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リアクション
第5章 ハチミツを求めて
外の騒ぎと比べて、屋敷の中は静かだった。
「おたから――もとい、ハチミツ目指してレッツラゴーなのじゃ!」
「相変わらずロミー殿は元気だねぇ。それと、声が少し大きいねぇ」
ハイテンションで広い廊下を進んでいるのは、マシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)とロミー・トラヴァーズ(ろみー・とらばーず)だ。
「この光景を見てワクワクしないほうがおかしいのじゃ!」
彼らのいる屋敷内には、いたるところにびっちりと正六角形の穴が張り巡らされていた。
穴の奥から、時折ハチの幼虫らしき生物が顔を出す。中から見るとよくわかる。
普通の建物に見えたのは外だけで、シーナの言った通り、たしかに屋敷はハチの巣と化していた。
人が通れる廊下や空間が残っていたのは、不幸中の幸いかもしれない。
「不気味なだけだと思うけどねぇ……石化しているわけじゃなし、趣味じゃないねぇ」
「なんか言ったかのう?」
マシュの最後の呟きは、ハチの巣の冒険に夢中になっているロミーには届かなかった。
曖昧な笑みを浮かべるマシュ。
「なにも言って……おっと、やっぱり声が大きかったみたいだねぇ」
囮によって多くのハチが出払っているといっても、全てのハチがいなくなったわけではない。
彼らの耳に、すぐ近くから羽音が届く。
「マシュ、麿はハチミツの採取で忙しい。ハチは任せたのじゃ」
「やれやれ、無理矢理連れてこられたことといい、ま、いつものことだけどねぇ」
うきうきと、カバンから採取用のビンを取り出すロミーを背にして、マシュが苦笑した。
ハーフムーンロッドを構え、火術や氷術でハチを撃退する。
マシュにとって、ロミーに振り回されることは、もはや日常茶飯事となっていた。
ディテクトエビルを使い、廊下を国頭 武尊(くにがみ・たける)がそろそろと進んでいた。
彼の後ろを、パートナーのシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が付いていく。
その武尊が、突然立ち止まった
「むむ、オレのハニーセンサーに反応ありだ!!」
「ハニーセンサーって、なんです?」
武尊はシーリルの疑問に取り合わず、
「こまけぇこたぁいいんだよ! それよりもさっきから少し遅れてるぞ。なにやってんだ?」
「ハチに刺された人がいたから、治療をしていました」
「ここまできたらほっとけ。自業自得だ。オレたちの目的はハチミツだけだぜ!」
言い捨て、一緒に突入した学生たちから離れた武尊が、傍らのドアを開いた。そしてすぐさまアシッドミスト。
酸の霧に焼かれ、室内にいたハチがぼたぼたと落ちていく。
「見たか! これがオレの銃闘法だぜ!」
ちょっとちがうのでは、というふうに首を傾げるシーリンを伴い、武尊は悠々と室内へ。
ハニカム構造の壁を力任せに壊し、武尊は欠片を持ち上げる。
すると断面から垂れてきたのは、黄金色の光沢のある液体。
「よっしゃあ! これで明日の朝食は、美味しいハニートーストだ!!」
「やりましたね、武尊さん!」
「おお、シーリルも詰めろ詰めろ!」
嬉しそうに背嚢から瓶や漏斗を準備する武尊を手伝いながら、
(私が集めたものは町の人の治療のために提供しましょうか。
ハニートーストに使うのは、武尊さんが採取した分で足りるでしょうからね)
そう考える、優しい性格のシーリルだった。
禁猟区と隠し身を使い、屋敷の庭に身を隠していた柳生 匠(やぎゅう・たくみ)が、人の気配に気付いて顔を上げる。
「来たか」
匠と行動を共にするラズー・フレッカ(らずー・ふれっか)が窓を覗いて確認する。
「あれは……シーナ嬢だな。他にも何人かいるか」
彼の言う通り、屋敷内ではシーナとその護衛の学生たちがハチと対峙していた。
匠とラズーには気付いていない。
「どうするつもりだ?」
ラズーに答えず、匠は持参したぺットボトルの蓋を開け、中身を庭にぶちまけた。
ぶちまけたのは、油である。
「決まっているだろ。俺はパラミタ産のハチミツをいただきにここまで来たんだぜ」
そう言って、匠はライターで油に火をつけた。
異変に気付き、周囲のハチが火に集まり始める。
近くにいたシーナたちと戦っていたハチたちも、いくらかは集まってくるだろう。
混乱するハチたちと入れ違いに、ふたりは屋敷に侵入した。
手近なところで、匠は手近な巣を刀で削ぎ落しにかかる。
「あとは、ハチミツを盗って逃げるだけだ」
流れ出したハチミツを、空になったペットボトルに詰める匠。
ラズーもそれを手伝いながら、楽しそうに笑う。
シーナたちが到着するまでハチミツを取るのを待った理由を、彼が口に出して訊くことはなかった。
「ごめんなさい、私のせいで!」
シーナが篠北 礼香(しのきた・れいか)に頭を下げていた。
屋敷に入った直後、シーナはハチに襲われ、礼香は彼女を庇ってに刺されたのだ。
「気にしないで下さい。そのための護衛ですから。ですがシーナさん、引き返す気はありませんか」
シーナの体調を慮って、礼香がそう提案する
「……ごめんなさい。カズキを思うといても立ってもいられなくて」
わかりきっていた答えだったのか、礼香が小さくため息を漏らす。
「まあ、来てしまったものは仕方ありません。しっかりと護衛させていただきます」
「そうそう、きっちり守るぜ。よっ、と」
「きゃっ!」
同じくシーナを護衛をしている緋山 政敏(ひやま・まさとし)が、唐突に彼女をお姫様抱っこで持ち上げ、走り出した。
「ちょ、ちょっと政敏!」
彼のパートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が声を荒げるが、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に肩を叩かれ、はっとする。
政敏が向かったのと逆方向から、ハチの大群が押し寄せていた。
「先に言いなさいよ」
一応小声で文句を言ってから、カチェアが毒針をスウェーでかわす。
「カティ、ボクたちも!」
「おう!」
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)がスプレーショットで牽制し、当たり損ねたハチはカティ・レイ(かてぃ・れい)のランスが倒していく。
襲撃にいち早く気付いたのと、殿を務めたカチェアの尽力によって、彼らはほとんど被害を受けなかった。
途中、急にハチの勢いが弱まった、ということもある。
なにはともあれシーナたちは危機を脱し、ハチの少ない一角まで逃れることができた。
一息ついたところで、カチェアが政敏に説教をしていた。
「政敏、真面目に働くのはいいけどもうちょっとやりようってものが――」
「……かったるい」
「まあまあ」
軽くキレかけたカチェアの前に、リーンが割って入る。
「一応、政敏のおかげですぐハチに気付くことができたんだし、結果オーライじゃない、ね?」
「そうそう」
「……うー」
納得しきれない感じのカチェア。
説教が止んだと内心喜ぶ政敏だったが、
「でもね政敏、緊急事態だったとはいえ、女の子の体を断りもなく抱っこするっていうのは、どうなのかしら? ……ねぇ?」
「うぇ?」
リーンが政敏に詰め寄る。目が笑っていなかった。ついでにカチェアも、ここぞとばかりに詰め寄っていた。
そんなやりとりを交わしている3人を尻目に、
「シーナさん、今のうちにハチミツを採ってしまいましょう。あたしが周りを見張りますから」
「あ、わかりました。よろしくお願いします」
女王の加護を使って、礼香が周囲を警戒する。
巣の壁からハチミツの採取を始めるシーナの隣に、カティが座った。シーナにならって黙々とハチミツ集めをしていたカティだったが、不意に口を開いた。
「なあシーナ、ずっと訊きたかったことを訊いてもいいか?」
「はい、なにです?」
「このハチ騒動の発端は、フランクじゃないのか?」
ハチミツを集めていたシーナの手が止まる。
それから、しばしの沈黙の後、
「……おそらく、そうです」
控えめな言い方ではあったが、シーナはたしかに肯定した。会話を聞いていたヨルが、ハチミツを詰めた瓶を抱えて寄ってくる。
「えー、それじゃあ、カティが考えてた通りだったんだね!」
「はっきりと本人から聞いたわけではありませんが、思い当たることはあるんです」
シーナの説明によると、シーナとカズキは以前にも、森でこのハチと遭遇したことがあったらしい。
その時の出来事を、ふたりは友人であるフランクに話したという。
フランクの金回りがよくなったのは、それからすぐのことなのだ。
「たぶん、フランクは養蜂をしていたんだと思います。それも、町の中で。具体的な方法まではわかりませんが……」
何度か、フランクの家に、養蜂やハチミツの売買などの業者が出入りするのを、見かけたこともあるとのこと。
危険な種のため、一般には出回ってない貴重なハチミツである。
上手く扱えば、かなりの利益を得ることができるだろう。
「いつの間にか、フランクはこの屋敷を建てていました。引っ越してすぐ、秘密を教えてくれると言って、私たちを招待してくれたんです。ですが、こんなことに……」
養蜂に失敗したのか、それとも単に、引越しの際のゴタゴタでハチが解き放たれたのか。
直接の原因は、フランクにしかわからないだろう。
顔を伏せ、後悔の表情を浮かべるシーナに、
「あんたのせいじゃねえよ。それだけはたしかだ」
「そうそう、難しいことはあとで考えようよ」
ヨルとカティが声をかける。
「ですが……」
「いいから、あんたはパートナーを救うことだけを考えてろ」
そう言って、カティはむりやり話を終わらせ、作業に戻る。
「カティ、もしかして怒ってる? ハチミツ舐める? 美味しいよ?」
「全部食うなよ」
ヨルの能天気さに毒気を抜かれつつ、
(あとでフランクを問い詰めてやる!)
苛立ち混じりに、カティは心の中で決意した。
元はホールだったであろう広い空間にいるのはクラーク 波音(くらーく・はのん)と、彼女のパートナーであるアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)にララ・シュピリ(らら・しゅぴり)。
それと高月 芳樹(たかつき・よしき)とアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)の5人だ。
ララ以外の4人は彼女をを守るように陣を組み、ハチの注意を引き付けている。
ハチの攻撃を避けつつ、波音が訊いた。
「ララ、ハチミツは集まった?」
「もう少しで容器がいっぱいに……ひゃああっ!」
突然眼前に顔を出したハチの幼虫に驚いて、ララがハチミツを採取していた容器を落としかける。
「ご、ごめんなさい、少しこぼしちゃった!」
「落ち着いてララちゃん、多少時間がかかっても大丈夫ですから」
「そうそ、あたしはまだまだ元気だよ!」
ララに迫ったハチに、アンナと波音がそれぞれ作り出した火の玉が命中。
地面に着く前に燃え尽きる。
攻撃は最小限にとどめ、回避に集中することで彼女たちは体力の維持に努めていた。
「こっちもまだいけるぞ」
「芳樹は現実的だから信じていいわよ」
「なんか引っかかる言い方だな」
彼女たちと協力して戦っている芳樹とアメリアも、ララに声をかけた。
芳樹がスウェーで毒針を受け流し、それをバーストダッシュで低空を飛ぶアメリアが援護している。
「波音おねぇちゃん、アンナおねぇちゃん、それに、芳樹おにぃちゃんにアメリアおねぇちゃんも……うん、ララ頑張るよ!」
ララが再びハチミツの採取に専念する。
4人は武器に魔法、思いつく限りの方法でハチの目をララから逸らし続ける。
そして――
「集まったよっ!」
「よし、一旦巣から出よう!」
「んっふっふ〜、スーパーミラクル全開でいっちゃうよ〜!」
芳樹の言葉に、波音が鬱憤を晴らすかのようなアシッドミスト。
酸の霧によって、前方のハチの群れに穴が空く。
その隙間を潜り、一斉に出口に向かう5人。
途中、ララが採ったハチミツの半分をアメリアに渡す。
「はい、アメリアおねぇちゃん」
「ありがとう」
「よく頑張りましたね、ララ。波音ちゃんもお疲れ様」
アンナに撫でられ、えへへー、とララがはにかんだ。
それから彼らが外に出たところで、
「ねえ、波音おねぇちゃん」
「ん?」
「これでシーナおねぇちゃんが笑ってくれるといいよね」
波音は一瞬驚いたようにきょとんとした後、
「うん、シーナちゃんも町の人たちも、きっと喜んでくれるよ!」
満面の笑みで頷いた。
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