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リアクション
第五章 一つの決着
■ゴアドー島 地下通路 ???地点
「……少なくとも、二人はこの封印の解除に関わった者がいるわけだ」
天音は、やはり微笑を浮かべたまま言った。
この部屋で見た『記録』と『日記』からの推測だ。
九弓達は目当てのものを見つけ、さっさと此処から出て行ってしまっていた。
「今回の事件に、か?」
ブルーズが片目をやや顰めながら天音の方を見やり。
「一人は……星槍の巫女だとして、もう一人は?」
「寺院の誰かだろうね。彼らに封印は解かれてしまったのだから――『彼』か、この日記を書いた者のどちらかが関わっている筈だよ。そうだろう?」
「なるほど……しかし、だとすれば」
「今回の騒ぎは、エメネアを大怪獣から開放する為に仕組まれた事――かもしれない」
「学生達にゴアドーを殲滅させようとしているということか」
ブルーズが幾度か薄く頷きながら言う。
「でも……」
と、天音は口元を指で撫でて、少し考えるようにしながら続けた。
「それにしては、こちらへ与えられていたヒントが少な過ぎるんだよね」
細めた視線が巡った先にあったのは、九弓達が見つけた”方法”の情報。
■蒼空学園
「頼まれてた件」
ファティマ・シャウワール(ふぁてぃま・しゃうわーる)は蒼空学園の図書館脇のベンチに腰掛けたまま、携帯電話を肩に挟んだ。
足を組み、鞄からメモ帳と、一冊の本を取り出しながら電話の向こうの相手との話を続ける。
「イルミンスールの大図書館を使おうと思ったけど、あそこは”実力”に見合った本しか見れないから――そう、だから、蒼学の図書館で……――あながち馬鹿にしたものでも無いわよ?」
穏やかな日差しを受けた木々が風にさらさらと揺らされて、涼やかな音を鳴らしていた。
ファティマは、本を傍らに置き、メモ帳を開きながら続ける。
「まず、5000年前のゴアドー事件について調べたんだけど……これがサッパリで。……ええ、そういう事件があった、ってくらいしか情報が無かった。でも、ゴアドー島についての記述は幾つか見つけられたわ」
何人かの生徒がおしゃべりをしながら目の前を通り過ぎていく。
「封印されたゴアドーを神聖視した人たちが神殿を訪れていたとか。ええ……そういった力には信仰が起こるものだしね。それで、怪獣としてのゴアドーではなく、神としてのゴアドーという線にアプローチを変えてみたの」
メモ帳を置いて、代わりに本を手に取る。
「見つけたのが、『神の力』という本。……私も、馬鹿馬鹿しいくらいにシンプルなタイトルだと思う。内容は、突然変異種の持つ力と、それらを信仰する人々や、利用しようとする人々の事で……その中に、グダク・ヴィ・シャという名前があった」
膝に置いた本は開かれており、ファティマの指が、その名前を滑る。
「詳しくは書かれてないけど、突然変異種の持つ力やカリスマの有用性を訴える人物として名前が拾われてるわ。……あなたの読み、半分当たりで半分外れってとこじゃない?」
◇
作り物の巨木とその向こうに連なるメルヘンな屋根の、遥か彼方にゴアドーの頭が揺れているのが見えた。
建設中のテーマパーク。
エドワード・ショウ(えどわーど・しょう)は電話の向こうのファティマに礼を言って、携帯を閉じた。
「――後は、本人から聞きましょうか」
■テーマパーク チーム【星槍奪還】
冷蔵庫の裏にあったのは、昇降機のシャフトだった。
昇降カゴはまだ稼動状態に無いらしく、地下階に留まった状態で天井に穴が開いている。
生徒達がそこを通って地下へ抜けていくと、あったのは地下搬入路だった。
おそらく、客の目に付かない表の施設の裏側に倉庫があり、そこから、この搬入路を通じてレストランに食材を運んでいるのだろう。
地下搬入路を倉庫方面へと抜けていく。
「そういえば聞いた事あるなぁ。こういうテーマパークって従業員用の通路が地下にあったりするんだって」
「この地下通路は一本道のようですから、食材を運ぶためだけの道なのですわね」
「スタッフ通路や、土産物の搬入は別ルート? 非効率ー」
「従業員の万引き対策、とか?」
「あー……なるほど。夢の国の裏側は色々大変だねぇ」
「ストップ」
和輝が短く言う。
全員が足を止めた先、通路には工事作業員と思われる格好をした男が倒れていた。
胸元が赤く染まっており、遠目に、もう息が無い事が分かる。
その通路の奥にあるのは、倉庫の入り口。
「――この服の意味は無くなりましたね」
言って、和輝は地上で手に入れていた作業員服を捨てた。
クレア達の方へと振り返る。
「今の内に。星槍を取り戻して逃げる際に、連中を足止め出来る罠が仕掛けられると良いんですけど」
「罠……ですか。これで、作れますでしょうか?」
クレアが、持っていたのは、作業用のロープの束だった。
「んー……これ、使おっか」
沙雪が通路の両端に収まっている大きな防火扉を、ココンと叩きながら言う。
◇
「っしゃーー!」
ミューレリアが倉庫の扉を蹴り開けて、【星槍奪還】チームが一気に倉庫へとなだれ込む。
居たのは、星槍を持ったグダクと銃を持った数人の魔術師だった。
広い倉庫だ。
両側がブロック分けされており、半分はフリーザーゾーンの予定らしく、透明なゴムカーテンが釣り下がっている。
奥には、荷物を地上から地下へ一気に運ぶための、トラクター一台分ほどの面積を持つ床面移動式エレベーターが設置されていた。
「ここで会ったが五千年目だよっ!」
ファルがずぱーんとグダクを指差し。
ミューレリアが倉庫扉を蹴っ飛ばしたその足を、床にズダンッと叩き打つ。
「神殿の正面通路を守っていた黒騎士は倒したぜ――お前らで私達に勝てるかな?」
ニィ、と挑発的な笑みを浮かべ、槍を腰溜めに構えて床を蹴る。
「なるほど? それは自信を持っていい」
グダクが奥のエレベーターへと向かいながら、
「貴様らで足止めをしろ――油断するなよ。ヴードを倒すほどの強敵だ」
生徒達の襲撃に慌てていた魔術師たちへと命じる。
「お前等の腐った根性、綺麗さっぱり掃除してやるぜ!」
ライゼのパワーブレスを受けながら、垂が光条兵器の鞭を構えながらグダクへと一直線に駆けていく。
後方の翡翠の弾丸がグダクの行く手を阻むように垂の傍らを滑っていく。
垂が、目の前に立ち塞がった魔術師を鞭で薙ぎ倒し、グダクへと更に距離を詰めようとする。
と――。
「クッ!」
垂の足元が氷術に捉えられる。
垂は、上半身だけで鞭をグダクへと振るった。
鞭の先が飛び退るグダクを掠める。
そして、垂達の目の前には銃を構えた魔術師達が飛び出してくる。
垂の横を抜けたクロスが前方の魔術師へと槍先を巡らせ、並び出た和輝が切っ先を閃かせた。
その間に、ファルが火術で垂の足元の氷の枷を溶かせ、メイスを構えた呼雪が、横を駆け抜けていくミューレリアへとパワーブレスを掛ける。
そこからは、ほぼ乱戦状態だった。
月夜にパワーブレスを受けた刀真が魔術師を斬り捨てながら、グダクを目指し、その後に美海が雷術を手元に構成しながら続く。
一方、沙雪は隠れ身を用いて美海達とは別の方向からグダクへと迫っていた。
美海がなるべくそちらから連中の意識を逸らすように雷術を放っていく。
そして、後方。
弾幕による援護を続ける翡翠へと、雷術を構えながら迫った魔術師へとセルフィーナの剣が滑る。
加えて、詩穂が魔術師へと鋭く踏み込んでいき――
「イイ声で鳴いてね――ご主人様」
強烈にサディスティックな笑みを口元に刻みながら、竹箒の仕込み刀を一閃させた。
「詩穂――また性格変わってますわ!」
戦闘の度に”そういう風”になるパートナーへと、一応、注意を呼びかけておくセルフィーナだった。
◇
ヴゥンと響いた機械音。
倉庫の奥で、グダクを乗せたコンテナ移動用の床移動式エレベーターが動き出す。
それと同時に、沙雪は物陰から飛び出した。
リターニングダガーでグダクの手元を狙いながら、星槍を狙う。
「――ッ!?」
が、グダクの手に握られた星槍を奪い返す事が出来ず。
逆に、槍の石突に腹を打ち据えられてグダクの前へと転がってしまう。
そして、沙雪を殺すために星槍を振り上げたグダクへと、美海の雷術が放たれる。
グダクに爆ぜる雷撃。
しかし、術の掛かりが悪い。
「クッ――沙雪さん、逃げて!!」
「沙幸様ッ」
ミルフィが沙雪を救おうと踏み出す、が。
「ミルフィ、下がって――」
有栖の言葉に、反射的に身を引く。
同時に。
「バニッシュ!!」
有栖の放った聖光の奔流がグダク達を巻き込んだ。
と――。
グダク達の呻きに混じって、小さく、風を切る音。
それは全く誰も意識していなかった方のコンテナの物陰から跳んでいた。
紐を結びつけたリターニングダガー。
それが、バニッシュに怯んだグダクの星槍に巻きつき――
「いっただき! パート2!!」
陽神 光(ひのかみ・ひかる)の手へと星槍を引き寄せる。
彼女は、沙雪と同じようにトレジャーセンスで大体の場所を掴み、奪還のタイミングを図っていたのだ。
そして、光は星槍を手に即座に出口の方へと転進した。
光を押さえ込もうとした魔術師や生徒達を、光の鬼眼が見貫く。
「大丈夫! 今度は、ちゃんとエメネアに届けるつもりだから!」
そうして生じた隙に、光はするすると全員の間を抜けて倉庫から地下通路へと抜けていってしまった。
一方。
光を追おうとしたグダクを、ミューレリア、刀真、美海が押し返していた。
ミューレリアが、己の槍を手にしたグダクの一撃を槍先で絡め受けながら、
「グダクは抑えるぜ! あんたらは星槍を追ってくれ!!」
叫ぶ。
同時に、槍を弾き合ってミューレリアはエレベーター床にたたらを踏んだ。
エレベーターはどんどんと上昇していく。
刀真の光条兵器がグダクの体を捉える寸前で、槍の柄に阻まれる。
「ゴアドーの封印が解けた時、エメネアが泣いたんだ」
槍に弾き飛ばされて空中に投げ出された刀真の手を沙幸が取って、床内へと引き寄せる。
と、同時に、床を蹴って、美海の火術を槍で斬り散らしたグダクの懐へと戻っていく。
「自分だけが悪いみたいに泣き出して、俺達に謝って――」
振り上げた光条兵器の手元をグダクの石突で弾かれる。
槍先の方はミューレリアの槍の切っ先を逸らしていた。
追って、刀真の背後から沙雪のリターニングダガーが飛ぶ。
グダクはダガーを避けるために後ろへと飛び退って、それを刀真が追う。
「アイツは5000年も独りで頑張ってきたんだ」
グダクの槍先を潜り抜けて斬り上げた光条兵器がグダクの黒い鎧を通る。
手応えは、半々。
「これから先はずっと皆と一緒に笑って過ごすんだよ」
死角からグダクの足が振り上げられて、腹を蹴り飛ばされる。
軽く浮いた体で体勢をなんとか取り直しながら、床に膝を擦りつつも、刀真は倒れずに切っ先をグダクへと向けた。
「星槍は取り戻す! 貴様はぶん殴る! ゴアドーは倒す! その後星槍ぶっ壊してエメネアは自由になる! それでハッピーエンドだ!!」
刀真が言って。
グダクは笑った。
「――5000年を経て、相変わらず哂える”感情”だ」
■テーマパーク 地下搬入路
光を追って地下搬入路を駆ける生徒達の最後尾は和輝だった。
「っと!」
和輝が床に伸びていたロープを思い切り引っ張る。
ロープの両端は防火扉の端につながれていて、一気に防火扉が閉められた。
向こうで、寺院の連中が防火扉を開こうとする気配。
それに合わせて、和輝は光条兵器を防火扉へと刺し入れた。
扉の向こうで悲鳴が聞こえる。
扉を開けようと近付いた者を、扉を透過した光条兵器が斬ったのだ。
地味ながら、中々の牽制になったようだが、それも長くは持たないのは分かる。
「シャフトを登っている所を狙われるのはマズイだろうな――ここは俺達で抑える。神楽坂、ガレット、浅葱、朝霧、エンブで星槍を追ってくれ」
呼雪が言う。
「分かりました」
「あ、翡翠さん」
クロスが翡翠の方へと唐辛子粉と胡椒の詰まったビニール袋を投げ、翡翠がそれを受け取る。
■テーマパーク地上 レストラン付近
地面が遠い。
「ぅぅ……」
すいかは震えていた。
「高所恐怖症の癖に無理するから」
隣でイーヴィが半眼を向ける。
「ぅぅ……お宝の為……怖くない怖くない」
二人が小型飛空艇に乗って身を潜めているのは、フリーフォールのてっぺんの影だった。
■テーマパーク 地下搬入路
「だーからー、ちゃんとエメネアに届けるって言ってるのにー!」
「信用出来るか!!」
地下搬入路を駆ける光を、垂の声と翡翠の射撃が追う。
光は、あらかじめ通路天井に仕掛けておいた石灰の袋へとリターニングダガーを投げつけた。
袋が破け、後方の通路に大量の石灰粉が蔓延する。
「こんな所で撃ったら粉塵爆発しちゃうからねっ!」
翡翠のアサルトカービンが、石灰が撒かれてからすぐに黙ったので相手も分かっているだろうが、光は一応、注意を呼びかけておいてからレストランへと通じるエレベーターカゴへと飛び込んだ。
天井の穴を抜けて、シャフトを登る。
下方のエレベーターカゴへと到達した足音達を背に、光はレストランの調理場へと転がり込んだ。
調理場からレストランフロアへと駆け抜け、レストランを飛び出る。
「レティナ!」
レストランの外では、パートナーのレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)が小型飛空艇を用意して待機していた。
「光ッ、他の皆さんは?」
「撃ってくる」
「え? ねえ、ちゃんと説明したんですか……?」
「した! つもり……だったけどー」
言いながら、光が小型飛空艇を起動させる。
「やっぱり、神殿での言動……でしょうか」
レティナが、はふっと溜め息を零し――
と、頭上から聞こえる飛空艇の音。
見上げれば、すいかとイーヴィが飛空艇で上空から一気に、光達の方へと駆け降りてきていた。
そして、すいかが星槍を狙ってリターニングダガーを放つ。
光が小型飛空艇を蹴って身を逃し、リターニングダガーが括り付けられた紐を引き伸ばしながら地面に刺さった。
そして、すいかへと返っていくダガー。
それと同時にレストランから、垂、翡翠、ミルフィが飛び出してくる。
ミルフィが胡椒と唐辛子粉入りのビニール袋を、光達の方へと投げつけて、翡翠がそれを撃ち抜いた。
「――っっ!?」
バッと散った胡椒と唐辛子粉に、光が怯んだ隙に、垂の光条兵器が光の手元を狙う。
光の手を離れて、宙に浮いた星槍へとすいかの放ったリターニングダガーの紐が光の持つ星槍へと絡みつく。
「あーーーっ!?」
ヒュゥ、と すいかの元へ飛ぶ星槍。
「チッ!!」
それを追った垂を、イーヴィが投げ放ったランスが牽制する。
そして、イーヴィは小型飛空艇のエンジンを高らかに響かせて、
「早く上昇ッ!」
と叫ぶ。
そういうフェイント。
すいかとイーヴィの小型飛空艇は超低空飛行で土産屋の路地に潜り込み、あっという間にセンターモールへと入り込んでしまった。
◇
センターモールを抜けた すいかを。
「――くぅっ!?」
雷術が襲う。
続けざまに二発。
小型飛空艇を操り切れずに、すいかはスピンしながら角材の積み重ねられた所へと突っ込んだ。
雷術の衝撃でピリピリと痙攣する瞼の向こうで、積まれていた角材が崩れては、己を打ち付けていく音が騒がしい。
「……っ、は」
飛空艇は何処かに手放してしまっていた。
ガラン、と崩れた角材の横に仰向けに倒れたまま動けない。
とん、と足音。
「ふぅん?」
空飛ぶ箒を降りたメニエス・レイン(めにえす・れいん)が近付いてきて、すいかの腹を柔らかく踏みつけながら目を細めた。
メニエスの後ろで辺りを見回していたパートナーのミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が、「メニエス様」と呼ぶ。
「持っていなかったようですね、星槍。恐らくは、モール内でパートナーへ渡し、分かれたのかと」
それを聞いて、メニエスは口端を揺らした。
「自ら囮になったというわけね。小賢しいこと」
「……してやったり、ですね」
すいかが、ふぅと息を付いてから言う。
メニエス達が上空で様子を伺っている事は分かっていた。そして、機を見て強襲してくるだろうという事も。
メニエスが薄く顎を上げ、暗く笑んでから手元の箒を回した。
「行くわよ、ミストラル――あれは、わたしのものだ」
一方。
イーヴィはセンターモール内の店の裏口から徒歩で抜けていた。
星槍は、包帯と、荒野で手に入れていた砂とでぐるぐると覆って、擬装させている。
とにかく急がず、自然に、何食わぬ顔でここを抜け出す事。
誰かに見つかっても、擬装した星槍はパッと見にはそれと気づかれない筈だ。
「――それを渡してもらおう」
筈だったんだけど。
「……”それ”って、どれの事かしら?」
イーヴィは目の前に現れた真紀とサイモンの方を見やりながら、一応、とぼけて見せた。
と――。
「持ち物は元の持ち主へ、ってな!」
どういったわけか、真紀達の後ろに、更にウィルネストまで現れる。
「話が通じるうちに大人しく返したほうがいいと思うんだけどなぁ?」
出来過ぎたその状況にイーヴィは眉根を寄せてしまいそうになったが、そこは堪えて肩を竦めてみせた。
「なんか勘違いしてるみたいだけど――私は、こっちの様子を見てくるように言われただけ」
言いながら、頭の中では星槍を使って、ここを切り抜ける算段を組み立てていく。
「星槍やグダクを追っているなら、私なんかに構ってても時間の無駄だと思うけど」
「すいません」
トン、と背中に当たったのはアサルトカービンの銃口。
「僕のパートナーが、あっこから全部見てたんです」
イーヴィが振り返ると、アサルトカービンを突きつけた義純が、もう片方の手に開いた携帯で、向こうのモニュメントの方を差し示していた。
◇
「あーーーー、悔しいッッ!!」
首に下げられた『私は悪いことをしました。ただいま反省中です』という札が揺れる。
陽気な笑顔のキャラクターの銅像が突き出した指の先で。
イーヴィは、サイモンによってロープで吊り下げられていた。
■
グダクは、室内型ライドアトラクションの中を歩いていた。
「……回収ポイントは変更だ」
口元の血を親指で拭って、携帯電話の向こうへと伝える。
ほのかな赤い明かりがコース周辺に溢れるキャラクター達をぼんやりと照らし出していた。
グダクは刀真達を退き、どうにか撒いたは良いが、既にほぼ満身創痍となっていた。
「そうだ――場所は、ウェストエリア。大樹のフェイクが建造されている辺りに来い。私は10分もあれば着く。星槍は私を回収の後――」
と、銃声が響く。
火薬のものでは無い。光条兵器の。
薄闇を光弾が走り、グダクの足を撃ち抜く。
「――ッ」
グダクは手元から携帯を取り落として、レールの上に膝を付いた。
「やっと見つけたぜ――これで、ようやく溜まった洗濯物が干せるってもんだ」
光条兵器の銃を構えた武尊が、赤色の明かりの中に姿を現す。
「さあ、跪け!! 命乞いをしろ!! そして、その物干し竿をオレに――ぁン?」
「……持ってませんね、星槍」
シーリルが武尊の後ろからグダクの様子を覗き、ぽつと零す。
「何処にやった?」
武尊は銃を構えたガツガツとグダクへ近付きながら問い掛ける。
グダクが槍を構えながら立ち上がり。
「星槍は持って行かれてしまった。急いで追った方が良いんじゃないか? 星槍を壊す、などと物騒な事を言っているのも居たぞ」
「星槍を持ってった奴の特徴を教えてもらおうか」
「気に入らないな。貴様は私を圧倒していると勘違いしているらしい」
「その傷でオレ達に勝てるつもりか?」
「手負いの獣、というだろう?」
◇
武尊から預かったアサルトカービンを手に、シーリルは戸惑っていた。
目の前では武尊とグダクが戦っている。
グダクを狙って、シーリルの持ったアサルトカービンの銃口が頼りなく揺れる。
武尊曰く、『狙って当たらないなら、適当に撃てば当たるかもしれない』との事。
(でも、それって――武尊さんにも当たるかもしれないという事ですよね……)
と――。
銃弾の雨が、シーリルの目の前の二人を掠めた。
「――え!?」
撃ったのはシーリルでは無い。
武尊達から離れた場所にある、やたらと巨大なキャラクターの横で。
「援護しますよ。逃げるのでしたら、こちらへどうぞ」
朱 黎明(しゅ・れいめい)がアサルカービンを構えながら、グダクを促す。
黎明の後ろには非常口のランプが覗いていた。
グダクが、そちらへと駆ける。
それを追おうとした武尊の足元へと黎明の銃撃が走り、武尊が牽制の光条銃を撃ち返した。
黎明は、光弾を肩に掠めながらも、グダクが非常口へ入っていったのを一瞥確認して、自身も非常口へと身を潜らせた。
◇
黎明はグダクへと退避ルートを指示しながら連なる幾つかの屋内施設を渡り――
「突き当たりを左へ。そこから連絡橋へ抜けられます」
グダクを連絡橋へと先に向かわせる。
そして、黎明は、追ってくる武尊へ牽制程度の銃撃を放ってから。
携帯を取り出し、
パートナーであるネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)の声を聞いた。
『黎明様』
「誘い込みました」
言いながら、グダクが施設間を空中で繋げる連絡橋を渡っていくのを確認する。
「――今」
一言。
それと同時に、連絡橋の方で爆発が起き、グダクを巻き込んだまま、瓦解した連絡橋は地上へと崩落していった。
■
瓦礫の中から這い出した半死半生のグダクの前に立ったのはエドワードだった。
「1人の女の子を――」
血を吐くグダクの傍らの瓦礫に腰を降ろす。
「5000年、誰ひとり訪れることもない孤島に縛り付けなければ機能しないシステム……なんとも残酷な話ですね」
ずるり、とグダクの体が瓦礫の間を這う。
「グダク・ヴィ・シャ」
エドワードの言った言葉に、グダクの体が止まった。
「最初――あなたの真の目的はエメネアをゴアドー封印システムという呪縛から解き放つことではないか、と考えていました」
「……随分と、センチメンタルな推測だな」
「神殿で『手紙』を見つけたんです。あなたに、たぶらかされた男が綴ったモノです。……彼はエメネアの開放を願い、あなたの提案に乗った」
「その後、エメネアを暗殺しようとした私に気付き、私に殺された」
「それから、あなたは?」
「間抜けな話だ。その男を殺した罪で幽閉され、寺院に拾われた」
遠く、ヘリの音。
向こうにある大樹の形をしたアトラクションの上空に大きなヘリが旋回している。
エドワードはそちらの方へと目を細め。
「本当に、”封印”という手段しか無かったのでしょうか?」
「……アレを”消滅”させてしまうなど、愚行だと思わんか?」
「5000年前、あなたがゴアドーを封印するように提案したんですね。……あなたは稀有な力を持つゴアドーを消滅させる事を惜しんだ」
「アレを神格化した連中はこぞって賛成したな」
「その事をエメネアは?」
「知らんだろうな。そもそも、そんな事情を知っている者など極わずかだ。それに、巫女は徹底的にゴアドーの封印の必要性を叩き込まれた筈だ」
「少女の境遇に対する罪悪感は?」
「皆無だ」
「あるのは”力”への信仰のみ、ですか?」
言ったのは黎明だった。
銃を片手に下げて、グダクとエドワードへと近づいて来る。
「しかし……冥土の土産というのは、確か、死に行く者へ手向けるモノだと思っていましたが」
「……死に行く先へは身軽な方が良いだろう――何故、私を裏切った? 黎明」
「気に入らないから、ですよ」
「同族嫌悪、か……私は親近感を覚えたクチだったが」
「冗談でしょう?」
黎明が肩を竦め。
「理屈があります。ゴアドーが復活した今、あなたはもう用済み。そして、ドージェ様以外の神を信仰するなど、許されない」
引き金は引かれ、グダクは死んだ。
「黎明様――」
近くの施設からネアが出てくる。
「彼らは?」
「星槍を追う、と」
「そうですか」
頷いて、黎明はエドワードの方を見やった。
「青年はどうするんです?」
「素直に見逃してくれるのであれば……色々とやりたい事もあるんですけどね」
エドワードは立ち上がり、リターニングダガーを抜き放ちながら。
こちらへ向けられた、黎明の銃口に笑いかけた。
■テーマパーク 中央の城 屋根上
「ヘリ?」
ジャニファーは、反射的に身を潜め、それから、こそりと改めて屋根の端から顔を覗かせて、空を行く大きなヘリを見やった。
双眼鏡を使ってヘリの方を見る。
「なんで、ホブゴブリンとか乗ってんだ? ――って、あれ、もしかして寺院のヘリ? そっか……寺院の連中、ここでヘリを待ってたんだ。ここなら電波もあるし……」
双眼鏡を傍らに置いて、ぽむっと両手を打つ。
それから、携帯を取り出して、義純達への連絡メールを打ち始め――
「なるほど。妙な所に人が居ると思えば」
「こういう事でしたのね」
「……え?」
ジェニファーの両脇に、メニエスとミストラルがそれぞれ降り立ち。
「それ、貸してくれないかしら」
二人の魔術がジェニファーを襲った。
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