、だけど、と念を押す。
「けど、中は迷宮になってて、危ない禁書もあったりしますから、ご注意くださいね!」
 見かけこそ普通に見えるが一度(ひとたび)扉を開ければ、中は巨大な迷路。実力に見合った蔵書しか読むことがないと言われ、奥に行けば行くほど並ぶ背表紙には難解な文字が連なり、最深部には禁帯出庫書の、並みの魔術師なら目にしただけで狂気に陥るような禁書が封じられている。
 ご利用は計画的に!!


「それと憩いの場としてイルミンスール大浴場! があります」
 先に目玉と称した大図書室の説明より声高に、歌菜は、むしろこっちが本命とも取れる声の入れようだ。
「大浴場は、水着着用で男女混浴になっている。目を引く一番大きな大浴槽の他にも大小様々な風呂があるんだ」
 羽純と目が合って、ふふふと笑った歌菜は「ちょっとした温泉施設ですよね」と愛らしく付け足し、羽純はそれに同意と頷いた。
 歌菜が半身を捻り、少女達に秘密を教えるお姉さん宜しくこそりと伝える。
「色んなお風呂がありますが、なんと言ってもおすすめはハーブ湯です。最高なんです♪」
「ハーブ、湯? ハーブをお風呂に入れるの?」
 びっくりするシェリーに、ミリツァは目を丸くしている。
「ラベンダーやカモミール、ローズマリー――お茶にも使うでしょう?」
「名前だけなら……。
 あ、でもシナモンなら知ってるわ。シナモン、美味しいの!」
「精神安定や健康にも効果があると言われているけれど、どちらかと言えば香りを楽しむのよ。そのシナモンも香水に使われたりするわ」
「ミリツァって本当に詳しいのね!」
 二人のやり取りに頷いて、歌菜は人差し指を立てた。
「知らないのなら余計に、このまま入っていきます? お肌ツルツルになれますよ♪」
「ハーブ湯は疲れも取れるし俺もお勧めだ。生徒同士でも世間話をしたりするのも楽しいんじゃないか?
 俺も歌菜と時々来ている」
 ハーブ湯の効能に沸き立つ女性陣(プラス、この輪に入っていていいのかわからず困り顔なナオ)に、女性は本当にこういう話題が好きだなと微笑ましくなる羽純は保護者達に頷いた。