空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

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ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

 武器を使用したパラ実分校Aチームは失格となり、あらためて騎馬戦は再々開された。
 とはいえ、同盟チームの参加もあり、最初は圧倒的有利とみられていたオオカミチームの大半は先の照明弾を受けて戦線を離脱している。視力が回復すれば彼らは戻ってもいいということだったが、どうもそれは間に合いそうもなかった。
「人数的にはほぼ同数というところか。
 戦力の消失は痛いが、しかし競技的には面白くなってきたな」
 全体を見渡し、冷静に、しかしどこか愉快そうな口調で涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が言う。
「うん! これ面白いよ、涼介兄ぃ!」
 騎手を務めるヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が、輝く満面の笑顔で同意した。
 突き上げたその手には、すでに何本かのハチマキが戦利品として握られている。彼女はスナイパーとしての能力を存分に発揮して、すれ違いざまの一撃でもう数騎を退場へと追いやっていた。
 もちろんそこには先頭騎馬を務める涼介の、相手騎馬を選択する冴えた目利きがかなり影響している。
 そして今また、涼介は混乱のさなか、不審な動きをする騎馬を素早く見止めた。それは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が騎手を務めるウサギチームの騎馬だった。
(あれは…)
 涼介が注視する前で、戦部騎は鳥人たちをまるで自分の足のように操り、ハチマキを狙って伸びてくる手を巧みにかわし、ときに払い、いなして、すり抜けていく。しかしすれ違いざまにハチマキを取るかといえばそうでもない。積極的に前へ出ているということは、ただかわすことに専念しているわけでもないだろう。その動きはあきらかに何か目的があってのものだ。
 一見無軌道にも見える彼の動きをたどって、涼介の目が細められた。
「……本当にするんですか?」
 戦部騎の騎馬を務めているリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、怪訝そうに尋ねた。
「もちろんだ」
 と小次郎は油断なく前を見据えたまま、きっぱり答える。
「目指すは大将騎だ。そうすれば敵の目は俺に向く。俺を止めようと動くだろう。その隙にハチマキを取ればいい」
 その作戦は間違っていない。今も小次郎はメルヴィア騎へ向かうにしても周囲の目を自分に向けるように派手に立ち回っている。彼の思惑は成功していた。
 仲間を思っての無私の行動。
 ただ、リースのなかにはそれでも消しきれない疑惑があった。なにしろこの手のことにはイロイロと前科のある小次郎だ。本当に自軍勝利のために動いているのか…?
(……ああ、駄目よ、リース。信じてあげなくては。だれが彼を疑っても、私だけは彼の最後の味方でいるの)
 ぶるぶるっと首を振り、リースは疑惑を退けた。
「がんばってください、小次郎! メルヴィア騎はもうすぐそこです!」
 声を張り上げ、ラストスパートをかける。
 メルヴィアもぐんぐん近付いてくる戦部騎に気付いていた。
「大尉! 教導団団員として少々複雑な心境ではありますが、これも任務! ご寛恕ください!」
「無論だ。来い」
 腰を浮かせ、騎馬の上で立った小次郎は前方へと手を伸ばす。
「大尉、お胸を拝借いたします――って。おーっと、足が水ですべったあ!!」
 突然叫んだ小次郎の体が大きく傾いた。ハチマキを狙って上へ伸びていた手が下がって、メルヴィアの胸の谷間へ指が―――
    グキッッ!
 柔らかな水着にかかり、そのまま引き下ろすかに思えた指は、しかし次の瞬間鉄の壁に全力でぶつかったような激痛を伝える。
「いてえ!! 指が! 指が!」
 突き指どころか骨が折れたんじゃないかという痛みに、小次郎は悲鳴を上げてあわてて手を引き戻した。
 実際、鉄の壁と思った彼の考えは正しい。そこにいたのは涼介が召喚した不滅兵団だ。それらが鉄壁の壁となってメルヴィア騎との間にそびえ立っている。
「残念でした」
「涼介か!」
「あなたのしそうなことなど、簡単に見通せるんですよ」
 してやったりと、涼介が笑う。
「汚いぞ! 武器の使用だ、審判!!」
 呼ばれてやってきた鳥人審判に、涼介は首を振るなどして、何も持っていないとアピールする。自分は先頭騎馬なので、両腕も使えない、武器が使えるはずがないと。当然不滅兵団は審判が来る前に消えているし、騎馬をやっている鳥人やアリア、メルヴィアが目撃証言をするはずもない。
「くそ。だがそれならそれで、今ならまた狙え――」
 気を取り直し、再びメルヴィアへと目を向けたとき。小次郎は足場をなくしてプールに落ちた。
「ぶっ!」
「――何が「足がすべった」ですか。しっかり踏ん張ってたでしょう。それに私、訊きましたよね? 本当に(大将騎狙いの作戦を)するんですか、って…」
 背後にドス黒い、不穏な気配をまとったリースが腕組みをして見下ろしている。
「いや、だから私も(事故を装ったポロリ作戦を)すると…。
 あ、あの、リース……リースさん…?」
 尻もちをついたまま、あとずさりする小次郎の上に、人影が落ちた。メルヴィアだ。
「胸を拝借とはああいう意味か?」
「ち、違っ…! 大尉、違――」
「踏め」
 メルヴィアの指図に忠実に従って、先頭騎馬の鳥人が小次郎を踏んづけた。
「もががががががっ!」
 『胸を借りる』って言うじゃないですかあ! という小次郎の言い訳は、だれにも聞こえることなくプールの水の泡と消えた。
「さあこっちです! 今日という今日は、みっちり説教させていただきます! 逃がしませんからね!」
 リースに引っ張られ、引っ立てられて、小次郎はプールをあとにした。
 その、ちょっとかなりなさけない姿を見送っていると。
「隙あり!」
 そんな声とともに、アリアの額からしゅるりとハチマキが引きほどかれた。
 あっと声を上げて振り返った先、プリンセスカルテットのソフィア・アントニヌスがいた。
「ボクのハチマキ〜」
「形は違えどここも立派に戦場。常に油断されぬことです」
 高く結い上げた水色の髪をなびかせ、笑顔を残して離れていく。
 アリアのハチマキは彼女の戦利品のひとつとして、手に巻かれた。
「……くーっ! いいなぁ。みんな、楽しそうだ」
 絶え間なく実況放送を流すスピーカーの真下で、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は自分のなかで相反する思いを笑顔で噛み締めた。まるで歯痛のようにそれは痛がゆく、むずがゆいものだった。
 このニルヴァーナ創世学園の教員となったからにはとの思いで審判の1人に立候補したものの、ああして楽しそうに遊んでいるみんなを見ると、混じって一緒に遊びたくなってしまう。
「いやいや。彼らは生徒。これはイベントとはいえ学校の公式祭事」
 もちろん教師だって生徒に混じって遊んでもいいだろう。駄目と禁止されているわけではない。これはただ、彼女なりのケジメというやつだ。イベント大好きで浮かれやすい自分に対し、教員としての自覚と自重をうながすためのもの。
 がしかし。
 いざこうして目の前にすると、馬の鼻先にニンジン、おいしいケーキを差し出されているダイエット中の少女のように、早くも気持ちが負けそうになっていた。
「だめですよ、シリウス」
 監視イスの上で落ち着かなげに肩を左右に揺らしているシリウスの姿に、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がくすくすと笑う。
「お? もうあっちは終わったのか」
 リーブラはプールサイドの一角で、競技が終わったあとの選手たちをねぎらうための準備をしていた。そこは今、ハチマキを取られたり落馬したりで戻ってきた選手たちで早くもにぎわっている。
「はい。あとはスタッフの方にお願いしてきました。シリウス1人だと、妙に危なっかしくて」
「チェ。信用ねーなぁ」
「私もここでご一緒しますから、我慢してください。先の失格者のように武器を持ち込まれている方もいらっしゃるかもしれませんから、きちんと監視しなくては」
「あー、あれな」
 シリウスはつまらなさそうにほお杖をつく。
 ポロリは募集のコピーで謳っていたことでもあるし、こういうイベントにはつきもの。観客のほとんどはそれを期待しているだろう。シリウスも四面四角に絶対何がなんでも駄目だととやかく言うつもりはない。ただ、あれは駄目だ。全然駄目。
「まったく。どうせやるならバレないようにやれっていうんだ」
 あんなもの、堂々目にしてしまったら審判としては失格を言い渡す以外ない。
「シリウス?」
 つぶやきをしっかり耳に入れたリーブラが、ジロ、ととがめるような目を向ける。
「あっ、あっ……えーと……み、ミルザムだ! ほらリーブラ、あそこにミルザムがいるぞ!
 おーいミルザムー! ちょっと代わってくれー!」
「何言ってるんですかシリウス! だめに決まっているでしょう!」
 パーカーを掴んで引き戻したリーブラは、ぶちぶち何か言っているシリウスを再び監視イスへと座らせたのだった。
 そしてミルザムの方はといえば、今はまったくそれどころではなかった。
「大丈夫ですか? セレスティアーナ」
 ミルザムの問いかけにセレスティアーナはこくっとうなずいて見せた。ミルザムは騎手でセレスティアーナは先頭騎馬(再開の際に理子とは交替している)なので、表情までは見えない。察するしかないのが現状だ。
 ただ、手で触れたセレスティアーナの肩は、かなり緊張で強張っていた。
 すべて、あの応援のせいだ。
 ミルザムは応援席の一角に視線を流す。そこにはいかにも傭兵といった男たちがいて、口々にセレスティアーナの名前を叫んでいた。服装はプールサイドではいたって普通のものだし、下卑た発言をしているわけでもない。ただ「がんばれセレスティアーナさん!」とか「俺たちが応援してるぜ!」とか、言っているだけだ。
 しかしこれはジャジラッドとサルガタナスが試合前から仕掛けてあった巧妙な心理戦だった。傭兵たちを雇い、そうすることで男性にあまり免疫のないセレスティアーナが緊張して、十全に力を発揮できなくなるのではないかと。
 そしてそのとおり、セレスティアーナは試合開始直後から緊張でまともに声が出せなくなっている。それと悟られないように毅然とした態度を崩さず、騎馬の役目をこなしているが、試合が始まって以来ひと言も言葉を発していなかった。
 加えてもう1つ、パラ実分校Aチームが試合前に仕掛けてあった根回しがあった。
「来ます。アントニヌス騎です」
 それはステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)の策。セレスティアーナに不調が出るのを見越した上で、ツァンダ騎をねらうように仕向けたのだ。
「ミルザム殿、一手ご教授願いたい」
 ソフィアとてそれと悟れないわけもなく。策に踊らされる気はなかったが、どちらにしても元祖プリンセスカルテットのツァンダ騎は敵として必ず撃破しなければならない相手。それに、学園生活を送っていて端々で耳にした名に負う彼らへの好奇心もある。
「ソフィアちゃん、同じ百合園女学院の生徒として、加勢いたしますわ!」
 一直線に向かう彼女の狙いを知って、途中から白鳥 麗(しらとり・れい)が騎手を務める白鳥騎が加わった。
 ただ、麗はああ言ったが、彼女の乗る騎馬の五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は百合園女学院ではない。蒼空学園の生徒だ。
「わたくしの乗る騎馬を捜していらっしゃい」
 という麗の命令に従って、サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)が捜し出してきたのだった。
 理沙たちも自分たちが騎馬となって乗せる女性を捜していたところだったから、ちょうど需要と供給が見合ったかたちでの即席騎馬というわけだ。
 本当は小柄な女性が良かったのだが、そこまでぜいたくは言えない。それに麗は170センチで、186センチの理沙に比べれば十分小柄だし、カワイイし、なんといっても胸が大きい(これ重要!)。おかげで走るたび、頭の上でぽよんぽよんと揺れる胸を感じられて、理沙はとっても満足だった。もうどこまでも走って行きたいくらい。どんな相手だろうとどんと来い!
「とは思ってたけど、まさか元祖プリカルに突撃とはねー。……うーん。ま、いっか」
 あまり深く考えないタチの理沙は、アッサリと割り切って軌道を変えると側面から突撃をかける。2騎で挟み撃ちだ。しかしこれをはばむ者がいた。
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が騎手を務めるソーロッド騎だ。先頭騎馬の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に2人のSインテグラルポーンが引っ張られるかたちで、側面からぐんぐん迫ってくる。
「やあーーーっ!!」
「……くっ」
 すれ違いざまの初撃を、麗はかろうじて避けた。
「リコやセレちゃんには指1本触れさせないんだからねっ。
 やっちゃえコハク!」
「うん。がんばる!」
 すばやい身のこなしでUターンしたソーロッド騎が、再び白鳥騎へ向かう。
「なんの、こっちだって!
 麗ちゃん、ちょっと荒れるけど我慢してねん」
「ええ、乗馬には慣れています! どんな荒馬でも乗りこなして見せますわ!」
「ふふっ。その意気その意気。
 じゃあいくわよセレス、アグラさん!」
「ええ」
「心得ております。いかようにもお動きくださいませ」
 執事らしく控えめな返答、そして慎ましやかな動きながらも決して理沙の足を引っ張ることなく、アグラヴェインは彼女の激しい動きについていった。
 騎馬の花形はやはり騎手だが、馬には馬の戦いがある。特に先頭騎馬は役割が重要だ。相手の先頭騎馬の先を読み、ときには前進、ときには退きつつ、常に自らの騎手が相手騎手からハチマキを奪うのに適した位置を確保しようとする。状況を瞬時に判断する能力が必要とされるポジション。
 美羽と理沙は間近で顔を突き合わせ、互いの目を見て動きを探る。2人の頭のなかではひきりなしに相手の数手先まで読もうとする行為が行われており、その結果、アントニヌス騎とツァンダ騎が正面からぶつかり合っている横で、2つの騎馬は接近と離脱を繰り返す、まるでタンゴのような緊迫した動きをしていた。
 そして2人の頭上ではコハクと麗が、やはり決めの一手を奪い合うという、決闘のごとき熾烈な戦いを繰り広げている。
「はっ! やっ! えいっ!」
「くっ!」
 幾度にも渡る接戦の末、伸びてきた麗の手を頭を下げてかいくぐり、コハクは伸びあがるようにして麗に急接近した。麗はあわてて身を引くが遅く、ハチマキを引き抜かれてしまう。
 軍配はソーロッド騎に上がった。
「あーあ、負けちゃったか」
「ごめんなさいですわ、理沙さん」
 下に下りて謝罪する麗に、理沙はなんでもないと笑顔で首を振り、背後を親指で指す。その先では、アントニヌス騎にプール際まで追い詰められ、ハチマキを奪われたツァンダ騎の姿があった。
「私たちは負けちゃったけど、ソフィアちゃんたちの手助けっていう目的は達せられたからいいんじゃない?」
「そうですわね」
 にこっと笑い合う2人に、ソフィアの声が飛んできた。
「2人とも。支援に感謝する」
 奪い取ったハチマキを指にからませた手を上げて感謝を示し、アントニヌス騎は次の敵を求めて去って行く。
「さて。終わりましたわね。どうします? 理沙」
「うーんと……麗ちゃん、これから何か予定ある?」
「え? いいえ。特にはありませんが…?」
「じゃあみんなでその辺の屋台で何か買ってきて、どこかテーブルで食べながら観戦しよ」
 理沙は2人の腕に腕をからませる。そうすると2人のふくよかな胸が肘のあたりに当たってきて、それだけで理沙はご満悦だ。
「それもいいですわね。まだ2種目残っていますし」
「でしょー」
 と、3人は連れ立って歩いて行く。その後ろを、にこにこしながらアグラヴェインがついて歩いた。
「アイリス、大丈夫?」
 騎上からコハクはアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)に声をかけた。
 少し不安そうな低い声。彼が何を心配しているかを悟って、アイリスは微笑を向ける。
「ああ。もう大丈夫だ、ありがとう。
 それより、負けてしまったよ。すまなかったな、せっかく護ってもらっていたのに」
「ううん、そんなことないよ!」
「がんばるから! 私もコハクも、4人の分までがんばるからね!」
 首を振っていたコハクも、美羽の言葉に同意するようにアイリスを見る。
 同じ決意の表情を浮かべた美羽とコハクに、アイリスはふっと口元を緩ませて告げた。
「ああ。がんばって、2人とも思いきり楽しんでくれ」