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◇第三章 英雄的理想論に於ける大きな変化と小さな変化◇

「初島ぁーーー! ヒャッホ、ヒャッホ、ヒャッホォッー!! アルラミナァーーー! ヒャッホ、ヒャッホ、ヒャッホォッー!!」
 辺りに響き渡る乙女の円陣の声(?)。彼女達こそ、祭りを前に学内掲示板に「お祭りに一緒に行く男を漁っています!」と張り紙をしてまで男を捜した初島 伽耶(ういしま・かや)と、そのパートナーのアルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)である。しかし、結果は二度にわたるスルー。これでは現役じょしこーせーの名が廃るとばかりに、『かわいそうな人たちの会』に入会し、マシュー・ファウザーにこんな事を言ったのだ。
「あたし達をマシューさんの作った『かわいそうな人たちの会』の二代目会長にしてください!!」
「……いいんじゃない(苦笑)」
 その時の周りの空気の冷ややかな事と言ったら――
「チクショーーーーー!!!」
 仕方がないので、『かわいそうな人たちの会』の参加者にマッチング用紙を配り、マッチングを仕切ろうとしたのだが……隣にいた黒峰 純にこう言われてしまったのだ。
「相手くらいは自由に決めませんか(苦笑)」
 その時の周りの空気の冷ややかな事と言ったら――
「ドチクショーーーーー!!!」
 しかし、伽耶は負けない。隣で悲しんでいる人がいれば……『面白そうだから突っ込んじゃおう!』とばかりにツッコミを入れ、パートナーと一緒に『そうだやっちゃえ! いけいけゴーゴー!』と前に進む力強さがある。そう彼女達はそのマイナスをマイナスと思わせない逞しさがあるのだ。

 熱い、その男は煉獄の底に存在するといわれる灼熱の炎の如く熱く煮えたぎっていた。そして、何本もあるであろう、あの固くて巨大で芯のあるリンゴ飴を同時にバリバリとかじり食い、同時にイカ焼きとタコ焼きとお好み焼きを振り回しながら叫んでいたのだ。
「ウオオオオオオォーーー、祭りだぜ! 騒ぐぜ! 盛り上がるぜ! なぁ、みんな!?」
「……もう、食べながら大声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」
「わりぃ、わりぃ、マナ。ほれ、自分は男だろ? 祭りってなんかこう胸を熱くさせるんだよな。そう思うだろ、みんな!?」
「も〜う、ベアは本当に困った人ね」
 身振り手振りを交えながら、明るく能天気そうに話すベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)は、パートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)に己の胸のうちを語った。裏表のない彼の性格をマナは姉になったかのように聞いている。

「なぁなぁ、まなか? やっぱり、二人で祭りを回らないか?」
「何を言ってるの、シダ? シダだって、友達増やしたいでしょ?」
「べ、別に俺は友達が欲しいなんて、言ってないぞ……」
「も〜う、シダって、本当にオクティーなんだから!」
 紺系の浴衣に黒い帯でシックに装い、ボソボソと柊 まなか(ひいらぎ・まなか)に話しかけるのは、彼女のパートナーのシダ・ステルス(しだ・すてるす)だ。彼は明るいまなかとは正反対で、無口で実直な性格であった。
「もし良かったら、誰かを誘って一緒に回らない?」
 ……と言う、まなかの提案が無かったら、こんな騒がしい場所に来なかったに違いない。青い朝顔柄の浴衣に、赤い金魚の尾ひれの様な帯に赤い鼻緒のゲタで気合十分のまなかの罠に嵌ってしまったと悔いるシダだったが、すでに遅かったようだ。

 そして、『かわいそうな人たちの会』からはルーク・クレイン、ルークのパートナーのシリウス・サザーラントが参加し、合計六人からなるグループが出来上がった。ルーク・クレインは黒く短い髪と男に見える外見が特徴の女の子で、このお祭りでは浴衣を着て精一杯女の子らしく振舞おうとしていた。彼女のパートナーのシリウスは後髪を高く結い上げた真っ赤な髪と、胸元をはだけさせていた露出さがウリの吸血鬼だ。
「きょ、今日は……ちゃんとしていなさいよ。あなたが何かしでかしたら、わ、私も恥ずかしいんですからね」
「プッ……」
 シリウスはルークの豹変振りに込み上げる笑いを堪える事が出来なかった。特殊部隊で訓練を受けていただけあって、いつもは男っぽい物言いのルークが乙女を装っているのだ。シリウスにとって、こんなに面白い事はない。そして、早速、彼は行動を開始した。
「ねぇねぇ、キミ? その浴衣似合うね……すごく綺麗だよ」
「えっ?」
「おい、まなかの肩に馴れ馴れしく触れるなよな!」
 まず、まなかに手を出し、シダに注意を受ける。しかし、シリウスの暴走は止まらない。
「ふ〜ん、無口なボクちゃんも、中々熱いねぇ〜。別に俺は男でも……って、キミもなかなかイケるねぇ〜?」
「うぅ……」
 軽薄で美形で色っぽく、飄々としていながらも吸血鬼らしく、目の奥には深い闇を感じる。正直な所、苦手なタイプだ。シダはそう感じざるえなかった。しかも、奴はウブなシダの顎に手を触れ、上に持ち上げるとこんな台詞を吐いたのだ。
「脱がしたくなるな……」
「こんのォーーー、万年発情吸血鬼! 教育的指導ォーーー!! シリウス、あんたの性根を叩きなおしてやる!!!」
 パートナーの暴走にさすがのルークも切れた。ドロップキック・回し蹴り・かかと落とし等の荒々しいツッコミ。それまで、お淑やかなルークの姿しか見ていなかった皆はビックリしてしまう。それを待ってましたばかりにシリウスはヒラリ、ヒラリと避けていく。
「……何やってんの? ここはお祭り! 団体行動! 身体を動かしたいなら盆踊りだろ!!」
 しかし、その騒動を収めたのはベアだった。彼はシリウスの腕を掴むと大きくスイングし、まるで砲丸か何かのように盆踊り会場に投げ飛ばす。
(ッ!!!?)
 驚いたのは周囲の面々である。こんな怪力には出会ったことはない。シリウスも自分がいつ腕を掴まれたのかわからなかった。それが吸血鬼としてもプライドに火を灯したのだろう。
「キミ、何者だい?」
「へっ? じ、自分、何か悪い事した?」
「いけない!!」
 シリウスが殺気を込めると周囲の空気が一瞬変わる。ルークは彼の異変に気づいて駆け出した。だが、ベアは何でこのような雰囲気になったのか理解できていないようだ。辺りを一瞬即発の空気が流れる、そして、次の瞬間――

 ドッ!☆ ドン!☆ ドンッ!☆ ドドン!!☆
 大きな太鼓の音が響きわたる。
「うふふふふふっ、一緒に盆踊りを踊れば、二人の距離は急接近! これで恋は燃え上がるはずです!!」
「はい、どうぞー。盆踊り、楽しんでいってください」
 それは広場の中央のやぐらの上で、太鼓を叩くのは阿波踊り風の可愛らしい浴衣と花飾りのある笠を着た島村 幸(しまむら・さち)だった。そして、幸のパートナーでお揃いの格好いいタイプの浴衣を羽織ったガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は盆踊りの後に、二人っきりで線香花火をしてみてはと、幸の呼びかけに応じてくれた人達にお礼として線香花火を配る。
「はい、どうぞー。盆踊り、楽しんでいってください」
「うふふっ、見なさい。集まってくれた人が蟻のようです」
 そう笑いながら太鼓を叩く幸の後方には数人の運営スタッフが拉致され気絶させられていた。その髪の毛は無残にも盆栽の如く伐採されてしまっている。先ほど運営スタッフはマイクと音源を借りようとした幸に断った挙句、言ってはいけない禁句の言葉を聞いてしまったのだ。
「これは蒼空学園のモノだ。貸せないって言ってるだろうが……まァ、可愛い女の子なら別だがな」
「可愛い女の子? 私が男に見えるのですか? ふっふふ……あはははははっ!! 面白い冗談ですね」
「ギャアアアアアアァァァーーーー!!!?」
 悲鳴の後の沈黙――
「さぁさぁ、皆さん! 踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なら、踊らにゃそんそん〜♪ 恋も踊りも今しかできぬ〜♪」
 彼女はガートナとラブラブなので、恋の素晴らしさを皆にも【プレゼントし隊!】と思っていた。ちょっと上から目線かもしれないが、その為にお祭りを盛り上げようとしているのは事実だ。そして、理由はどうあれ、周りで踊る生徒達に取ってはそんな事はどうでもいい。お祭りは楽しければいいのだ。
「幸、楽しそうですな〜。本当は二人で屋台めぐりしてみたかったんですが、あんな楽しげな姿を見せられては……ははっ、惚れた弱みですな。グスッ」
 本当は幸と屋台巡りを楽しみたかったガートナだが、こんな幸の楽しそうな顔は久しぶりで何も言えそうにない。一言、彼は良い奴なのである。そして、彼女の上手いとは言えないが独特の不可思議なリズムのおかげでお祭りはヒートアップしていく。

 その影響を大きく受けたのが一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)だ。せっかくのお祭りだというのに来れないパートナー。一人で屋台を回ってタコ焼き買ってみたものの面白くはなかった。『かわいそうな人たちの会』って、何となく嫌どすぇ。
「ふぅ……しょうことおまへんぇ」
 ヒラヒラと扇いでいた扇子を帯に差し込みながら、帰ろかなぁなんて思った時に奇妙な太鼓のリズムが聞こえてきた。彼女は足を止め、そして走り出す。
「なぁなぁ、ウチ。この音楽気に入った! ウチにもちょっと叩かしてもろて良ろしぃ!?」
 やぐらにたどり着くまでにハチマキと手ぬぐいを拝借し、チョイと帯をずらして帯紐でキュッと締めた燕に幸は汗を拭いながら言った。
「うふふっ、祭りを盛り上げたければ好きにすればいいでしょ?」
「じゃあ、『粋』にいってみよー! 盆踊りの太鼓に必要なんは決まりきったリズムやおへん、心意気どすぇ〜!!」
 上手とか下手とか関係なかった。流れる曲に調子を合わせつつドンドンと叩く。うねる、うねる、音楽がうねりを帯びていく。幸と燕のセッションで盆ダンスが変化していく。

 ――変化、それは彼が望んだ事なのかもしれない。人一倍の正義感がありながら臆病で地味で頼りなく、運動が苦手で正直モテたことがない影野 陽太(かげの・ようた)。その人の事だった。彼は最終目標はモテる事だが、そんな大それた野望など今は持てない。ただ、お祭りでは人並みの幸せを味わいたかった。屋台でヨーヨー釣り、射的をし(兵卒だし)、べっこう飴食べ、踊りをし、花火を眺めるなど、一人でそれらをこなし、孤独にお祭りを満喫した彼は帰ろうとしていた。
 しかし、彼の足がピタッと止まる。
(会長だ……)
 それは十代にして、オンライントレードで一大財閥を築きあげ蒼空学園を設立し、現在の校長兼生徒会長となった御神楽 環菜である。彼女は蒼空学園に通う【魔剣の主】高根沢 理子と一緒に歩いていた。
 もちろん、陽太は環菜が来ている事は知っていた。M属性の強い彼にとって彼女は高嶺の花であり、彼は彼女の事を想っていた。しかし、もちろん彼女は超が付くほど陽太とは吊り合わない。奇跡でも起こらない限り、彼はそう考えていた。そして、いつものように彼女は陽太の前を素通りしていく。
(はぁ……やっぱり、奇跡なんて起きないんだ……帰ろう……)
 陽太は肩を落とすと帰ろうとする。その時だった!? 彼女が振り返りこちらを見たのだ。
「えっ、えっ、あの、会長!? な、なんでございましょう!!?」
 陽太は慌てふためいたが、環菜はこちらを見ていたわけではないようだ。陽太はそのとき初めて、後ろから大音量で流れる盆踊りの音楽に気が付いた。しかも、環菜は無表情で盆踊りを眺めた後、こちらを見ているではないか? 呼吸と空気が固まる。このままでは格好悪い……悪すぎる。仕方なく、陽太はポケットに隠し持っていたヨレヨレのチケットを差し出しながら、声を張り上げたのだ。
「あ、あの、お、俺、へ、兵卒の影野 陽太です! もし、よろしければ会長。このチケットでお祭りを一緒に回ってくれませんか!!?」
「…………兵卒? 兵卒が私に声をかけるなんて、身の程知らずもいい事ね」
(だ、駄目だぁ……)
 彼女は冷たい反応だった。そして、二人は去っていく。変化、それは彼が望んだ事なのかもしれない――

 ――陽太の側で一枚の紙が落ちている。そして、そこにはこう書かれていた。
 よしつぎはあいつらにししよう。ぼくたちはなんてすごいさくせんをかんがえたのだろう。
 ちかづくぞ。ちかづくぞ。こわいだろう。