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第1章 卒業

 2024年3月。
 多くの学生が卒業をし、社会人としての道を歩み始めるこの月も、大荒野は変わらず荒れ果てていた。
 砂嵐が舞い、改造バイクに乗った不良達が爆音を響かせて、走り抜けていく。
「お礼参りだヒャッハー!」
「俺らは、お礼回りだぜ、ヒャッハー!」
 進路を決めて卒業をすることになったパラ実生が、各地へと向かっていく。
 それぞれ、お礼をしたい人物がいるのだ……。

 そして。
「ちょうと良いところにいたな!! バリツ・イングリット!」
 盗賊団を結成した不良たちが、百合園女学院生のイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)を発見した。
 イングリットは強者を求めて大荒野を巡っている事が多く、四天王でもあるためこの辺りではかなり有名だった。
「てめぇにも、色々世話になったからなァ。存分に礼をさせてもらうぜェ!」
「ヒャッハー!」
 バイクに乗った不良達は一斉にイングリットに突進する。
「一対一でしたら、何人でもお受けしますわ……ですがっ」
 相手は武器を持ち、バイクに乗った不良、数十人。
 かなり分が悪かった。
「ヒャッハー、盗賊団としての最初の仕事だ。身ぐるみ剥いで、可愛がった後は、骨まで売り払ってやるぜ!」
「ヒャッハー!!」
「っ……!」
 イングリットは必死にバイクと攻撃を躱していくが、彼女の服も体も、次第に深く傷ついていく……。
「イングリットさん!!」
 女性の声が響いた。
 振り向く余裕もないイングリットの元に、軍用バイクが突入してきて、不良のバイクと衝突する。
「大丈夫!?」
 バイクを捨てて、イングリットの後ろに立ったのは百合園生のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)だった。
「大丈夫、ですわ。それより……気を付けて!」
「ヒャッハー!」
「獲物が増えたぜェ!」
 不良達が倒れたバイクを躱しながら、2人に突っ込んでくる。
「くっ……どこか、狭い場所に」
 攻撃を受けながらマリカは辺りを確認するが、ここには建物も木々もなく。荒地だけが広がっていて隠れられる場所はなかった。
「はあ……はあ……はあ……っ」
 イングリットは、必死に素手で応戦しているが、繰り出される刃物や、バイクの攻撃を受け続けており、満身創痍な状態だった。
「……っ」
 自分だけなら、逃げられる。
 見て見ぬふりをすることも出来た。
 だけれど、マリカは学友のイングリットを見捨てることは出来ない。
「助けに来て……!」
 攻撃を受けて、吹っ飛ばされたマリカは携帯電話で救難信号を発した。

「あなた達、何やってんの!!」
 マリカがSOSを発してすぐ。
 ペガサスに乗って付近を巡回していた桜月 舞香(さくらづき・まいか)が飛び下りてきた。
「イングリット、マリカ、助太刀するわ! はあっ!!」
「ほぎゃ!」
「ふごっ!」
 美脚で、バイクに乗る不良たちを蹴り飛ばして落とし、舞香は地上に降り立った。
「毎年この時期には、お礼参りと称して、こういうことする輩がいるのよね。残念だけどあなた達の就職は内定取り消しよ。盗賊団なんて作る前に潰してあげるから☆」
 舞香はイングリットを抱えて、一緒に【空飛ぶ魔法↑↑】で空中に飛ぶ。
「行くわよ」
「ええ、手加減は必要ありません、わねっ!」
 バイクを走らせる不良たちのもとに、降下して。
「お仕置きよ☆」
「お礼のお返しですわ!」
 2人は足技を繰り出し、派手に蹴り倒していく。
「あっ」
「……っ」
「ヒャッハー! その足、砕いておく必要があるなァ!」
 しかし、不良たちの遠距離からの攻撃により、イングリットと舞香、マリカは足を狙われる。
 舞香は魔法を使いつつ避けていくが、負傷しているイングリットは攻撃を躱しきれない。
「なんとか、あっちのオアシスまで退けない!?」
 マリカは遠くに見えるオアシスを指差す。水場を背にして戦えば、後方からは攻められないはずだ。
 だが、敵の人数は多く、退く余裕がない――その時。
「イングリットさん、助太刀しますわ!」
 声と共に、光の弾が乱舞した。
「ぐひゃ」
「ひょげっ!」
「早く、オアシスの方へ!」
 ガトリングガンの形をした光条兵器を持った少女――藤崎 凛(ふじさき・りん)が、サンダークラップを放った。
 電撃に撃たれて、不良たちはバイクから転げ落ちる。
「これ以上、やらせないよ」
 落ちた不良のもとに、死角から近づいてシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)がブラインドナイブスで仕留めていく。
「イングリットちゃーーーーーん!!」
 そしてもう一人。
 救難信号を受けて駆け付けた百合園生、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)がゴボウを手にバーストダッシュで飛び込み、不良に斬りこ……いや、突き込んだ! 背よりやや下。二つに割れてる部分の間! ずぼっと嵌る部分に!!
「ふぎゃアッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 不良は大声を上げて、卒倒した。そして、新たな自分に目覚めていくのだろう。
「真っ直ぐな性格と危なっかしさを併せ持つイングリットちゃんは、人を惹きつけるオーラを醸し出す、百合園警備団になくてはならぬ存在……
 これからは強烈なリーダーシップより、手を取り支え合いたくさせるオーラが必要ッ!」
 レオーナが持つゴボウが唸る。
 レオーナは百合園短大へ進学予定だった。
 新興武術ゴボウを完成させるために、勉学に励むことを決意していた。
「だからあたしが、イングリットちゃんを無事百合園に連れて帰る!!」
 凄まじいゴボウ捌きで、レオーナは不良達を未知の世界へ誘っていく。
「さ、バリツさんコッチネ!」
 その間に、アトラスの傷跡から聖火リレーをしながら訪れた、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)がイングリットをオアシスの方、もとい用意しておいた簡易更衣室に押し込んだ。
「ボロボロの服は脱いで、中にある衣装に着替えるとイイワヨ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
 何の疑問も持たず、言われた通りイングリットは中にある服に着替えた。
「あら? でもこちらは……」
「今までの衣装では相手に掴んでくださいって言ってるようなモノネ。掴まれる余地が少ない、その衣装ならバッチリネ」
「そうですわね」
 掴まれることなどなかったのだが、イングリットは素直に用意されていた衣装――ワンピース型の水着に着替えたのだった。
「ヒャッハー! 襲ってくださいって言ってるようなもんだゼェ!」
 凛やレオーナの攻撃を逃れた者たちが、オアシスの方へと迫ってきた。
「イングリット、まだ戦える?」
「無理はしないで」
 舞香とマリカがイングリットの左右に立った。
「戦えますわ! 先ほどまでより動きやすくなりましたし、後ろは水辺、左右はお2人が押さえてくれますから」
 少女達は頷き合い、不良たちを迎え撃つ。
「ヒャッハー! 突っ込んでやるぜェ!」
「水ん中じゃ、お得意の技も使えねェだろうしな!」
「武器を持ってる俺らの方が有利だぜ!」
 バイクを走らせて、不良たちは突っ込んでくる。
「多勢な上に得物持ちなら、遠慮は無用だな」
「うぐ……!」
 イングリットのもとに向かおうとしていた不良に首に、ワイヤーが巻き付き、バイクから引きずりおろされた。
 マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は、引きずりおろした男からワイヤーを解き、次の不良に繰り出して捕縛。
 その男も投げ捨てると、イングリット達の元へと走った。
「どうした? そんな姿は似合わない」
 駆け付けて、イングリットと共に戦いながらマイトは彼女に声をかけた。
「この水着はお借りしたもので……っ」
「いや、衣装のことじゃなくてな……っ!」
 少女達の前に立ち、マイトは捕具と魔法の籠手の力を用い、不良のバイクを止める。
「はあっ!」
「えーい!」
「頭を冷やしなさい!」
 イングリットは不良を突き飛ばし、マイカは投げ飛ばし、舞香は蹴り飛ばして、不良たちをオアシスに落とした。
「イングリットちゃんのところには行かせないわよー!」
 ぶすうっ。
「アッーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 ゴボウを振り回し、突きまくり、レオーナは不良たちのノーマルな人生に止めを刺していき。
「こちらは、もう、大丈夫、ですわ……!」
 光条兵器と魔法による全体攻撃を凛が繰り返し、ヒプノシスで眠らせて行き、シェリルが弱った不良を不意打ちで倒した。
「また結成しても、潰してあげるから。他の就職先を探しなさいな」
 舞香は水の中から這い出ようとした不良に言い、頷いた者から引っ張り上げて、マイトが拘束をしていく。
「大丈夫? でもなにその格好……」
 水着姿のイングリットを訝しげに見ながらも、シェリルは魔法でイングリットや皆の怪我を癒し始めた。
「うんうん。やっぱり、アナタ、イイ身体してるワネ。ろくりんピック強化選手にナラナイ?」
 戦闘中は傍観していたキャンディスが自作のろくりんピックパンフレットを手に、イングリットを勧誘する。
「はあ……。あ、レスリングでしょうか?」
「いえ、シンクロナイズドスイミングがイイと思うワ!」
「考えさせてください……」
 それどころではないというように、イングリットは首を横に振った。
「考えてくれるのネ! いい返事期待シテルワ! 仮登録だけしておくワネ」
 キャンディスは名簿にバリツ・イングリットの名前を書くと、聖火を届ける為に大荒野の彼方へと消えていった。
「それで。そんなボロボロな姿、君らしくないように思えるんだが……何か迷いでもあるのか」
 不良たちの拘束を終えて、マイトがイングリットに尋ねた。
「……自分で撒いた種なのかなと、少し考えてしまいまして。白百合……百合園の皆様に、ご迷惑をかけてしまい、すみませんでした」
「何言ってんのよ、全然迷惑じゃないし。イングリットのお蔭で、悪さする前に、盗賊団壊滅させられたしね」
 舞香が笑顔で言い、イングリットの方をぽん、と叩いた。
「警備団の生徒部代表目指さないかって言われてるんだってね? イングリットなら適任だと思うわ」
「そう、でしょうか。わたくしはまだ未熟すぎて……」
「リーダーにはやる気や人望や責任感があれば、能力は団員が補えばいいのよ。
 もし、あたしで手伝えることがあれば、協力するわ」
「本当ですか? 舞香さんは新たな生徒達だけの団を望んでらっしゃるのかと思っていました」
「うん、それはこの間の投票で結論出たと思ってる。もうこれ以上拘るつもりはないから……」
「舞香さんが協力してくれるのなら……というか、本当ならリーダーは舞香さんの方が相応しいのでしょうけれど……」
 イングリットは少し不安げに微笑んだ。
「わたくしは将来、どんな風に生きたいのかも、わからないままで……」
 悩み顔のイングリットに凛が近づいた。
「私、集落の子供たちに読み書きや簡単な計算を教えているんですの。自分にできることから……と思いまして」
 そう言って、凛もシェリルの手当てを受けながらイングリットに微笑みかける。
「どんな道を選んでも、責任は自ら負う必要がありますわ。それが大人になるということだと思いますの」
 凛はこれまで、自らの光条兵器を使おうとはしなかった。
 彼女の光条兵器は、自分には合わない、無骨すぎるガトリングガンだったから。
 でも今、自らその武器を用いることを選んだ。
 閉ざしていた一つのドアを、開くかのように。
 そうして、新たな道がいくつも出来ていき。
 彼女達は選んで、進んでいくのだ。
「皆様は進路を決めているのですか? 夢に向かって歩んでおられますか?」
「夢? 俺は英国に帰って刑事になる。そのための勉学、訓練に励んでいる」
 マイトははっきりと言い切った。
「あたしは、専攻科への進学は後回しにして、武者修行に出たいと思ってたんだけど……」
 マリカがぽりぽりと顔を掻く、
 武者修行に出たいと言ったマリカに、パートナーで教育係のテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)は、卒業試験を命じた。
 それは『陸路、大荒野経由でヴァイシャリーとヒラニプラを無事往復してくる』というものだったのだけれど……。
(救難信号出しちゃったから、失敗、だよね)
 マリカは心の中でため息をつく。
 でも、それにより、イングリットが助かったのだから。判断は間違ってなかったと、断言できる。
「これからもよろしくね、イングリット、皆」
「はい。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします」
 マリカの言葉に、百合園生の皆が首を縦に振った。
「……戻りますわよ」
 様子を見つつ、空飛ぶ箒で近づいてきたテレサに連れられて、マリカはヴァイシャリーへと戻っていく。
 恐らく彼女は、百合園女学院の専攻科に進むだろう。
「私はリンと一緒に百合園の短大の文学部に進むだけだけれど」
 言って、シェリルはイングリットに目を向けた。
「最終的には、自分がどうしたいかを大切にしたらいいんじゃない?」
「どうしたいか……」
 イングリットは軽く目を伏せた。
「そうだな……いよいよイングリットが迷うなら……いっそ俺が君に決闘で勝ち……英国に連れ帰るか……」
「……えっ」
 突然のマイトの言葉に、イングリットは勢いよく顔を上げ、驚きの目で彼を見た。
「っていやいやいや……英国紳士としてはジョークとしてもあんまりだなこれは……済まない、忘れてくれ」
 薄らと赤くなりながらマイトが言うと。
「は、はい……」
 イングリットも少し赤くなりながら、俯いた。
「そうだよねー。百合園生の卒業後の進路としては、結婚! 永久就職! が一般的だもんねぇ。ああ、でもイングリットちゃんが故郷に帰っちゃうなんて、そんなのイヤァッー」
 レオーナがイングリットに飛びつきつつ、ゴボウを持った手をマイトに向ける。
 激しく身の危険を感じて、マイトは後方に跳んで咳払いをして。
「それじゃ、またな」
 優しく言うと、去っていった。
「警察……。わたくしは……自分がそういった組織の中で、役に立てるのか、試してみたいです。あと2年、学生として」
「うん。応援するわ」
「これからも一緒に百合園で、学んでいきましょう」
 舞香と凛の伸ばした手を掴んで、イングリットは立ち上がった。
「じゃ、帰ろう! あたしの……ううん、皆の愛の巣百合園女学院に!」
 レオーナがゴボウを百合園の方へびしっと向けた。
「学び舎の百合園女学院に、ね」
 シェリルはイングリットを、乗ってきた箱型馬車の方へと誘う。
 そして少女達は向っていく。
 今はまだ、同じ場所へと――。