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Summer Of The Dead

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Summer Of The Dead

リアクション


章 True Lies


 梁山泊内にある指揮官不在の指令区画に、六人が……正確には、四人と一体、そして一匹が額を付き合わせていた。表情の読みにくい雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)を除いては、皆一様に張り詰めた顔をしている。

「現在までに把握した情報を、お伝えします」

 国営放送のアナウンサーのように丁寧な口調で、高潮 津波(たかしお・つなみ)が言葉を並べる。

「自力で梁山泊に辿り着いた肝試し運営委員の中には、肝試し大会を持ちかけた『誰か』と、直接コンタクトを取った者はいませんでした」
「尚、同運営委員複数名から、洞窟内仕掛け班の中にいる別の運営委員から企画の話を聞いた、という情報が取れました」

 手にしたクリップボード上の記録表に視線を落としながら、ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が津波の後を補う。

「次は俺からの情報だ」

 女性と見まごう容姿の魔法使い、ケイが右手を挙げる。

「最初に洞窟から逃げ出した女性……つまり俺が助けた人物だが、救護班の雪が治療したにも関わらず、錯乱状態が治まらなくてな。外傷がないから特別に許可を貰って、オレが預かったが……」

 表情に苦いものを見せながら、ケイは昭和の名探偵のように、ボサボサの髪を掻き毟った。

「残念ながら会話が成立しなかったよ。だが、うわ言のように繰り返す言葉だけは記録してきた」
「それはどのような?」

 緑色の瞳に知的な光沢を湛え、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が続きを促す。

「助けて、早く見つけて、このままでは死んでしまう、暗い……それの繰り返しだよ」

 申し訳なさそうに肩を落としたケイの肩を、ソアが柔らかく抱いた。

「進展がなかったわけではあるまい? やるべきことは見えたであろうが」

 ベアの上に跨っている悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が美しい銀髪に縁取られた顔を、弟子に向ける。

「ですね。取り合えず、洞窟外に脱出する運営委員から話を聞くこと……」
「それは、わらわとベアが引き受けようぞ。といっても、洞窟の入口で待機して、脱出する蒼空生徒に話を聞くくらいのことに留まるがの」

 ソアが口にした手段の一つを、カナタは即座に引き受けた。

「でも、危険ではありませんか?」

 表情を曇らせながら、津波が懸念を口にした。

「さっき義純から聞いた話だが……洞窟内に斬り込んだ連中が、洞窟内部に拠点を取り付けたらしい」

 全く口を動かさぬまま、もごもごとした声でベアが述べる。

「だから、龍壱と勇と眞子とメイベルとセシリアが外のゾンビを駆除すれば、一帯は安全になると思うぜ?」

 言い終わると、手にした携帯電話をヒラヒラと振っているカナタを乗せたまま、のそのそと区画を後にした。

「では、私は洞窟内の拠点に行って、蒼空学園の生徒さんへ聞き込みしてきます」

 毅然とした表情で告げると、ソアは壁に立てかけていた箒を手に取った。

「おい、いくらなんでも危なくないか? 何なら俺もついていくぞ?」

 反射的にソアの腕を掴んだケイの手首の上に、ソアは柔らかく掌を置いた。

「ケイ……どこにいたってもう、危ないじゃありませんか」

 目を見開くケイに対し、ソアは微笑みながら言葉を続ける。

「それに、ケイには錯乱した女性の回復を待ってお話を聞かねばなりませんし、津波さんはベアとカナタさんの連絡を中継して、情報を集積、伝達してもらわないとなりません」

 一息つくと、ソアは胸を張って言った。

「だから私が行くのが、一番なのです」
「ソア……違うんだ……」

 ケイは収まりの悪い髪を揺らしながら、頭を横に振った。

「え?」
「俺は……お前が洞窟の中で迷子にならないか、心配なんだ……」

 傍で聞いていた津波とナトレアが、吹き出しそうなったのを、必死で耐えている。

「ケイ。とっておきのジョークをありがとう。では、行ってきます」
「いや、ジョークじゃなくって! マジで!」

 ケイの言葉に耳を貸さず、ソアは箒に跨ると金粉で描く軌跡を残して飛び去った。ソアの姿が消えた直後、堪えきれずに笑い出した津波とナトレアの声が、部屋に木霊した。



章 アラモ



 洞窟入口付近の戦闘は熾烈を極めた。
 元凶の武力排除を主旨とした【ディバイン・ウェポン】が、ゾンビが多く湧き出す通路の一本に進路を定め、突入してからゾンビ対人間のパワーバランスは均衡状態に近いものとなり、これを人間側傾けるため長い時間がかかっていた。

「くそッ! バーストしやがった!」

 武尊は走行不能になったデッドライジング号を放置すると、ヘッドライトを洞窟中央に向け光源としながら、鉄パイプでゾンビを薙ぎ払った。
 ただ、武尊の不幸は他の者の福音となった。安定した光源が確保されたため、バイクを拠点に戦闘メンバーが集まり始め、連携を取り戻すきっかけになったのだから。

「これなら、私にも戦える!」

 暗所恐怖症に加え仲間への誤射を恐れて射撃もままならず、銃床での白兵戦を繰り広げていた百鬼 籠女(なきり・かごめ)は、デッドライジング号で遮蔽を取りながら援護射撃を開始した。

「確かに。拠り所があるのは、ありがたい」

 ひらりとバイクを飛び越えて籠女の隣に着地した久沙凪 ゆう(くさなぎ・ゆう)は、そのまま流れるような動作で弾倉を交換している。

「もうひと働きすれば、救助班と調査班を内部に誘導できると思います。頑張りましょう!」

 言いながらも籠女が手にした銃から吐き出される弾丸は、押し寄せるゾンビの壁を打ち崩していた。

「それと、折角だからこのバイク、更に有効活用しようと思う」

 ゆうの言葉に続いて、暗がりの中からカティア・グレイス(かてぃあ・ぐれいす)が姿を見せた。腕一杯に切り取った鍾乳石や石筍を抱えている。

「ゆう。指示通りに石材を集めてきました。これをどうするのですか?」
「その石材を使って、このバイクを中心に防御陣地を作る。救助班にしろ調査班にしろ負傷者にしろ、収容する場所が必要だろう?」

 籠女の装填の隙を補うようにゾンビに斉射を加えながら、ゆうはカティアに指示を出す。

「洞窟外には、梁山泊という名前の砦を作ったそうですが、中継地点は必要ですね! 洞窟の奥から梁山泊までは遠すぎるから」

 納得したように頷くと、籠女もすぐに、射撃姿勢に戻った。

「そういうことでしたか。ならば、堅牢な陣地を作らなければなりませんね」

 抱えていた石材をバイクの脇に積み上げると、カティアは鞘からカルスノウトを抜き払った。白く細い頤を反らすと、蒼い瞳で天井を仰ぐ。

「ハッ!」

 気合を込めて地を蹴ったカティアは、宙でカルスノウトを奔らせる。優雅に舞い降りたカティアに一瞬遅れて、天井から切り取られた数本の鍾乳石が、籠女とゆうを守る格子のように地面に突き刺さった。

「流石だな」

 カティアと同じ色の瞳を見開くと、ゆうは格子の隙間から銃口を突き出し、射撃を再開した。

「これも、ゆうを守る仕事。そう思えば造作もありません」

 乱れた金髪を撫でつけ、カティアは陣地内部に潜り込もうとしていたゾンビを斬るため……ゆうの背中を守るために剣を振るった。

「梁山泊に倣って、この陣地はアラモ砦、とでも呼ぶか」
「……どちらも、陥ちる砦じゃないですか」

 ゆうの言葉を混ぜ返しながら、それでも籠女の顔は笑っていた。確保された壁と光源は、二人に意識させることなく心の余裕を生んでいた。




 ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)ウェイド・ブラック(うぇいど・ぶらっく)が放つ火術を光源に、即応的に戦っていたメンバーは、カティアが切り落とした鍾乳石の落下音を聞き、皆、アラモに振り向いた。

「あら。気が付けば素敵な秘密基地が出来上がってるわねぇ。折角だから、利用させてもらいましょうか〜」

 瞳一杯に好奇心の光を満たしたルーシーは、薄茶色のツインテールを揺らし、拠点へと下がりながら火術をゾンビの塊に撃ち込んだ。

「それがいいかもしれない。今のままでは連携が取りにくくて、ゾンビの討ち漏らしが多すぎる!」

 真紅に輝く両手剣で、数体のゾンビを横薙ぎに斬り飛ばした御鏡 焔(みかがみ・ほむら)が、古川 沙希(ふるかわ・さき)の傍に戻りながら言う。

「それに、戦闘行為で手一杯の私たちには、洞窟内で負傷した方を、梁山泊まで運ぶ余裕もその場で対処する余裕もありませんでした。陣地の存在は心強いです」

 焔の汗をハンカチに吸わせながら、沙希は焔の手を引いて、ルーシーに歩調を合わせた。

「幸い、私と沙希さんとリシルさんがプリーストですから、治療行為もしやすくなります」

 九条 瀬良(くじょう・せら)を伴ったラティ・クローデル(らてぃ・くろーでる)が口を開く。儚い高山植物のような印象を受ける人物だった。

「そいつァありがてぇ。女の子を口説くにゃロケーションが悪いが、落ち着いて話せる場所があるだけマシ、ってか!」

 リターニングダガーと拳銃形光条兵器を交互に撃ち込みながら、しんがりを務める瀬良が軽口を叩いた。

「籠女は色気があるし、カティアはド美形ですからね。こんな地獄の戦場でも、癒されますよ」

 トライデント型光条兵器で、器用にゾンビの襲撃を捌いていた一式 隼(いっしき・しゅん)リシル・フォレスター(りしる・ふぉれすたー)が合流する。

「オ……オレ……いや、わ、わたしは……美人じゃねェ……ないのデスか?」

 中性的な魅力を持つリシルだったが、使い慣れない言葉に戸惑う様には、美しさよりも愛嬌に満ち溢れていた。

「いやいや。リシルは美人だぜぇ? 良かったら俺とデートしねェか?」

 十五歳にして、すでにちょいワルオヤジの風格を見せ始めた瀬良が、歯と頬の傷を白く光らせる。

「そ、それは困る!」

 真に受けたリシルが反射的に隼の背中に隠れた。

「リラックスするのは良いが、皆、浮かれすぎではないか?」

 周囲の温度を引き下げるかのごとき、威圧感のある声が響いた。ウェイドがフードの中から発した声だった。

「まだ、事態は沈静化しておらん。原因も掴めていない。今の我々には、ゾンビ一体、見逃す事ができんのだぞ?」

 振り向きもせず、ウェイドはワンドを肩越しに後ろへ向け、洞窟の外へ走り出そうとするゾンビに火術を放った。

「……厳しい意見だけど、事実だわね」

 一見してミドルティーン、その実最年長のルーシーは、下唇に指を添えながら思案に瞼を伏せた。

「ミッションに失敗しました。再挑戦しますか? というわけには、いかないからな」

 焔は両手剣を突き出しながら、迫り来るゾンビの顎を砕いた。

「最悪の場合、仲間から犠牲者を出してでも……生き埋めにしたりされたりする覚悟をもって、この洞窟は封じなければならぬ」

 語る間にも、ウェイドのワンドから繰り出される火球は、外を目指すゾンビたちを次々に灰燼に帰していった。だが、その顔には表情と呼べるものが浮かんではいない。

「そうならないためにも、自分達に出来る事をしていこう……って、ウェイドは言いたいんだよ」

 演舞とも思える派手な動きを交えながら、パーティーより一歩引いた位置でゾンビの注意を集めていた隼が、張りのある声を出した。隼の動きに引き寄せられたゾンビは、輝くトライデントに突き倒され切り裂かれ、次々に沈んでゆく。

「……私とて、仲間から犠牲を出したいと、思っているわけではない」

 フードで顔の上に色濃く影を落としながら、ウェイドは言った。

「なら、目的は同じじゃないの。確認できて良かったわ」

 ルーシーが明るい表情を浮かべる。皆で頷き合うと、アラモに向かいながらも、入口に殺到するゾンビに火力を集中させた。
 一丸となった八人の奮戦により、入口のゾンビがシャットアウトされた。長い戦闘の中で彼らが作り出した貴重な数分が、事態を大きく変えることになる。