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第三章 ショッピングセンターでお買い物

 ほんのりと香る甘い香水の香り。
 タイトなAラインのロングスカートのスリットから、白い足が見え、ヒール付きのサンダルが、その足の綺麗さをさらに際立たせている。
 ハンドバッグなどの小物も上品で、ノースリーブニットを着たその女性は、すでにたくさんの経験を積んだ女性にしか見えなかった。
 しかし、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は今まで恋をしたことのない少女であり、正直もてたことがなかった。
 ガートルードを見る人は十中八九「もてたことがない」と言っても「嘘だー」と言うだろうが、今日のデートも初めてのデートなのだ。
 異性とのデートを一度はしてみたい、と思い、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)とのデートとなったのである。
「やあ、来てくれてありがとう〜」
 待ち合わせのカフェで、カフェモカを飲んで待っていた弥十郎が、ガートルードの姿を見つけて、手を振った。
 弥十郎はジーンズとシャツ姿で、今日は珍しく髪をおろしていた。
 口調はのんびりだが、ちょっとそわそわしていたらしく、緊張して寝つきが悪かったのか、少しだけ目元にクマが出来ていた。
「いいえ。ごめんなさい、早めに来てたのだけど、ちょっと周辺を見ていたもので」
 ガートルードはそう挨拶を返し、二人はカフェで少し話をすると立ち上がった。
「では、行きましょうか」
 色気のある微笑みを浮かべ、ガートルードが弥十郎の腕を取って組む。
 デート経験のないガートルードだが、キャバクラでバイトをしているため、そういうことに無意識に慣れているのだ。
「ん?」
 腕を組まれた弥十郎はガートルードの方を見上げ、小さく微笑んだ。
「それじゃ、行こうか〜」
 ポンポンと弥十郎がガートルードの髪を撫でると、ガートルードは「はい」とちょっと子供っぽい笑みを見せたのだった。

 薔薇を1353本まで数えてやっと眠れたという弥十郎だったが、買い物に入ると、俄然、元気が出た。
「こういう柔らかい感じのカーディガンも似合うと思うよ〜?」
「そうですね、秋冬はロングカーデがマストアイテムですから。試着してみますね」
 合わせやすい色を選んでくれた弥十郎に感謝しつつ、ガートルードはそれを着てみた。
 普段に比べてふんわりとした印象のガートルードが出来上がり、弥十郎は笑みを見せた。
「かわいいよぉ」
「かわいい、ですか。ありがとうございます」
 美しい、綺麗だ、に比べて言われ慣れない言葉に、ガートルードが少し照れの混じった微笑みを見せる。
 弥十郎は自分の服もガートルードに見立ててもらい、その後、少しだけ別行動をして、オープンテラスのカフェに行った。
「ケーキは何がいい〜?」
 2人で取り分けて食べるように、ピッツァとサラダを頼んだ後、弥十郎はデザートメニューを見せた。
「……いいんですか?」
「もちろんだよぉ」
 弥十郎に勧められ、ガートルードはケーキも頼んだ。
 のんびりと話しながら食事取り、弥十郎は最後にケーキを食べながら、ガートルードにピアスをプレゼントした。
「今日の記念にってところかなあ」
「あ……」
 ちょっと可愛い感じのデザインに、ガートルードは笑みを見せた。
「私がこういう印象に見えるのですね」
「ん?」
「いいえ、ありがとうございます」
 ガートルードは弥十郎のプレゼントを感謝して受け取るのだった。

                ★

 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)樹月 刀真(きづき・とうま)は互いのパートナー、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を連れて、ダブルデートをしていた。
「刀真以外と一緒に歩くの、初めて」
 月夜はベアの腕を取り、腕を組んで歩いた。
「そ、そうか。自分も初めてだ」
 ベアはちょっと緊張気味に応える。
 肘に月夜の胸がちょっと当たっているのだが、ベアはそれを口に出して離れるべきなのかどうか悩んでいた。
「……嬉しくない?」
 不思議そうな月夜にベアは慌てて首を振る。
「い、いや……どうして腕を組むのかと」
「本に書いてあったから」
 蒼空学園の図書館と、イルミンスールの大図書館に通っている月夜らしい答えが返ってくる。
「そ、そうか。本にか」
 そう返事をするベアはいつものベアでは無い。
 いつもなら「マナ! いつも道りでいくぞ!」とパワフルなベアだが、今日は普段のようにツッコミをしてくれるマナが相手では無いせいか、あるいはデートなためか、非常にぎこちがなかった。
「つ、月夜はどこに行きたい?」
「本屋」
 ベアの問いにそう答えて、月夜はベアと共に本屋さんに行った。

 一方、刀真はマナと二人でショッピングセンターを回っていた。
「あ、きゃっ!」
「大丈夫ですか、マナ」
 ミュールで躓きかけたマナを刀真がさっと抱きとめる。
「あ、ありがとう……」
 照れるマナの手を取り、刀真が微笑む。
(キレイな手だなあ……)
 マナがそんなことを思っていると、刀真がマナの手を引いた。
「え、あの……」
「また躓くといけませんからね」
 手を繋いで歩いてくれる刀真にちょっと緊張しながら、マナは付いて行った。
 刀真は途中でレディスのフロアに寄り、服を一揃え、マナに着てみるように提案した。
「え、試着?」
 驚きながらもマナは勧められるままに服を試着した。
 ブルーのティアードタンクワンピースに黒のライダーズジャケット、それに黒を基調としたスタイリッシュなミュール。
 黒のつば広帽子とタイガーアイのペンダントまでついてトータルコーディネートされたそれを、マナはおずおずという感じで着て出てきた。
「うん、似合ってますよ可愛いです」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、これを」
 店員さんに支払いをお願いする刀真を見て、マナが慌てて止めた。
「い、いいですよ、こんなにたくさん買ってもらえないわ!」
「たくさんってほどでもないですよ。記念と思ってもらってください」
「え、ええと。それならこれだけで……」
 マナは刀真を何とか止め、ペンダントだけをもらった。

 その後、四人は合流し、ベアが情報を集めて選んでおいた人気のカフェに行った。
「お待たせましたっ、お嬢様。チョコパフェとコーヒーです」
 ベアが月夜にチョコパフェとコーヒーを持って来てあげて、執事風の仕草でそれを差し出す。
「ありがとう」
 普段冷静な月夜だが、うれしそうに笑みをこぼす。
「ごめんねー、馬鹿熊のことだから食べ物のことばっかりだったでしょ、デートも!」
「ううん、美味しいもの探しにも行ったけど、本屋さんにも行ったのよ」
「馬鹿熊が……本……?」
 ものすごく意外そうな顔で、マナがベアを見る。
「マナの方はどうだったんだよ」
 その言葉にマナはパッと笑顔を見せる。
「それがねー、刀真さんすっごい紳士的だったの。ペンダントも買ってもらっちゃったし。誰かさんの愚痴もいっぱい聞いてもらっちゃたし!」
「へえ、それはおつかれ、刀真」
「いえ、全然疲れてなんていませんよ。マナさんとのデートは楽しかったですし。それに君ともこうやって話したかったですし」
「馬鹿熊と?」
 マナの問いに刀真が頷く。
「ベア・ヘルロットは強い……ですが俺はその先を行かせて貰います」
 挑発的な笑みを浮かべる刀真に、ベアは首を傾げる。
「先も何も特にない気もするが……何か気に障ったとか?」
「いいえ、好敵手として気に入っているだけです」
 ブラックのアイスコーヒーを飲み、刀真は挑発的な笑みを収める。
「もちろん友人としても好きですよ……変な想像をしないように」
「しないわよね。今日のデート相手は私はわけだし。はい、あーん」
 月夜がパフェのクリームをスプーンで差し出しベアに食べさせ、小さく微笑むのだった。

                ★

 カップルたちがデートをする中、異色の集団がいた。
 島村 幸(しまむら・さち)率いる【さっちゃんと愉快な子猫ちゃん達】である。
「ふっふっふっふ」
 その日、幸は燃えていた。
 蒼空学園で東條 カガチ(とうじょう・かがち)たちと集まっていた時、彼らが幸に禁句を言ったのだ。
 そのため今日は【罰ゲーム】としてショッピングセンターに集まることになっていた。 
「せんぱーい!」
 一番最初に待ち合わせ場所に来たのは鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)だった。
 しかし、その途端、ハイヒールで思いっきり踏まれた。
「先輩? 一体誰のことを呼んでいるんでしょうかね」
「あ、う、だから……」
 今だけだ今だけ、と心に言い聞かせ、虚雲が小声で呟く。
「ごご、ごしゅじんさまのことだ」
 ハイヒールがもう一撃。
「女王様とお呼び!」
「ご、ごめんなさい、女王様……」
 痛みに涙目になりながら、虚雲が謝る。
 次に来たのはにみ てる(にみ・てる)だった。
「姐さんー」
「良く来ましたね、にみ」
「なんで、にみさんはOKなの!?」
 虚雲が不満そうだったが、幸がそれに答える前に、カガチがやってきた。
「お〜」
 到着するなり、カガチは前髪に隠れがちな金の瞳を幸に向け、マジマジとその姿を見た。
 今日の幸を見たら、蒼空学園の生徒たちは驚くに違いない。
 いつもは蒼空学園の男子制服の上に、白衣風の自作服を着用し、独特のファッションで蒼空学園の中でも屈指のカッコ良さを誇る幸が、今日はお化粧をして、黒のニーソックスをハイヒールに合わせ、黒いゴシックロリータの服を着ているのだから。
「な、なんだ?」
「いやね」
 居心地が良くなさそうな幸に、カガチはじっと見たまま感心したように言った。
「そういうセクシーな服も似合うんだなあ……ちょっと胸惜しいけど」
 ピシッ。
「あ……空気が割れる音が……」
 てるが解説したとおり、幸の周りの空気が凍って割れる。
 その様子に気づいた虚雲が慌てて、フォローに入った。
「そういう格好をしてると誰もAAカップだなんて思いませんよ!」
 ピシッ、ピシッ。
「さらに割れる音が……」
 恐る恐るてるが幸の様子を窺うと、幸がいつものような恐ろしい顔を浮かべていた。
「……ガートナが女の子らしい服と言えばコレだよ、と言ってくれたのを、良くもバカにしてくれましたね?」
「い、いや、そういうんじゃなくて……」
「ガートナのセンスのことは言っていない。さっちゃんの胸のことを言っただけで」
 虚雲が言い訳をしようとしたのを、カガチが見事に壊す。
「ふっふふふふふ」
 幸の笑いがいつもの笑いに近くなり、眼鏡の奥の目が光る。
「1度ならずも2度までもとことん懲りてないようですね。イケナイ子猫ちゃん達にはお仕置きしないと……ふふふっ」
 キランと眼鏡が光り、さちはてるに命じた。
「にみ、獣耳を!」
「了解!」
 てるが強力接着剤を手に持って、虚雲に迫る。
「や、やだぞ。獣耳とか……」
「耳だけじゃなくて尻尾もな」
 逃げようとする虚雲をカガチが笑いながら抑える。
「嫌だ! 断固拒否だ! 全力で反対だ! ここはショッピングセンターだぞ!」
「だから?」
「今日は休日なんだぞ! 蒼空学園の生徒も、知り合いも友人もいっぱいいるかもしれないんだぞ!?」
 虚雲の予想通り、この日、たくさんの友人知人がショッピングセンターに来ていた。
 しかし、幸はまったく動じない様子で微笑を浮かべた。
「鈴倉」
「な、なに、先輩」
「クラスメイトや友人がいるから、獣耳をやらないんじゃなくてね」
「う、うん」
「いるからやるんですよ」
「ぎゃーーー!」
 虚雲の悲鳴が響くが、幸はまったく気にしない。
「女王様とお呼びって言ったのも破ったから、うーーんとしっかりつけてあげるといいですよ」
「OK、幸姐さん」
 容赦なく迫るてるに、虚雲は哀願する。
「た、助けて、東條サン、にみさん! 猫耳は……」
「分かった。キョンの希望を入れてやろう」
 
 そして、数分後。
「うっうっ……」
 涙目のハムスター耳、ハムスター尻尾の虚雲。
 ネコミミ尻尾のカガチ。
 が出来あがっていた。
 水色のシャツに黒の上着を羽織り、ジーパンと合わせてカジュアルながらおしゃれな格好をしてきた虚雲の格好も、獣耳で台無しである。
「なんで、東條サンまでつけてるの?」
「今日はさっちゃんのために来てるわけだし。さっちゃんの地雷を踏んだので、素直に付けてみたのさ〜」
 カガチはそう答えながら、鏡になっている壁に自分を映して首を傾げた。
「うーん……これはちょっと……」
「そ、そうだろ、ショッピングセンターで獣耳としっぽ付けるとか……」
「俺、黒髪だから、あんまり黒い猫耳って目立たないなぁ〜。選択ミスだ」
「気にするのそっち!?」
 虚雲は突っ込むが、カガチはまったく獣耳の方は気にしていないらしい。
「今日の主役はさっちゃんだしねえ。女性であるさっちゃんをエスコートするのだから、さっちゃんの希望優先じゃないかい?」
「あ、いや、そう言われるとそうなんだけど……」
「さーて、それじゃ用意はバッチリみたいですね!」
 幸は全員の前に立ち、ピシッと指を前に向けた。
「それでは行きましょうか。ショッピングセンター制覇の旅へ!」

「もう……もう学校に行けない」
 カフェに入り、ハムスター耳の虚雲がさめざめと泣く。
「セレナードには会っちゃうし、藍澤さんとかイリーナさんにも会っちゃうし……他校の人にまで広まる……」
「たくさんの人に会えて良かったですね。禁句を言った罰ゲームがしっかりとできました」
 さめざめと泣く虚雲を見て、幸はとても満足そうだ。
「楽しめたかい、さっちゃん」
 幸の買った物を運んでいたカガチが、カフェが用意してくれた荷物置きにそれを入れながら尋ねる。
「ええ、満足ですよ。とても楽しい一日でした」
「そりゃ良かった」
「カガチが調べておいてくれた、このお店もとても好みですよ」
「そう言ってもらえると、調べた甲斐があるねぇ」
 猫尻尾を微妙にずらしつつ、カガチが座り、安堵と喜びの混じった笑みを顔に浮かべた。
「あれ、キョン何買ったの?」
「あ、いや、これは……」
「紅へのお土産か。アロマ用の小物ね。俺もグレーテルに何か買っていこうかな」
「そ、そんなんじゃないってば!」
 てるにパートナーへのお土産を見つかってしまい、虚雲が慌てる。
「ふうん、そんなものを買ったのですか」
「ご、ごめんなさい。今日は女王様のお買いもので、にみさんも東條サンもちゃんと荷物持ちしてたのに……」
「別にそれくらいいいですよ。私もガートナにお土産買いますし」
「さすが姐さん男らしい」
 パリンッ。
 てるが褒めた途端、今日一番、空気が凍って割れる音がした。
「…………にみ」
「は、はい」
「獣耳と尻尾って揃ってなくてもいいと思うんですよ」
「どういう……意味?」
「すぐに分かります」

 ショッピングセンターの前に一人のセクシーな服装の女性と3人の動物耳たち。
「はい、ここでいいかな、撮る場所は」
 真紅のチャイナドレスを身に纏い、バニーガールの耳と馬の尻尾をつけられたてるが記念写真の場所を決める。
「そうですね。では撮るとしましょうか」
 セルフタイマーを準備して、幸が小走りに皆に走り寄る。
「鈴倉、カガチ、にみ。目線あっちでスマイル〜!」
「はいはい、ちゃんと映ろうねぇ」
 てるの後ろに隠れようとした虚雲をカガチが引っ張り出し、てるがしっかりと抑えて撮影。
 思い出の一枚になったのだった。

                ★


 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)はその日、町はずれの神社に向かった。
 待ち合わせをしている御影 月奈(みかげ・るな)御影 春華(みかげ・はるか)御影 春菜(みかげ・はるな)を迎えに行くためだ。
「こういうのを家族サービス……いや、兄妹サービスというんですかね」
 そんなことを呟きながら、ウィングは待ち合わせ場所に行った。
 待ち合わせ場所の神社は様々なご利益があったが、女王を祭ってはいないため、シャンバラ人の参拝はない。
 そのため、月奈は観光名所になって人がたくさん来てくれるといいなと思っていた。
「ルシアン、お留守番をお願いいたしますね」
 月奈はそうお願いし、春華と春菜と共に、ウィングにくっついてショッピングセンターに向かった。
 みんな幼馴染、と表面上は言っているが、これは形式的なもので、実際には本当の兄妹のように育った。
 出自不明な孤児であったウィングを、春菜たちの父親、御影源次郎が引き取ったのが、関係のきっかけだった。
 ただ、引き取られたといっても、養子にはなっておらず、そのため、パッと説明できないような複雑な状態になっていた。
 ともあれ、複雑とはいえ、『一緒に育った仲』であるのは間違いなく、ウィングはみんなを妹として可愛がっていた。
 だから今日は妹たちにショッピングをすると共に、町を案内できたらなと思っていたのだ。
「おや……?」
 何を見せてあげて、どこに行こうかなと考え込んでいたウィングは、自分のそばに月奈しかいないのに気づき、足を止めた。
「月奈だけ……ですか? 春華や春菜は?」
「そ、それが私が気づいたときにはいなくって……」
 ウィングに質問され、月奈はおろおろしながら答える。
 実は月奈もウィングに見とれていて、あまり周りを注意していなかったのだ。
「……探しましょう」
「え?」
「何かあったのだとしたら大変です。探さないと」
 ウィングの真剣な様子を見て、陰から見守っていた春華がしまったという顔をする。
「おねーちゃん、ちょっとまずいよ!」
「困りますねぇ……もう……」
 春菜は小さくため息をつく。
 道行くカップルを見て、せっかく二人っきりにしたらどうなるかと思ったのに……と春菜は考えこみ、そして、ふと、あることを思いついて、春華に指示した。
「電話してくださいな〜電話」
「う、うん!」
 春菜の指示を受け、春華はウィングに電話する。
「どうしたんですか。急にいなくなって」
 心配そうなウィングの声に申し訳ないと思いつつ、春華は姉の作戦指示通り、翼に偽の事情を説明した。
「実はね、学校のお友達に会っちゃったんだ! 悪いんだけど、お友達と一緒に回るね」
「そうですか。でも、今日はできればみんなで一緒に……」
「あああっと。電波が悪いみたい。ごめんねー」
 春華は電波が悪い振りをして、ぶちっと携帯を切った。
 それを見て、春菜が双子の妹を褒める。
「今の演技、自然で良かったですわぁ」
「ありがとう、おねーちゃん!」
 2人は笑いあい、こっそりとウィングと月奈の後をつけることにした。

 変装をした春華と春菜がデバガメ……もとい見守っているとも気づかず、ウィングと月奈はショッピングセンターで買い物を続けた。
「地上ではショッピングセンターとか行ったことなかったけど、こっちへ来てからは買い物に行くようになったのですよ♪」
 月奈は楽しげにそう言って、ウィングをレディスのフロアへと誘った。
「これ、似合いますか?」
「ええ、可愛いですよ」
 そんな感じで二人の買い物は進んで行き、ウィングはアクセサリー店で小さな指輪を見た。
「これは可愛いですね。これなら3人でつけられる」
「3人は……寂しいかと思います」
「え?」
「だって兄さまが入らないじゃないですか」
 月奈はそう言ってニコッと笑った。
「みんなで一緒のものをいつか付けましょう、みんなでね」
 ここにいない姉妹たちのことも思い、月奈は優しくそう言ったのだった。

                ★

「どうしちゃったの?」
 飼い主のヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)の暗い顔を見て、ティータ・アルグレッサ(てぃーた・あるぐれっさ)は不思議そうに尋ねた。
「え……?」
 鏡の前でぼんやりとしていたヴェルチェはティータに声をかけられて、ハッとしたように振り向く。
「何か心配事ぉ? オジサンと出かけるお金がないとかぁ?」
「お金ならあるわよ。別の男から詐欺ったのがね」
 ヴェルチェは赤サギ……つまり結婚詐欺師なのだ。
 華奢ながら男の目を引く大きな胸と、可愛らしくも色っぽくもなるその美貌で、数々の男を騙してきた。いや、現在進行形で騙している。
 しかし……。
「ダーリンと会いに行ってくるわね♪」
 真紅の口紅を塗り終えたヴェルチェは、アイシャドウや眉の濃さをチェックしつつ、紅い雫の耳飾をつけて、笑顔を浮かべた。
 先ほどまでのぼんやりとしたヴェルチェはいなくなり、明るいヴェルチェだ。
「…………」
 それでも何かを感じたティータはこっそりとヴェルチェの後ろをついて行った。

「はぁい、ダーリン。今日もカッコいいわね♪」
 待ち合わせしていたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)に会い、ヴェルチェは上機嫌で手を振る。
「やあ、ヴェルチェ。今日も素敵ですね。ラズベリーカラーのロングセーターが良く似合ってますよ」
 ルースが笑顔で褒めるのを、ヴェルチェは「もうダーリンったら♪」とうれしそうに聞く。
「さ、それじゃ行きましょ♪」
 ルースの腕に自分の腕を絡めて、手を繋ぎ、ヴェルチェは黒のショートパンツと黒スムースブーツに似合った軽快な歩調で、メンズのフロアに向かった。

「ありがとうございます、ヴェルチェ。こんなプレゼントまで頂いてしまって」
 買い物を終えた2人はカフェに入り、ゆっくりとお互いの買い物を振り返った。
「ダーリンの今日の服にも似合うと思うし、さっきメンズのフロアであててみた服なんかにも似合うと思うわ」
 ダークブラウンのジーンズに黒のジャケットを着たルースに合わせた帽子。
 それがヴェルチェのプレゼントだった。
「そうですね、大切に使います」
 コーヒーで汚さないように帽子をしまいつつ、ルースは首を傾げた。
「ああいう若い人向けの服が、オレに似合いますかねえ……?」
「似合うわよぅ。あたしの目に、狂いはないわ♪」
 この日のデートのために、ヴェルチェは男性ファッション誌を読み漁り、勉強をしてきた。
 35歳のルースの実年齢より少し若い、今どきの服装をコーディネートしようとヴェルチェは張り切り、いろんな服をルースに試着させてみたのだ。
「あ、ねぇ、これなんか似合いそうじゃない? ていうか、うん。似合うわよ、きっと!」
 そんな調子でいろんな服を当てたり、着せたりして楽しみながら、ヴェルチェとルースはメンズのフロアを回った。
 ルースが服を買い、ヴェルチェがプレゼントの帽子を買うと、二人は宝石店に向かった。
 宝石店の店員さんを見て、ルースは笑顔を浮かべた。
「さすがは宝石店。店員さんも美しく……」
「あら、ダーリン、このブレスレット素敵じゃない?」
 どことなく薄いピンクのキャミソールから見える胸元を強調しつつ、ヴェルチェがルースの口説きを遮る。
「ああ、いいですね。ちょうどペアですし、出してもらってみましょうか」
 2人はペアのブレスレットを見て、二人に似合うものを探し、デートの記念にそれを購入した。
「さ、ダーリン、次はどこに行く?」
「あ、ヴェルチェ。ちょっと待ってください。レイや未沙や未羅たちに子供たちにお土産を買わないと……」
「そうね、みんなにお土産ね♪ それじゃ、あたしも……」
「いえ、ヴェルチェにもお土産をあげたいので、どうぞヴェルチェは化粧品でも見に行っててください」
「あらそう? じゃ、遠慮なく、お買い物してきちゃおうかしら♪」
 ヴェルチェは微笑みを浮かべて、化粧品エリアに向かった。
 その間に、ルースは少し高級なお菓子を各校に散らばる子供たちの人数分買い、そして、ヴェルチェがいないかを注意しながら、再び、ルースは宝石店に行き、ある物を買った。
 そして、今、カフェでヴェルチェと対面し、お互いお揃いのブレスレットをしながら……ルースはヴェルチェに美しい小箱を差し出した。
「実はプレゼントあるんです。良かったら受け取っていただけますか?」
「え、なあに、ダーリン♪」
 ウキウキしながら、ヴェルチェはその箱を開けた。
 そこに入っていたのは、ヴェルチェの誕生石の指輪だった。
「これ……」
「誕生石、合ってますよね。その……」
 気持ち的には婚約指輪のつもり、なルースだったが、それは言わずに何か他のことを言おうとして……。
「痛っ!?」
 飛んできた火の玉が当たり、言葉が止まった。
「い、今のは……」
「ダーリン大丈夫?」
 ヴェルチェは心配そうにルースに声をかけ、そして、ある一点をルースに気づかれないように睨んだ。
 そこには内緒で後を追ってきたティータの姿があった。
「あ、どうしよう。一人で化粧品を買ってる時に、こっそり電話して帰れって怒られたのに……」
 すごい目で睨んでくるヴェルチェを見て、ティータはこそこそと帰っていった。
 ティータが帰るまでじっと睨んでいたヴェルチェだったが、ルースが頭をさすりながら、ヴェルチェに声をかけた。
「ああ、大丈夫ですよ、ヴェルチェ」
「そう良かったわ、ダーリン♪」
 その後、2人はお茶を飲みほして、カフェを出た。
 2人で歩きながら、そっと、ヴェルチェがルースに体を寄せた。
「ずっと……笑顔であなたを見続けられたら……幸せよね♪」
 赤サギである自分を顧みて、ちょっと心の中で何かが動いたヴェルチェだったが、口にしたのは本心だった。
 何があっても今のままの関係を壊したくない。
 ヴェルチェはそう思っていたのだ。
「ずっと一緒ですよ、ヴェルチェ」
 ルースがヴェルチェの肩を抱く。
(イケるなら最後にホテルに行きたい……)
 そう狙っていたルースだったが、先ほどの火の玉の攻撃を思い出し、今日はそれは控えて紳士的にヴェルチェを送るのだった。


                ★

「さて、何の絵を描いてほしいですか? 日野さん」
 エルネスト・アンセルメ(えるねすと・あんせるめ)の言葉に日野 明(ひの・あきら)は迷いながら、バリスタのお姉さんに頼んだ。
「そ、それでは、猫さんをお願いします」
「はい、猫ですね」
 カフェラッテに猫が描かれ、明は「わぁ」とその技に感心する。
「それでは、シフォンケーキと共に頂くとしましょう。もし、飲み物をこぼしちゃいそうと不安なら、最初は雑誌から見るのがいいかもしれません」
「は、はい、ありがとうございます」
 明はブックカフェに来るのが初めてだったので、緊張していた。
 誘ったエルネストがそれを上手にフォローしつつ、明の緊張をほぐしていく。
「すみません、私、ドジなんで色々とご迷惑をかけてしまうかも……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。でも、せっかくの若葉色の素敵なワンピースが汚れないようにだけ気を付けてください」
「す、素敵だなんて……」
 ふんわり袖の明のワンピースを見ながら、エルネストが微笑む。
「橙色のベルベットのリボンも、深緑の靴も、可愛いですよ」
「ご、ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
 色を合わせてきた明は喜びながらも謝った。
 うっかり階段を上がるときに、裾の白いフリルを踏みかけたなんて言えない。
「どういたしまして。……と、ブックカフェの良い点は、大きな画集なんかも見られるところですね。何か探しに行きますか?」
「は、はい」
 誘われるままに、明はエルネストに付いて行った。
「わあ……」
 明の好きな伝記などもたくさん並んでいて目移りしてしまう。
 その中で、明は本棚の一番上にある『世界の雑貨』という本を見て、目を輝かせた。
「ん……んと」
 しかし、背のあまり高くない明は手が届かない。
 脚立を見つけ、それを使おうとしたとき、すっと明の頭上を越えて、手が伸びた。
「はい、どうぞ」
 『世界の雑貨』を取って渡してくれたエルネストを見て、明が頭を下げる。
「あ……すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
 可愛らしい雑貨の本を堪能し、大好きなシフォンケーキを食べた明だったが、本を読み終わった頃に、ふと、顔が曇った。
「今日はレーゼマンさんもお誘いしたのですが、断られてしまいました」
「おや、そうだったのですか?」
「こんなに楽しいなら一緒に来られたら良かったのに……残念だけど、お忙しい方ですから、仕方ないですよね」
 黒い瞳に寂しそうな色を浮かべる明を見て、エルネストは優しく声をかけた。
「レーゼマンさんは僕のことを気にしていたのかもです。別に僕は、ブックカフェに来た時に日野さんがこういうのが好きそうだなあと思ったから、誘っただけで、一緒に来るなとも、日野さんを誘うなとも、一言も言っていないんですけどね」
「……私と来たくなかったのでしょうか? そうですよね、私なんかの誘いなんて……ご迷惑だったのかもしれませんし……」
「そんなことはないですよ、日野さん。あなたとなんて、となるなら、あなたと来たかった僕はどうなりますか?」
「そ、そうですね、ごめんなさい、エルネストさん」
 慌てて謝る明を、エルネストはくすくす笑って見つめ、話を戻す。
「彼も本気で日野さんと……と思うなら、次に誘うでしょう。ただし」
「ただし」
「同時に友人としては、女の子なら誰でもいいと思っているならば、魔法でも打ち込むとしましょう」
 エルネストが微笑を浮かべて言ったので、明は冗談だと思って流したが、エルネストは割と本気だった。
 その後、夕方まで本を堪能した2人は、ブックカフェを後にし、食事をすることにした。
「オムライスお好きでしたよね。オムライスの専門店にでも行きましょうか?」
「はい」
「そうだ、ケチャップで絵を描くってありますよね。日野さん、ハートを描いてくださいますか?」
「ハート……ですか?」
 ちょっと驚いた明だったが、その反応を見て、エルネストが注文を変えた。
「おや、ああいうのの定番はハートかなと思ったのですが。それでは、太陽でもなんでもいいですよ」
「いいえ、お友達の頼みですから、書かせて頂きます!」
 気合いの入る明を、エルネストは楽しそうに見つめる。
「今日はとっても楽しかったですし、本当にありがとうございましたって思ってるから、だから、キレイに描きますね!」
「楽しみにしてますよ」
 2人はそのままオムライスの店に向かった。