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桜井静香の冒険~出航~

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桜井静香の冒険~出航~

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「ムリだなぁ」
 姫野香苗はため息をついて身を翻した。
 コトワと亜璃珠の攻防を眺めながら、ロザリンドが加勢しに来たところで、もう勝ちは決まったようなものだ。隙を突いて入り込むことなどできそうにない。
 別に対象は静香に限った話ではないが、落ち着いてから出直した方が良さそうだ。
 開放的な気分になったお姉様と、恋人になれなくてもいい、せめて甘い「ひとなつのあばんちゅーる」を過ごしたかったのに。こんな気持ちのままで寂しい一夜を明かすことなんて……。
 どんな手を使ってでも、ベッドに辿り着いてやる。決意した彼女は、形勢を立て直すため、戦略的撤退でラウンジを訪れた。
 深夜のラウンジには流石に人影はほとんどない。
「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」
 考え込みながら手近なソファに座った香苗は、差し出されるままメニューに目を通す。夕飯は食べ終えたし、来るべき「初夜」に備えてカフェインでも摂取するかと考えていると、メニューに影が落ちた。吐息が耳をくすぐった。
「ここはコドモのくるところではなくてよ」
 顔を傾けると、すぐそこに銀色の瞳があった。一回りほど年上の、銀髪の妖艶なウェイトレス──ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)の唇が、香苗のほっぺたに今にもくっつきそうだ。
 素敵なお姉様との出会い(以上)を夢見る香苗に対し、ヴェロニカも、可愛らしい年下の子と戯れるべくこの船に乗り込んだ。利害は一致したと言える。ヴェロニカの方は、年下なら性別問わずではあったが。
「いい匂い……」
 思わずうっとり目を細める香苗に気をよくしたヴェロニカは、手伝いのフリをしながら、メニューを持つ手に指先を滑らせた。
「お姉様はいつお仕事が終わるんですか?」
「うふふ、気になる?」
「じらさないで香苗に教えてください……あんっ」
 甘い声を上げたかと思うと、香苗はぱったりと上半身を突っ伏した。続いて、ヴェロニカも折り重なるように倒れる。
 香苗とヴェロニカ、二人の首筋には二つの唇が寄せられており、それが離されたとき、赤い糸が引いて、白い指に絡め取られた。指はそのまま持ち主の舌先で舐め取られる。
「ご馳走が沢山ねぇ〜」
 ヴェロニカと入り交じった自身の銀髪を背中に追いやって、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は満足そうに喉を鳴らした。
「マスター、もう充分だよねぇ」
 オリヴィアにしなだれかかりながら、桐生 円(きりゅう・まどか)が甘ったるい声を出す。
「せっかくバカンスに来たんだから、もっと一緒に遊ぼうよ」
「まったく円っておこちゃまね。船がそんなに珍しいのぉ〜」
「それはお昼で堪能したのだよ。そうではなくてだね、ご馳走もいいけどそろそろ部屋に帰ってもふもふしようよ」
 快楽至上主義者の吸血鬼・オリヴィアは、夜を待って、あちらこちらの女生徒の血──彼女の言うところの“ご馳走”──を堪能していた。円もそれはそれでいいとしても、マスターが他の女の子にかかりっきりで、自分との時間がなくなってしまうのは本意ではない。
「ねぇ、ますたぁー」
「仕方がない娘ね。そんなに言うならぁ、そろそろ戻ろうかしらぁ」
 二人はまるで恋人同士のように腕を組み、ラウンジから出て行った。
 香苗とヴェロニカが倒れているのを他の従業員が気付いたのは、その後のことである。

「お師匠様、お師匠様ー……おししょうさまー」
 広くもない部屋、ぐるりと見渡すまでもない。どこにも幻奘の姿と気配がないことを確認して、
「……ああ……行ったでござるか」
 風間 光太郎(かざま・こうたろう)は何だか知らないけどきっと問題行動を起こしている筈の師匠を思い、自分も出掛けることにした。
 目指すは、お宝の計画書がある部屋。
 乗船時はただの観光旅行のつもりだったが、どうやら目的地の無人島には“お宝”があるかもしれないという。
 光太郎は、一人前の忍者になることを当面の目標にしている。将来の夢は流派の確立だ。“お宝”を手に入れたいのも、忍者修行の一環としてだった。
 案の定、女子の客室の方向からはばたばたと物音が聞こえてくる。
「拙者はこの隙に仕事をさせてもらうでござる」
 “光学迷彩”で姿を消し、従業員用の部屋があるフロアに行く。廊下には二本のポールの間にロープが渡してあり、従業員以外立ち入り禁止の札がかかっていたが、それをまたいで通る。
 しかし、どこにどの従業員の部屋があり、詳しい資料があるのか。それぞれのドアの前にはプレートが張ってあり、リネン室だとか、控え室だとか書いてはあるが。まさか従業員の寝室ではないだろう。しかもそんなに長い間姿を消してはいられない……せいぜい数分がいいところだ。
 光太郎は一つ、勘違いをしていた。
 観光会社側の目的が、お宝探しではない。あくまでフェルナンが宝探しに行くのであって、足りない人手を従業員で多少賄おうと思っていただけだ。それも光太郎がお宝入手を他人に先駆けてやりたい、と思ったように、フェルナンも計画の詳細を観光会社に詳しく明かしたりもしていないのだった。