空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

リアクション公開中!

ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

『第4試合は北條 あげは&ケイ・ピースァペア対冬蔦 日奈々&冬蔦 千百合ペアです。なんと日奈々選手は目が見えないそうです!』

「えっ?」
 北條 あげは(ほうじょう・あげは)は驚いて、今自分と握手している少女をまじまじと見た。自分と同じくらいの少女だ。背もあげはより低い。小さくてかわいい、西洋人形のような少女。しかし、言われて初めて気づいたけれど、両目は焦点を結んでいなかった。
 見つめられていることに気付いて、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)はにっこり笑う。
「だいじょぶなのー?」
「はい。ご心配、ありがとうございます…。でも……大丈夫ですから。今日は、普通に……よろしくなのですぅ」
「普通にだねー。うん、分かったよー」
 見えないと聞いたばかりなのに、ばいばいと手を振ってサーブの位置まで走って行くあげはの無邪気さに、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)はくすりと笑ってしまった。
「えーと。これを向こうに投げるんでしたねー。
 じゃあいくですよ、ケイさん」
「うー…」
 ガリガリにやせ細ってあばらの浮いた、幽霊のようなケイ・ピースァ(けい・ぴーすぁ)が、右手を上げて、うめきだか応答だか分からない声を発した。その姿が面白くてあげははくすくす笑ったあと、さてしようと思って、あれ? と気づく。
「そういえば、サーブってどうやるんですかねー。考えてみたら、あげは、バレーのことよく知らないですねー」
 プークスクスクス。
「うー……うー……」
 ケイが両手を同時に振る真似をして見せた。
「そうですねー。これ、向こうに渡せばいいんですよねー。
 投げちゃいましょ」
 えいっ、とあげははフリースローのようなポーズでボールを投げた。

『投げた! あげは選手、ボールを打たずに投げましたっ!! 審判、これはOKなんでしょうか!?』
 美咲の言葉に、主審の鳥人が「よいのである」とうなずく。「投げてるポーズがカワイイから」
 このあたりで美咲は鳥人の審判基準を把握しだす。ようはこの鳥たち「面白けりゃ何でもアリ」なんだろうと。そもそもバレーの知識があるのかすら疑問だ。あまりに自信タップリに立ってるから考えてもみなかったが、もしや一番近くで観戦したいだけなんじゃ…。

 今にも失速して自陣営に墜落しそうだったヘロヘロボールは、なんと奇跡的にネットを越えて日奈々たちの元までたどり着いていた。
「きた! いくよ、日奈々!」
「はいですぅ」
 強烈なスパイクサーブと同じくらい、このヘロヘロボールはとりにくい、というか、タイミングが合わせづらい。千百合は少々イラッときつつも、トスを上げた。日奈々は視力以外の五感を使ってボールの位置を感じ取り、ネット際でアタックする。
「ボールはあたしが拾う。どんなボールがきたって拾って日奈々の位置へ絶対送るから。日奈々はそこにいて、ボールを打ち込んでくれたらいいんだからね」
 試合前にした宣言のとおり、千百合は返ってくるボール全てを拾っていく。
 それを何回か繰り返したあと、はたと気付いた。なぜいつもこう、ヘロヘロと揺れているのに落ちないんだろう? と。
 そのとき、アタックを終えた日奈々が近付いてくる。
「日奈々?」
「――聞いてくださいですぅ」
 日奈々は敵コートをうかがうように向く。
「だめですー、ケイさんー」
「ううー…」
「ここー」
「……う」
「えー? そこ、ちーがーいーまーすー」
 笑いながら2人だけに通じる会話をしている。テレパシーで話しているのだろうか?
「テレパシー……そうか! サイコ――」
「しっ」と、手で口をふさぐ。「そういうことなのですぅ」
 日奈々たちの推測どおりこれは彼らの必殺技で、名をマイペンライという。ちなみに意味は「問題ない・大丈夫・細けぇこたあいいんだよ」だそうだ。
 2人の人間が同時にサイコキネシスを使い、互いに落としたい所へ誘導しているのだが、それがうまくかみ合っていないから引き合う力がぶつかり合って、こんなふうに失速、無軌道ヘロヘロボールになっているのだった。
 相手はとっくに必殺技を用いていたのか!!(がーーーん…)
 ぽよぽよした相手だからとはいえ気付けなかったのはちょっとショックだったりしたものの、そうと分かればこっちだって。
「次、いくよ、日奈々!」
 こくん、とうなずいて日奈々は元いた位置へ戻る。
 飛んできたヘロヘロボールを、千百合は先までよりずっと素早く日奈々へトスした。
「えいっ!」
 神降ろしを発動した日奈々は、目の見える者であっても不可能なほどの正確無比なタイミングでトスボールを打つ。
 これぞ日奈々と千百合の必殺技、何度目になるかわからない二人の共同作業。身も心も通じ合い、お互いを知り尽くした2人だからこその連携技だ。
 ボールはあげはとケイのちょうど間の砂に突き刺さり、爆発した。

『さすが夫婦! 息ピッタリです! 第4試合は日奈々・千百合ペアに軍配が上がりました!』

「やだー、ケイちゃんおもしろーい。アフロけっこー似合うー」
「あー、うー…」
「え? あげはも? ほんと? あー、そっかぁ。あげはとケイちゃん、今おそろいなんだねー。うれしーねー。早く並んで鏡見たいなー」
 コートの真ん中で2人向かい合わせに座って、あげはは幸せそうにケイとお話していた。



『続きまして第5試合に移りたいと思います。ハプニング続きの騎馬戦とチャンバラで時間が押していますので、ちゃっちゃと巻きでいきましょー。
 ええと……次は――って、えええええっ!? こ、これ、本当に??』
 驚きのあまり素になってしまった美咲の声がスピーカーから流れる。彼女の驚きが伝わってざわつく観客席の前を通ってコートに立ったのは、なんとセレスティアーナソフィアだった。
『し、失礼しました。第5試合は、セレスティアーナ・アジュア&ソフィア・アントニヌスペア対夜刀神 甚五郎&ブリジット・コイルペア……です』
 驚きにしん、と静まり返ったあと、わっと歓声が沸いた。
 元祖プリンセスカルテットとプリンセスカルテットで、水上騎馬戦では戦った2人が、今は肩を並べてにこやかに女王然と声援に応えている。
 このとき、歓声を上げる満場の観客のうちで、2人がローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)の変装した姿だと気付けた者が1人でもいただろうか?
 唯一それを知る者は、本物が現れはしないか、水着にサンバイザー、サングラス姿で入り口で見張っているローザマリアのパートナーエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)だけに違いなかった。
「東の代王とエリュシオンの姫騎士か」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は向かいのコートから彼女たちを見つめる。
 対戦相手としてプレッシャーを感じないといえば嘘になるだろう。その肩書きも、婦女子だということも含めて。だが、どんな相手であろうとベストを尽くすのみだ。
 となりに立つ、親友でありパートナーの機晶姫ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)を見る。
 無口で滅多にしゃべらないブリジットは、やはりこのときも無言でたたずんでいる。
「さあやるぞ! お2人にわしたちの力を見せてやろうではないか」
 意気込む甚五郎に、ブリジットはこくんとうなずいて見せた。
「甚五郎殿、ブリジット殿。それではいかせていただきます」
 かしこまった口調のわりに打ったのは激しいジャンプサーブだった。大きすぎも小さすぎもしない、ほど良い形の胸が着地で揺れる。
 速いスピードで迫るそれをブリジットが正確にレシーブし、甚五郎がツーアタックでたたき込む。
 男らしい、力強いアタックだ。女子バレーでは見られない、男性ならではの力と速さを備えたボールを、しかしセレスティアーナは難なく受け止めた。
「ソフィア!」
「ええ!」
 息のあったAクイック攻撃。甚五郎の打ったボールに勝るとも劣らぬ激しいボールが甚五郎を狙ってくる。ボールは甚五郎の肩近くに当たった。
 高く、コート外まで打ち上げられたボールをブリジットがフォローする。
(むう。ブリジットが戻り切れないまま打てば敵にチャンスボールを与えることになってしまう…)
「ブリジッド! ガン・ファイア・ヴァンダリズムだ!」
 その言葉に、走って戻ってきていたブリジットが立ち止まった。そして天をあおぎ、ガンファイア・サポートを発動させる。
 チカッと太陽を弾いて迫るは空賊船――。

『空賊船の使用は――』
 まさかあれはさすがに、と思った美咲だったが、鳥人審判のふところは限りなく深く、さながら底の抜けたバケツ、網目の大きなザルのごとしだった。
『ああ、ハイ。OKなんですね』
 んーー。とうなずく。
 きっと観客も悟れたに違いない。この競技、無法! 何でもアリだったのだと!

 空賊船の砲撃がコート内の2人へ迫る。
「こんなもの!」
 2人はゴッドスピードと分身の術を用いて軽々と避けた。援護射撃の煙幕にまぎれて打ち込まれたボールも、ソフィアはホークアイで見逃さない。
「……ヴァンダリズムの威力が付加されたボールを、まるでただのボールのように…」
 まさかと目を瞠った。セレスティアーナとソフィアの身体能力がここまですごいと思ったことはなかったのだ。
(今まで見抜けていなかったというのか、このわしが)
 そちらの方が甚五郎には衝撃だった。
「はーーーっはっはっはっは! どうだ、すごかろう!」
 表情からそれと見抜いたセレスティアーナが腰に手をあて高笑う。
「そんなことよりセレス!」
「おう!」
 ソフィアが魔障覆滅で上げたトスをセレスティアーナが打つ。
「これでとどめだ! 必殺!」
「「N2!!」」
 必殺技名を叫ぶとともにセレスティアーナの姿が分裂する。分身の術を用いてのアタック。
 甚五郎は反応することもできず、ボールは足元に落ちて爆発した。

『決まったーーッ! プリカルと元祖プリカルのお2人が、こんなにも息ぴったりのペアになれると一体だれが予想したでしょう?
 第5試合はセレスティアーナ・ソフィアペアの完全勝利です!』

「はーーーーっはっはっは!!」
 勝利を祝う大声援のなか高笑うセレスティアーナと手を振るソフィア。ふとソフィアの目に、手を振るエシクの姿が入った。
「後ろです、後ろ!」
 声は聞こえないが、唇からそう読み取る。それに従って振り返ると、別のスタッフ用入り口から本物のソフィアとセレスティアーナが走ってきていた。頭から湯気が出ているのが見えそうなほど、怒っている。
「この! 姿を見せろ! 偽物め!!」
 数分の追いかけっこののち、鳥人たちに囲まれてしまった偽ソフィアの顔にソフィアが手を伸ばす。ビリッと破いたその下から出てきたのはなんと、イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)の顔だった。
「えっ…」
 驚きに硬直してしまったソフィアたちの前、イナンナはにやっと笑うと鳥人の1人の股間を蹴り上げて逃げ出した。
「おほほっ! 鬼さんこちらっ ♪ 」
「……くっ! それも変装か!!」
 そしてもう一方の偽セレスティアーナはというと。
「うわっっ!!」
 会場の一角で、激しい爆音が轟いた。
「くそっ! まさか自爆するとはな!!」
 爆風のなか、本物のセレスティアーナが悔しげに顔をかばった手の下でつぶやく。
 結局、2人を捕まえることはできず、その正体は不明のままで終わったのだった。



『なんという波乱含みの競技でしょうか! 先ほどの試合の勝者は2人とも偽物だったようです。一体彼らは何者だったのでしょうか? 気になりますね!
 しかし時間は待ってくれません。そちらの調査はスタッフに任せるとして、われわれは試合を続けましょう! 第6試合は佐々木 弥十郎&賈思キョウ著 『斉民要術』ペア対イリス・クェイン&クラウン・フェイスペアです』

 そのとき、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は妙な感じを受けたのを覚えていた。
「よろしくお願いします」
 彼――佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はそう言ってほほ笑んでいた。それは覚えている。だがそれからが妙にあいまいというか…。
「イリス、大丈夫かい?」
 ぼんやりしているようなイリスに気付いたクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)が不思議そうな顔で覗き込む。
「え、え…」
 そう答えるも、イリスはなんとなく吹っ切れないでいる。
「ねえクラウン。あなたも彼とあいさつして握手したでしょ? 何か感じなかった?」
 あのあと、彼、何か言ってたような…?
「うーん…」
 と、クラウンも一応思い出そうとしてみる。
「そういや、なーんか言われたような。アタックがどうとか。……むー、やっぱ思い出せないや」
「すごいアタックを持っているそうですねぇ。でも――」
「イリス?」
「……分からない。今、何か思い出しかけた気がしたんだけど」
 ちら、と敵コートを肩越しに盗み見たが、特におかしな様子はなかった。前衛についた賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)が、鼻歌をフンフン歌っているだけだ。
 あれは幸せの歌。弥十郎のために歌ってあげているのだろう。弥十郎は後衛で普通に立っている。
 何もおかしなところはない。
「それではいきますねぇ」
 弥十郎がサーブをする。それも普通のサーブだ。イリスがレシーブし、クラウンがトス。アタックすると弥十郎がレシーブする。
 普通のバレーのラリーが続く。
 やっぱりあの違和感は何でもない、ただの思い過ごしだったんだと思い始めたころ、妙なことに気付いた。弥十郎ばかりねらってアタックを打っていたのだ。クラウンの打ったアタックが弥十郎に当たるのを見て、クラウンもまた弥十郎をねらっているのだと知った。
「なんで前衛の彼はねらわないの?」
 斉民要術はアタックやトス専門だった。ブロックもしないからわざと当てさせてコート外へ飛ばさせることもできない。
 それならそれで、彼にぶつけるという手段が使えるはずだった。
「そう言うイリスこそ。どうして後ろの人ばっかり? 空いてるとこ、落とせばいいのに」
「どうして、って…」
 弥十郎は彼らのアタックを集中的に受けて、フラフラしていた。バウンドで顔に当たったのもあって、少しほおやまぶたが腫れている。かわいそうだと思うのに、それでもアタックの瞬間になると彼をねらわないといけない気がして…。
 われながら薄気味悪かった。
「ちょっと早いかもだけど、もうやっちゃいましょ」
「うん、そうだね。3分ギリギリで返して爆発なんて、姑息な手はナシにしよう」
 クラウンも同意した。
「いきますよ!」
 弥十郎が受けたボールをトスで返す斉民要術。
「はっ!」
 弥十郎がバックアタックを打つ。
「イリス!」
 クラウンがレシーブで高くボールを上げた。
「ええ! くらいなさい! フィアーオブT!!」
 解説しよう! TとはTraumaのT! つまり、恐れの歌やその身を蝕む妄執といった魔法を組み合わせ、ボールが相手の苦手な物に見えてくるよう仕向ける、という技である!
 もちろんボールは弥十郎へと向かう。なぜならそれが彼らの必殺技佐々木ゾーン――メンタルアサルト等々の精神系魔法を用いた催眠効果でどんなボールも弥十郎に集中して打ってしまうというというもの――だからだ!
 そして弥十郎は迫り来るボールに見た!
 カレーの幻影を!
「うわあああっ! ――って、なぜカレーですかぁ?? ……いや、たしかに苦手ですけど」
 苦手の意味が違うような?
 とまどいながらも弥十郎はレシーブする。それを、斉民要術はツーアタックで返そうとする。
「ごめんなさい」
 つられてブロックに跳んだクラウンに、申し訳なさそうに言って。着地するやすぐさままた跳んだ。1人時間差だ。
 とん、と指先で軽く押したボールは、クラウンを越えて後ろに落ちた。
 爆発。

『第6試合を制したのは弥十郎・『斉民要術』ペア! みごとな頭脳戦でした!』