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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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第二章 昼と夜とは別の顔

 イルミンスール魔法学校。
 普段なら、生徒はもうとっくに寮に帰り、静かになっている時間にもかかわらず、キャンパスには右に左と人が行き交い、あちこちの施設で未だ煌煌と明かりが灯り続けていた。

「にっしっし。さーて、どうしてやろうかねェ……?」
 ただ、「制御室」とだけ無造作にプレートがかかる部屋の前で、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)はつぶやいた。
「まぁ考えるまでもねぇよな、あぶり出してやるぜっ!」
 ヴェッセルは火術を展開、鉄扉を蹴破って魔法を放――
 グイッ!
 ――ろうとしたところで襟首を掴まれ引き倒された。
「何してくれてんだおいっ!?」
 背中をしたたかに打ち付けて、不機嫌な声をあげるヴェッセル。
「こっちのセリフだ! 何を考えているんだあなたは!?」
 それ以上に大きな声で返したのはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だった。
 ほとんど青ざめた顔で仁王立ちになっている。
「何って……あのちっちぇえぬいぐるみが部屋ん中飛び込んでったからな、ほら、火でもつければ飛び出してくるだろ、たぶん」
「ここに『制御室』と大きく書いてあるのが見えないのか!? そんなことすればイルミンスール中また暗闇の中、だぞ?」
 バンバンと扉を叩くクレア。
 ……
 …………
 ………………
 じっくりと、その意味を咀嚼しようとするヴェッセル。
「おおう! ちくしょう! こんなところにトラップが!?」
「……今夜にあって、今のあなたの存在が巨大な罠だという気がしてきたのだが……。まさかカンバス・ウォーカーの置き土産ということは、ないだろうな」
「おいおい、バカ言っちゃいけねぇよ、俺は純然たる面白味に引かれてやってきてみただけだぜ! まぁじゃあひとつ証拠ってことであのちっちゃいの捕まえて来てやるからさっ!」
 言うなり、制御室に飛び込んでいくヴェッセル。
 すぐに部屋の中からはガチャガチャという音が聞こえだした。
 時折、「ドガシャン」と、何やら致命的そうに派手な音までも混じる。
「おい、そっち逃げたっ! 捕まえてくれっ!」
 ヴェッセルの声に続いて、カンバス・ウォーカー・プチが飛び出してくる。
 何処をどう逃げ回ったのが、あちこち薄汚れて、必死の形相をしていた。
 ひょいっと、それをつまみ上げ、クレアは眉根に皺を寄せた。
「こっちの被害の方が、甚大なんじゃないか?」

 講堂。
 じぃ。
「な、なんですか、シフォン? 何か言いたいことでもあるんですか?」
 ルインアームズ・アリア(るいんあーむず・ありあ)は、上目遣いに見上げてくるシフォン・リゼンハルト(しふぉん・りぜんはると)から、ぷいと横を向いて視線を逸らした。
「これ……」
 と言うシフォンの手の中には今捕まえたばかりのカンバス・ウォーカー・プチ。
『離せっ! いたずらを! いたずらをするんだ!』
 甲高い声で叫びながら、ジタバタと暴れている。
 ぎゅう。
 それをさらに強く抱きしめて、シフォンは口を開いた。
「これ……欲しいです」
「ダメです。持って帰ったらこの騒ぎがおさまりません」
 ビシッと言い切るアリアだが、その目はあくまでシフォンから逸らしている。
「よっし、もう少し! もう少しよシフォン! 回り込んでさらにおねだり光線っ! もっと目をうるませてっ! 落ちる! アリアは落ちるわっ!」
 スコーンっ!
 少し離れたところから二人の様子を眺めていた如月 さくら(きさらぎ・さくら)の脳天に、ダッシュで飛んできたアリアの手刀が一閃した。
「ああっしまったっ! 心の声が!」
「さくらまで一緒になって何を言っているんですか! あ、こんなところに隠して」
 アリアが、さくらの制服の内ポケットからスポンと、カンバス・ウォーカー・プチを抜き出す。
「ああ、私のキャンパス・ウォーカー!」
「不正解です! キャンバス、もしくはカンバス。それと、さくらのものではありません」
「だってえ、これ、なんかかあいいんだもん」
 さくらは唇を尖らせた。
「まったく……」
 ため息をついたアリアの視界を、黒い影が過ぎった。
「さくら、あそこ、もう一体います! 捕まえてください!」
 その声に、さくらとシフォンが飛びかかった。
 二人の異常とも言える素早さに、あっさりと捕獲されるカンバス・ウォーカー・プチ。
 シフォンの手の中に捕まえられたそれを、さくらとシフォンはキラキラした目で眺めた。
「かあいいなぁ。ねぇ、やっぱり、だめ?」
 さくらがアリアを振り返った。
「だめっ!」

「ターゲット、ロックオン! 粉砕するほどファイヤー!」
 立派な調度類の並ぶ校長室。
 クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)のテンション全開の声が響き渡る。
 続いてバズーカ型光条兵器の発射音。
「ちっ。外したか」
 クローディアが悔しそうに舌打ちをする。
「外すのは構わないが、くれぐれも部屋に被害は出してくれるなよ。あの校長の不興を買うのはごめんこうむる」
 光条兵器を操っているときのパートナーのテンションにはもはや慣れっこなエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)だったが、エリザベートの名前を出すときには唇の端をひく尽かせた。
「それから、粉砕もするな。私達の目的はカンバス・ウォーカー・プチの捕獲だ。殲滅ではない」
「はいはい。追い込めばいいんでしょ……っと、チャンスっ! 行くよっ!」
 クローディアが意識を集中。
 エリオットは氷術を展開させる。
 カンバス・ウォーカー・プチのすぐ背後を狙い、バズーカのトリガーを引き絞った。
『のわわわわー!』
 衝撃にあおられたカンバス・ウォーカー・プチは制御不能の状態で空中に舞う。
 そのままエリオットの氷術で作られた檻に収まった。
「よし、まずは一体」
 エリオットはホッと息をついた。
 エリザベートをやっと説き伏せて校長室に入ったのに、一体も捕まえられなかったでは後で何を言われるか分かったものではない。
「エリオット! もう一体いたっ! あ、逃げるっ!」
 そこへ、焦ったようなクローディアの声。
 弾かれたように振り返ったエリオットの目が、今まさに校長室の扉に飛びつこうとしているカンバス・ウォーカー・プチの姿を捉える。

 バンっ(バムっ)!

 勢いよく開かれた扉の衝撃音と、小さな激突音が同時に響いた。
 現れた人影は、扉に感じた違和感に、一瞬だけ首をかしげたが、特に大事なしと判断したようで、校長室の中へと進む。
 呆気にとられているエリオットとクローディアの前を過ぎた人影は、靴を脱ぐと、来客用テーブルの上に仁王立ち。
 メモを取り出して何やら確認した後に――
「あっはっは! ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がこの大騒ぎ、華麗に幕を引いてあげます!」
 盛大に言い放った。
 沈黙が満ちる。
「……つまり、なんなんだ?」
「ロザリンド・セリナです」
 我を取り戻したエリオットが、しずしずとテーブルを降りたセリナが答えた。
「……それは十分すぎるくらいわかったが……」
「戦闘前に名乗りを上げるのがイルミンスール流なのではないのですか?」
「聞いたことがないが……一体何をしに来たんだ?」
「私なら悪戯されると困る所……と思ってここへ来てみたのですが……あ、目的はあなたと一緒ですね」
 エリオットの足下、氷の檻の中を見てセリナはにっこりと微笑んだ。
「わたしもさっき廊下で一体捕まえたんですよ? 昼は大物相手に、今回はたくさんの小さな標的から防衛戦……イルミンスールの戦闘訓練は凝っていますね。さて、カンバス・ウォーカー・プチは、まだこの部屋にもいるんでしょうか?」
 若干何かを勘違いしながら、気合十分に部屋の中を見回し始めたセリナに、エリオットは部屋の隅を指差した。
「さあ、ちょとそれは確認が必要だが……少なくとも、一体はいるな。そこに転がっている」
 セリナの開けた扉に吹っ飛ばされて、目を回しているカンバス・ウォーカー・プチの姿があった。

 光精の腕輪から飛び出た二匹の精霊。
 一匹がひたすらにカンバス・ウォーカー・プチを追いかけ、もう一匹は巧みにその進路を妨害し、ある一点に向かって追い込んでいく。
 パタン。ゴっ。
 つっかえ棒が外れ、鍋が落ちた。
「やったぁ! 捕まえたよっ!」
 伏せられた鍋の下から、じたばたともがくカンバス・ウォーカー・プチを掴みだし、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「なんの、こちらもです」
 同じような仕掛けの、こちらは籠の下からカンバス・ウォーカー・プチを掴みだしたのは水神 樹(みなかみ・いつき)
 ニヤリと強気な笑みを返した。
「ムキーっ! 絶対私の方法の方が効率がいいんだもん!」
 玲奈は悔しそうに足を踏み鳴らす。
「あんなに追いかけ回したら可愛そうじゃないですか!」
 腰に手を当てて、樹も負けていない。
「食べ物で釣る方が可愛そうじゃん!」
 樹の罠は、お菓子をエサにカンバス・ウォーカー・プチをおびき寄せる作りになっているのである。
「あなただって最初は食堂で罠を張ろうとしていたではないですか!?」
「だって、私達の食べ物にイタズラされちゃ困るし! それに今だってこんな研究棟より食堂の方が絶対に効率がいいはずって思ってるんだから!」
「戻っていいんですよ! いて欲しいって頼んでいる訳じゃないですから!」
「ここで戻ったら、私負けたみたいじゃない!」
 ふぬぬぬぬーと、玲奈と樹が顔を付き合わす。

 パタン。ゴッ。

 にらみ合う二人の背後で、籠の伏さる音がした。
 見れば、お菓子と籠で作られた罠に二体のカンバス・ウォーカー・プチが閉じこめられている。
 その横では、二人して追い込んだのだろう、二匹の精霊が小さく快哉を叫んでいた。
 玲奈と樹はパッと、一瞬目を合わせて、何かに気がついた様子でポンと同時に手を打つ。それから再び目を合わせた。
「私、手を取り合うってすっごい素敵なことだと思うの」
「同感です。ここはもう十分そうですから、次は食堂の方へ行きましょうか」

「ったく、何やってんだあんたは! さっさとこのおかしな騒ぎを片つけなきゃならないんだから、真面目にやれよ!」
 美術室。
 ぷりぷりと怒る和原 樹(なぎはら・いつき)の前では、パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が正座させられていた。その頬には樹の拳の跡がつき、赤く腫れ上がっている。
「目の前に魅力的な尻があったら触ってしまうのが人間だと思うが」
「澄み切った目でそう言うことを言うんじゃないっ!」
 樹は思わず後ろ腰のあたりを手で押さえた。
「しかし夜の学校だぞ? 絶好のシチュエーションだぞ? 少しばかり無軌道になる吸血鬼というのもこーいろいろ相まってチャーミング、みたいな?」
「『みたいな』ぢゃ・な・い! とにかく俺はもうあんたの前では狭いところ探さないからな!」
「ああ、その心配は無さそうだぞ」
 言われて、フォルクスの指差す方向を見れば、暗闇に何やら黒い影がうごめいている。
「よし、フォルクス! 光術頼む!」
 言って樹は筆洗い用の水バケツを手に取った。
「嫌だ」
 樹の手からポーンとバケツがすっぽ抜ける。
「あーんーたーは、そんなに俺をいじって楽しいかー?」
「しかしあれが黒い悪魔だったらどうするんだ? お前にかける迷惑はそれはもう甚大だぞ?」
 襟首を掴まれたままでふんぞり返るフォルクス。
 樹は、ゴキブリを見たパートナーが暴れ出す可能性を思い出した。
「ああああなんだかなもう! なんだかなもう!」
 樹は肩を落とした。
「わかった! いいから光術! で、放ったらすぐに後ろでも向いててくれよ!」
「ふむ」
 フォルクスが無造作に光術を放った。
 この騒ぎをものともせず、壁に落書きをしていたカンバス・ウォーカー・プチの姿が浮かび上がった。
「これでもくらえっ!」
 樹はバケツを振り抜く。
 ぶちまけられた水がバシャリとカンバス・ウォーカー・プチを襲う。
『あわわわ、身体が、重い〜』
 ぐっしょりと水を吸ったぬいぐるみ製の身体。
 ズズズズっと壁をずり落ちていくカンバス・ウォーカー・プチ。
「よし、何とか一体っ!」
「なぁ樹、大丈夫? もういない? 黒い悪魔、もういないか?」
 後ろを向いたままのフォルクス。
「ああ大丈夫。もう戻っていいよ」
 ため息混じりの樹。
 その時――

『なんだか、あの絵描きの部屋と同じになっちゃってるんだね』

 展覧会のため、展示物が運び出されて殺風景な趣となった美術室。
 樹の手の中で改めて部屋の中を眺めたカンバス・ウォーカー・プチは、一体どういう意味なのか、寂しそうにそうこぼした。