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真女の子伝説

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真女の子伝説

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1.百合園女学院内放送室
 
 
「解いてよー。ひどいよー」
 縄でグルグル巻きにされた桜井 静香(さくらい・しずか)は、芋虫のように放送室の床でもがきながら叫んだ。
「だって、あんな放送をしますから。ちょっとだけお仕置きですわ。でも……、そのお姿もかわいいですわよ。んっ♪」
 しゃがんだラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、手に持った羽根扇子で桜井静香の鼻先をチョンとつついた。
「このわたくしが、意味もなく扉絵に姿を現すものですか。このシナリオは乗っ取らせていただきますわ。あんな面白そうな物、破壊してしまうなんてとーんでもない。このわたくしが、すばらしく面白い遊びに使ってさしあげますわよ。期待してくださいませ」
「期待なんてできないよー。だって、呪われたアイテムだよ。他にもどんな恐ろしい呪いがかかっているか分かんないんだよ」
 ごろごろと床でもがきながら、桜井静香が言った。
「まあ、殿方を淑女に変える以外にも面白い呪いがあるなんて、す・て・き♪ どうせ、呪われるのはわたくし以外の被害者ですもの。わたくしはよろしくてよ」
「よろしくなーい」
「さて、あなたたち……」
 ラズィーヤは立ちあがると、後ろを振り返った。
「はっ、ここに控えております」
 跪いて控えていた女性が、精悍な仕種で答えた。全身を黒一色のゴチックメイドドレスにつつんでいる。頭には、ななめにミニシルクハットをリボンで結びつけ、エプロンも黒で統一されていた。両手は肘までのレースのガントレットをはめ、足にはオーバーニーソックス、当然絶対領域は忘れず、レースをふんだんに使ったペチコートで短めのスカートをふくらませている。
 彼女たちこそ、ゴチックメイド傭兵戦隊であった。戦隊の固有名称はまだないので募集中らしい。
「いつの間に、そんな手下を……」
「ほーっほほほほほ、ひ・み・つ……ですわ」
 ラズィーヤは、自慢そうに桜井静香に言った。
「さて、わたくしの願いはもう分かっておりますわね」
「はっ。目的の物は、静香様の何度も繰り返された放送のおかげで、形状や特徴はしっかりと把握いたしました」
 リーダーらしき少女が、そう答えた。
 なぜか狼狽していた桜井静香は、呪いのアイテムがピンポン球大の真珠であることや、怪しいピンク色に光っていること、触った男は女になってしまうことを、繰り返し大音声で放送していた。放送室に駆けつけたラズィーヤたちにふんじばられてやっと静かになったのだ。
「それは、町中にいる好事家たちも同じです。絶対に、負けてはなりませんよ。そこらの学生に負けでもしましたら、あなた方を雇った意味がありませんわ。この間のアレと同様に、必ず手に入れるのです」
「心得ております。必ずや、その呪いの真珠をお嬢様の物に」
「では、お行きなさい」
「はっ!」
 
    ☆    ☆    ☆
 
「きっと、わざと校長室に真珠を持ってくる人がいそうですね」
「ええ。桐生さんたちが、なにやら悪巧みしていたみたいですぅ。でも、呪われたアイテムを校長先生に近づけるわけにはいけないんですぅ」
 足早に百合園女学院内の廊下を進みながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に言った。ちなみに、淑女たるもの、廊下を走るのは厳禁である。
「その通りです。そんな得体の知れない物を、大切な静香校長に近づけるわけにはいきません」
 静かな口調だが、毅然としてロザリンド・セリナは答えた。
「でも、おかしいですよね。ここは女子校ですから、男を女にしてしまう呪いのアイテムでしたら、実質、無害でしょう?」
 高務 野々(たかつかさ・のの)が、不思議そうな顔で言った。
「でしたら、私たちの学園で保管すればいいのに。無理に破壊する方が危険だと思います。そのへん、静香様に直接お聞きしたいです」
「その通りですけれどぉ。一番いいのは、ラズィーヤ様にお渡しして、ヴァイシャリー家で処分してもらうのがいいと思うですぅ。それに、湖から出てきたというその真珠ですけど、私、見たことあるかもしれないんですぅ」
「それは、初耳ですわ」
 メイベル・ポーターのパートナーであるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、興味深そうに聞き返した。
「以前参加した夏合宿の帰りに、ヴァイシャリー湖でピンク色の光を見たんですぅ。後でいろいろ聞いたら、合宿のときに、巨大カマスさんのお腹から出てきた宝物が、ヴァイシャリー湖におっこちゃったんだそうですぅ。私は、たぶんその宝物が捨てられた恨みで呪いの真珠に変わってしまったと思うんですぅ」
「恨まれたのですか?」
 それはないんじゃないかと、フィリッパ・アヴェーヌが言った。
「いずれにしても、ちゃんとした御指示を仰ぐのがいいはずです。静香様!」
 高務野々は、勢いよく校長室の扉を開いた。
「誰もいないですぅ」
 ぽかんと、メイベル・ポーターが言った。当然、校長室はもぬけのからだ。
「きっと、まだ放送室にいるのではないでしようか」
「行ってみましょう」
 ロザリンド・セリナの言葉に、高務野々が同意する。
「じゃあ、私は誰か非礼な方が校長室に押しかけてきてもいいように、ちょっとしかけをしますですぅ。フィリッパさん、御指導お願いしますですぅ」
 そう言うメイベル・ポーターとフィリッパ・アヴェーヌをその場に残して、ロザリンド・セリナと高務野々は放送室へむかった。
「あれ、何かしら。何か臭いわね」
 ロザリンド・セリナが鼻をくんくんさせて顔をしかめた。
「行ってみましょう」
 よからぬ気配を感じて、二人は放送室へと急いだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ふふふ、面白いなあ。建前として、この百合園女学院に男はいないのだよ。だったら、その真珠とやらを手に入れて、かたっぱしから人になすりつけてもまったく問題はないであろう」
「もちろん、そうですとも〜」
 ほくそ笑む桐生 円(きりゅう・まどか)に、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が笑顔で答えた。
「ねえねえ、遊び? 遊び? 遊び?」
 二人にまとわりつくように歩き回りながら、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が嬉しそうに訊ねた。
「ああ。もちろんであろう。これから放送室を占拠して、真珠をここに持ってくるようにヴァイシャリー中に知らしめるのだよ。破壊するなどもってのほか。自然とここへやってくるようにしむければ、楽して楽しめるというものだ」
 思いっきり悪巧みを楽しみながら、桐生円は放送室にむかった。ところが、肝心の放送室の前には、ゴチックメイドが二人、入り口の前に警備として立ちはだかっていた。
「止まれ。現在放送室は入室禁止だ」
 少女が、毅然とした態度で言った。
「おや、言うではないか。ボクたちも、ちょっと放送室を使いたいのだが」
 小柄な少女をやや見上げるようにして張り合いながら、桐生円は言った。
「繰り返さぬぞ」
 レイピアを携えたもう一人の痩身長躯の娘が、扉によりかかりながら言う。
「ボクもくどいのは嫌いだ。戦うのも、好きではないのでな。でも、勝つのはとても好きなのだ。オリヴィア」
 パチンと指を鳴らすと、桐生円は素早く後ろに下がった。
「健康にいいけどちょっと臭い霧〜」
 オリヴィア・レベンクロンがすかさずアシッドミストを唱える。
「うっぷ、なんだ、これは……」
 少女たちが目と鼻を押さえた。
 あたりに充満したのは、酢の臭いだ。アシッドミストによってたちこめたのは、酸は酸でも酢酸であった。毒性や危険性は低いとはいうものの、刺激物としては充分に効果がある。
「ふふふ、この隙に……」
 口許をハンカチーフで押さえた桐生円が、警備の少女たちを突破して放送室に駆け込もうとする。だが、その眼前に、突然ロングスピアが突き出された。
「お待ち……けほけほ……なさい!」
 あわてて下がる桐生円に、駆けつけてきたロザリンド・セリナが、むせながら言った。酢酸がしみたのか、ちょっと涙目だ。高務野々はといえば、充分な距離をとって後方にいる。
「お前たち、何をしているか」
 突然、至れり尽くせりで取り出した携帯型空気清浄機を手にしたゴチックメイドのリーダーが割って入った。その後ろには、さらに二人の少女が控えている。
「御前でこれ以上騒ぐのであれば、容赦はせぬが、よろしいか」
 さすがに多勢に無勢になったので、桐生円はいったんおとなしくなった。
「何を騒いでおる?」
 放送室の中から、ラズィーヤの声がした。
「はっ。静香様の放送を聞いた学生たちが集まって参りまして……。はい……、はい……」
 リーダーが、扉に顔を寄せて二言三言やりとりをする。
「ラズィーヤ・ヴァイシャリー様のお言葉を伝える。放送室に入ることも、中の桜井静香校長に面会することも、今は許可せぬ。ただし、かの真珠を持って参った者に対しては、ラズィーヤ・ヴァイシャリーの名をもって厚遇を与えよう。以上である」
 あらためて生徒たちの方をむいて、リーダーが言った。
「しかたない、ここはおとなしく従おうではないか」
 あっさりと、桐生円が踵を返した。他の者たちもそれに従う。
「やけに素直だねえ〜」
 含み笑いをもらしながら、オリヴィア・レベンクロンが小声で訊ねた。
「急いては事をし損じると言うではないか」
 桐生円は、そう答えた。
 ただ一人、ロザリンド・セリナだけがその場に残る。
「私は、ここで桜井校長をお守りします」
「いいだろう。外の警備は、そなたに任そう」
 そう言うと、リーダーは残る四人を連れてその場を後にした。
「急ぐぞ。なんとしても、我々の手で真珠を手に入れるのだ。生徒たちの手には渡すな」
「はっ」
 リーダーの言葉に、少女たちは鋭く答えた。