空京

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ニルヴァーナの夏休み

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ニルヴァーナの夏休み
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リアクション


●水上チャンバラ

 お昼休憩をはさんだ午後。
 実況席についたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)はこほっと空咳をして、のどを整えた。
『さあみんな。もうじき定刻になるけれど、準備はできたかな? まだの人は早く観客席へ戻っておいで。待っているから』
 そして時計の針を見る。
 2分後。
『じゃあそろそろ水上チャンバラを始めさせてもらうよ。この競技の実況は風森 望さんから引き継いで、イルミンスール魔法学校所属のロレンツォ・バルトーリと――』
『アリアンナ・コッソットがお送りさせていただくわ』
 すかさずアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が口をはさんだ。
 しかし実況席にアリアンナの姿はない。アリアンナは小型飛空艇を駆って、プールの上空にいた。プール全体を見渡せる俯瞰(ふかん)の構図で、選手の動きを追うつもりだった。
『面白そうな場面を見逃さず、きちんとお伝えできるようにがんばるわね。もちろん不正も見逃さないつもりよ』
『それはたのもしい。ぜひ頼むよ』
 ロレンツォの声に込められた、言葉には出せない思いを感じてアリアンナはふふっと笑う。
 そんななか、『吹っ飛ばし棒』と書かれた発泡スチロール製の大きな棒を持った選手たちが、決戦の地であるプールへ入場してくる。
 このプールは騎馬戦に用いられたものと同じプールだったが、今は状況が一変していた。騎馬戦のときにはひざ下までしか張られていなかった水が今ではなみなみとプールの縁いっぱいまで張られ、中央には大きな四角い発泡スチロールが浮かんでいる。
『プールよりちょうど天地左右2メートルずつ小さな発泡スチロールです。あの上で、選手の皆さんには戦っていただきます』
『一応トリチームとイヌチームにチーム分けはされているけれど、ワン・トゥ・ワンではないからバトル・ロイヤルね。最後まで立っていたチームが勝利者となるわ。
 ああ、それから初めて顔を合わせる人たちもいるでしょうから、敵味方を間違えないように水着にイヌマークとトリマークのステッカーを止めさせてもらったわ。くれぐれも味方を吹っ飛ばさないようにね』
『一応ことわっておくけど、使える武器は手に持っている棒だけだよ。ルールでは飛行以外禁止は定められていないけれどね。物によっては鳥人審判によってアウト判定をくらってしまうかもしれないことをひと言付け加えておくよ。彼らがとても気まぐれなのはみんなも知ってのとおりだ。』
 それを聞いたイヌチームのトリィ・スタン(とりぃ・すたん)が、となりに立つレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)の方を向く。
「……まずいのではないか? それ
「問題ない。これは武器としては使わないからな」
「そうか?」
 トリィはまだ不安そうだが、重ねて訊こうとはしなかった。
 そんな彼をちらと横目で見る。
(にしても、犬の獣人のトリィがイヌチームとはな)
 笑えない冗談だ。
 そう思いつつも、声にならない笑いがかすかに口端を歪ませた。
「笑うなレギオン! 我は断じて犬っころなどではない! 誇り高き騎士であるぞ!!」
 しっかり見逃さず、それと悟ったトリィが憤慨する。それを聞いてレギオンの笑みは消えるかと思いきや、ますます広がる。それは肩が震えるほどだった。
 トリィは、むう、となる。
『それじゃあ両チームとも足場へ移って。発泡スチロールは四隅でプールに紐止めされているだけだから、かなり足場として不安定だから気をつけて。なにしろ濡れた発泡スチロールは――』
 そのとき。

「ちょっと待ったあーーーーーッッ!!」
 
 ロレンツォの説明にかぶさるように、突然スピーカーから大きな声がプール場一帯に響き渡った。
 そしてかすかに聞こえてくる、ぱからっぱからっぱからっという軽い音は、もしや蹄の音…?
 観客も選手も耳をすましているなかで、彼は堂々入場口をくぐり、プールサイドで唖然となっている選手の前を馬で走り抜けた。
「はーーーっはっはっは!」
 風になびく薔薇学マントに赤マフラー。赤い羽の仮面をつけた彼は変熊 仮面(へんくま・かめん)。みんなのように列に並んでイヌチームで参加登録申請したものの、競技中の偶発的ポロリはアリでも最初からポロリしっぱなしはダメだと、参加を拒否られた男である。
「しかしそれでも私は毎日着衣を拒絶する!
 とうっ!!」
 変熊の卓越した乗馬術で、白馬は華麗に宙を舞う。目指すは発泡スチロールという檜舞台。
 そう、彼は実力行使に出たのだ。大観衆の面前で舞台に立ち、堂々名乗りをあげさえすれば、もはや大会スタッフとて参加拒絶はできまいと。
 がしかし。
 白馬の前足が発砲スチロールに触れた瞬間、それは当然のように起きた。

 ――つるり、ざっぱーーん。


「!?」
 卓越した乗馬術などふるうヒマなし。変熊は水柱を立て、もののみごとにプールへ落水した。
『……えーと』
『今見たように濡れた発泡スチロールは大変すべりやすくなっているから、選手の皆さんは十分気をつけてちょうだい』
 この場合、笑うべきなのか? どう反応すればいいか思いつかず、しーんと静まり返ったなか、アリアンナが機転を利かせてあれは注意事項の実演と仕立てる。
 そのとき、会場じゅうのだれもが思った。
 苦しい。苦しいがしかし、ここはひとつそういうことにしておいた方がよさげな雰囲気だ。

「……あ、あー、そっか。そうだよねっ」
 あはっ、あはははは、とどこかうつろな笑いが広がるなか、プールサイドの隅っこを、重い機材を抱えたにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)がひょこひょこと移動していた。
「まーったくマイクやらこれの用意やら、師匠は猫使いが荒いんだにゃ〜。……あ、どっこいしょ、と」
 ぐるぐる巻きにしてあった電極ラインを、途中で引っかからないよう気をつけながら伸ばして、プールのなかにぽちょん。
 戻ってスイッチを入れれば、あーら不思議。
 なごやかな水上チャンバラ会場が一瞬にして水上チャンバラデスマッチ会場に早変わり
「師匠、できたにゃ! ちゃんと増圧機も使って配電盤から…………師匠?」
 そこでにゃんくまは初めてプールの中央をまともに見た。
 発砲スチロールの足場の上に、白馬に乗った変熊の姿はない。予定ではあそこに立って、水上チャンバラデスマッチの開会を宣言するはずだったのに?

「あばばばばばばばばば……っ!」
 ――ヒヒヒーーーーーーーンッ!


 プールサイドと足場の間で両手をバンザイにした変熊と白馬が、光る髪の毛をツンツンにおっ立ててビリビリ感電していた。
「……あ」
 白馬はプールサイドへ上がることに成功し、どこかへ命からがら走り去って行ったが、変熊はゆらゆら揺れながら水底へ沈んでいってしまう。
「変熊!?」
「変熊さん!」
 みんな口々に彼の名を呼ぶが、プールへ飛び込んで助ける猛者はいない。(そりゃそうだ)
「おいっ! 浮かんでこないぞ!?」
「気絶しちゃったのよ!」
「と、飛ぶ以外は何でもありって言ったにゃ。言ったにゃ!」
 さすがにこれはしまったかも、とにゃんくまも内心冷や汗を垂らして弁明するが、みんなプールに注目していてだれもにゃんくまの方を見ていなかった。変熊のインパクトが強すぎて、最初っから気付いてもらえていなかったのかもしれない。
「ぼ、僕、しーらないにゃっ」
 にゃんくまはこそっと機材のそばから逃げ出した。
「気絶してるにしたって、どうして浮かんでこないんだ!? 普通はぷっかり浮いてくるだろ?」
「さ、さあ……それは分からないけど…」
「一体何があったんだ変熊さん…」
 前のめりになってプールを覗き込む、彼らの姿を変熊はプールのなかから見上げていた。
(だ、だれか! 助けてくれ…! 何かが足にからんでいて浮き上がれないんだ…!)
ぐげがぼがぼがぼ…(ふっふっふ。逃がさんぞ…)」
 不敵に笑う声が下から起きる。
 その声に不吉なものを感じつつも変熊が下を向くと、プールの中央、足場でできた影の暗がりで何かうごめくモノが――。
 と思ったのは揺れる水による錯覚で、実際は1ミリも動けていない、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)のパートナーで総石作りの魔道書禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)だった。
 なぜプールの底に沈んでいるかというと……まあこのエロ河童のことだから大体は皆さんお察しだとは思うが、昼休み、プールに着いて早々、
「水着などという布切れで中途半端に体を隠すなどけしからん! やはり付き合いといったら裸だろう! 裸と裸の付き合いをしてこそ、真の友情は生まれるというもの!!」
 と力説し、ビキニで歩く女性たちに向かってアシッドミストを使おうとしたところでリカインにはたき落とされ、気絶している隙に鎖で重しをぐるぐる巻きにされたあげくこうしてて沈められたのだった。
がぶっ、がぼがぼぐぼげげぼげぼ(その姿! おまえも裸の付き合いは重要と思っているんだな! やっぱりそうだよな!)」
 ぐん! とさらに足に巻きついた見えない鎖のようなもの――奈落の鉄鎖が重みを増したように感じられ、変熊はあわてる。
(やばい! 引きずり込まれる!)
 水面へ戻ろうと必死に、そりゃもう涙ぐましい努力で一生懸命水をかくが、当然奈落の鉄鎖の力の方が強い。
ごぼぐぼげぼがばっ(同志だろ!? 一緒にいてくれ〜! ずっとだれにも気づいてもらえず1人でさみしかったんだよ〜!)」
がぼっ! げぼぐぼぐばげはははっ(息っ! 息が続かんっっ! だれか助けてくれ〜〜〜!)」
 ぐいぐい水底へ引きずりこもうとする、それはまるで船幽霊かまさしく河童。
 あわれ変熊は、このままプールの藻屑となり果ててしまうのか?
 はたしてその結末やいかに?