空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

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ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

『まさかのツァンダ騎敗北! 元祖プリンセスカルテット、なんとプリンセスカルテットにハチマキを取られてしまいました! 元祖プリンスカルテットのハチマキがプリンセスカルテットの手に渡っています! これはやはり新旧交代の兆候、なんらかのメッセージなのでしょうかっ!?』
 興奮した望のアナウンスを耳にして、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は顔を上げた。
 その視界に、少し離れた場所で騎馬のかまえを解く元祖プリンセスカルテットチームと、そこから離れていくアントニヌス騎の姿が入る。それを見て、
「見つけたわ。ほら、あそこにいる」
 と騎手のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に教えた。
 軽く息を切らせ、鎧を開いて外気の風を取り込んでいたロザリンドが「え?」とそちらを向く。テレサの言葉どおり、そこにはソフィアの姿があった。しかし彼女のいる場所からは、どんどん遠ざかっている…。
「逃がしません」
 ぐい、と額の汗をぬぐって再び鎧を閉めると、ロザリンドは鳥人の肩をトンとたたいた。その合図に、先頭騎馬を務めている鳥人は、たたかれた肩の方へ向かって進み始める。
「ソフィア・アントニヌス!」
 周囲の声に負けないよう、ロザリンドは高く声を張った。
 名を呼ばれ、ソフィアが振り返る。が、振り返った先にピンクのカプセル型の騎手を見て、ソフィアは怪訝そうに眉をひそめた。
 みんな水着姿のなか、鋼鉄の鎧に全身包まれたその姿はいかにも暑そうだ。
 武器の使用は認められず、鎧も武装、武器とみなされる可能性もなくはなかったが、この鎧姿はどう見ても本人にとってのマイナス要因にしかならないということで、着用許可はとれていた。
「私は百合園女学院、白百合団副団長ロザリンド・セリナ! 相手にとって不足はないでしょう!
 あなたに一騎打ちを申し込むわ! 受けてくれるわよね?」
 そうして当然、という態度は、狙っての挑発だった。思ったとおり、ソフィアは先頭騎馬を務める楊霞(ようか)に合図を出して、セリナ騎へ正面を向ける。
「挑まれて向ける背は持っておらぬ。いざまいられよ、ロザリンド殿」
「ありがとう」
 作法の礼をとる。2つの騎馬の間の空気が、一瞬で変わった。
 話題の百合園女学院新入生プリンセスカルテットと白百合団副団長の一騎打ち。それと気付いた周囲の者たちが動きをとめ、彼らに注目する。
 しんと静まった、そのときだった。
「がぅがぅがぁ〜」
 子どもが恐竜の吼え声を真似するような声が横手からした。と同時に。
「だ、駄目よ、テラー! お2人の邪魔――きゃあっ」
 制止する声がして、直後、バシャーーンと水しぶきの上がる音がする。
 パートナーで騎手のレオニダス・スパルタ(れおにだす・すぱるた)がそんなふうになっても意に介さず、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)は両手を突き出し、バシャバシャ水を跳ね上げながら、まっすぐアントニヌス騎の左騎馬を務めるシェヘラザード・ラクシーへ向かって駆けて行った。
「うわ! テラーか!」
「がぁらるぐぁ! がぁらるぐぁ! ぎげぉぐるるぅ!(シェヘラザード! シェヘラザード! 見つけた! またテラーと遊ぼうよ!)」
 手を振り回し、言うなりテラーはシェヘラザードの足に貼りついた。
 いきなり水を吸った着ぐるみの体でぺたっと吸いつくようにひっつかれた、その感触の気持ち悪さにシェヘラザードはおののく。
「ちょ、ちょっと! 今騎馬戦してる最中だから、離れて! 離れないと呪うわよ!」
 だがテラーにその言葉を耳に入れている様子はない。
「がるるぐぁぐるるぅ! ぐれぅぎりぉろぅ!(テラーはシェヘラザードと遊びたいんだよ!)」
 足を振って振り放そうとすると、ますますぴったりしがみつく。
「いいから今は離れなさいってば!」
 水を吸った着ぐるみは、かなり重い。テラーは野生児の並外れた体力のおかげか苦もなく動けているようだが、しがみつかれたシェヘラザードの方はそうもいかない。
 それと悟って、鎧のなかできらりとロザリンドの目が光った。
「ソフィアさん、お覚悟を!」
 ロザリンドが仕掛けた。
 急接近するセリナ騎に、シェヘラザードはあわてた。
「離れないと、ほんとーに呪うからね! シボラの呪術はすごいんだから!!」
 勝敗とか騎馬戦とかはどうでもいいが、彼女が本気で怒っているのだと悟って、パッとテラーは手を放した。
「遅いです!」
 右と見せかけて左へ抜ける。盾持つ手で相手の剣持つ手を払い、同時に槍持つ手で突くようにハチマキをねらう。ソフィアが避けようとするのは承知。その分も計算して、ずらして伸ばした手は見事ソフィアのハチマキを手中に収めた――が、同時に、ロザリンドの視界を横切るように彼女のハチマキもまた、はらりと舞い落ちる。
 ソフィアの手刀が風圧で切り裂いたのだ。
「剣士たるもの、どちらの手でも剣を扱えるよう鍛錬しておくものだ」
 ロザリンドのとまどいを見抜き、ソフィアは淡々と応える。
「それはそうですね。
 では次は、その剣でお相手いただけるでしょうか?」
「無論だ。私こそ、ぜひ先ほどの技をご教授願いたい。鎧を着こみながらあれほどの動きが可能とは。見事だった。そして今度こそ、完璧に防いでみせよう」
 フッと鎧のなかでロザリンドがほほ笑む吐息が、ソフィアの耳にかすかに届いた。
「では、約束しました」
 2人の間で気持ちが通じ合う。
 そしてそんなアントニヌス騎の周りで「もういい? もう怒ってない? シェヘラザード」といった様子でそわつきながらテラーが動いていた。
「終わり? じゃあもういいわね」
 パッとテレサが手を放し、ロザリンドを落水させる。
「あー、疲れたー」
 バシャンッ! と盛大に上がる水しぶきを背中に、彼女はさっさとプールサイドへ上がった。
「せ、セレナ…?」
「目的は達成できたんだから、もういいでしょ? 十分あなたにつきあってあげたんだから、これからは好きにさせてもらうわ。
 んふ ♪ さっき、結構イイ男見つけてたのよねー。彼、まだ医務室にいるかしらん? ♪ 」
 いたら、手厚ーく看護してあげなくちゃ、と胸とお尻を揺らしながらるんるん鼻歌まじりに去って行く彼女を、しゃがみ込んだまま半ば呆然と見送るロザリンドに、ソフィアが手を差し出す。
「さあ立って、友よ。いつまでもここにいては他の者たちの邪魔になる。ともに行こう」
「あんたもよ、テラー。まったくもう。たまにはもうちょっと時と場っていうのを考えなさいよね! でないといつか本当に呪うわよ! 困った子!」
 と憤慨しながらもシェヘラザードは手を差し出して、飛びついてきたテラーの手を優しく握る。
「がぁらるぐぁ ♪ 」
「知ってると思うけど、あんたびしょびしょよ。乾くまでこれ以上触らせないんだからね。さっさと乾かしなさいよ」
「ぐるぅ…」
「大丈夫です、ロッカーに予備がありますから。ね? テラー」
 レオニダスが助け舟を出す。
「じゃあ着替えてきなさい。急ぐのよ」
「があっ ♪ 」
 そうして7人は連れ立ってプールを出て行った。



 副将騎と言える元祖プリンセスカルテット、プリンセスカルテットがともに敗北、退場となって、戦況はほぼ終局へ近付いていた。プール内という限られた戦場で息も切らせぬ熱戦が続いた結果、あらかたの騎馬が排除され、残っているのはウサギチームはラクシュミ騎を含めて4騎、オオカミチームはメルヴィア騎含め3騎だ。
 互いに出方を伺って、一定の距離を保ちつつ横に動き合う7つの騎馬。おかしな動きが少しでもあれば即座に対処できるよう、油断なく目を配しながら
(ソフィアがやられてしまったか)
 ウサギチームの瀬乃 和深(せの・かずみ)は、残念至極と心のなかでひっそり涙を流した。
 きょぬーとでっぱいを求め幾星霜。その宝庫とも言うべきこのプールのなかに1分1秒でも長くいられることを願い、ひたすらただそれひと筋に戦い抜いてきたが、もうきょぬーどころかでっぱいもいない。味方のシステルース騎の先頭騎馬を務める瓜生 コウ(うりゅう・こう)はかなりのきょぬーだったが味方にぶつかっていくわけにもいかないだろう。あとは野郎しか残っていない。
 いや、一応1騎いることにはいるが、よりによってあのおっかないメルヴィア。間近で拝するなど夢のまた夢…。
「――俺が求めるモノは遠いな…」
 瀬乃 和深20歳。ふっとたそがれてしまう、夏の日の(まだ)お昼前。
「和深、和深。あなた、何泣いてるのよ?」
 しかも全然隠せてないときた。
「う、うっさい! 男のこれは、心の汗だ!」
 騎馬で両手が使えないので、ぶるんぶるん振るって涙を飛ばす。それを見て、騎手の瀬乃 月琥(せの・つきこ)は怪訝に思いながらも引いて背を正した。長いつきあい、和深が何を考え、どういう結論に達したかはうすうす察しがつく。
 月琥もまた、きょぬーとでっぱい目当てで騎馬戦に挑んでいた。しかしそれは和深とはほぼ180度、正反対の意味でだ。
 でっぱいは敵、きょぬーも敵。ちっぱいの月琥にとって、それを持つ者は不倶戴天の大敵である。同じ場には到底いられない。必ず滅しなければならない。
 その一念で月琥はきょぬーやでっぱいに吸い寄せられるように向かう和深の頭上で、きょぬーやでっぱいたちから次々とハチマキをもぎ取り、プール外へ追いやってきていたのだった。
「ふ、ふふふふふ…。きょぬー死すべし」
 もはや今の月琥に「相手はあのメルヴィア」などというストッパーはない。
「行くのよ和深! あのきょぬーをこの手で沈めてやるんだから!!」
「え? は、はいっ!」
 驚きながらも月琥に頭の上がらない和深は、言われるまま反射的、前へ飛び出す。彼らの突出で、一気に硬直していた場が動き出した。
『両軍に動きあり! さあいよいよです! これが最終決戦となるのでしょう!』
 望の気合いのこもった実況が入る。
「そこから先に進ませるわけにはいきませんね」
 ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)が先頭騎馬を務めるマキャフリー騎が横から接近した。騎手は彼の妻ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)だ。左右の馬は彼らのパートナー音羽 逢(おとわ・あい)ソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)がそれぞれ努めている。
 騎手も騎馬も教導団であることに若干の威圧感を感じてとまりがちになった足を、和深は再び駆け足に戻した。
「ここまできて、負けてたまるか! いくぞ、月琥!」
「もちろん! きょぬーに味方する者は皆敵です!」
「おお、持ち直した」
 ルースはやる気満々で向かってくる2人を見て、にこにこ笑う。
「いいコンビです。まるで私たちのようですね」
「さあどうでしょう? ナナは今、ちょっと疑問に思っているところです」
 すまし顔でナナは答えた。
 自分を見もしない妻に、ありゃ、とルースは思う。
 彼女のふとももや胸にさりげなくボディタッチを続けてきた結果、ご機嫌ナナメにさせてしまったらしい。最初の数回は偶然と思えても、何度も繰り返せばそりゃあバレる。夫婦だからといって、公衆の面前であからさまにそういうえっちなことをしてくるのは、ナナにとってちょっと受け入れがたいのだろう。恥ずかしいだけかもしれないが。
(ふん。拙者を抜きにしてあのようなことをなさるからそうなるのだ)
 2人の会話を耳にはさんだ逢は、完璧な無表情の下の心中でルースに言う。
(あのようなことをなさるのなら拙者も一緒に……いやいや。拙者にひと言申してくださっていれば、フォローのひとつもしてさしあげたのだが)
 いい思いをひとりじめしようとしたずっこい男の味方なぞしてやらぬ。
「ルース殿、ナナさま、今一度気を引き締められよ。どのように見えても敵は決して侮ってはならぬ」
「はい、逢さま!」
 そう答えた次の瞬間、月琥とナナの手が触れ合った。
 互いのハチマキを求めての攻防が始まる。
(――むう。この人間近で見ると、結構な美乳…!)
 両手が上がり、眼前にさらされたナナのたっぷんたっぷん揺れる胸を見て、しかもでっぱいとはいかないまでもかなり大きい、と認識する。
「……胸で影のできる女、死すべし!」
 月琥がパワーアップした!
 月琥の瞬間速度が上がった!
 月琥の回避力が上がった!
 ついでにヤる気も急上昇!
「きょぬーとでっぱいは死すべし!!」
「!」
(この人、かなりできるのです…!)
 逢の言うことはやはり正しかったと、ナナは必死に月琥の猛攻を防ぐ。
 彼らの下で、和深は和深で新たな発見をしていた。
「おおっ! でっかいおにーさんの影に隠れて見えてなかったけど、ここにもでっぱいが1人イタ!!」
 言わずと知れた逢のことだ。ソフィアは残念ながらその域にかすってもいない。
 ルースが邪魔で見えないのをなんとかして見ようとする、その動きが先頭騎馬として意外な効果を生んでいた。
(でっぱい……でっぱい…!)
「――くっ! 回り込めれば、せめて肩でも触れらるか…!」
「なかなかやりますね! ならばこれはどうです?」
 ぶつぶつ言いながら、食い入るように逢(の胸)から目を離さない和深にルースは肩でぶつかっていく。
 そうこうしているうち、月琥の闇雲に伸ばしていた指がハチマキに触れた。
「えいっ!」
 掴み、引っ張るが、これまでのハチマキのようにするりと抜けない。
「!?」
 全く動かないわけではない。かなり力がいるというだけだ。見ると、ナナは目を閉じて何かに集中しているようだ。
「サイコキネシス? ――あっ!」
 耳元でしゅるっとこすれる音がしたと思うや、月琥の額からハチマキの圧迫が消えていた。
「取ったのですっ!」
 かわいらしい少女の声が、すぐ背後から聞こえた。
「だれっ!?」
 振り返るが、そこにはだれの姿もない。空中で月琥のハチマキがひらひら揺れているだけだ。あきらかにおかしい、落下もせず揺れているハチマキに、見当をつけて月琥は手を伸ばした。
 その指が何か布のようなものにひっかかり、これを引っ張る。
「やっ」
 驚く声がして、突然何もなかった空間にモモンガの顔が現れた。大きくてつぶらな瞳が愛らしい、ゆる族のペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)だ。
「あなた!」
 ペシェはハチマキを放した手であわてて光学迷彩の布をかぶり直した。とたん、また何も見えなくなる。
 ペシェと入れ替わるように、また別の空間に、今度は男の顔が現れた。
「!」
 直後、メンタルアサルトで作られた変顔に驚いた月琥はそっくり返ってバランスを崩し、落水してしまう。
「わーっ、月琥!」
「ひゃっはー!」
 楽しげな声を響かせつつ、気配は遠ざかっていく。
 メルヴィアに味方する騎馬は2騎だけではなかった。光学迷彩を用いてステルス騎馬となったアルカウス騎がひそんでいたのだ。
「バカ皆無。わざわざあんなことする必要ないだろっ。ハチマキ取られた時点で相手は負けなんだから!」
「えー? でも楽しいじゃん!」
 先頭騎馬の尾瀬 皆無(おせ・かいむ)を叱りつける狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の声はするも、姿は見えない。
「まあまあ2人とも。そのくらいにしといたら? まだ試合は終わってないんだから」
 2人をとりなそうとするエルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)の声もする。
「……ちッ」
「わー! エルちゃんかばってくれるの? やさしーんだあ。
 そんなに俺様のこと気遣ってくれるなんて、もしかして俺様に気がある?」
「ばっ…! ばか言わないでよ! だれがあんたなんかにっ!! 私はね、試合に集中しろって言ってるのよ! べつにあんたのためとか、そんなんじゃないんだってば!」
「いーのいーの、そんなにテレなくったって。テレた女の子は辛口たたくものだって、俺様ちゃーんと分かっちゃってるから!」
「おまえに何かが1ミリでも理解できてたらすごいもんだ」
「やだなあランちゃん、そんなに俺様のこと理解してくれてるなんて。
 ――はッ! もしかしてランちゃん、ついに俺様にホレた!? 相手を理解したがるのはその相手を気にしているショーコ!!」
「殴れ、ペシェ」
「はいですっ!」
 ――ポカッ。

「いってー!! おまっ、70センチのチビモモンガのくせに、どこでそんな痛い殴り方覚えたッッ!」
「企業ヒミツなのですっ」
 悦にいった声でペシェが答える。
 4人の声がするだけで、姿は全く見えない。
「コウ、これはちょっと困ったわね。うかつには動けそうにないわ」
 いや、動かなくても同じかもしれない。見えない場所からするっとやられれば、ろくな反撃もできないまま終わってしまいそうだ。
 ウサギチーム、システルース騎の騎手を務めるマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が、ほうっとため息をついた。
 瀬乃騎がやられ、敵がもう1騎いることが分かった。3騎対4騎だ。さっきまでこちらが1騎多いと思っていたのに、一気に逆転されて分が悪くなってしまった。ウサギチームはもうラクシュミ騎のほか、自分たちとそれから硯 爽麻(すずり・そうま)が騎手を務める硯騎のみだ。
 次にねらわれるのは自分たちか、それとも大将騎をねらう…?
「コウ?」
 そこまで考えて、ふと、マリザはコウから返事がないことに気付いた。
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)は難しい顔をして、凝視している。
「コウ?」
「……そこだあっ!!」
 鋭い、槍の穂先を突き立てるかのような声とともに、コウは足元の水を蹴り上げた。
 蹴り上げられた水滴はキラキラ光りながら飛んで、そこで見えない何かにぶつかる。
「うぷっ!」
 まともに受けて、皆無は思わず目をつぶった。
「……なに? ぐーぜん?」
「なワケねーだろ」
 即座にコウがぴしゃりと返す。
「光学迷彩でいくら姿隠してたって、見えないってだけで声が聞こえるようにちゃんとそこには存在してるんだ。足元見てりゃバレバレ。波紋だらけだぜ、おまえたちの動いたあとには」
 大勢の騎馬がひしめいて混戦していたときにはさすがにこの手で見破るのは無理だっただろう。しかし今、このプールには7騎しかいない。ステルス騎からの襲撃を気にして動いていなければ、ますます水面のさざなみや歩く足のたてる水音は目立った。
「それに、いいのか? おまえらすっかり見えてるぜ?」
 コウが水をかぶせたのは、彼らにそのことを知らせることだけが理由ではない。
 水に濡れた彼らの体はキラキラとまぶしく光を弾いて、しゃぼん玉のような七色のプリズムを反射させていた。完全に見えるわけではないが、目をこらせば輪郭程度は周囲から識別できる。
 コウはしてやったりと笑みを浮かべる。
「いくぞ、マリザ!」
「はい!」
「うおお…! あれはまさしくハイグレードきょぬー!! ――って、はやっっ!!」
 両腕を後ろに回しているためいつも以上に強調された巨乳をたっゆんたっゆんぶるんぶるん揺らして、コウは兵は神速を尊ぶの爆発的速さで一気に間合いを詰める。皆無は棒立ちだ。
「ま、まさかその手で俺様の気をそらし、その隙に間合いを詰めるとは。コウ……おそろしい子!」
「ただの偶然だ。
 いいからバカやってないでしゃんしゃん動け、バカ皆無!」
 乱世に後ろから蹴飛ばされながら、皆無は遅ればせ、先頭騎馬としての役目に乗り出した。
「ふふっ。ついに始まったわ、私たちの手でレッドベレーの伝説を生み出すのよ!」
 エルサーラがどこか、彼女だけに見える何かを映した目で、興奮気味につぶやく。
「レッドベレー?」
「赤ずきんちゃんのことですわ、もちろん」
 そのためなら容赦なし。相手の騎馬が男だったらどさくさまぎれに審判の見えない影で股間をゴリっと一発やってやるつもりだったのだが、残念ながら先頭騎馬のコウは女性で、ほかの2人はハイランダー風貌の高知県民とライングヒューマノイドだ。――どちらも怒らせるとあとがこわいぞ。
「となると、あとはペシェに期待するしかないわねえ。がんばりなさいよ、ペシェ」
「うん! ボクがんばる!」
 光学迷彩は最初の1手ですでにはぎとられていた。
 ペシェは体長70センチのモモンガ。マリザからは見下ろす形になり、頭のハチマキも簡単にとれやすいかと思われたが、ペシェはその小柄さと身軽さを武器にして、騎馬上をぴょんぴょん自在に飛び跳ねることでマリザの攻撃の手をかわす。
 もちろん足場になっているのは皆無やエルサーラや乱世の肩や頭だが、そこはひたすら我慢。
 マリザのハチマキに向け、さっと手を伸ばし、掴みそこなっても深追いはせず、さっと離れる。一撃離脱のヒットアンドウェイ。
「このっ! ちょこまかとっ」
「〜〜 ♪ 」
 ついにはコウの頭まで使って、マリザに垂直に飛びかかる。
「もらいましたっ」
 次の瞬間、ぺちっとペシェの顔にマリザのてのひらが。
「小さくて身軽ってことは、押す力も弱いし手足(リーチ)も短いってことなのよ」
 残念ね。
「それに、あなたほどではないけど、うちにも身軽なのはいるし」
 マリザの言葉にかぶさって、ペシェの上に影が落ちた。
 上空を横切る鳥のような影。
 さっと伸びた小さな手が、マリザに押しとどめられているペシェの頭から、しゅるっとハチマキを奪っていく。
「あ〜〜〜っ」
 それは超感覚を発動させ、九尾狐の耳と尻尾を出した硯 爽麻(すずり・そうま)だった。
 ひざを抱き込み、クルクルと回転して落下速度を軽減させた爽麻は、その隙に彼女の落下地点へと走り込んだパートナー鑑 鏨(かがみ・たがね)とフラワシ、鳥人という異色の組み合わせで形成された騎馬の上にすたっと下り立つ。
 彼女の戦法はいたって簡単だ。
 1.敵騎馬を見定める。
 2.遠い距離から鏨が鬼神力の怪力で爽麻をぶん投げる。(騎馬が崩れても落馬しなけりゃいいんだよね?)
 3.爽麻が敵騎馬の上で騎手を翻弄、ハチマキゲット。
 4.自分の騎馬へ戻る。
 この方法で、爽麻たち硯騎は勝ち進んできたのだった。
 ちなみに爽麻の今日の水着は、プール一番の斬新な紐ビキニ! なんと、ただねじった紐を体に巻きつけているだけという、デザイナー真っ青の和風スタイルである。普段の外見年齢8歳でこれをしても色気も何もあったものではないが、鬼神力を発動させている今は身長が伸びて155センチ、砂時計体形のむちむちボンキュッボンだ。お色気抜群。
 加えて鏨も葦原指定水着+胸に晒を巻いただけの、これまたファッショナブルなユニークさ! 涼しやかな黒曜の瞳、緑なす黒髪と相まって、かなりのクールビューティー。これは今夏、はやるかもしれないっ!(かもね、かも)
「次あっちー」
「よし」
 戻ってきた爽麻を彼女が指し示す方へ即座に放り投げる。もう手慣れたものだ。爽麻はあん馬のようにソフィアの頭に手をついて、倒立前転の要領で離れ際、難なくナナからハチマキをかすめ取り、マキャフリー騎を撃破した。
「残るはメルヴィア騎か。この調子でいくぞ」
「うんっ! やっちゃお!」
 鏨は落ちてきた爽麻を抱き止めるなり、再び放り投げる。おそらくこれがいけなかった。
 休み、整える間もとらずにぽんぽん放り投げられてきた紐ビキニは、かなり緩んできていた。
「?」
 鏨は爽麻を放す際に、指に何かが引っかかったような感触を覚える。しかし爽麻は、今までどおり問題なく猫のようにクルクル回転してメルヴィアの頭上に達しているように見えた。
「大将騎のハチマキ、もーらった!!」
 パッと縮めていた手足を広げたそのとき。
 ぱらりと紐の端が落ちた。
「「「!」」」
 しゅるしゅると緩んでいく紐。しかし爽麻の目はメルヴィアのハチマキに釘づけ、意識もどうやって奪うかに集中していて、全然自分の置かれている危うい状況に気付いていない。
「……チッ!」
 メルヴィアは考えた。このまま彼女を受け止めてわが身で隠してやるべきか、それとも?
 0.5秒で思いついた。
「バックだ」
 メルヴィアの指示に従い鳥人たちは2歩バックした。
 受け止めればハチマキを奪い取られるかもしれない。人目にも長くさらされることになるだろう。ほどけかけている状態で水中に落としてやるのが一番だ。
「あら?」
 踏み場をなくし、あっけなく爽麻は落水した。
「爽麻!」
 爆撃弾のような盛大な水しぶきをあげて落ちた爽麻の元へ鏨が駆け寄る。爽麻は周囲にぷっかり浮かんだ紐に自分の置かれている状況を悟るやいなや、鏨が胸に巻いている晒を分捕り始めた。
「ち、ちょっと待て、爽麻! だめだそれは!」
 今、鏨は桃幻水を用いて性別が反転している。胸に晒を巻いているのはそのせいで、もともと性別:女性なわけではない。
「いいじゃん! お兄ちゃんは元が男なんだから胸見られたって平気でしょ!」
 しかし本物の女の子、爽麻にとっては大衆に胸をさらすなど死活問題だ。
「おまえこそ鬼神力を解けばつるぺたの8歳児だろう! 見られて困るものがあるか!」
「ある!」
 1反の晒をめぐっての本気の奪い合いは、シリウスの指示でタオルを持ったノアが駆け付けるまで続いたのだった。