空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

リアクション公開中!

ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

 発砲スチロールの上は大混乱だった。
 限られた足場で、大人数で、しかも水に落ちれば感電ビリビリの恐怖。そして敵は四方八方にいて、常に目を配っていなければならない。
 水着にトリマーク、イヌマークをつけてあったが、なにしろほとんどの者が魔法で速度を上げたり軽身功でサーカス団員もかくやというようなトリッキーな動きを用いているため、確認している間などほとんどない。とにかく向かってくる者がいたら吹っ飛ばす。それだけだ。
 それでも、盤上のそこかしこで楽しげな笑い声が上がっていた。
 吹っ飛ばし棒は発泡スチロール製だが特殊加工によって強化されており、振り回すに適した軽さでありながら超固い。コントラクターが相手だから隙を奪うのは難しいが、まともに入れば面白いように吹っ飛ぶ。
「吹っ飛べ! 場外ホームランーーッ!!」
 カキーーーン!
 そんな音がしそうな勢いで野球バットのように振りきった棒は、見事相手の腹を捉えることに成功する。
「おー、今度のはよく飛んだなぁ」
 キラッ☆ と光って見えなくなった相手を見送りつつ、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は満足げにうなずいた。
「よーし! 次はもーっとカッ飛ばすぞー。真奈、次はだれ? どの方向?」
「そこから3時の方向、距離約6メートルです」
 ミルディアからの問いに和泉 真奈(いずみ・まな)が答える。
 戦いが苦手な彼女は盤上の端を位置取りして戦闘を避け、そこから会場の設置モニターを用いて状況分析を行っていた。
「黒い髪と瞳をした少年です。金色の長い髪と青い瞳をした少女と一緒にいます。逃げ回っているだけで攻撃を一切していませんから分かりやすいかと思います」
 真奈の情報に従って、その人物を捜す。
「いた! 分かったよ!」
 言うなりミルディアは駆け出した。
 チームの後方でかわすこと、逃げることに専念し、生き延びることに主眼を置いていた安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、
「たあーーっ!!」
 という裂帛の声とともに突然間合いへ飛び込んできたミルディアの初撃を、かろうじてかすめるだけで避けた。
「うわ!」
 なめらかな動きで途切れることなく振り回される吹っ飛ばし棒は、握っているのが小柄な少女とは思えないほど速い。軽身功を発動させていなければそうそう避け切ることはできなかっただろう。
「くそ…っ」
 かといって、いつまでも避け続けるのは不可能だ。逃げようにも完全にミルディアは彼をロックオンしている。このまま何もしなければ、いずれは吹っ飛ばされてしまうだろう。
(やるしかないか)
 とは思うものの、すっかりミルディアのペースになってしまっていて、反撃の糸口もつかめない。
 だが和輝には逡巡する時間すら残されていなかった。もともと端近くにいたため、盤上の際まで追い詰められてしまう。
「もらったあ!!」
 勝利を確信したミルディアの声が高らかと上がる。同時に大きくふりかぶられた棒。
「和輝!」
 たおやかな美少女クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)がおおった口元で悲鳴のように名前を呼んだ。
 吹っ飛ばされるか、ビリビリ電流水へ落ちるか。そのどちらかしか残されていないように見えた。
「吹っ飛んじゃえ!」
「ちいっ!」
 彼女の見ている前、和輝は自らミルディアに向かっていった。両手が盤上につくほど大きく身を沈み込ませ、ミルディアの横なぎを避けた直後、盤を蹴る。和輝はミルディアの頭に手をついて、前転飛びで跳び越えた。
 一気に立ち場が逆転する。
「はあっ!」
 背面をねらわれたら終わりだ。すぐさま後方に向かって振られた棒は、しかし和輝の姿を捉えることはなかった。
 和輝は着地と同時に逃走に移っている。
「逃がさないんだから!」
 勢い込んでミルディアは和輝を追いかけた。真奈のサポートがあるから、人混のなかへまぎれ込んでも無駄だ。
(どうして振り切れない?)
 和輝が疑問に思うころ、クレアはそのなぞを解き、真奈の元へ向かっていた。
「あなたのサポートによるものですね…。
 和輝の妨害をする者を排除するのが私の役目。消えてください」
「えっ?」
 振り向く真奈のすぐ足元にサンダーブラストを落とす。驚いてバランスを崩した真奈を、すかさず吹っ飛ばした。
「きゃあああっ」
「真奈っ!?」
「隙ありっ!」
 驚いてそちらを向いたミルディアの手元に和輝が蹴りを入れて棒を蹴り飛ばす。棒はクルクル回転して、盤上のどこかへ落下した。
 もう吹き飛ばすことができない。だがミルディアの闘志は衰えるどころかますます燃え盛った。
「あたしの武器はあれだけじゃないんだからね!」
 彼女は大きく口を開け、天に向かい龍の咆哮を上げた。
「なっ!?」
 突然のおたけびに思わず耳を押さえそうになった和輝の前、ミルディアの顔――いや、頭全体がぐぐぐと変化していく…。
 龍顎咬だ。
 そうと気付いたときには遅く、和輝は噛みつかれていた。
「くそーっ! もう怒りました!!」
 自分よりずっと小さな少女だったから攻撃するのは気が退けていたけれど、肩を襲った激痛に、そんな考えも吹っ飛んだ。
 等活地獄を発動させ、ミルディアに叩き込――――もうとしたのだが。
 そのとき、濡れた盤上で足がつるりとすべった。
「「あ?」」
 これってやばいんじゃない? そう思ったときにはもう遅い。
 2人はそろってビリビリ感電水のなかに頭から落っこちた。
「和輝!」

「あばばばばばばばばばばばっ」

 鳥人に引っ張り上げられたとき、2人は気絶したまままだお互いの服を握り締めていたという…。




 盤上を、炎が舞っていた。
 一時も休むことなく敵と切り結び合う腕の動き、躍動する体に合わせて目の覚めるような赤髪が跳ねる様は、本当に炎が燃え上がっているようだ。そして、その炎の下で金属製の6枚羽が太陽の光を反射して銀色に輝いている。
 彼女はリファニー・ウィンポリア(りふぁにー・うぃんぽりあ)。この世でただ1人の熾天使。
 競技が始まって以来、彼女は攻撃を受け続けていた。リファニーはトリチームの総大将だ。彼女が倒されたから即敗北というわけではないれけど、それでも彼女の勝敗はチームの士気に影響する。
「リファニーさん、すみません!」
「かまいません。どうぞ」
 謝罪しつつも果敢に向かってくる者たちをリファニーは真正面から受け止め、次々と吹っ飛ばしていく。相手の切っ先をそらし、防御から攻撃へとつながる、迷いのない、それでいて容赦のない一撃。しかし息つく暇もない攻撃を生真面目に受け止め続けて、少し息が上がってきていた。
 そんな彼女に生まれたわずかな隙。死角をついて、吹っ飛ばし棒が横手から振り切られる。
「リファニーさん、危ない!」
 間に割り入り、受け止めたのは風馬 弾(ふうま・だん)だった。
 どん、と肩がリファニーの羽にぶつかる。
「あなたは…」
「危ないところでした」
 ゴルフの要領でかっ飛ばし、敵を排除した上で弾は振り向いた。
 リファニーは知らなかったが彼は大分前からリファニーの背後を守っていて、こうしてたびたび彼女の窮地を救っていたのだ。
「ありがとうございます」
 大きな丸い目を見返して、几帳面に礼を言うリファニーに、弾は照れ笑いながらも首を振った。なんてことないと。
「あなたが僕たちの大将です。護るのは当然です。ねっ? ノエル」
「えっ……えっ?」
 突然話を振られて、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)はあわてた。
「あっ、あのっ……は、はいっ! チャンバラは苦手ですけどがんばります!」
 これが剣の花嫁の発言かと思うとついニヤリとしてしまうが、本人はいたって大真面目だ。体の真ん中で両手で棒をかまえ、どこからでも来いというように踏ん張っている。棒先がぐらぐら揺れているのは威嚇かそれとも体の震えが伝わっているだけか。
 突然、右手の方でわっと歓声が沸いた。
「避けてリファニーさん!」
 名を呼ばれ、ぱっとそちらに正面を向ける。かまえを取ったが、だれも彼女をねらう姿はなかった。
 みんな下を見ている?
「リファニーさん、あれです!」
 弾が指差した場所は、かなり下だった。発泡スチロールの盤上を、腹這いになって滑ってくる者がいる。
 魔鎧魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)をまとったシャインヴェイダー蔵部 食人(くらべ・はみと))だ。
「!」
『あら、面白い策を考えたわね』
 実況のアリアンナがくすりと笑ってその姿をカメラでズームした。
 腹這いになったシャインヴェイダーは驚愕に目を瞠った人々の足の横、ときには股の間をくぐり抜け、リファニーへ突貫している。その異様な速度はどうやら濡れた盤上を魔鎧で滑っているだけではなさそうだ。硬直した周囲が動けないことからしても、おそらく捕らわれざるものやバーストダッシュ、エステ用ローションといった物を用いているに違いない。
(リファニーさん。いつも一緒に戦ってきた仲だけど、今回ばかりは抽選の神のいたずらで敵同士になってしまった…)
 フルフェイスの下で、食人は無念の思いを噛み締める。
 が。
「――かつての仲間といえど、敵となったからには容赦しない! それがヒーロー!
 敵軍大将リファニー・ウィンポリア! きみはこの俺が倒す!」
 その意気や良しだが、やっていることは腹這いになって人の足元をつーるつるである。巧みに人を避けるその動き、某Gに見えなくもない。
「リファニーさん!!」
 弾がリファニーの盾となって、ぐんぐん迫りくるシャインヴェイダーの前へ飛び出す。
 ここから先起こったことは、わずか1〜2秒の出来事だった。
「リファニーさん、覚悟!
 脱着!!」
 パンッと豆が弾けるようにして魔鎧を強制分離した食人。
「り、リファニーさんお助けしますっっ! えーーいっ!」
 あせりまくったノエルがめくらめっぽう振り回した棒が弾の腹を直撃し、プール外へカキーン。
 飛ばされまいとした弾の指がとっさに触れたものを握ったら、それはリファニーのビキニのホルターネックで、これがブチッ。
「ちょ! うわっっ」
 エステ用ローションまみれの魔鎧から飛び出したはいいものの、エステ用ローションは魔鎧の継ぎ目からもたっぷり染み込んでいたものだから、食人の盤上についた足がつるり。
 前のめりに倒れた食人はなんと、リファニーのはだけた裸の胸に顔を埋める結果になってしまった。
「キャーーーーーーーーッ!!」
 それを目にした周囲から、一斉にパニックの声が上がる。
 しかも食人、倒れまいとリファニーにしがみついたものだから、エステ用ローションの効果でリファニーはつるりひゅぽんっとロケットのように上空へ飛び上がってしまった。
 ……それが本当にエステ用ローションによるものか、羽を使ったせいかはこの際不問に処してもだれも文句は言わないだろう。事が事だ。少なくとも、宙に浮いてからは羽を一切使っていない。
『これを使って!!』
 両手で胸を隠しつつ大きく宙返りをするリファニーに、アリアンナが小型飛空艇内に用意してあったタオルを放る。
 さっと巻いてキュッと締める。そして盤上へ下り立ったとき、かつて彼女がいた位置では、食人が真っ赤な顔で鼻血を吹きつつ袋叩きにあっていた。
「このっ! このっ! このっ!」
「死ね! 女の敵め!! きさまなどこうしてやる!!」
 周囲を囲った女性陣に、棒を杵のようにしてドスドス突かれ、さらには足蹴にされている。
「ち、違っ……俺……ぐはっ! 俺は、彼女にタックルして……ガッ! そのまま滑って、プ、プールへ落ちようと…」
 リファニーさんを棒で打つなんてできないからっっ。
「まあ! 認めたわ! やっぱり抱きつき目的よ!!」
「競技にかこつけてセクハラしようだなんて!」
「サイッテー!!」
「……誤解、だっ……俺は……へぶっっ
「あーあ。ダーリンったら」
 案の定こうなったとヴェイダーは片手を顔にあてる。
 食人は女性に耐性がなく、抱きつけば鼻血を吹くことになるのは必至。だからセクハラ目的じゃないとかばってあげたかったが、それで女性に関心がないのかといったらそこはきっちり健全な18歳男子高校生なものだから、説得力がない。
 ここはもう、彼女たちの気が済むまでおとなしくボコられてもらうしかないか。ヴェイダーはため息をついた。
「いやぁ、青春だねえ」
 一連の出来事をプールサイドの、いわば特等席とも言える場所に立って見ていた監視員伊大知 圍(いたち・かこむ)は、あごに手を添えてにやにや笑う。
「いいモノも拝ませてもらったし」
 ほんの一瞬、時間にしてコンマ数秒にも満たなかっただろうに、彼の両目はしっかりホルターネックのはずれたリファニーの生乳を捉えていた。
「網膜に焼きつけさせていただきました。きっちり墓場まで持って行かせていただきます」
 ごっちゃんです! と言いたげに、圍は再び盤上で戦っているリファニーに両手を合わせる。
 その様子を盤上から見ていた圍のパートナーでドラゴニュートのカッコロ・シャルドリッヂ(かっころ・しゃるどりっぢ)
「何やってんねん、われ」
 棒を肩に担ぎ、憤慨するようなため息をついて見せた。
「げ。カッコロ」
 あわててとりつくろうとする圍に、
「今さらそんな顔しても遅いわ! アタシにはみーんなお見とーしや、このどスケベ。チャンバラなんて面倒やから監視員でもするわーって言うてたんは、そないなことするためやったんか」
「い、いや、違うぞ! ちゃんと不正がないよう監視していて、それであれも――」
「せからしわ! しゃーしゃー言うなや!」
 ぴしゃりとやって、カッコロはふんと鼻を鳴らす。近距離だったら尻尾ビンタをくらわせていたかもしれない。
「ほんま、手の届く距離におったらどつき回しとるで。
 監視員も立派な仕事や。ちゃんと監視しときーや」
 さっきなんか、スレスレの行為があったやろ?
 圍も言い訳したいことがないわけではないのだが、カッコロの言うことはいちいち正論なため、ぐぐぐとのどから下へ押し戻すしかない。
「分かった。俺が悪かった。これからはきちんとする」
 このとーり、と胸に手をあてている圍に、うさんくさいものを見る視線を投げたカッコロは、また鼻を鳴らした。
「ま、えーわ。しゃんとしとくんやで。
 ほなアタシは競技に戻るさかい」
 圍に背を向け、棒を手に戦場へ戻ろうとしたカッコロの耳に、次の瞬間圍の鋭い喚起が突き刺さった。
「避けろカッコロ!!」
「?」
 わけが分からないまま、カッコロは横に飛び退く。カッコロの髪の先をかすめて、直後何かが彼女の元いた位置へと振り下ろされた。
 ダンッ! と棒が発砲スチロールをたたく。
 足場を揺らしてそこに着地したのは、なんとキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)だった。