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【2021年】パラミタカレンダー

リアクション公開中!

【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【5月】



「失礼いたします。六本木通信局の者ですが、今日ここでこいのぼりを操縦している人がいる、という、噂を聞きまして──」
 突然尋ねられ、その純朴そうな守護天使のイルミンスール男子生徒は、どぎまぎしてどもった。
 『六本木通信局』の腕章に、撮影用のデジタルビデオカメラ。スーツにスカート。実はイルミンスールの生徒であるが、今日の彼女はニュースキャスターといった風貌だった。
「しゅ、取材ですか……」
「はい。本当なのでしょうか?」
 自身も人づきあいが得意ではない六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、せかさずに返事を待つ。
「え、ええと」
 彼は視線を彷徨わせながら、その先をやがて空へ向けた。
「本当ですよ。あそこに見えているでしょう、あの赤い屋根の家の向こうに」
 イルミンスールの森に存在する都市・ザンスカールは、ヴァルキリーや守護天使が樹々と共に暮らす街。
 建物を抱えた木々のその先を男子生徒が指させば、ふよふよと空を泳ぐ無数の鯉の姿が見える。目を凝らすと、鯉の開いた口部分から生徒達の顔が覗いていた。
 優希は心中で残念ですね、と呟く。これじゃちょっと夢がない。鯉のぼりがひとりでに動いている方がずっと素敵なのに……。
 彼女は失望しながらも気を取り直し、生徒に、ザンスカールにも日本と同じようにこいのぼりを上げる風習があるか尋ねる。
「いやまさか。そんな風習はありませんよ。地球の……日本の生徒達が持ち込んだ風習とか、文化を聞きかじった生徒達が、面白そうだって始めたんです」
 それもこれも、誰が開発したのか元からあったのか、パラミタには人が入って空を泳ぐことができる“こいのぼり”があるからだったのだが。
 泳ぐというにはちょっと遅すぎる。
 歩く程度の速さでしか動けないのだ。
 最初は人が殺到していたザンスカールの生徒有志によるこいのぼり貸出口だったが、今は既に遊んでいる生徒と、見上げて楽しむ生徒に二分されていた。
「こいのぼりに入って、私は風になる――」
 と言ってみたものの。緋鯉を選び空を泳ぐ志方 綾乃(しかた・あやの)は、期待を通り越して、むしろ風に流されそうな状況にやや戸惑っていた。いや、風に流されれば風になれるかもしれないが比喩になってない。
 彼女は何かできないかとちょっと考えた末、ひとつの思いつきを口にしてみた。
「皆さん、空中遊覧も楽しいですが、せっかくの折角の季節限定の乗り物、これでレースをしてみませんか?」
 綾乃は貸出口上空を揺蕩いながら、生徒達に呼びかけた。それに生徒の一人が答える。
「おっ、レースか。楽しそうやな、参加したるで! 今日5月5日は俺の誕生日や! 絶対負けるわけにはいかんのや〜!」
 にぎやかなことが好きな日下部 社(くさかべ・やしろ)は、貸出口に並んだ鯉のぼりを早速物色し始めた。
「こいのぼりの中に入るなら、派手で強そうなのがええなぁ〜♪」
 黒い鱗の大きお鯉のぼりを社は広げ、
「おっ、これなんかどうや」
 と、中に乗り込むも。
「……って! なんやこのこいのぼり! 遅っ!」
「──では位置について……よーい、スタートっ!」
「ちょい待ち……って、なんやこれ」
 社がスタート地点についた途端、レースが始まった。自分の選んだのは故障してたのか、取り換えたいと言い出しかけた社だったが……、
「なんやこのシュールな光景は……」
 周囲を見回せば、どのこいのぼりも遅いのだった。競争になってない。
 そんなら、と社は素早く作戦を組み立てる。題して「だべって油断させつつ、ゴール前で一気に出し抜こう作戦」である。
「な、好きな子おる? 急になんやって? いや、鯉だけに恋バナを……なんつってな」
 確かに。彼一人本気なら作戦は成功したのかもしれない。参加してる生徒は割合のんびりだった。
 しかし──その目論見は変更を余儀なくされるのだった。
 彼の横を、すいっと追い抜かす影があった。
「──志方選手、一気にトップに躍り出ました!」
 いつの間にか、小型飛空艇に跨った優希がマイクを握り、彼らの横を飛んでいた。
 緋鯉に入った綾乃は、両手をこいのぼりの口にかけ、真剣な表情で前方に集中している。“サイコキネシス”だった。
「何はともあれ勝負事です、たとえ遊びであろうと全力で勝ちに行きますよ」
 人間が入っているのだから、実用的な速度にはならない……のだが、このレースでの“少し”は大きな差になる。こいのぼりひとつ分がふたつ分になっていく。
 社はちいっ、と舌打ちした。自分以外にも本気でレースに勝とうとするヤツがいるなんて!
「こうなったらちょっと早いけど作戦変更や! シャ〜イニング! こいのぼりぃ〜!!」
「きゃあっ!!」
 社の“光術”が綾乃の前方で輝き、彼女の視界を奪う。方向を失ったこいのぼりが、よろよろと迷走し始める。
「おーっと、日下部選手のシャイニングこいのぼりが炸裂しました! これで優勝の行方は分からなくなりましたよ!!」
「どうや前が見えんやろ? 優勝は俺が貰ったぁ〜!」
「ひ、卑怯ですが真剣勝負、志方ないですね……でも負けませんよ!」
 視界を取り戻すと同時に再度“サイコキネシス”。目くらまししか考えていなかった社には対抗手段がない。正確に言えばあるのだが、もし派手な攻撃をぶちかませば、こいのぼりは破れてたちまち墜落してしまうだろう。
 多くの生徒はのんびり競争のつもりだったが、トップグループの間に、にわかに真剣な空気が立ち込めた。優希の実況にも力がこもる。
「最終コーナーです。先手を取るのは志方選手か、それとも日下部選手か──!!」
 その間にも向かう先、ザンスカールの二本の木の間には、ゴールのロープが張られていた。
「も一度シャイニングやー!」
「同じ手は二度と食らいませんよ!」
 綾乃と社は二人競り合いながら、ゴールへ一直線に向かっていく。綾乃は目をつぶって光術をやり過ごし、──後方へ流れていたあほ毛が左に逸れた。
 ロープ数メートル前、ゴールを目前にして、綾乃は“サイコキネシス”で旋回した。
「うわっ!」
 旋回を終えた瞬間、社が叫ぶ。風が黒い鱗に横からぶつかり、こいのぼりの動きを押しとどめた。
 そのまま綾乃がロープをくぐり──、
「優勝は志方選手です!! 準優勝は日下部選手!」
 優希の実況が響きわたった。
「負けてまったな……」
 がっくりと肩を落とす社に、綾乃が鯉のぼりを寄せた。そして笑顔を見せ、手を差し出した。
「良い勝負でしたよ」
「ああ」
 二人はがっちりと握手を交わす。
 後方を見れば、まだまだ後続陣のレースは続いている。一位、二位だけが勝負ではないし、最後尾などおしゃべりをしつつ仲良く向かっているようで……。
 ふわり、ゆらり。ザンスカールの澄み渡った初夏の空に、こいのぼりたちはしばらくの間、気持ちよさそうに泳いでいた……。