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第7章・キメラ狂走曲


 カナンから肉を奪取して、森の中を飛ぶウィルネストは焦っていた。キィちゃんは木々を足場に容赦なく飛びかかってくる。このままでは、いつキィちゃんの餌食になるかわからない。
「そろそろ限界か」
 ウィルネストの箒がふらつき始める。
「ウィルネストちゃん!?」
 見当違いのところを探していたヴァーナーが、キィちゃんに追われているウィルネストを見つけた。
「助かった。悪い、後は頼んだ!」ウェルネストは、上空に向けて進路を変えた。
 目標を見失ったキィちゃんは、あたりを見回し、ヴァーナーを見つけた。
 グルルルル……。
「キィちゃん?」
 ガウ。
 飛びかかってくるキィちゃんを避けながら、ヴァーナーは慌ててディフェンスシフトを自らにかける。
「一体、何があったんですか?」
 大人しいと聞いていたキィちゃんの様子に、ヴァーナーが焦る。キィちゃんが再び攻撃体制に入ると、その足元に、上空から雷術が落とされる。ウィルネストの加勢だ。
「今だ! 罠まで行ってくれ!」
 考えている暇はなさそうだ。ヴァーナーは、全速力で罠へ向った。


「キィちゃーん!」
「出ておいでー!」
 その頃、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と、そのパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は、ぬいぐるみを持って名前を呼ぶという正統なやり方でキィちゃんを捜していた。
「なかなか見つからないですぅ」
 メイベルが弱音を口にする。
「何言ってるの、くじけるにはまだ早いよ!」
 セシリアの言葉に、メイベルの笑顔が明るくなる。
「そうですよねぇ。カフェで待っているミリアさんの為にも、がんばりますぅ」
「うん! その調子!」
 ガサリ、と繁みが揺れると、空井 雫(うつろい・しずく)と、パートナーのアルル・アイオン(あるる・あいおん)がやって来た。
 メイベル達の手にぬいぐるみがあるのを見て、アルルが声を掛ける。
「君達もキィちゃんを捜してるの?」
「まあ、あなた達もですかぁ?」
 4人は同じ学校という事もあって、なんとなく一緒にキィちゃんを捜し始めた。
「ところで、キィちゃんて犬なんですか? それとも、猫でしょうか?」
 キィちゃんが何物かを知らずに捜していた雫に、メイベルとセシリアが驚く。
「知らないの? キィちゃんって、」
 その時、叫び声が近づいてくるのが聞こえた。
「うわあぁあああああっっっ!」
 ヴァーナーがものすごい勢いでこちらへ向かって走ってくる。その後ろを見たこともない大型獣が追って来ていた。
「な、なんですか、あれ!?」
 驚く雫の耳に、メイベルの声が届いた。
「あれってたぶん、キィちゃんですぅ」
「えっ!?」
「キィちゃんって、ミリアちゃんの買っているキメラだよ」
 セシリアの言葉に、雫は驚き顔のまま、この話を持ってきたパートナーを見た。
「あ、あれ? 言ってなかったっけ?」
 ヴァーナーとキィちゃんが目前に迫る。
「逃げて下さあぁあああいっっっ!」
 ヴァーナーが雫とセシリアの間を走り抜け、さらに奥へ向かうと、いきなり彼女の姿が見えなくなった。
「き、消えた?」
 嫌な予感がして4人が振り向くと、キィちゃんは、ターゲットを4人に切り替えたようだった。
 グルルル……。
 飛びかかってくるキィちゃんの気配を察し、雫がメイベルを突き飛ばす。
 ガウっ!
 2人がいた場所にキィちゃんが襲いかかる。メイベル達と雫達は2手に分かれてしまった。
 グルルル……。
 どちらを狙おうか迷うキィちゃんを見て、セシリアはメイベルを後ろに庇い、光条兵器のモーニングスターを身体から取り出して備える。淡く輝くその武器を見たキィちゃんは、丸腰に見える雫に顔を向けた。
「嫌な、予感が……」
 ガゥォオオン!
 キィちゃんが飛びかかると同時に、雫は全速力で走りだす。
「ぃきゃあああああっっっ!」
「あはははははははっっっ!」
 叫ぶ雫の隣を走りながら、アルルはとても楽しそうだった。

「あのぉ、大丈夫ですかぁ?」
 セシリアが、消えたヴァーナーを捜すと、彼女は60センチほどの高さの段差の下に落ちて倒れていた。足を滑らせたようだが、そのケガよりも、限界を超えた速度のマラソンでのダメージの方がひどそうだ。
 メイベルはセシリアに手伝ってもらってヴァーナーを助け起こし、とりあえずヒールをかける事にした。

 雫とアルルは、バーストダッシュでキィちゃんから逃げていた。それでもキィちゃんは振り切れない。
「きゃっ!」
 木の根に足をとられた雫が地面を転がる。
「雫っ!」
 さすがのアルルもあせり、カルスノウトを構えて雫を守る。追いついたキィちゃんが、ゆっくりと二人に近づいてくる。
「ど、どうしよう、雫」
「どうしようって言われても」
 2人はピンチに陥っていた。
 その時、キィちゃんの背後から、声がした。
「攻撃はだめだよっ!」
 見れば、頭と左右の肩、手首、腰、膝、足首に合計11個のぬいぐるみを身に付けたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がこちらへやって来る所だった。
「ほら、キィちゃん、怖くないから、こっちにおいで〜」
 カレンは両手を広げながら静かにキィちゃんに近づく。
「今のうちに逃げるのだな」
 カレンのパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、キィちゃんの注意をひかないよう、幼い声を低くして2人に声をかけた。
「えっ、でも」
 ためらうアルルの腕を掴んだ雫は、ジュレールに頭を下げる。
「ありがとうございます。あの方には申し訳ありませんが、避難させていただきます!」
 雫は、キィちゃんから見えない場所へパートナーを引っ張って行った。

 カレンがミリアから借りたハンカチをキィちゃんに差し出すと、その匂いをくんくんと嗅ぎながら、今まで逆立っていたキィちゃんのたてがみがゆっくりと落ち着いていく。
「そうだよ、ミリアお姉ちゃんが、キィちゃんの帰りを待ってるよ〜」
 カレンは、キィちゃんが着いて来るのを確認しながら、そのまま後ろ向きに歩きだした。このままカフェテリアに向かうつもりだ。名付けて「11匹ヒツジちゃん大行進(+キィちゃん)」作戦が幕を開けた。
「よしよし、いい子だね〜」

 そのまま順調にいくかと思えたその時、進行方向から話し声が聞こえて来た。
「ガオー、ガオー! パラミタヒツジは美味そうやなぁ! ウチ一人で食べてしもてもええんやけどなぁ?」
 桜井 雪華(さくらい・せつか)が、パラミタヒツジのぬいぐるみと、ミリアに分けてもらったキィちゃんの餌を抱え、チラチラとキィちゃんを見ている。
 その顔にはライオンのお面をかぶり、ヤギを表現する為の足袋を両手にはめ、腰のベルトには蛇代わりの緑のホースを接着剤でくっつけていた。
(…これでバッチリ、どっから見てもキメラやろ!)
 雪華はほくそ笑む。近くの物陰では、パートナーのヘルゲイト・ダストライフ(へるげいと・だすとらいふ)がいつでもカルスノウトを差し出せるよう、ドキドキしながら潜んでいた。
「あっ、キィちゃん!」
 カレンの制止を聞かず、キィちゃんが雪華の方へ近づいていく。
(さあ、こい。もう少しやでぇ)
 キィちゃんが十分に近づくと、お面の下の雪華の目がキラーンと光った。
「今や! ええーい!」
 雪華は、ひそかに隠していたハリセン型の光条兵器をキィちゃんの鼻面にパシンとかます。
「………」
 微動だにしないキィちゃんに、雪華はもう一度ハリセンを振り上げる。キィちゃんはそれを右手の爪で受けると、地面に叩きつけた。雪華がバランスを崩し、無防備な背中をさらす。
「あ、あれ?」
 グルル……ガウ!
 キィちゃんが雪華に向かって口を大きく開けるのを見たヘルゲイトが物陰から飛び出し、ホーリーメイスで雪華を庇う。
 キィちゃんの牙がヘルゲイトのホーリーメイスに立てられる。
「セツカさん、はよ逃げて〜」
「アホいいな! 大事な相方おいて逃げられるわけないやろ!」
 雪華が体制を立て直し、落ちている自分のカウスノウトを拾う。
 攻撃力を持たないカレンは、キィちゃんの名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「どうしたっ!」
 フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)が、パートナーのサーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)とともに駆け付ける。
「助けたって!」
 雪華の声に、フリッツは手に持っていた棒を投げ捨てるとランスを構え、キィちゃんに向かって突撃する。
「うぉおおっ!」
「やめて! キィちゃんを傷つけないで!」カレンがフリッツに向かって叫ぶ。
 危険を感じたキィちゃんが、雪華達から飛びのいた。ガシンっとフリッツのランスが木に突き刺さる。
 フリッツはランスを抜くと、キィちゃんと睨みあった。
「フリッツ、これを!」
 サーデヴァルが、ロープの先にぬいぐるみをくくり付けたものを数個、長い棒の先からぶら下げて作った物をフリッツに寄越した。それは先ほど彼が投げ捨てたもので、彼らはここへ来るまで、キィちゃんをおびき寄せる為にそれを使っていた。
「何を考えている! 今更このようなものが何の役に立つと!」
 サーデヴァルの真意を謀り兼ねて、フリッツが怒り出す。
「キィちゃん、可愛い」
 カレンの声でキィちゃんに目をやると、渡された反動でぐるぐると揺れるぬいぐるみを掴もうと、キィちゃんの腕が宙を掻いていた。
 キィちゃんがおもちゃに夢中になっているその様子に、フリッツとサーデヴァルは視線を交わした。
「よし、行け!」
 サーデヴァルの声に、フリッツは棒を持ったまま、全速力でカフェテリアに向かって走り出す。キィちゃんもつられてフリッツの後を追う。サーデヴァルもパートナーの後に続いた。

「西です! 西の道を進んで下さい!」
 森を駆け抜けるフリッツに、小型飛空艇に乗ったロレッカが、上空から北都の罠の方向へ彼を誘導する。
 フリッツは力を振り絞り、ロレッカの指し示す方向へ向かった。
「こっちだよぉ!」北都が罠の先で待っている。
 フリッツが駆け抜けた後に続いて、キィちゃんが北都の罠に足を踏み入れると、ワイヤーの輪が閉まり、見事に空中へと釣り上げられた。
 キィちゃんはもがき、爪でワイヤーを切ろうとするが届かない。金属製のワイヤーには炎もきかなかった。
「うまくいったぁ!」
 北都が安堵するも、すぐに上からパラパラと何かが落ちて来た。焦げた木の破片に見える。
 見上げると、キィちゃんの炎はワイヤーのつながっている木の枝を燃やし始めていた。
「それはちょっと想定外だなぁ」
 やがて木の枝とキィちゃんが、ズシンという音とともに落ちてきた。
「キィちゃんこっちやで!」
 キィちゃんを追ってきた着ぐるみの社が、キィちゃんを誘ってカフェテリアへ向かおうとする。
「カフェにミリアさんはいませんよぉ、丘の方にいっちゃったからぁ!」
 社は北都の情報に、慌てて進路を森へと向ける。
「情報ありがとさん!」
 通りすがりに北都に礼を言い、社が森へと戻って行った。
「我の労働が、水の泡である」
 せっかくカフェの近くまでキィちゃんを連れて来たフリッツが落ち込む。
「元気出して下さいであります」
 ロレッカだけがフリッツを慰めてくれた。

「ライオンとヤギとヘビ、一気に3匹と仲良くなれてお得やなぁ…なんて思っててんけどねぇ」
 キィちゃんの攻撃をかわしながら、社はつぶやいた。目の前に迫る木をぎりぎりのところで避けていかないと、キィちゃんにつかまってしまうので、気が気ではない。
「そろそろしんどいなぁ、誰ぞ来てくれへんのかいな」
 徐々にキィちゃんの爪が箒をかすめる回数が多くなってきている。
「お待せしました! お茶の間の着ぐるみヒーロー、クロセル・ラインツァート参上!」
 前方にクロセルが箒を片手に木の枝に立っていた。
「ほな、後は頼むでぇ! キィちゃん、落ち着いたらまた会おな!」
 社はクロセルと入れ違いに、光学迷彩で姿を隠した。
「とぅおぅっ!」
 クロセルは掛け声とともに箒に乗り、キィちゃんの前を飛ぶ。ずっと隠し持っていた肉の残り香は、キィちゃんを誘うのに十分な魅力だった。
「ん?」
 しばらく飛んだ後、後ろの気配がなくなったのに気づいたクロセルは、慌てて箒のスピードを落とす。そこへ、木の枝を飛び移って先回りしていたキィちゃんがとびかかった。
「しまったっ!」
 箒ごと地面に叩きつけられたクロセルにキィちゃんが近づいてくる。
「ま、まぁまぁ、キィちゃん、落ち着いて下さい。話せば分かりますから」
 クロセルに迫るキィちゃんの鼻先を、ウィルネストの箒につながったぬいぐるみがかすめる。
「キィちゃんこっちだ!」
 肉を持ったままのウィルネストにつられ、キィちゃんが走り出す。

「来たぞ!」
 蒼也が、仲間達に合図を送ると、ウィルネストが現れ、キィちゃんがその後を追って来た。
 木陰に隠れていたコウと、魅世瑠、フローレンスがボーラをキィちゃんの足元めがけて投げつける。そのうちのいくつかがキィちゃんの足に絡まり、そのスピードを奪う。
「こっちです!」
 ジュスティーヌが落とし穴の場所をウィルネストに知らせる。ウィルネストは、その場所目がけて、手の肉を投げた。キィちゃんが肉に食らいつき、池の中に落ちていく。
「蒼也!」
 肉を銜えたまま水から上がるキィちゃんに、蒼也が投網を投げつけた。
 炎を使えず、キィちゃんは爪で網を破るが、二重三重にかけられた網がからまり、次第に自由を奪われていった。
「やりましたわ」
 ジュリエットがキィちゃんに駆け寄けよろうとした時、
「ヒャッハーッ!!」
 キィちゃん奪取の機会を窺っていた誠が箒に乗って現れ、キィちゃんの足を未だに締めていた金属製のワイヤーを持ち上げてキィちゃんごと引っ張った。バランスがとれないキィちゃんはそのまま引きずられていく。
「何しやがる!」
 ウィルネストが誠の進路を塞いだ。
 その時、誠とウィルネストの上に、網が投げられた。
「うわぁっ!」
 ウィルネストが地面へ落とされる。誠はかろうじて箒に乗っているが、網が行動を邪魔していた。
「誰ですの!?」
 ジュリエットの誰何の声に、妖しい笑い声があたりに響いた。