イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

Summer Of The Dead

リアクション公開中!

Summer Of The Dead

リアクション


章 Chain Reaction
「ここもハズレでしたか……」

 イレブンは行き止まり……且つゾンビの姿もない通路から引き返し、溜息を吐いた。

「気にしない気にしない。次の通路にどーんと行ってみよう!」

 イレブンの蓄積疲労と反比例するかの如き快活さで、カッティはテキトーな通路を指差した。

「はあ〜……何やってるんでしょうね俺たちは……」

 刀真は、銀色の頭髪に絡みついた蜘蛛の巣を取り去りながら、イレブンと同じく溜息を吐いた。

「刀真……元気だして……」

 無表情ゆえか、まるで疲れた様子を見せない月夜が、刀真の頭をあやすように撫でる。

「ワタシって、どこまで運が無いんだろう? マジックアイテムも全然見つからないし……」

 ヨタヨタと通路から現れたのは、全身をダンボール箱で包んだ異形の少女、筐子だった。
 しかも今回は、ダンボールの表面に、古今東西和洋折衷な呪術紋様を描きまくっている。効果があるのか否かは定かではないが、今のところゾンビに襲われる事なく済んでいる。

「泣き言を言っていると、ツキが離れるわよ? 夢は、叶うと信じる人にだけ描ける物だから」

 俯いている筐子の顔(ダンボールだが)をアイリスが優しく包むと、コツン……とではなく“ぽふっ”という音を立てて、筐子の額に額をくっ付けた。

「それに、墓地らしき場所も見つかりませんでしたし……」

 イレブンが呟くと、傍らの少年が小さく答えた。

「……魔法陣も……怪しい……機械も……見つからない……ね」

 晶は不器用な自己主張からは想像しにくいものの、強力な魔力を秘めたウィザードとして、知恵袋の一端を担っていた。

「ま、生きていられるだけでも幸運なのかもしれないよ〜? アラモで聞いた話じゃ、死傷者は五十人を超えたって話だしね」

 悪臭を嫌って装着したマスク越しにくぐもった声で、七海が晶の前にしゃがみ込み、襟元の乱れを正している。

「……ん……あり……がと……ナナ……」

 晶が七海にだけ向けるぎこちな笑顔を浮かべかけたとき……

「ゴメ〜ン! 何体か引き連れているから、事後承諾してね!」

 カッティが指差した通路から、猛烈なスプリントで美羽が駆け抜けてくる。宣告どおり、彼女を追走するゾンビの姿が見える。

『冗談でしょ!?』

 完全にコメントを被らせたイレブンと刀真は、慌ててパートナーを抱き寄せ、彼女たちの胸元から光条兵器の柄に手をかけた。
 イレブンはサーベル型の剣で払うように斬り、漆黒の抜き身を持つ刀真の剣は、振り下ろす軌道でゾンビの頭を割った。

「これで最後の一体かな?」

 突進してくるゾンビに構えていたランスでカウンターを取り、串刺しのままもがき続けているところを、晶の火術が止めを刺した。 
 盛大に靴底をすり減らして停止した美羽は【洞窟調査班】の元へと引き返し、書架のある部屋で把握した情報を語って聞かせた。

「……つまり、祭壇やらゲートやらでっかい穴やらがあるのではなく、教祖の体そのものが、焦点具になっているわけなんですね?」

 口調の礼儀正しさとは裏腹に、どこか瞳の奥に、冥いものを宿らせている刀真の顔を見つめながら、美和は頷いた。

「そっか〜。てっきりワタシは、黒幕が鏖殺寺院報道官のミスター・ラングレイだと思っていたのになぁ。人生設計、書き換えなきゃ」

 ダンボール紙越しに響かない声を発しながら、筐子は肩を落とした。

「筐子、諦めちゃだめよ? まだ、その教祖がマジックアイテムを持っているかもしれないじゃないの」

 既に風物詩になりかけている、アイリスの励ましの言葉を聞き、筐子は力強く頷いた。

「で……その……教祖……って人……どこかな?」

 吶々とした言葉で、晶が皆の疑問を代弁した。

「あ〜……それが判らないことにはねぇ。急ぎようもないというか」

 ショートヘアに指を潜らせ頭を書き始めた七海の声に、男の声が応えた。

「それなら、こっちの通路じゃねェぜ!」

 血糊の乾ききらぬチェーンソーを引っさげた竜司を先頭に、アルフィエル、北都、一晶の四人が、一本の通路から現れた。

「こちらの通路でもありません!」

 美羽が現れた通路の奥から、ヨロヨロと走るベアトリーチェの姿が見えた。更に遅れて、勇、ラルフ、さけの姿が近づいてくる。
 そして別の通路から、やかましいほど元気な男の声が響いた。

「おお! やっと大空洞に戻れたぞ! これも正義の心があればこそ!」

 パラミタ刑事シャンバランを筆頭に、愛、セシリア、ファルチェ、クライス、ローレンスの六人がぞろぞろと這い出してくる。

「で、このそっちの通路は【ディバイン・ウェポン】が制圧しに入った。もし教祖がいたら、既に倒して凱旋しているだろう。という事は……」

 顎に指を沿え、思顔のままイレブンは一本の通路に視線を投げた。

「こっちの通路に向かって【洞窟調査班】、全軍突撃ィ〜〜!」

 カッティがビリシと指差す通路に向かい、刀真、月夜、イレブン、筐子、アイリス、晶、七海……そしてカッティ自身が飛び込んでいった。



章 Desperado


「だいぶ、冷静になれたようですね?」

 通路にいる……というより『詰まっている』ゾンビを、ランスの穂先で牽制しながら、恵の撃ちやすい位置におびき出す、という連携を確立した大和は、肩越しに振り向いて白い歯を光らせた。

「……ありがとうね。ボクの我侭に付き合ってくれて」

 拳銃型光条兵器に照らし出された恵の頬が、薄紅に染まる。

「なァに。私はドS。ドSのSは、ServiceのSですからね。それに、女性を守らず男性は務まりませんよ」

 大和は穂先が滑らぬよう、眼窩や顎目掛けてランスを繰り出しながら、手際よくゾンビを倒してゆく。

「それに大和ちゃん、超ドレッドノート級の女好きだもんね〜」

「ね〜」

 顔を見合わせウフフフと笑うラキシスと大和だったが、ゾンビが迫るやランスと銃型光条兵器【葬炎】が即応し、貫き、火を噴く。

「女の子、かぁ……」

 恵は視線を胸元に落とした。視界にはどのような服を身につけても、はっきりと自己主張するたわわな胸と……更に下の、他人には言えない秘密に悩む。

「実際、大和さんのお陰で随分と私もケイも助けられました。私一人の護衛では、正直、ここまで来られたかどうか、自信がありません」

 話している間も、油断なく周囲を警戒するエーファの首筋のラインを、大和はうっとりと眺めている。
 その四人の傍で、まるで疲れを知らないかのように、カガチが戦闘を続けている。

「楽しいじゃねェか〜! 斬っても斬ってもお代わりが来るぜェ!」

 カガチの戦い方は、【ディバイン・ウェポン】の中でも、特筆して異質なものだった。
 手にした実剣のみを振るい、斬る手応えを楽しんでいた。頭部を破壊できる状況であっても、臓腑を貫いてみたり、腐肉を削ぎ落としてみたりと、高い技量を合理的に使わない場面が多い。

「……俺とは別の意味で、極める者がいるとすれば、ああいった奴かもしれんな」

 光条兵器【銀閃華】を取り出す際に破けたユニの肌を隠すため、身につけていたロングコートをかけてやりながら、クルードは呟いた。

「カガチさん……ですか?」

 しっかりとクルードのコートを胸元で掻き合わせながら、ユニが血煙の向こうでカガチが演ずるダンスマカブルを見つめた。踊る相手が死者だけに、原義そのままの光景であった。

「太刀筋に迷いの欠片もない。あいうタイプは、自分に限界を定めないからな」

 実際、ユニを庇って戦うクルードよりも、破壊衝動のまま斬りまくるカガチの方が、ゾンビを倒した数は多い。

「取り込み中に済まぬが話を聞いてくれ、クルード」

 最後尾から、追撃してくるゾンビをアルゲオに防がせているイーオンが、気難しい顔を見せて歩み寄ってきた。

「どうしたのだ?」

 クルードはイーオンに向き合い静聴の姿勢を見せる。イーオンの戦い方はカガチとは真逆で、愚直なまでに算術的合理主義に裏打ちされていた事を、クルードは理解していた。
 従って、イーオンが進言する内容は憶測であっても精度の高い予見であり、【ディバイン・ウェポン】にとって大きな意味を持つ。

「この通路を選んでからというもの、ゾンビどもの戦い方が明らかに変化している。作戦行動と呼べるものではないが、一つの強い方向性を示しているように思う」

 クルードは目を伏せ、洞窟突入から今に至るまでの光景を、脳裏に描き、一つの答えに至った。

「……誘導か?」
「然り。この通路に最大兵力があると踏んで戦場に選んだが、通路内に侵入してからは前面からの敵の攻勢が弱まった。それどころか、奥に引き込まれている感すらあるぞ」

 イーオンの言葉を意識して、クルードは通路の前後に視線を飛ばす。前衛に三人を配置している点を除いても、明らかに背後からの攻勢が強まっている事は、否定できなかった。

「そこで判断を仰ぎたい。このまま進むか? それとも退くか?」

 支えきれないのか、アルゲオが下がりながら戦闘をしている。選択を突きつけたイーオンも、クルードの返答を待たずアルゲオの戦闘補助に入った。

「このまま進むに決まっているではないか!」

 退く、という言葉に嫌悪感を持っていたクルードに代わり、前進を主張する者がいた。
 空間が波打ったと思う間もなく光学迷彩を解除して、二人組が姿を現す。レオとトーマスだった。
 褐色の肌に赤いのドレッドヘアのレオと、薬がキマっているとしか思えない顔つきで身の丈二メートルの着ぐるみ狼、という見た目だけでも相当インパクトがあるのに、コウモリのフンを全身に塗りつけているお陰で、二人は臭気の上でもインパクトを与えていた。

「これだけのゾンビが湧いているのなら、この先にゾンビ発生装置がある可能性が高い。進むのが賢明だと思うぞ」

 オーバーアクションで頷いた後、クルードに近づいたトーマスは、目の前で垂れた舌をブラブラさせながらレオの意見を支援する。

「そうだよ! この先には波羅蜜多ランドのホラーハウスに必要な装置があるに違いないよ! ねぇ、行こう!」
「【ディバイン・ウェポン】は、転進する!」 

 頭の中の何かが切れた音を耳の奥で聞いたクルードは、右手を翳して来た道を指し示した。

「承知」

 その判断を予測していたのか、イーオンとアルゲオは既に帰路のゾンビを押し返し始めている。返り血で真っ赤に化粧されたカガチも、奇声を発しながら新たな獲物の群れに切りかかった。

「悪い事は言わないから、一緒に来た方がいいよ?」

 通路の片隅にしゃがみ込み、落とした涙で鼠の絵を描き始めたトーマスに声をかけ、恵とエーファが通り過ぎてゆく。

「ええい! この役立たずめ! お前なんぞ、囮が似合いだ!」

 レオが背を丸めているトーマスを蹴り付けると、通路の奥へと面白いように転がっていった。

「ひええぇぇぇ〜! それがしのせいではないよォ〜!」

 トーマスの姿が見えなくなり、レオはしぶしぶ【ディバイン・ウェポン】に後続した。
 しかし、【ディバイン・ウェポン】を転進させたトーマスは、結果として数多くの人物の運命を変えることになる。無論当人は、それを知る由もない。