イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

リアクション公開中!

展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

リアクション


第五章 真夜中の行進曲

「はい、という訳ですっかり夜も更けた空京。すっかり冷たくなった夜気がジワジワとわたくしの身体をから冷気を奪っている状況です。が、しかし、追跡劇はまさに白熱の最高潮!! 寒さなどものともしない、熱い熱いチェイスが展開されていますっ!」
 リポートをまき散らしながら空京の空を滑っていくのはみなつき みんと(みなつき・みんと)。マイクを片手に、器用に箒を操縦している。
「みんと、急いで! もっと!」
 箒の後ろにまたがって急かしているのははるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)
「せっかく貸してもらったのに、ターナーさんに会わす顔がないよ! 『彼女と猫の四季』は絶対に返してもらうんだからっ!!」
 らいむは、トントントンと忙しくなくみんとの背中を叩く。
「ちょ、ちょっとらいむ、無茶ですわ。二人乗りの上にレポートまでしてるんですもの。これで精一杯ですわ」
「レ、レポートはいいよっ! 全速力で追いかけて!」
「ええ〜? でもこれだけの大騒ぎが起こってるのですわ? 誰かがきちんとレポートしませんと」
 みんとはそこでニヤリと笑った。
「それとも、らいむがレポートしてくれます?」
「だから、今レポートする必要はぁ……」
「らいむがレポートしてくれたら、この箒、もっと速くなると思いますわ」
「うぅ……」
 ひとつうめいてから、らいむは少々乱暴にマイクをもぎ取った。
「さて、行く手では二本の箒と一台の飛空艇のデッドヒート! おっと! 今、闇を焦がしてマズルフラッシュの光が散りました! 夜空を駈けるこの追跡劇、果ては何処に向かうのでしょうか!? ここからはボク、はるかぜらいむが実況します!」
 みんとの会心の笑みと共に、箒は少し速度を上げた。

「リーズ、きっちり操縦桿握ってろやっ!」
 言って飛空艇から身を乗り出したのは七枷 陣(ななかせ・じん)
 前を行く空飛ぶ箒に向かって機関銃の照準を合わせる。
「噴かすよ、陣くんっ!」
 パートナーリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の声と共にグンッという加速。耳元でうねる風音が勢いを増した。
「っしゃー止まれコラー! 今時怪盗とか笑かせすぎやぞ自分っ!」
 機関銃から銃弾がばら撒かれる。
 威嚇のつもりで撃ったのを知って知らずか、前の箒が速度を落とす気配は無かった。
「ほーう? 止まる気は無いみたいだな」
 薄く笑って、陣、今度は少し狙いを絞り込む。
 その瞬間。
「陣くん、つかまってっ!」
 悲鳴にも似たリーズの叫び声。
 弾かれたように前方を見れば、目の前にまばゆい雷術が迫っていた。

「よし、エヴァ、もう二、三発雷術を放り込んでやっといてくれ」
 ちらりとだけ背後を確認したのはライヘンベルガー。
「荒っぽい、講義になるわね」
 エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)は頷くと、無造作に雷術を展開。ろくに標的も定めないまま背後に向けて光をまき散らした。
「ちょっ! ちょっと! 当てちゃダメだからね!」
 今までライヘンベルガーの箒の上で大人しくしていたカンバス・ウォーカーがさすがに焦った声をあげた。
「案ずるな、この程度。この大陸の学校の生徒達がこの程度でへばるなどあり得ない話だ」
 ライヘンベルガーは涼しい顔をしている。
 カンバス・ウォーカーは不安そうに、ちらちらと背後を振り返った。
「あー、ところで……」
 ライヘンベルガーは二つばかり咳払いをした。
「さっきも名乗ったとおりだが、これは空飛ぶタクシーだ。そうなってくると当然、乗車賃をいただきたいわけだ」
「――っ!」
 神妙な様子のライヘンベルガーの声に、カンバス・ウォーカーの表情に警戒の色が浮かんだ。
「お金なんか……持ってないよ……」
「それは別に期待していない。ついでに言うならまさか今、その絵を寄越せとも言わない。代わりに……いや、別に代わりじゃないのだが。全部事が済んだら。うちの娘とエリザベート校長にその絵を見せてくれるとあり難いんだがね」
 ライヘンベルガーは少し照れたようにポリポリと頬をかいた。
「今月の査定に響きそうでね」

「本格的に撃ち落としてやるぞコラーっ!」

 カンバス・ウォーカーの返事をかき消すようにして、陣の怒鳴り声が響いた。
 タタタっと、同時に銃弾が舞う。
「……ほら、しっかり元気だ。エヴァ」
「了解」

「リーズっ! 飛ばしたれや!」
 エヴァから放たれた雷術は交わして、陣は再び機関銃を構える。
「……」
 リーズから返事は無かったが、代わりに飛空艇がぐんぐんと加速。ライヘンベルガーの横に並ぶ。
「よくやったっ、リーズっ! っしゃ、墜ちろ!」
 陣は照準を合わせようとする。
 しかし飛空艇はまだ加速、ガタガタと船体を震わせながら限界一杯まで速度を上げ、さらに箒の方にその身を寄せた。
「おい、リーズ、近い! リーズ!?」
「……大丈夫、安心してよ陣くん」
 妙に静かなリーズの声。
 その口許にうっすらと笑みが浮かび、振り返ったその目が血走っていた。
「誰もボクの前は走らせない……!」
 さらに身を寄せる飛空艇。
 陣の目にライヘンベルガーがのギョッとした顔が目に入った。

 耳障りな衝突音。

 三組の飛行物体は水平方向への移動を放棄し、垂直方向への自由落下を選んでいた。

「なんてことだっ!」
 落下しながら毒づくライヘンベルガー。
「カンバス・ウォーカーをこちらへ!」
 その目に、急降下してくる飛空艇の姿が映った。
 無我夢中で、ライヘンベルガーはカンバス・ウォーカーを放り投げた。

「っと、ナイスボール。わっとと、暴れないで、大丈夫捕まえたりしないよ!」
 【暁の微笑】メンバーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)はライヘンベルガーが放り投げたカンバス・ウォーカーをキャッチ。飛空艇の上で抱え込んだ。
「さぁ行こうかルカ。空を駈けるのは、気持ちが良い」
 ルカルカのパートナー夏侯 淵(かこう・えん)は楽しそうに、自分の飛空艇の高度を上げている。
「き、気持ちいいのはいいけど、ちゃんと見ててね! 淵の目が頼りなんだからっ!」
「あーあ。任せてくれ。さっそく来たみたいだぞ」
 すぐに、ルカルカの目にも点滅する赤い光が届く。二人は、飛空艇のスロットルを開けた。

 ウワンウワンウワンウワン――。
 飛空艇に取り付けられた即席パトランプ。
 回転する赤い光は長く伸び、サイレン音がドップラー効果で糸を引いていく。
「そこの怪盗止まるのじゃ〜!止まって絵をまろに渡すのじゃ〜!」
 拡声器により所々がひび割れたロミー・トラヴァーズ(ろみー・とらばーず)の声が夜の闇を裂いていく。
 眼下で、街をゆく人々がざわめきの声を上げた。
「なんというか、想像以上にやかましいねぇ、これ」 
 マシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)は指でパトランプをはじいた。
「じゃがこれで路地の人々はどかせるしのぉ。他の追跡組にもカンバス・ウォーカーの居場所をアピールできる。まさに一石二鳥じゃ」
「で、俺たちは横から絵をさらっちまおう、と」
「その通り! お宝なのじゃ!」
 ロミーは操縦桿を握ったままで胸を張った。
「でも、俺たち以外に追跡してる奴はいなさそうだけどねぇ。今のとこ」
「むぅ。ではマシュ、攻撃なのじゃ! まろ達で捕まえてやるのじゃ!」
 
「ルカ、バニッシュ! もっとだ! 狙われているぞ」
「む、無茶! それ無茶! 淵、囮よろしくっ!」
 右に左に、背後に迫るマシュから放たれた氷術が炸裂し、艇体を揺さぶる。
 目くらましに時々バニッシュをまき散らしながら、ルカルカは必死で操縦桿を押さえ込んでいた。
「ちょっ、ちょっと、危ないからもうぼくを下ろしなよ! 一人で逃げる!」
 飛空艇から飛び降りようとするカンバス・ウォーカー。それをルカルカが止める。
「急いでるんでしょ? それに、何か大切な事があるんでしょ? しっかりしがみついてなよ、中途半端なんかにさせないんだから」

「じゃ、邪魔なのじゃ! そこをどくのじゃ!」
 ピッタリと、飛空艇の後部を密着させ進路を妨害する淵に向かってロミーが叫ぶ。
「悪いな、囮が俺の役割なんでね」
 にぃと淵が笑った。
「どうして邪魔するのじゃ、あやつは泥棒じゃぞ!」
「いや、たしかにそれを言われると面目ないんだが……どうにもパートナーがあれを気に入ってしまったみたいでなあ」
「ああもう、まろはちゃんと警告はしたからの!? 当たってしまっても知らぬぞ? マシュ、攻撃再開じゃ!」
「はいはい。ま、当たらないようにはするさ」
 言ってマシュは氷術を展開、前方に向かってばらまく。
「あっ」
 そのマシュが思わず声をもらした。
「どうしたのじゃ、まろからは見えん!」
「あたっちまった」

 ルカルカの目に飛び込んできたのは、氷術の直撃によってちぎれ飛ぶロープと、それによってばらける三枚の絵だった。
『あっ!』
 ルカルカとカンバス・ウォーカーの悲鳴が重なる。
 しかしカンバス・ウォーカーはためらわなかった。
 飛空艇から飛び出し、ばらけかけた絵を掴み、大事そうに胸の前に抱え込む。
 そして、自由落下に身を任せた。
「ああああああああああっ!」
 後には、ルカルカの悲鳴だけが残った。

「カレンデュラ、あっちだ!」
 上空のパトランプ、騒音の形跡を追ってリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は走る。
「いまひとつ、乗らないな」
 リアトリスの横を走りながら、カレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)がボソリとこぼす。
「なんで?」
「怪盗少女って言われたところでなぁ? あのカンバス・ウォーカー、実は少女じゃなくてオトメンだったとかそういうことないのかね? 怪盗オトメン。それなら俺のやる気も10倍は違うってもんだぜ?」
「新番組?」
「おお。いいなそれ、『怪盗オトメン』」
「あんまりヒットしそうにないね。なんか、すぐ捕まっちゃいそうな響きだし」
「確かにな」
 一点を目指して、人の波と喧噪は徐々に――いや急速に膨れあがっている。
 ほとんどは空京の住民だが、中にはちらほら各学校の制服姿も見え隠れしている。
「そりゃあ僕だって、カンバス・ウォーカーがもっと凛々しいお姉さんならなぁって思うけどさ。『むしろ僕を捕まえてください』ってやる気も10倍だけどね。ま、とりあえずは絵の奪還といこう。無事に展覧会が開催されればほら、出会いの機会も増えるかもだしね」
 リアトリスがしゃべっているうちに、前方に人垣が見えてきた。
「突っ切るぜ! 付いて来いよ」
 言うなり盾を構えたカレンデュラが突撃。「ちょっとごめんよ」と声をかけつつ人垣を割っていく。
 囲いの中心には三人の人影が固まっていた。

 一人はカンバス・ウォーカー。
 さすがの身のこなしで落下によるダメージは避けた様子だが、背後に迫る壁を飛び越える術は無いようで、唇を噛みしめながら追い込まれている。
 もう一人は、すらりとした美女。こめかみに手を当てため息をついている。
 その横では、頭からすっぽりと紙袋をかぶった怪人が、誰よりも一番あたふたしていた。
「いや、ちょっと待つんだっ! 俺は怪しいもの――かも知れないけど少なくともカンバス・ウォーカー一味とかじゃなくて!」
 ガサガサと紙袋の音を立てながら弁解するのは愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)
 取り囲んでいる人々から「やかましいっ」という声が飛ぶ。
「ううう、どうしようシーちゃん。カンバス・ウォーカーにに月に代わってお仕置きするつもり出来たのに……これじゃ俺がお仕置きだよお!」
「まぁそのかぶり物で言われたところでな……取ったらいいのではないか? 大丈夫だ、『愛と正義の美少女戦士』で通用する。うん、自分の容姿にはもっと自信を持っていいと思うぞ」
 何れ 水海(いずれ・みずうみ)はにべもない。
「こんな沢山の人の前で……そんな恥ずかしいこと出来ないよう」
「そんなものかぶってる方が恥ずかしいと思うが……額に『肉』って書いてあるし……ミサを迷子から救ってあげることは出来るけど……この状況で役には立てないよ……」
「あうううう」
 涙声になるミサ。その前に、人垣を割って一人の人物が現れる。
「へっ、やっと追い詰めたな、カンバス・ウォーカー……と、あとなんだかわかんない奴」
 半身に構え、左手はポケットに。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は右人差し指をびしっと突きつけた。
 その仕草は中々様になっていたが、一体どこをどう突っ切ってきたのか、トライブの恰好は埃やらゴミやらにまみれていた。
「ふぬぬぬぬー!」
 反論しようとするミサを水海が苦笑いで羽交い締めにしている。
「さて、お集まりの諸兄、あいつがカンバス・ウォーカーだ。まぁ店やら家やら……ちょおっと追跡経路に使わせてもらったんで迷惑かけたが……これで万々歳。カンバス・ウォーカーを捕まえて丸く収まりそうだな」

「何言ってやがる!」
「ちゃんと弁償してもらうぞっ!」

 人垣から不満の声が飛んだ。どうやら相当量、トライブへの追っ手も含まれているらしい。
「ったく、短気だな。とにかく迷惑料なんてそいつからいくらでもふんだくりゃいいさ。この大人数だ。まさか取り逃がさないだろ? とにかくふん捕まえてやろうぜ?」
 トライブは邪悪な笑みを浮かべた。
 
 ビクリ。

 ミサの背後でカンバス・ウォーカーが身を固くする気配があった。
 それでミサの中のスイッチが入る。
 水海が止めようとしたがもう遅い。

「ば、ばかやろう! 探偵は弱い者の味方じゃないのかよっ!」

 紙袋をかなぐり捨ててミサが叫んだ。

「理由も聞かずに数で押さえ込むなんて、納得いかないよ!」
 現れたミサの姿にトライブが一瞬目を見張るが、すぐに口許に笑みを張り付かせた。
「なんだ、あんたかよ。ちょうどいいや、さっさとそいつを捕まえてくれよ。お互い探偵同士。それで終いといこうぜ」
「い、一緒にするなっ! シーちゃん、援護を! カンバス・ウォーカーに付くよ!」
 ミサの声に無言で水海が身構える。
「ちっ。仕方ねぇなぁ……。行くぜっ! 朱鷺!」
 トライブの呼びかけで、今まで脇に控えていた千石 朱鷺(せんごく・とき)が飛び出す。
 その動きにつられて、一斉に人垣が動き出した。
 次の瞬間、朱鷺のカルスノウトがカンバス・ウォーカーを襲う。
 切っ先にカンバス・ウォーカーを引っかけたまま、朱鷺がバーストダッシュで空へと舞い上がっていく。
 呆気にとられる人波の向こうに、ミサはトライブの人好きのする笑顔を見たような気がした。

 バーストダッシュの力場の消え、朱鷺は滑るように地面へと滑空していく。
「え、えと……なんで?」
 左脇に抱えたカンバス・ウォーカーが、純然たる疑問の言葉を口にした。
「さて、なんでかしら? バーストダッシュで特攻かけるフリしてカンバス・ウォーカーを逃がせだなんて、トライブも甘いわね……」
 朱鷺が振り返った背後には今飛び越えて来たばかりの壁。
「しまった! カンバスの野郎! 俺の相棒の攻撃をものともせず逃げ出しやがった! ちっきしょう! 俺も追うぜ! それっバーストダッシュ!」
 壁の向こうからはトライブの白々しいセリフが聞こえてくる。
 ククク、朱鷺は笑った。
「甘いのは、ワタクシもね」