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リアクション
仲良くお世話をしていると、ゆっくりと扉が開いた。
「皆様、お茶の用意をいたしました。一休みされては如何ですか?」
顔を出したのはルクレチア・アンジェリコ(るくれちあ・あんじぇりこ)だ。
「お茶? うん、行くよぉ」
プレナが真っ先に返事をする。
「こちらへどうぞ」
ルクレチアが案内したのは、空いていた客室だ。そこには囚われの百合園のお嬢様方の姿も見える。テーブルセッティングは済んでおり、正装のカサエル・ウェルギリウス(かさえる・うぇるぎりうす)がピクニックバスケットからお茶やお菓子を──これは二人が食堂から貰ってきたものだ──取り出し、用意をしている。
カサエルは仕えるルクレチアの望み通り、今日は執事に徹していた。せっかくの船旅をこうやってもてなしに使う主人に歯がゆい思いもなくはないが、彼女に「行きすぎたこととはいえ、少しでも良い思い出を……」と言われては仕方がない。どうしてもルクレチアには甘いカサエルだった。
外からは砲撃の音が時折響いてくる。船体が揺れる。不安げな表情を隠せないお嬢様の前に、ルクレチアはケーキを差し出した。彼女もホステスのつもりだ。
「こちらはカボチャのケーキです、どうぞ召し上がってください。甘いものは張りつめた心を和らげますわ」
怖い思いを払拭するように、なるべく穏やかに話しかける。彼女も席に座りながら周囲に目を配り話題を探す。
「せっかく船でご一緒できたのですもの。そうですわね……恋のお話とか……」
「はいはい、あたし聞きたいことがあります!」
一緒にゆるスターのお世話を手伝っていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が挙手する。ゆるスターを飼っていないからこの機会にと琴理に色々質問していた彼女は、
「フェルナンさんとの契約のいきさつってどうだったんですか?」
お茶を吹きかけた琴理は、数秒むせていたが、何とか取り繕うと、
「……あんまり面白くないですよ?」
そう前置きして話し始めた。
「出会ったのは日本でなんです」
「何で日本に来てたんですか?」
「それは……彼にはお姉様が三人いるんですが、パラミタ出現以来、地球や日本に興味があったそうなんです。そこで日本の文化に触れて、科学が発展する便利な世の中で日本人が夢中になっているあるものを買って来てくれと頼まれたそうで……」
要するにパシリである。
「私も家族が演奏旅行に行くことが多くて、色々買い出しを頼まれることが多かったんです。その店先で困っている彼に会いましたので、外国の方なら手伝って差し上げようと思って話しかけたのが出会いですね」
「それって何ですか?」
「こたつとみかんです」
琴理は真顔だった。嘘を吐いているようには見えない。歩はヴァイシャリーの貴族の家の真ん中に置かれているこたつを想像して、
「……そのために日本までお使いさせられちゃったんですか」
「契約したのは、お互いの嗜好が一致したからですね」
「おいしいみかんですか?」
「それもありますけどね、別のところもです」
現在パラミタにある六つの学校は、地球の国・勢力の出先機関である。そして地球はパラミタに資源を求めている──つまり、学校を通じてパラミタに勢力を拡大し、パラミタの資源を地球に持ってきたいと思っている。パラミタのシャンバラ側も、それを利用してシャンバラ王国を復興させてパラミタの他国に支配されまいと考えている。お互いが利用し合っている関係だ。
「蒼空は校長の絶対的な資金力にテクノロジー、イルミンスールには世界樹と融合できる魔法使い、教導団は軍事力。薔薇の学舎は優れた個人……では百合園には? 百合園には、いわゆる分かりやすい“力”はありません。けれど、それ故にできることもあるのです。ヴァイシャリー家は街と百合園を誇りとしています」
忘れてはならないのが、六校の中でも百合園は、ヴァイシャリー家から自主的に日本に働きかけてつくられたという点だ。
「そしてパラミタ各地からもお嬢様が集ってきています。お茶とお菓子とダンスと微笑で、各地のお嬢様は卒業後、パラミタ各国でシャンバラとの架け橋になってくれることでしょう」
例えば、今、怯えたお嬢様を放ったり脅して縛り付ければ、パニックを起こし湖賊の犠牲になっていたかもしれない。こうやってお茶を飲むことで、落ち着かせることができる。万が一の避難もスムーズに進むだろう。それは人命を救うことになる。
剣を突きつけて平和条約の血判を押すより、お茶の席に誘って剣を置かせて筆を取らせる方がいい。
「日本の茶道に通じるところがあるかもしれませんね」
そんなことを話しているとき、勢いよく扉が開いた。その顔ぶれと表情に、歩は思わず立ち上がっていた。
「ね、ねぇ、皆、今は外で湖賊と戦ってるんだよ。あたしたちでケンカはやめよーっ」
湖賊が入ってきた時のことは考えていたが、まさか百合園生同士でケンカになるとは想像してなかったのだ。
その扉が開かれる少し前。
メニエス・レイン(めにえす・れいん)はミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)と共に、探し人を求めて船内を歩いていた。真剣ではなく、鼻歌交じりの遊びのつもりだ。
船員を見付けると、「捕まった人が知り合いかもしれない。扉越しで構わないので話をさせていただけないか」と話しかけ、扉の近くまで案内してもらう。そして振り返ろうとするその首筋に手を伸ばし──“吸精幻夜”をかけた。
「扉を開けて」
「鍵は……持っていないので……無理です」
「役に立たないわね」
その場に置いておいて、三人は扉の前の監視員二人に近づいた。
メニエスに従者のごとく付き従っていたミストラルが、何だと相手が問う前に一人の背後に回り込み、同じく“吸精幻夜”をかける。もう一人の監視員は、
「あはは、ごめんね〜」
いつの間にいたのか、ピエロのメイクを施し、赤と緑のこれもピエロ服を着た、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)がアーミーショットガンの握りで殴り、昏倒させていた。
「面白いことするみたいだな。どうでもいいけど付き合ってやるぜ」
「ねぇねぇ、悪いことするの? 悪いことするの? おねーちゃん、これ開けてもいい?」
ロザリアスがはしゃぎながらメニエスに聞く。彼女がいいわよと言うと、ピッキングで扉を開けてしまう。
中にはロープで縛られて転がされていた三人の女性がいた。
「あら、随分無様な姿ね」
メニエスは顔見知りの姿に、おどけたようにそう言った。
中にいたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、そしてミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)。彼女たちは賭博場で機関銃を乱射して捕まっていたのだった。
「じゃ。扉も開けたし、楽しんだから後はご自由に」
メニエスら三人はその場を離れていく。案内した船員経由で調査されるかも知れないが、何を後で聞かれてもシラを切るつもりだ。
ナガンは円ら三人のロープをほどく。
「脱獄しようとは思ってたけど……そちらからしていただけるとはね」
伸びをしながら、円は皮肉っぽく言った。
「さてと……舐められたままじゃ面白くないよね。マスター、来てくれるかい?」
「いいわよ〜、好きにしなさいなぁ」
「ミネルバちゃんも遊ぶー」
「キミはどうする? ボクらは村上琴理と対決しに行くが」
対決と言うよりも、目的は精神的に蹂躙することだが。
円に聞かれ、ナガンは、
「相手のことは知らねぇしどうでもいいけどよぉ、面白いから見物に行くぜぇ」
「では決まりだ。探しに行こう」
──そんな訳で、小さなお茶会会場に乗り込んで来たのは、彼女達だった。
そして部屋は光に満ちる。
「フェルちゃんあそびましょ〜。……あれれぇ、フェルちゃんはここにはいないのかなぁ」
部屋を見回したミネルバは唇をとがらせると、仕方ないので琴理と遊ぶことにした。ランスを振るい、
「ミネルバちゃんホームランー」
光に目くらましされ視界を奪われながら、琴理がしゃがんで避ける。テーブルの上の菓子が皿や茶器ごと弾け飛んだ。壁にぶつかって砕け散る。上がる百合園のお嬢様の悲鳴。
「遠慮無く戦うといいのよぉ〜。回復は任せて〜」
オリヴィアの声援。
他の生徒達も突然の襲撃に戸惑うのは同じだ。ともかく脱出しようと思うも、扉の方向、ミネルバの背後ではナガンが散弾銃の弾をばらまいている。蜂の巣になり舞い上がるテーブルクロスに、ルクレチアが目尻に涙を浮かべる。カサエルの顔が厳しくなる。自分と彼女が心地よい時間を過ごしてもらおうとした心遣いが踏みにじられてしまったのだ。
「申し訳ありませんでした。このお詫びは必ず──」
琴理は悔しさに唇を噛んだ。言いながら、デリンジャーを握りしめ、入り口へ駆ける。ナガンは本気で撃っていない。そうそう当たりはしない。が、声が響くと、何もない空中から巨大な洗濯機が現れた。
「ランドリー!」
琴理の姿はその中に吸い込まれた。
「琴理くんボクは君を精神的に痛めつけることにした、この柔軟剤たっぷり使ったバスタオルで」
声の主は桐生円だ。姿はない。“光学迷彩”だ。
「ボクのランドリーはねちっこいよ、汁ひとつ残さないよ! もう嫌だって言われても止めない、君が泣いても止めないよ、ボクのランドリーが忘れられないぐらい目茶苦茶にしてあげよう、フハハハハハ」
がらがらと回っていた洗濯機が、やがてぽいっと琴理を吐きだした。何とか受け身を取って身体を起こした彼女は、ぼろぼろになった制服のスカートを引きちぎると、挑戦的な目を向ける。そこにはお嬢様らしさはない。
「……それで百合園でどうやっていくつもり?」
琴理は血が流れる自分の腕を声のする方へ、扉の方へと振るった。ぴしゃり、と血が円に着く。光学迷彩も万能ではない。
そもそも奇襲に使うつもりだったのか、円が姿を現す。
「確かに、脱獄後この行動は不利益しかないな、それを理解して我慢できるほど大人じゃないものでね」
「あの程度で獄だなんて、随分生ぬるいこと言ってくれるじゃないの。叱られたことのないお嬢ちゃん?」
「琴理さん、大丈夫ですか? あたしが光学迷彩で──」
琴理を庇って抱きしめようとした歩だが、
「邪魔をするなら気絶していてもらおう」
円は歩にスナイパーライフルの銃口を向けた。
「七瀬さんは自分と皆さんを守ってください。むやみに生徒同士で争って、ご迷惑になってはいけません。──恨まれているのは私とフェルナンですから」
琴理は彼女の申し出を断る。
「邪魔しないでくれ」
円は引き金を引く。歩はお嬢様に当たらないよう、人の居ない壁を背にするように避けた。
「行動に自由があろうが、責任は取ってもらうわよ」
板壁を裂きながら突き出されるミネルバのランスをかいくぐりながら、手を振った。唐突に、円の頭上に、ポットが現れる。重力に従って落下し、熱湯がぶち当たった。熱による痛みと視界を塞がれ、円の手からライフルが落ちる。琴理は足を払うと、転倒した円に馬乗りになり、口の中にデリンジャーを突っ込んで、背後を振り返った。
「引き金を引かれたくなかったら、三人とも大人しくしていてね?」
それにしても、ああ言った先から暴力を、それも他の人を巻き込み、惨状を見せるかたちで振るわなければならなかったのかと、彼女は暗澹たる気持ちで、ポケットの中の携帯電話に手を伸ばした。
後日談になるが、この後意識を取り戻した船員により、桐生円らと、彼女を解放したメニエスとナガンはヴァイシャリー軍から目を付けられることとなり。
桐生円は帰ってきた百合園女学院校舎の掲示板にて、パートナー共々停学処分を受けることとなった。
新入生歓迎会では、学内を訪れた男性生徒に対し狙撃を試み、演劇部の舞台本番では女優に生レバーを差し出し、食べるか演技失敗かの二択を迫り、今回の船旅では、賭場での売上金収奪未遂と、従業員・客問わずの殺害未遂。そして監禁状態からの脱走と百合園生同士での殺傷事件を起こしたためである。
これらは全てラズィーヤや生徒会の面々にとって、今後の百合園女学院における懸念材料として認識されることとなるのだった。
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