空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

リアクション公開中!

ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

「ちょお! あんた、いきなり何すんのや。そもそもあんた選手やないやろ?」
 とまどうカッコロを、じろりと殺気立った緑の目が捉える。一刹那ののち、カッコロは吹っ飛ばし棒を奪い取られ、はるか空の彼方まで吹っ飛ばされていた。
 まさに問答無用。
「カッコロ!? ――って、おいキロス! 選手でない者がそこに入――」
 カッコロがやられたことに息巻いて、圍はピーーーッとホイッスルを吹く。近付いてきた圍を、やはりキロスは吹っ飛ばした。
「キロスが……審判を吹っ飛ばした」
 だれもが唖然となり、動きを止める。
 彼らをキロスは見渡して、ドスの利いた声で叫んだ。
「どいつもこいつもヌルい戦いしてんじゃねーよ!!」
 見るからに今のキロスは殺伐とした雰囲気に包まれていた。
 なかでも特に目だ。まるでこの世の地獄をさすらって、あらゆる悪徳を見てきたかのようにすさみきって濁り、ぎらぎらと殺意を放っている。
 オーラを見ることができる者であったらば、彼を包む影のおそろしさに震えあがっていたかもしれなかった。たとえ見ることができなくともそばに来られるだけで怖気を感じてしまうぐらい、キロスは負のオーラを放っている。
 一体彼に何があったのか? いぶかしむ彼らを前に、キロスはケッとあざ笑った。
「大体なんだ、1人残らずそのチャラい格好はよ! ぁあ? てめぇら、女に混ざって刃もねえ剣なんか振り回して、それでいいカッコできてるつもりか? そんなんで女にきゃあきゃあ言われて、鼻の下伸ばしていい気になって浮かれてる場合かよってんだ」
 もちろんただの言いがかりだ。
 あからさまな挑発だが、それでも何人かは頭に血を登らせる。
「なんだと!」
「もっぺん言ってみろキロス!」
「いくらおまえでも容赦しねーぞ! コラァ!!」
 一瞬不穏な空気が流れたときだった。
『みんな、ちょっと待って』
 スピーカーからロレンツォの声が流れる。
『今情報が入ったよ。どうやらキロスくんのパートナーの香菜さんは、ルシアさんと組んで時限爆弾バレーに出場申請をしているようだね。つまりキロスくんは今回、だれからも誘われなかったということらしい』
 水上騎馬戦も、水上チャンバラも、時限爆弾バレーも。
 参加者はみんなペアで出場登録をしている。もちろんここにいる全員がそうだ。
 ざわざわ……ざわざわ…。
「お、おい……何か言ってやれよ…」
「おまえこそ…」
 真相を知って、キロスを見るみんなの目がみるみるうちに不憫な子を見る目になっていった。先の暴言に腹を立てていた面々までもが彼の傷ついた本心を知って、すーっと溜飲を下げる。
 みるみるうち、キロスの体がぶるぶる震えだした。目じりにちょっぴりくやし涙がにじんじゃっている。
「うるせえ……うるせえうるせえうるせえってんだ!!
 (ペアでなくちゃ出れない)こんなイベントなんか、このオレがぶっつぶしてやる! リア充吹っ飛べ!!
 ――うおおおおおおおおおおっ!!
「まあ待てよ、キロス」
 吹っ飛ばし棒をぶんぶん振り回して突進をかけたキロスを、横合いから藍園 彩(あいぞの・さい)が呼び止めた。
「……だれだ、おまえ」
「俺か? 俺は薔薇の学舎の藍園 彩という者だ。
 事情は分かった。そうしたい気持ちは分からんでもないが、いくらなんでも短絡的すぎるぞ」
「なんだと?」
「いいからとにかく落ち着け」
 と、なだめるふうを装って、少しずつ近づき間合いを詰める。
 彩自身、今のキロスを言葉でなだめられるとは思っていなかった。会話は彼に近付くための手段だ。それとなく間合いへ入るための方策。
 話題は何でもいい。とにかくキロスの気をそらすことができれば――
「おまえ、リア充か?」
「……えっ?」
 彩は一瞬言葉に詰まった。
「い、いや。違うが」
 こほ、と空咳をする。
 あと5歩。……4……3……
「ならおまえも分かるはずだ! リア充こそオレたちの宿敵! 同じ場に並び立つことはできない怨敵だということが!」
「うーん…」
 ……2……1。
「まあ俺個人としちゃあぶっちゃけ同意したいが、とりあえずおまえが吹っ飛べ!!」
 間合いに踏み込むと同時に横一閃をかける。タイミングもバッチリで、振り切る速さも相当なものだ。まず大抵の者なら吹っ飛ばせていただろう。
 しかしキロスは大抵の者とはひと癖違った。
 彩の棒は空を切るのみに終わる。そして次の瞬間、彼の方が吹っ飛んでいた。
「のわあああぁぁぁ!」
 足場の端から端まで吹っ飛んで、バシャンッとプールの水に落ちる。

「ばびぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶべぼっ」

「きゃー! 彩!」
 パチパチ感電している彩を見て、彼のパートナーでドラゴニュートのビート・ラクスド(びーと・らくすど)が悲鳴を上げた。
「今行くからね! 彩っ!!」
 と、そちらへ駆け出そうとして、はっと気づく。
 キロスが彼を見ていた。
「こ、こここ、こないでぇぇえっ〜!!」
 両手で棒を握ってかまえるが、先の手加減なしの一撃を見てしまった恐怖で全身どうしようもなくガタガタブルブル震えている。
 いつも後衛の自分なんかが、キロスに勝てるわけがない。
 彩だって勝てなかった。
「う……ううううう……っ。
 わーーんっ! 彩! 今助けるからねえぇぇぇええっ!」
 ついにビートは棒を投げ捨て、一目散に彩の元へ走って行った。
 それを見て、キロスは勝ち誇ったようにあざける。

惰弱! 惰弱! 惰弱ゥーーッ!! 普段からこんなことして女なんかとキャッキャウフフしてるからそうなるんだ!! 男はもっと強く、孤独に、サバイバってなきゃいけねーんだよ! 今からこのオレがその根性たたき直してやるぜ!!」


「……うーむ…。あのキロスとやら、先ほどから我を見る目が妙に鬼気迫っているようなのが気になるな…」
 妻帯者で「リア獣」のトリィが、観客席で難しい声を出す。
「気のせいだ」
 濡れた髪をごしごしタオルで拭きながらレギオンはどキッパリ答えた。


「……うーん。なんかかわいそうを通りこしてあわれっぽく見えてきたよ、あれ」
 うひゃひゃひゃひゃ! と高笑いするキロスの姿を見て、ぽそっと飛鳥 桜(あすか・さくら)はつぶやいた。
 罪のない相手に暴力をふるっているのに、なぜか怒りは沸いてこなかった。
 かといって、あれはどう見ても完璧八つ当たりだ。やめさせないといけない。
「一体何事かと思えば、まったく……現代の若者というのは、この爺にはときどき分かりませぬ」
「キロスくん、なんとか助けてあげることできないかな? ねえ師匠?」
 若々しい外見のわりに老成した雰囲気をまとった青年犬塚 信乃(いぬづか・しの)を見上げて問う。
「そうですね……なくはないですが」
「え? あるの? なになに? 教えて師匠」
 話す彼らの前を横切って、そのとき、再び突貫をかけようとしたキロスに近付く者が現れた。
「まあ待て。そう急くな、キロスよ」
 声をかけたのは林田 樹(はやしだ・いつき)だ。その後ろには、樹の息子を自称する未来人緒方 太壱(おがた・たいち)がついている。
「なんだ? おまえら。おまえらからやられたいってか?」
「……すっかりやさぐれてるな。チンピラかよ……」
 ぼそっと、太壱は樹の影で聞こえないようつぶやいたつもりだったが、キロスの耳は地獄耳だったらしい。
「んだとぉ?」
「あ、いや。えーと…」
 ギロッとにらまれ頭を掻くが、いいごまかしが浮かばない。
「こいつが言いたいのは、それは健全な方法ではないのではないかということだ」
 すかさず樹が助け舟を出した。
「そ、そーそー。
 あのな、そうやって暴れたい気持ちも分からんでもないが、そんなことしたってちっとも役に立たないぜ」
「オレの気は晴れる」
「いやまあそれはそうかもしれんけどなあ」にじり寄り、ぽんと肩をたたく。「少なくとも俺はおまえさんの気持ちが良く分かるぜ。俺、弟と妹がいるんだけどよ、2人とも俺より先に結婚しやがってよ。残ってるの俺だけなんだぜ。わびしいよなぁ」
「……それはちょっと意味合いが違うのではないか?」
「そんなわびしい気持ちを吹き飛ばすには何が最適と思う?」
 樹のツッコミを無視して太壱は続ける。大げさな身振り手振りで、勢いこれが真実だと思い込ませるように。
「ナンパだよ!」

 ――はあ!?

「おまえを無視した古い女のことなんか忘れっちまえ! 世のなか女はごまんといる! 見ろ! この会場なんざ、水着着たオネェちゃんであふれかえってるじゃねえか! どうだ? 男の血が沸き肉躍らねえか?」
「……太壱」
「なんたって水着の女は開放感いっぱいで、もう半分その気も同然だしな! かなり高確率でイケる! よりどりみどり、ウハウハだぞ?」
 おまえ、どんなのが好みだ? 俺は胸はなければない方がい――……
「太壱」
 あれっ? ナンカ、セナカノホウ、サムイナー?
「おまえというやつは! そんなよこしまな考えでここに来ていたのか! 
 このような公式の場で軟派なふるまいをし、教導団に対しての皆の心証を悪くするというのか!?」
 このバカ息子め!
「ち、ちがっ……あれはキロスくんの気をそらすための――」
「しかも婦女子に対し、あのような偏見を持っていたとは!」
「そ、それもものの方便で…っ」
「ええい言い訳するな! 恥を知れ! 今ここに銃があればクロスファイア砲火しているところだ!」
 きゃーーーーーー。
「い、今のうちかな?」
 タコ殴りされている太壱を横目でうかがいつつ、今度は桜がそそくさと近寄る。
「キロスくん、ナンパは駄目だよ」
 ナンパから真剣な交際に発展する可能性が全くないわけではないが、おそろしく低確率でよほどの運が必要だ。今のキロスにそんな運、あるわけない。
「あ? んなのはじめからする気ねえよ」
「そう? よかった。
 そういう出会いもあると思うけど、今キロスくんに必要なのって、そういうのとは違うと思うんだ。ねえ師匠」
「ま、そうですね」
 と信乃も同意する。
「今のキロスくんに引っかかる女性が1人でもいるとは思えませんし」
 ――グサッ!
「第一、ここにいらっしゃる女性は皆キロスくんを誘わなかった人たちですからね」
 ――グサグサッ!
「し、師匠…?」
 解決策があるというから期待していたのだが、どうも違う方面に話が進み始めたぞ? と桜はおそるおそる見上げる。
「つまりキロスくんについてよく知っている人たちが大半ということです。そういう人たちがいくら開放的になっているとはいえ、キロスくんに声をかけられたとしてついてきてくれるかどうかははなはだ疑問です。
 いいですか? 桜。だれにも誘ってもらえなかったということは、得てしてその者に問題があるということなのです。ばれんたいんのちょこ的な」
「そ、そういうものなのかい…?」
 ためになるなあ、と聞き入っている桜のかたわらで、キロスが両手を盤について撃沈していた。
「ま、まあまあ。そのへんにしといてあげたら? 信乃さん」
 ぽん、と肩をたたいたのは匿名 某(とくな・なにがし)だった。
 傍観に徹するつもりだったのだが、無言でうずくまっているキロスの背中を見ていると、妙にほうっておけなくなってきたのだ。
 おや? という目で信乃は彼を見る。
「甘いですね、まだまだこれからです。ひとを改心させるには、一度どん底までとことん突き落とさなくてはなりません。その先に、ひとは新たな光明を見出せるのです」
 それ、何かの宗教?
「でも、すでに非リア充扱いどころか非人間扱いになってますよ」
「ちょ! 某くん、人間失格ってそんな!」
 ――グサグサグサッ!
「え? いや、さすがにそこまでは…」
「キロスはさ、聞いたところによると香菜のために戦ったっていうし! いやもちろんうわさだけど! 本人から聞いたわけじゃないけど! でも結構株上がったんじゃないかな? な!」
「上がっていたら誘われているでしょう」
 これにはさすがに某も同意せざるを得ず、うんうんうなずく。
「…………」
 そしてそんな3人を無言で見守るフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)
 と、そこでゆらりとキロスが復活した。
「――おまえら、オレがここにいること忘れてんじゃねえぞ…」
「え? 忘れてないよ?」
「ウンウン」
「全部あなたのことですから」
「よけいタチ悪いわ!!」
「えー?」
「それはないぞーキロス。2人とも、こんなにおまえのこと心配してくれているのに」
 失礼だろ、と注意する某に
「某くん、きみも含まれてるんだよー。きみはそのつもりないかもしれないけど」
 桜が生ぬるい目で自覚をうながす。
「ええっ? 俺も?」
 俺、何かやばいことした? と本気でとまどっている某の前方、不穏当な気配がキロスからたちのぼるのを見て。
「む」
 吹っ飛ばし棒を持ち上げ、かまえるやフェイは打った。
 某を
 カキーーーーーンとね。
 間違えたわけではない。その証拠に
「くらえ、名無し弾丸!!」
 と叫んでいたのだから。
「ッ!? フェイィィ!?」
 驚きつつもおそろしい勢いで横に吹っ飛ばされる某。それを、キロスがガシッ!! と受け止めた。
「ぬう…」
 濡れた盤上をかなり後方まですべったが、一緒に吹っ飛んだりプールに落ちたりはしない。
「……男をボール扱いかよ…」
 桜たちの精神攻撃のおかげでそれまで瀕死状態だったキロスに、どうやら反対に喝が入ってしまったたようだった。両目にギラギラしたナイフのような光が戻ってくる。
 そして、おまえ邪魔と某を脇にポイ捨てした。
「!」
 そこはプールの真上で、某は何することもできずどぼんと落水する。

「あばばばばばばば」

 ピカピカ電球のようになっている某には目もくれず、
「やっぱ、女なんかマジいらねー」
 とつぶやくキロス。
 いや、それでいいのか? と全員が心でツッコむなか、
「まさかあれを受け止めるとはな。さすが腐っても元龍騎士というわけか」
 フェイは顔色ひとつ変えず、微動だにしない。
 ――おまえも助けてやれよ。
「腐ってもはよけいだ!!」
「……ふん」
 激怒するキロスに向かい、フェイは突撃した。
「はあっ!」
 上段に棒を振りきるもかわされる。しかしそれも計算の上だ。
「ただの水だったら一緒に落ちてやらんでもなかったのだがな…。
 きさまだけ落ちろ! この長髪野郎!!」
 身を沈めてかわしたところに回し蹴りをたたき込もうとしたフェイ。だが戦闘ではキロスの方がさらに上手だった。
 ぱし、と足を払われ、ぐらついた背中に棒を受けて、フェイは吹っ飛んだ。
「さあ次はどいつだ! いないならこっちから行くぞ!!」
 どいつだと訊きながら名乗り出る間も与えず突っ込もうとするキロス目がけ、そのとき、氷雪の風がビュウと吹いた。
 跳んで避けたキロスの元いた位置が一瞬で凍りつく。キロスも避けきれず、左足のくるぶしあたりまでが凍った。
「僕だよ、キロスさん!」
 名乗りを上げ、突貫をかけたのは榊 朝斗(さかき・あさと)だった。
 後方では彼のパートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がさらなる支援をするため再び魔法力を手のなかに結集しようとしている。
「キロスさんの言いたいことは分かった! でもね、ここはそういう場じゃないんだよ!」
 どこか楽しげな声で朝斗は告げる。
「このあとにはバレーだって控えてるし! みんなが迷惑するから、ここらへんで退場してくれる?」
 身構えたキロスの前方で跳躍し、ミラージュを発動させようとしたときだった。
「ひゃんっ!!」
 ルシェンがまるで少女のような、悲鳴めいた驚声を突如発した。
「ルシェン!?」