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第九章 ショッピングが一番人気スポット

「わー、人気スポット調査だって。楽しそう!」
 ツァンダ商業組合が配ったチラシを受け取り、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は幼馴染みの沢渡 真言(さわたり・まこと)のところに駆け込んだ。
「調査……ですか」
 執事である真言は、のぞみとは逆にじっくりとチラシを読み、少し考えた。
「いつか現れる主のためにも世間の様子を知っておくのは良いことかもしれませんね」
「そうだよね、そうだよね!」
 真言の言葉にのぞみは同調するが、多分『デート』という文字は完全に抜けている。
(ま、仲が良い人同士で行くならきっといいでしょう)
 真言はそう解釈し、のぞみと行く約束をした。

 お出かけの日の真言は、いつもの執事服とイルミンスールの男子用ローブでは無く、スラックスとシャツにVネックニットを合わせた格好でのぞみと会った。
 のぞみのほうは白シャツとベストに乗馬パンツを合わせた服装だ。
「それじゃ、ショッピングセンターにGOGO!」
 元気に歩きだすのぞみを微笑んで見守りながら、真言は後を追う。
「雑貨屋さんとか行ってみませんか?」
 真言の提案はピッタリあたり、のぞみはおしゃれな文房具とかを喜んで見た。
「今回の調査対象の施設になっているだけあって、学生に優しい値段のものが多いですね」
 のぞみが可愛らしいシャーペンとかに気を取られている間に、真言はざっと店を見まわし、こう提案した。
「ツァンダ限定のものとかもあるようですね。ここでしか買えない、気軽に身につけられるもの……とかでしょうか?」
「そういうのなら、アクセサリーがいいな!」
 のぞみが元気に駆けだし、アクセサリー店を見に行く。
「あ、ちょっと待ってて、真言、向こうに行ってて!」
 そう頼まれ、真言はのぞみからちょっと離れた。
 何やらのぞみが一生懸命、ケースの中を見ているのを見て、真言はこっそりとあるものを購入した。
 
 買い物が終わると、二人はカフェに入り、のぞみはキラキラした目でメニューを見て、秋らしいメニューを指差した。
「あたし、モンブランパフェ!」
「では、私はコーヒーを……」
 そう注文しながら、真言は頭の中である計算をしていた。
(デートいう一連の流れを体験するという形でやってみましたが、これなら2、3千円で済むでしょうから、学生さん向けですかね。時と場合と物欲に負けるかにもよりますが、……)
 実際のデートをした事がない真言にとって、今回はのぞみとの親交を深めるだけでなく、疑似デート的な意味合いがあった。
「ねえねえ、どうしたの?」
 何か考えごとをしている真言の顔をのぞみが覗きこむ。
「あ、いえ……あれ、いつの間にそんな可愛い箱を……」
「えへへ、お土産用にクッキーを買ったんだ。小さい方の箱は……真言に」
「私に、ですか?」
 不思議そうに首を傾げながら、真言は受け取った箱を開けた。
 すると、そこには深い蒼色のガラスに赤い花の描かれたペンダントがキラキラとした光を放って納まっていた。
「小さな飾りだから、いつもの服にも邪魔にならないかなって思って」
「ありがとうございます、そこまで気を使ってくださって……」
 確かにいつもの真言の執事服に付けても邪魔にならず、かつおしゃれに見せてくれるようなデザインだった。
 真言の方も、先ほどアクセサリー店で買っておいたものを、のぞみにプレゼントした。
「わあ、お守りだね!」
 真言が渡したのは、きらきらと光る羽のようなお守りストラップだった。
 のぞみはそれをぎゅっと抱きしめるように大事そうに手の中に納め、そして、今日一番の笑顔を、真言に向けた。
「今日は素敵なお出かけをありがとう! いつか真言のご主人様になれるくらいの錦を、地元に飾っちゃうからね!」
 幼なじみのご主人様宣言にビックリとした真言だったが、優しい笑みをその表情に浮かべた。
「楽しみにしていますよ」
 それが真言からの答えだった。


                ★

「イリーナさーん!」
 待ち合わせ場所で手を振るクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)の姿を見て、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)はホッとした。
 私服で会うのは初めてだったので、互いにジーンズとシャツで服装が合っていて良かったと思ったからだ。
 2人はショッピングセンターに入り、アクセサリーを見に行きながら、オークスバレーでの話や学校での話をした。
 二人で話すのは珍しいとは言え、何度も行動を共にしているので、二人の話は弾んだ。
 そして、レディースのフロアに入ったとき、クライスがちょっと色っぽい服を指差した。
「イリーナさんも、たまにはこんな服着てみたらどうですか?」
 その言葉に、イリーナは少し困惑したような表情を浮かべた。
「クライスはこういう服が好みか?」
「似合うかなって思いまして」
「軍服以外の服は苦手だ。今日だって何を着ていいか迷って、早瀬やクリスに聞いて、しまいにレオンにまで聞いてやっと決まったんだ」
「そんなに悩んだんですか? でも、ちょっとうれしいです。それじゃ、洋服じゃなくて、CDショップにでも行きましょうか」
 クライスは店に入ると、イリーナにメタルのCDを勧めた。
「メタルもいいものですよー、今度聴いてみてください」
「ああ、クライスはメタル好きなのか」
 2人はその後、メンズのフロアを見たり、本屋を見たりしながら、ショッピングセンターを歩き回った。

「イリーナさん、クレープいりません?」
 歩き疲れた頃、クライスがクレープ屋を見つけて、イリーナをそう誘った。
「そうだな、少し休もうか」
 イリーナもそれに乗り、二人で並んでベンチに座って、クレープを食べた。将来の話や仲間の話をし、そして、何かを思い出したイリーナがクライスの右手を取った。
「そう言えば刻印の痕、痛んだりしないか?」
 刻印というのは鏖殺寺院の仕掛けた罠の話で、イリーナはその時、鏖殺寺院の手先にされ、クライスの右手の甲にキスをして、刻印をつけたのだ。
「え? はい、全然大丈夫ですよ。言われるまで忘れていたくらいです」
「そうか、それなら良かった。悪かったなとも思ってな。レオンはキスくらいで気にせんよってタイプだけど、クライスは手でも気にしそうだし」
「…………」
 心配するイリーナを、クライスは青い瞳でじっと見つめた。
 イリーナは先ほどから何度も、自分が右目である隻眼の相棒の名前を口にしている。
 そこに他意はなく、常に自分の口から彼の名前が出るのが、ごく自然であるかのように。
 その名前を口にする度に、クライスの心を揺さぶっていると気づかずに。
「……イリーナさん」
「ん? どうした、クライス」」
 クレープを食べ終えたイリーナが、包んでいた袋を几帳面に折りたたみながら、クライスを見る。
「イリーナさん、今日、僕が誘ったのが『デート』って分かってますか?」
「うん、分かってるぞ。レオンにも『楽しんでおいで』言われて来たし」
 その瞬間、まったく分かっていないイリーナの腕を、クライスがぐいっと引っ張った。
 可愛らしい外見からは想像できない強い力で。
 そして、クライスの唇がイリーナの唇に重なる。
 ……と遠目から見えるくらいまで顔を近づけて、クライスが動きを止めた。
「……わかってないよ。デートってのは……えてしてこういうことになりたいと思っている人が誘うんだよ、イリーナ……?」
 普段とは違う口調。普段とは違う呼び方。
 驚いてパッと体を引くイリーナを見て、クライスはいつもと同じようにくすくすと笑った。
「……って冗談ですよ。僕もそんな風に誘ったわけじゃないですし」
「あ、ああ……冗談か」
 まったく予期していなかった事態に困惑を隠せなかったイリーナは、少し安堵の表情を浮かべる。
 しかし、心臓のドキドキが止むのを禁じるかのように、クライスは普段と違う光を瞳に宿らせて、微笑んだ。
「けどまあ、一応、次からはそう思っていた方がいいですよ、イリーナさん?」
 複雑そうな表情をイリーナは浮かべる。
 困惑するイリーナをこれ以上いじめすぎないように、クライスは笑顔を浮かべた。
「それでは、次はどこに行きましょうかー?」
 いつもの調子に戻って、クライスはイリーナと再びショッピングセンターを回り始めた。

「今日は楽しかったですね、イリーナさん」
「あ、うん」
 ちょっと戸惑ったような顔で、イリーナが頷く。
 心に踏み込ませる人間をごく限るイリーナにとって、クライスは親友であり、今日も仲が良くなりたいと思ってるからこそ、二人で出かけるのをOKした。
 誘ってくれたのはうれしいと思ったから来たのだが……と悩むイリーナだったが、クライスはイリーナが困ってはいても嫌がってはいないということに気づいていた。
 唇が触れかけた時、イリーナは驚いて体を引きはしたが、嫌だとは言わなかった。
 戸惑っているのを『意識している』と取るならば、悪い反応では無いのだ。
「では、また今度『デート』しましょうね」
 クライスの言葉にイリーナは曖昧な表情を浮かべ、バイクのエンジンをかけた。
「それじゃ運動会ガンバってな。応援には行けないけど」
「はい、それじゃイリーナさん、また」
 バイクを走らせて、イリーナが教導団に帰っていった。
 

「だ、大胆だな……クライス殿」
 同じ薔薇の学舎であり、ライバルであるクライスのキス(に見える状況)を目撃した藍澤 黎(あいざわ・れい)は、思わずそんな言葉を口にした。
「そうだな……ショッピングセンターの、ど真ん中なんだが……」
 デート相手であるゴードン・リップルウッド(ごーどん・りっぷるうっど)もその様子を見たが、すぐに黎に視線を転じた。
「うらやましいか?」
「そ、そんなつもりは!」
 焦って否定する黎だったが、ゴードンはその手を取り、手の甲にキスをした。
 片思いの相手にキスをされ、黎は顔を赤くする。
「な、なにをっ!?」
「ふむ、嫌だったかね。それはすまなかった」
 謝るゴードンに聞こえないくらいの声で、照れた黎が言葉を口にする。
「……ゴードンのバカ」
 バカと言いながらその頬は赤く染まり、俯いていた。
 黎と共に戦場に立ったことのある人が見たら、その別人っぷりに驚くだろう。
 それくらい黎の態度は、片思いの乙女のようだった。
「はは、では行こうか」
 ゴードンに促され、黎は一緒に歩きだした。
 親子ほど年の差のあるゴードンに合うように、少しでも大人っぽく見えるように、黎は一週間悩んで服を決めた。
 シャツと落ち着いたトーンのベストとパンツ、バックルダブルブリムの帽子。
 釣り合っているかなと思って、ゴードンの方を見ると、第一ボタンを開けたYシャツから少しゴードンの肌が見えて、黎は顔を赤くした。
(……いいなあ)
 先ほどのクライスのキスを思い出し、黎は溜息を洩らして、慌てて首を振った。
(いつも忙しいゴードンがデートしてくれてるんだから……それ以上を望んじゃダメ)
「黎?」
「は、はい」
 ゴードンに声をかけられ、黎は驚いて顔を上げる。
「いや、黎は部屋に置くとしたら、どのソファが好みかね?」
 家具売り場に並ぶソファを指差され、黎は一つのソファを差す。
「……クッションが効いて寝そべれるのが好きです」
「ふむ……黎はそれがいいのか……わかった」
 腕組みしながら頷くゴードンを見て、黎の胸はときめいた。
(もしかして、いつか一緒に暮らす時のため……とか)
 そう妄想しかけて、その考えを黎は頭から振り落とした。
「どうした、黎」
「い、いや、なんでも……」
 自分の妄想を知られたくないと思った黎は恥ずかしそうに顔をそむけたが、その手をぎゅっと握られた。
「えっ!」
 驚いて黎が自分の手を見ると、ゴードンが手を繋いで自分を引っ張っていた。
「今日は具合が悪いようなのでな。危なくないように手を引こうかと」
「……ゴードン」
 黎は幸せな気持ちになりながら、手を引かれて一緒にジェラード店に行った。
 そして、約束通り、好物の洋梨ソルベをおごってもらい、黎はそれをスプーンですくって、まず、ゴードンに向けた。
「ん?」
 不思議そうに見るゴードンに、黎は笑顔で言った。
「あーん」
 その言葉にゴードンはちょっと目を見開いたが、パクリとソルベを口に入れた。
 いつもゴードンに翻弄されている黎はしてやったり、と思ったが、そのゴードンの顔が近づいてきて、黎の口のそばをペロリと舐めた。
「!?」
 驚いた黎が顔を真っ赤にして、ソルベを落としかける。
 ゴードンはソルベが落ちないように手を添えて笑った。
「な、なな、何を……」
「黎の口の端にソルベが付いていたのでな」
「つ、付いてるわけがないではないですか! 一口も食べてないのに」
「ふむ、では、錯覚かな」
 ニヤリと笑うゴードンを見て、黎は首筋まで真っ赤になる。
 ソルベが溶けてしまいそうなくらいに照れた黎だったが、なんとかソルベを食べ終わり、ゴードンにプレゼントを渡した。
「どうか我の代わりにこれを、ゴードンの傍に」
 プレゼントはカフスボタンだった。
 ブランド物ではないが重厚な燻し銀で猫の浮き彫りを施した品で、黎の趣味の良さが表れていた。
「大事にするよ、黎だと思ってな」
 ゴードンは黎に優しく微笑み、こう続けた。
「では、次に会ったときは、俺が黎に何かプレゼントするとしよう」

                ★

「この機会に色々と他の方の弱みを握れるかもしれませんね……フフフ」
 蒼空学園の支倉 遥(はせくら・はるか)は浮かれている生徒たちを激写しつつ、ショッピングセンターを歩いた。
「やっぱり空京が出来てから売り上げが落ちてるんですかね?」
「空京の方は賑わっていると聞くからな」
 遥のパートナーベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)がぎこちない様子で頷く。
 ぎこちないのには理由があり、ベアトリクスは今日はビジネスカジュアルに身を包み、ナチュラルメイクを施して、微妙に気合も入っていたのだ。
 遥は白のTシャツに都市迷彩柄のカーゴパンツといったラフな格好なのだが、ベアトリクスの方は素知らぬふりをしつつ、どこかで意識して出かけて来ているのだ。
「おやおや、バカップル発見。さっきは獣耳の集団を見ましたし、おもしろいですねえ、今日は」
「あ、本屋ではカメラはしまった方がいいかもしれないぞ。最近は勝手に雑誌を撮ったりしないように、と注意されるからな」
「ああ、そうですね」
 遥は素直に頷き、一度カメラをしまって、書店に入った。
 それから1時間後。
「……疲れました」
 広すぎる書店の中で、遥とベアトリクスははぐれてしまった。
 遥はベアトリクスを探すために書店の中を歩き回り、足が棒になってしまったのだ。
「すまない。その……ついウッカリと……」
「そう思うならば、休ませてください」
「休ませる?」
「休憩スペースに、ベンチがあったでしょう? そこで膝枕をして、休ませてください」「ひ、膝枕ですか!? ……べ、別にいいですよ」
 引いたら負け、とでも思ったのか、ベアトリクスが妙に強気に頷く。
 しかし、遥に膝枕をしたベアトリクスは緊張のために硬直して動けなくなった。
「どうしました?」
「い、いえ……」
 見た目には女の子二人が、ちょっといきすぎた友情をしてくっついているように見える。
 ベアトリクスは人からの視線を受けて、ますます体を硬くした。
「そうですか」
 ちょっとだけ笑みを浮かべ、遥が目を閉じる。
 その無防備にも見える態度を見て、ベアトリクスはちょっとドキッとした。
「はる……」
 ベアトリクスが小声でパートナーの名を呼ぼうとしたとき、そこに元気な声がかかった。
「兄者、姉者!」
 遥とベアトリクスをそう呼んだのは、御厨 縁(みくりや・えにし)だった。
 サラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)と共にやってきた縁は、空気を読まず、遥の手を引っ張った。
「ゲームセンターにかっぱのぬいぐるみがあったのじゃ! 兄者に取って欲しいのじゃ!」
「あ、あの……」
「どうしたのじゃ、姉者。姉者も来るのじゃ!」
 まったく雰囲気というものに気づかず、縁がベアトリクスも誘う。
「行こう行こう!」
 遥の右腕を縁が取ると、逆の腕をサラスが取った。
「さ、デートデート! 恋人気分というの味わってみたいのじゃ!」
「デート? ……ファームウェアのアップデートのことなのかな?」
 ひとまず遥と過去に一世を風靡したエアホッケーで対戦しようかな、と思ったサラスだったが、ベアトリクスの表情を見て、何かを悟り、ぼそっと言った。
「……隙を見て、解放してあげるよ」
 褐色の肌の機晶姫は、残念そうなベアトリクスを気遣ったのだった。