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桜井静香の冒険~帰還~

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第4章 ティータイム


 惨状となったお茶会とも湖賊とも無縁に、ラズィーヤ・ヴァイシャリーはラウンジにて、女子生徒に囲まれてティーカップを傾けていた。
 とはいえ鉄の心臓のラズィーヤはともかく、稲場 繭(いなば・まゆ)は不安で仕方がない。
「あの……大丈夫なんでしょうか、こうやってお茶を飲んでて……」
 そわそわと辺りを見回したり、何度も座る位置を変えたりしている。小さな身体を縮こまらせて、兎のようだ。
「繭さん、何のことですか?」
 きょとんとして、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)が首を傾げる。エルシーの隣でソファに身を沈めながら、ルミ・クッカ(るみ・くっか)がフォローする。
「何でもございませんよ。稲場様、こちらのクッキーもどうぞ」
「は……はい」
 ルミはなるべく、エルシーの心が平穏なままでいて欲しいと思っていた。最後まで楽しい旅を。自身が気をつけて、もし湖賊が襲撃してくるようなことがあったら、彼女を守ればいい。
「繭さん、樹理さん、こっちも美味しいですよ」
 エルシーは無邪気に笑っている。樹理は一枚手にとって囓り、
「うん、美味しい! パンダ先生もほらほら」
 後鳥羽 樹理(ごとば・じゅり)がパンダ先生ことマノファ・タウレトア(まのふぁ・たうれとあ)に熱心に勧める。
 ラズィーヤはじめ百合園女学院の生徒に囲まれて、樹理はマノファへのお節介を張り切っていた。
 目の前のお皿に、樹理によって盛られた大量のお菓子を、マノファはゆっくりとだが味わって食べる。その様子に樹理もご満悦だ。内弁慶なマノファを引っ張って来たのも、この雰囲気をマノファに存分に味わって貰いたいからだった。
 ラズィーヤはさりげなくお茶とお菓子の補充を店員に頼みながら、状況とは全く関係のない話──花とか日本の文化とか、流行のファッションだとかに話題を持って行く。彼女は分かりやすいようにと、写真や絵ををふんだんに用いたカタログを広げて見せてくれた。
「こちらの帽子は今期の新作ですのよ」
「わぁー、可愛い」
「私にはおとなっぽすぎますね」
「繭さんにはこっちのが似合いそうですねー。このお花のコサージュはパラミタのお花なのかな」
 状況とも世間一般ともかけ離れた会話をマノファは聞いて楽しみながら、もう充分満足していた。
「ありがとう、樹理」
「うん? 別に〜」
 白いレース編みののテーブルクロス。ブランドもののティーカップ。銘柄は知らないが、高級そうなお茶に、高級そうな甘いお菓子。日常、それも教導団の訓練の日々とはかけ離れた、規律のない休暇。紅茶と薔薇のジャムだけで生きていそうな可愛らしいお嬢様。
 淡い憧れはあったけれど、今の自分はそれに充分満足している──満足してしまった。それに気がつく。
「帰ったら原稿書くからさぁ。樹理は濃ーいコーヒー煎れてよね」
「応援歌もつくっちゃおうか?」
「馬鹿だなぁ、いいよそれは」
 ──多分、そっちの樹理との日常の方が、自分にはしっくりくる。
 それを確認できただけでも、この船旅はマノファには価値があった。
「そうそう、お茶が終わりましたら、ラズィーヤさんはどうなさいますの?」
 こんな状況だというのに、雰囲気に合わせて黒に赤の帯が映えるイブニングドレスをまとった神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が、思いついたというように話題を変えた。
「そうですわねぇ……」
「湖を騒がせる方々のことですけれど、ラズィーヤさんからお願いして、少しお仕置きを控えていただいてはどうでしょう? 代わりに湖でショーを演じていただくとしたら」
 エレンが言っているのは、罰としての「湖賊ショー」の提案だった。彼女の考えとしては、ショーを彼らの収入源になるようにしつつ、ヴァイシャリーのメリットとしては、縄張りにしてもらって他の組織の介入を妨げたいという考えだった。
「わたくし自身としては、彼らは軍にお任せするつもりですわ。必要があれば軍がそうするでしょうしね」
 ヴァイシャリー軍は、ヴァイシャリー家の私設である。やろうと思えば、間接的にラズィーヤが関わることは後ほどでもできそうだった。
「もちろん私たちが国政に直接に口出すものじゃありませんわね。ただほんの少し、考えやわがままを口にしてしまうのですわ。わがままついでにお聞きしますけど、フェルナンさんのお顔は立てて差し上げるおつもりですか?」
「ええ。わたくしは島のことは存じませんでしたし、結果的に我が校含めた問題を、ヴァイシャリー自身で解決できたのはフェルナンさんのおかげですもの。その点は感謝していますわ。取り調べは軍が行えばこちらは後からいくらでもお話を伺えますしね」
 こちらは賭博場についての話だ。
「必要そうでしたら、荷物を持って差し上げても、お菓子を差し入れしてもいいですわね」
「あら、そんなに彼らを手厚く待遇しては、静香さんがお可哀想そうですわ。食べ盛りですのに」
 エレンは再び話題を変える。
「静香さんはお弁当をお作りになりませんの? じゃあ毎朝にみんなでお料理教室を開いてお弁当を作るのはどうかしら。お弁当の材料費は教材費としてラズィーヤさん持ちで」
「……皆さん、静香さんのことが本当にお好きですのね」
 ラズィーヤは少し考えていたが、
「宜しいですわよ、では、お料理教室をヴァイシャリー家で行うことに致しましょう。お料理は大和撫子のたしなみですものね? わたくしも、日本のお料理を教えていただきたいわ」
 にっこり笑って了承した。
 ──とりあえず、これで静香はお昼代を節約し、好きなときに焼きそばパンを買うこともできるだろう。
 ささやかな幸せを教授する静香を思って、エレンは少しほっとしていた。