リアクション
【3月】 <カフェ・ホワイトリリィ>──それは、密かにヴァイシャリーに住む一部男子生徒達にとって、憧れの喫茶店の名だ。 しかしヴァイシャリー中をめぐっても、その看板にはなかなか出会えない。というのもここは、湖のほとり、普段は静かな家を、百合園女学院の生徒達が借りて運営しているからだ。営業時間は主に放課後と休日、スタッフの都合がつくときのみの開業なのである。 今日店を訪れれば、営業中のようだ。黒板の看板が店の前に出ていて、可愛らしい字でメニューが書いてある。そのメニューを桃の花が飾っている。 そう、今日は、3月3日の雛祭り。桃の節句、女の子のお祝いの日。日本のお嬢様が多い百合園女学院生にとってはちょっとだけ特別だ。 店の扉をくぐれば、目に飛び込んでくるのは白のほか、桃色と若草色と、赤と黄と。店全体が、優しい日本の色に彩られていた。 「いらっしゃいませー」 スタッフ稲場 繭(いなば・まゆ)のメイド服のエプロンが翻る。わたっ、と一瞬慌ててから、客を席に案内すると、 「本日は雛祭りですので、宜しければこちらの特別メニューもご覧ください」 メニューに挟まった、薄ピンクの紙を示す。 「お決まりのころお呼び下さいませ」 「済みませーん、甘酒下さいー」 「かしこまりました」 奥の席に呼ばれた繭は、再び慌てて厨房へ甘酒の瓶を取りに行く。店内も、そしてメニューも。スタッフ側の繭も、普段とは違う、馴れない雛祭り仕様にどきどきだ。 「甘酒だー」 届いた甘酒に、店内に負けず劣らず着飾った、可愛らしい少女たちがきゃっきゃと歓声をあげる。 既にテーブルには、ひなケーキにひなあられに菱餅、桜餅に三色ババロアなどが並んで……そして食べられていた。 「ふふふ、ごっくごく飲んで、ふわふわ気分になっちゃいましょー」 白い振袖姿の桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、早速受け取った甘酒をコップに注いで、ぐいっと一気飲み。 喉を滑り降りる甘酒がお腹に到達すると、体の芯からあったまり。酒粕に微かに残ったアルコールで、ぽかぽか、ふわふわ。 ひなは続けて、 「みなさんもこの気分を体感してもらわないと、勿体ないのですよー。ふふ、さゆゆはもうできあがってるのですねー」 「なんだか気持ちよくなってきたにゃー」 春らしい色合いの振袖のさゆゆこと久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、たった盃で一杯の甘酒に既に頬を赤くして、マイクロミニの丈から露わにした太ももを投げ出し、ニーハイ足袋の留め金を外している。 「それになんだか体がポカポカしてきちゃった」 まるで花畑か雲の上に寝っ転がっているような気分。周囲のことなんか気にならなくなってきて、もっとくつろぎたくなってくる。 沙幸は足袋を投げ捨てると、胸元に手をかけて着物の合わせを肩まで開く。白く滑らかな両肩が出れば、それに連れて自然と大きな胸の谷間が現れる。 そのまま着物が滑り落ちようとしたところ、彼女は小さな悲鳴を上げた。 「ひゃっ、ひな!」 「さゆゆー、みんなにも飲ませちゃいましょー」 言いながら、こちらも振袖を肌蹴させたひなが、沙幸に抱き着きながら器用に、新たな盃に甘酒を注ぎ入れる。 「はい、緋音ちゃんとりーすもどうぞなのです」 幼馴染の御堂 緋音(みどう・あかね)、可愛い妹のリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)に次々と甘酒を手渡す。 「ひなさん、あ、沙幸さんも……もうこんなに飲めないですよ……」 こちらも甘酒でほろ酔い状態になっていた緋音はそう言いつつも、ぐいっと二人から受け取った甘酒を飲み干した。 と、突然ガクッと首がうなだれる。さすがのひなも心配になったのか、 「だいひょうぶー?」 「…………」 が、緋音は次の瞬間顔をばっと上げると、カッと目を見開いた。その目が、まっすぐ正面を捕える。 そこには、丁度沙幸の胸元を隠そうと慌てるスタッフ・繭の姿があって、 「済みません、店内の脱衣はご遠慮──」 「せっかくですからご一緒に脱ぎましょう! 動きにくいですよねこれ」 自身の振袖の帯をむんずと掴むと、帯締めを放り投げ、帯を床にうねらせる。かと思うとそのまま繭に抱き着いて、メイド服のボタンに手をかけた。 「お、お客様あの、仕事中に、こ、困りま……あっ」 繭は同性愛に抵抗はない。けれど、一応今は仕事中だと、抵抗する繭を、普段の人格がぶっ飛んだ緋音は容赦なく力強く抱きしめる。 「みんなとむぎゅむぎゅ堪能しちゃいましょー」 沙幸に抱き着いて床に転げていたひな、そのひなに抱き着き返していた沙幸は、起き上がって緋音と繭と、肌を合わせ始める。 「……楽しそうですね」 彼らから椅子を引いた位置で。甘酒をちょっとずつ飲みながら、ケーキを口に運んでいたリースは、そんな彼女達に微笑んだ。 次第に彼女達はくんずほぐれつで、着物がずれて脱げかけて、大変なことになっている。着物の海に埋もれて、頬と肌を染めて、歓声と嬌声をあげる彼女達。ただでさえ自分は、その輪の中に入る勇気はなくて、一人着物でもないから余計に入りにくくて……、羨ましくて。 でも、楽しそうな雰囲気を見ているだけで、こっちも楽しくなってくる。 (来年は、私もこの中に入れるといいですね) そして女の子だけの秘密のパーティは、まだまだ続くのだった。 |
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