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【番外編】金の機晶姫、銀の機晶姫

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【番外編】金の機晶姫、銀の機晶姫

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その3 キッチンスタジアム開催! 〜お嬢様校に似合う食事を作れ!〜


 お茶会当日。
 先日のお泊り組みがようやくプレゼントの衣装を包み終わった頃、料理班が活動を開始した。


「放送席、放送席、こちらキッチンスタジアムからお送りします」

 いつもの黒マンと姿で現れた明智 珠輝(あけち・たまき)はどこぞの料理番組よろしく、菜の花庭園の近くに設置された野外料理スペースにて実況を開始した。ところを後ろからピンク色の髪をした美少年にハリセンではたかれる。男性用の袴姿を披露しているのはリア・ヴェリー(りあ・べりー)は通常の紙製のハリセンではなく、特注のプラスティック製ハリセンを今一度構え、黒髪の美青年(に見えるだけ)の変態パートナーを見下ろした。

「た〜ま〜きぃ〜……百合園にお邪魔してるんだから、ふざけた真似はやめろってアレほど」
「まぁまぁ、そういきり立っちゃダメだって」

 バニーガール姿をした赤髪のジャタ族の美女、藤咲 ハニー(ふじさき・はにー)はリア・ヴェリーの両肩に手を置いてなだめる。耳がぴょこぴょこと動いて、彼女が黒うさぎの獣人であってそのうさ耳が本物であるのを示していた。

「ふふふ、リアさん。プラスティックという響き、かなりエロイと思いませ……ぶルはぁッ!」
「だ・ま・れッ!!!」
「ほっとけばいいのにねぇ」

 張り倒された明智 珠輝をげしげしと踏みつけているピンクの髪をした守護天使の姿に小さくため息をつくと、準備を始めている生徒達に目をやる。おのおのが食材を持ち寄り、借りた調理器具で順々に下ごしらえを行っていく。

「まぁ、実況なら前にもやったんだろ? 少しくらい付き合ったっていいんじゃないか?」

 どこか男前な響きのする藤咲 ハニーの言葉に、リア・ヴェリーはむぅ、と唸り声を上げて明智 珠輝を踏みつけている足をどけた。

「ああ、もっとふんでください……」
「……実況は他のやつに任せてほしいんだけど?」 

 リア・ヴェリーのため息に、藤咲 ハニーはしょうがないなぁ、といった風に肩を持ち上げた。

「つーわけじゃ、わしが実況を担当することになったからよろしゅう頼むぞ!」

 シルヴェスター・ウィッカーはかわいらしいその顔立ちを男らしくゆがませながら、マイクを片手にポーズをきめる。その後ろにはルーノ・アレエが呼び出されて立っていた。

「あの、ウィッカーの兄貴、私は会場の飾り付けを……」
「なぁにゆっとるんじゃ、兄貴のいうことは黙って聞くもんじゃぞ」

 ルーノ・アレエはやや困り気味の表情だったが、隣で彼女の肩を叩いたのはガートルード・ハーレックだった。見た目にそぐわない少女らしい彼女の微笑を見て、ルーノ・アレエもつられて微笑む。

「それそれ、まずはおんしのところじゃのぅ。ん? なにをつくっとるんじゃ?」
「生パスタから手作りしてきたんだ。これは製麺機で、この生地をパスタにしているところなんだ」

 イルミンスール特有のローブを脱いだ姿にエプロンを身につけた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は手際よく、ただの小麦粉の塊を綺麗な生パスタへと変貌させる。既に切って用意してある材料を、一つ一つ丁寧に説明し始める。

「これはにんにくのみじん切り、ゆでて食べやすい大きさに切った菜の花、シラスに、しょうゆ、塩だね」
「兄さまがパスタの準備をされている間に、わたくしはサラダをつくりますわ」

 パートナーと同じく制服にエプロンを纏ったエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が銀色の髪を軽くピンで留め、そろえた野菜を洗い始める。

「ほほう。なにやらこっとるのぅ」
「この野菜は、百合園の生徒達が作った野菜ですね」
「はい、野菜はやはり朝取りが一番ですわ。なので、この学校からおすそ分けしていただきましたの。菜の花も、菜の花庭園から分けていただいたとのことですわ」

 手際よくレタスを氷水に浸し、食べやすい大きさにちぎっていく。きゅうりもなるべく薄く、食べやすさを重視している。クレソンも大きすぎず小さすぎず気を使い切りそろえていく。その横では、鍋の中で卵がお湯の中を踊っており、そのさらに隣ではフライパンの上でベーコンがカリカリになるまでいためられている。


『本郷さん、和風パスタと手作りドレッシングのミモザサラダとのことですが、まさか手作り麺とは驚きですね』
「しかも人数が多いからの、準備も大変そうじゃが、手際のよさでそれはカバーできそうじゃな」

「うのぉ、すっごく手際がいいねぇ」

 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は丁度その隣でシフォンケーキの準備をしていた。あまりの手際のよさに、思わず見とれているとボウルから生地がこぼれそうになる。

「ミリちゃん、こぼれちゃうよ〜!」

 秋月 葵の呼び声に、「うのぉ!?」とさらに声を上げて手元に集中し始める。ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)はそんな二人を眺めながら、デコレーション用のクリームを数種類用意していた。長い茶髪が料理に入らないよう、皆と同じくバンダナを頭にくくりつけた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、ミラベル・オブライエンに言われるがままにチョコレートクリームや、苺クリームを混ぜてつくっていく。一息ついて、瓶底眼鏡に手をやる。

「混ぜるだけでも、大変ですわね……」
「でも、食べてくれる人の笑顔を思い浮かべたら、そんな苦労吹っ飛んじゃいますよ」

 エレンディラ・ノイマンの言葉に、六本木 優希は微笑んだ。
 オーブンが焼き上がりの合図を告げる。先に焼きあがったのはエレンディラ・ノイマンの苺タルトの生地だった。荒熱をとった後、冷蔵庫に入れる予定で一度あいたスペースに並べておく。大きめなものをそろえた苺は、並べられるのを今か今かと待っているようだった。

「わぁ、いい匂い〜!」
「エレンの苺タルトは最高なんだよ! ルーノちゃんも絶対食べてね!」

 実況がてら脇を通ったルーノ・アレエに、秋月 葵はにっこりと微笑みかけた。赤毛の機晶姫は、大きくなずいて微笑み返す。

「はい! 楽しみにしていますね、秋月 葵」
「あたしたちが作る紅茶ケーキだっておいしいんだからね!」

 ミルディア・ディスティンも声をかけているのを見て、シルヴェスター・ウィッカーは眩しそうにルーノ・アレエの後姿を見つめる。マイクのコードを持つ係りになっているガートルード・ハーレックは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)から試食を進められてたじろいでいた。

「どうぞ〜、味見ですぅ〜」
「え、あの。いえ。私は……いま手伝いをしているから……」
「ガートルード」

 シルヴェスター・ウィッカーから声をかけられ、その眼差しを理解したガートルード・ハーレックは少し困ったような表情で頷いた。一人の女子生徒が差し出したクッキーを口にすると、頬を赤らめて口元をほころばせた。それをみたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も喜んで、嬉々として彼女に味見用だから、とさらにクッキーを差し出す。

「え、いいのか? ありがとう」

 年相応の少女らしい微笑を浮かべてると、ガートルード・ハーレックはルーノ・アレエにもクッキーの試食を進める。戸惑いながらそれを受け取ると、彼女の頬もとてもうれしそうにほころんだ。

「よかった〜! ルーノちゃんにも喜んでもらえて!」
「メイベルさんのお手製クッキー、こんなに喜んでもらえるなら準備している方々におすそ分けしてきましょうか」

 フィリッパ・アヴェーヌの言葉に「是非そうしてほしい」とルーノ・アレエは言葉を返す。セシリア・ライトは照れくさそうに笑うと、クッキーを手早く籠につめて会場準備を行っているメンバーのところへとかけていった。


「ふふふ、こんだけの大人数がいるんだもの。量もそれなりにつくらなきゃね!」

 赤いポニーテールはそのままに、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)はエプロンをまとって調理を開始した。炊き上がったご飯を手馴れた様子で業務用サイズの大きな寿司桶に移すと、リンゴ酢と砂糖、塩を適量加えて混ぜ始める。緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はその横でうちわを持って酢メシの荒熱を取るのを手伝っていた。
 一口味見をすると、「うん、おいし〜」と呟いて、しゃもじをくるくるっと手の中でまわしてパフォーマンスをする。

「おお〜パフォーマンスする余裕があるとは、さすが大食いの戦闘狂じゃな」
『その称号、どっちかというと食べる側っぽいのは気のせいでしょうか……』

 放送席のリア・ヴェリーは若干呆れながらも手際の良い霧雨 透乃の技に見入っていた。

「ルーノちゃーん! 一応のせるのは、海鮮ってきめてるんだけど大丈夫かな?」
「はい。私やニフレディの身体は食事をするのに支障がない造りになっています」
「なら良かった」

 柔らかく返ってきた返事ににっこりと笑った霧雨 透乃は、用意してきた海鮮を捌き始める。日本から送ってもらったマグロ、サーモン、鯛は細かく刻んで、シソは細切りに。緋柱 陽子があらかじめつくっておいた薄焼き卵も綺麗に錦糸卵へと変貌させると、その手伝いに入ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)はえびをさっとゆでてからをむき始める。

「あ、えびの頭は捨てないでね?」
「え? どうするの?」
「それでお味噌汁作るんだ」

 その言葉に放送席から歓声が上がる。逆さにつるし上げられている明智 珠輝は口元をゆっくりと持ち上げた(逆さなので下げているように見えるが)。

「ふふふ。いいですねぇ。だし汁」
「お前が言うとそれだけで破廉恥な発言に聞こえるな」
「いいんですよ、私のだし汁、リアさんにならすすっていただいても……」



〜〜〜〜ただいま、放送に適さない音声が流れております。今しばらく、お待ちくださいませ〜〜〜〜


〜〜〜〜ただいま、放送に適さない音声が流れております。今しばらく、お待ちくださいませ〜〜〜〜

 
〜〜〜〜ただいま、放送に適さない音声が流れております。今しばらく、お待ちくださいませ〜〜〜〜



 数回にわたり機械的な音声が流れたかと思うと、何事もなかったようにリア・ヴェリーの美声がまた聞こえ始める。周りの対応もなれたもので、しばらく放送席に向かって両手をあわせる者たちまでいた。

『失礼いたしました。さて、本郷さんのところはどうなりましたか?』
「うむ。どうやらパスタの準備は終わったようじゃのぅ」
「沸騰したお湯には既に適量の塩が入ってる。パスタをゆでている間に、盛り付けを手伝おうか」
「兄さま、ありがとうございます。こちらはもう混ぜ終わっていますわ」

 先ほどのちぎったレタス、薄く切ったきゅうりにクレソンは、カリカリのベーコンと共に自家製マヨネーズドレッシングによって和えられていた。だが盛り付ける先はお皿ではなく、クラッカーの上だった。

「ゆで卵は黄身と白身を分けて、黄身は裏ごしして白身は刻みますの」
「コレを上に飾って、オードブルは出来上がりだな」
「ミモザという花の名前にぴったりなサラダになりましたね」
「おうおう、ルー嬢も解説らしくなったのぅ」
「あ、ありがとうございます」

 葉をむき出しにして笑うシルヴェスター・ウィッカーに褒められて恥ずかしかったのか、ルーノ・アレエは頬を赤らめて少しうつむいた。そのかわいらしいしぐさに、頭にぽん、と手を載せてやる。ふと、思い出したことがあって男前な口調の機晶姫は言葉を漏らす。

「そういえば、ニー嬢は放っておいてよかったんか?」
「はい。ニフレディは会場のお手伝いをしたいといってくれて」

 その言葉に、シルヴェスター・ウィッカーは目を丸くした。新参者であり、妹でありながら、ニフレディという少女は姉を気遣っているのだというのに気がついて、少し安堵したように微笑んだ。

「ようっし! その調子で今度はまたお菓子チームに殴り込みじゃあ!」

 テンションが急上昇した広島弁の男人格が宿った機晶姫は、赤髪の機晶姫の首を抱き寄せて別の調理を行っているチームへと顔を出した。

「初めまして、ルーノさん」

 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は桜の花の塩漬けをガラス製の湯飲みに入れながら、ルーノ・アレエに声をかけた。何をしているのかを問うと、「桜湯といいます」と答えた。

「桜は塩漬けにしてこうしてお湯を注げは飲み物に、日本の和菓子にも使われるのですよ。あと今は、マカロンを作っています」
「ほうほう。お茶会にはぴったりじゃの〜」
「菜の花庭園には桜の樹があると聞きました、お花見団子とは行きませんが、三色マカロンでおしゃれにお茶会を、と思いまして」

 そういって、先に出来上がったマカロンを差し出す。ピンク色と、茶色、緑色で、それぞれベリーのジャム、チョコ、小豆が挟まっていた。一つ味見がてらつまむと、甘すぎない豊かな香りが鼻腔をくすぐった。

「とてもいい香りですね。ベリーの香りが素敵です」
「実は自家製のベリージャムなんです。そんなに褒めてもらえるとは思わなかったけれど」

 神楽坂 翡翠は照れくさそうに、金色の髪に触れて頭をかいた。トースターの呼び声に振り返ると、作業に戻りながら「何かお嫌いなものとかありませんか?」とルーノ・アレエに問いかける。ゆっくりと首を横に振ると、ルーノ・アレエは小首をかしげながら言葉を返した。

「心の篭ったお料理は、どれもおいしいと思います。だから皆さんの作る料理、どれも食べさせてほしい」

 赤い瞳を細めながら、ルーノ・アレエは微笑んだ。その答えに少し照れ笑いを浮かべながら、神楽坂 翡翠は頷いて作業に戻った。次に彼が造り始めたのはフランスパンを薄くトーストしたものにサーモンにマヨネーズ、いくらを乗せるカナッペ、クラッカーにクリームチーズを塗り、生ハムとモッツァレラチーズで飾り付けた簡単なものだった。ありきたりな材料ではあるが、センスの良い飾りつけは食べるのが惜しくなってしまうほどだ。

「さて、自分はこれくらいにして……簡単なものだし、先に会場に持っていきますね」
「私も手伝います」

 振り返った先にいたのは、ニフレディと彼のパートナー榊 花梨(さかき・かりん)だった。ニフレディは黒を基調としたくるみボタンのジャンパースカートに、背中には大きなリボン、スカートのすそは二段仕立てのフリルがついていた。その姿を見つけたものたちは、思わず歓声を上げた。

「それは?」
「お友達になった、花梨さんが選んでくれたんです」
「よくわからないけど、おうちから持ってきたんです。気に入ってもらえたみたいで、良かった」
「モノトーンが良く似合ってるね」
「かわいい〜!」

 あちこちから上がる褒め言葉にニフレディが照れ笑いを浮かべていると、後ろから金髪の白い機晶姫が声をかけてきた。

「褒めてもらったら、素直にお礼を言うのがレディというものだよ」

 ララ サーズデイ(らら・さーずでい)は横から顔をのぞきこむと、膝を付いてやうやうしくれいをした。ニフレディの手をとると、その手の甲に口付けを落とす。

「初めまして、私はララ ザーズデイという。以後、お見知りおきを」
「え、あ、は、はじめまして」

 ニフレディは頬を赤らめながら、ルーノ・アレエに助けを求めるような視線を向ける。返って来たのは柔らかな微笑だった。

「ニフレディ、彼女は私の友人です」
「元気そうで何よりだ」
「リリ・スノーウォーカー!」

 黒髪の美少女は、大きな茶の瞳にニフレディを映しながら、じっくりとその姿を見つめた。リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)のまっすぐな視線にニフレディが驚いていると、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が驚いているニフレディの両手を取る。

「はじめまして、私はユリです。ニフィーって呼んでもいいですか?」
「ニフィー?」
「あだ名を考えたんです! かわいいでしょう?」

 ユリ・アンジートレイニーがにっこりとほほえみながらそういうと、ニフレディもにっこりと返した。

「はい。ありがとうございます! ユリさん」
「ふむぅ、いいから早く会場にいくでおじゃるよ」

 今にも脱げてしまいそうな着物の着こなしに、ロングブーツを履いた赤髪の美女はふぅ、と甘いため息をついた。どこから取り出したのか、木製の扇子で口元を隠し、パタパタと仰ぐ。そのしぐさから匂い立つほどの色気をかもし出しているロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)は、はしゃぐパートナーたちを尻目に、神楽坂 翡翠のカナッペをつまみ食いし始めていた。

「あ、そうだった。お料理運ばなきゃね」
「頼むよ、花梨」
「それじゃ、先に行ってますね」

 ニフレディが一礼すると、神楽坂 翡翠と榊 花梨も彼女の後について一足先に菜の花庭園へと向かった。
 リリ・スノーウォーカーは、ルーノ・アレエに振り向いて、わずかに瞳を細める。

「リリたちも先に行くのだ」
「たっくさん、贈り物があるんです。楽しみにしててくださいね?」

 薄茶の髪のボブカットを、うれしそうにたなびかせながらユリ・アンジートレイニーは耳打ちした。ルーノ・アレエは無言で頷くと、4人を見送ってキッチンスタジアムへと戻った。

「ルー嬢、たのしんどるか?」
「はい兄貴、とっても楽しいです」

 初めてであったとき、彼女がこんなに笑うことができる機晶姫だとは、シルヴェスター・ウィッカーは思わなかった。熱いものが胸にこみ上げてきて、思わずルーノ・アレエを抱きとめていた。

「え、あ、ウィッカーの兄貴?」
「いいんじゃ。おんしは、そうやって笑っとるんが一番かわええ!」

 にか、っとわらった兄貴の姿を見て、ルーノ・アレエは照れくさそうに微笑んだ。

『さて、チラシ寿司はすっかり出来上がった模様ですね。寿司桶に3つ分となると、かなり大掛かりだったと思われます。見た目にも鮮やかでおいしそうですね。平行して作っているお味噌汁ももう一息といったところでしょうか』
「なんのなんの! 本郷んところはもう佳境にはいっとるわい」

 茹で上がった生パスタをざるにあげた本郷 涼介は、既に熱されているフライパンにオリーブオイルを入れる。みじん切りのにんにくを香りがするまでいためている間に、既にゆでた菜の花を少しかじる。顔をしかめるが、手早く茹で上がったパスタと菜の花を放り込み、さっと炒めるとシラスを加える。とっておいたパスタのゆで汁を加えるところで、パートナーに声をかけた。

「エイボン、みりんくれないか?」
「あ、はい。兄さま」

 エイボン著 『エイボンの書』は銀色のセミロングを優雅にたなびかせながら、みりんの瓶を本郷 涼介に差し出した。ぽん、と蓋を開けるとさっとフライパンに入れる。

「む? レシピにはなかったぞ?」
「ああ、少しだけ菜の花の苦味が出てたからな。みりんを入れるとまろやかになる」

 みりんをひと煮立ちさせると、しょうゆを加えて仕上げる。しょうゆとみりんが合わさって、芳醇な香りが会場に広がっていく。シルヴェスター・ウィッカーは大げさな様子で手を叩いた。

「おお〜! うまそうじゃのうっ!!」
「あとはこれを大皿で3皿ほどあればいいか」

 独り言のように呟くと、また新たに茹で上がったパスタをざるにあけ、フライパンに新たな材料を入れる。エイボン著 『エイボンの書』が仕上げたミモザサラダカナッペを大皿に並べあげると、会場へと運び始める。霧雨 透乃もえびの頭でだしをとった味噌汁に葱を入れて仕上げる。えびの良いだしが香って、食欲をそそる。味噌汁の入った大きな鍋を抱えたアリア・セレスティは、人数分のおわんを抱えた緋柱 陽子に語りかける。

「なんだか和風が多くなっちゃったね」
「日本のお花見みたいですね」
「ケーキもできあがったよ〜」

 ミルディア・ディスティンの言葉に振り向けば、紅茶のシフォンケーキを持った彼女が自慢げに立っていた。六本木 優希はシフォンケーキに好みで乗せられるようにつくった色とりどりのクリームを白い器によそっていた。そのうちいくつかは、ミラベル・オブライエンがクリームやチョコレートでデコレーションを施したシフォンケーキや、簡単なスポンジケーキも用意されていた。こちらも、フォークを差すのがもったいない仕上がりだ。秋月 葵はにっこりと笑って、一つ味見用に切り出した紅茶のシフォンケーキを、ルーノ・アレエに差し出す。

「どうかな? 最近勉強して、結構うまくなったと思うんだけど……」
「いただきますね」

 小さくきられたコウ茶色のシフォンケーキを、添えられた生クリームと共に口に運ぶ。香りが鼻をくすぐり、甘くさっぱりとした生クリームが喉までおいしいと感じさせる。

「凄く、おいしいです。秋月 葵」
「この苺タルトもどうぞ」

 続いてエレンディラ・ノイマンに差し出された赤い宝石の乗ったタルトも、一口かじる。苺の甘い香りとタルト生地のさっくりとした食感がたまらなかった。頬が落ちそうな、とはこのことを言うのだろうと実感したルーノ・アレエは無言で数回頷いた。
 満面の笑みを浮かべたケーキチームは小さくがっつポーズを交し合い、早速菜の花庭園へと甘い香りを運ぼうとしていた。
 実況を終えたリア・ヴェリーや藤咲 ハニーも、後ろにつるしてあった変態のロープを引きずりながら、彼女たちの後を追った。

「ルー嬢、わしらも行くぞい」
「はい、ウィッカーの兄貴、ガートルード・ハーレック」

 赤毛の機晶姫は、春の日差しのように温かく微笑んだ。