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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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第6章 東の谷を越えて

「たあっ」
 繰り出す槍に、草原狼がどさっと倒れる。
「爺さん! 大丈夫かっ……て、……」
 辺りには、ぐったりうっ伏す草原狼、七、八、九、……
「……なあ。俺、爺さんの護衛っつーか手伝いっつーかで付いてきたけど。
 この爺さん一人でも別に良くねえか?」
「むむ、此方からレオン坊ちゃんの邪魔だから来るなオーラを感じますな。
 真の執事たる者、この程度は余裕ですな。はぁっ! 行きますぞ、黄 飛虎(こう・ひこ)
 やれやれ……。
 だが俺も律儀にこの強行軍に付き合うぜ。
 何せ第二師団にゃあの妲己が居やがった。こりゃ今生もそうそう穏やかな時代たあいかねえだろうよ。
「しっかし爺さん、本当にこっちで合ってんのかよ」
「坊ちゃん守れとォ!轟きィ、叫ぶゥッッ!滅ッ殺!! ジェントルフィンガァァァァァ!!!」
「……」
 夕暮れの草原を、襲いくる狼どもを薙ぎ倒し、爺が行く。セバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)が行く。
「やれやれ。ほんとに仕方ねえなあ……」


6-01 巡礼の旅

 三日月湖の動乱を避けて、東の谷ルートで黒羊郷を目指すことになった巡礼の一行。
 これに同行するのは……
「本隊への合流命令を無視する形になるが……」
 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)。軍人の家系に生まれ、第一師団ではすでに少尉として認められ、教導団の有望な生徒として進んできた彼だ。が、
「これでアンタもいっぱしの不良軍人だな」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)がそんなことを耳打ちする。
「お前だけには言われたくないよ」
 苦笑して見せるクレーメック。
「第四師団以外の部隊でこんなことをしたら、軍法会議ものだろうけどな」
 と言うのは、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)
 クレーメック、「……それは言わない約束で」
 何が起こるかわからない第四師団……
 しかし、これは彼の勘でもあった。これなら怪しまれずに黒羊郷に近づける。臨機応変に対処することも重要だ。これがクレーメックの軍人としての今後に、あるいはクレーメック自身の成長に、どう関わってくるか。
 そんな彼らの後ろで、
「これって命令違反……」
 とぶつぶつ呟いて歩いているのは、アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)。新人の彼としてはどきどきだ。
「アクィラ? どうかしたか?」
 不思議そうに問いかけるケーニッヒ。
「い、いや、何でもないです」
「はわわわわ、大丈夫です、行けますっ!」
 アクィラの隣を歩くクリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)も一緒にどきどきの旅だ。慌てる二人。
「……」
 アカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)は、そんな二人をつんと見守っているが。
「そうか」
 平然とした様子のケーニッヒ。彼にしてみれば、「戦闘さえできれば文句はない」。それで集結命令を無視してのこの旅の決定に賛成している。谷には魔も出るという。今回こそは俺の出番だと。
「兄貴。楽しみなことだな」
 アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)も、面倒臭いことになっちまったなぁと思いつつも、兄貴分を仰ぐ彼がウキウキしているのでそのことは黙っている。
 そんな彼らの思いとは全く関係なく、
「何か目的があるんでしょうが……ってそれよりもナンパ、ナンパ〜フリーの女の子いないかな〜っと人外でも可ですよ〜。愛が在れば大丈夫〜」
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)
 そんな彼のもう一つ後ろでは、
「……って、あの、大丈夫ですかね? レオン……?」
 やばいことになっている三人がいた。……返事がない。グロッキーらしい。シルヴァルインは、おそらくあまりにもはしゃぎすぎたか、お弁当のサンドイッチがあたったのかも知れない。
「ええ、でもオレがいますから。
 (今回こそ、レオンハルトの右腕のポジションを確実なものにしてみせる好機ですよ。)
 見ててくださいね、レオン……」
 ……返事がない。まことにグロッキーらしい。
 巡礼の女性や子どもらと仲良く話しながら歩くのは、琳 鳳明(りん・ほうめい)
 食糧を積んである荷車を守って付いていっている。
「とびねこが出るっていうことだけど、大丈夫だよっ。いざとなれば、これを囮にして……」
 さて山道(東の谷ルート)に入り、夕刻前には、無事黒羊の寺院に辿り着いた。
 寺院では、五名の信徒が、とくに変事もなく暮らしており、一行を出迎えた。
「この先、馬は通れない。仕方ないが、ここで置いていく他はない」
 なるだけ必要最低限の荷物に絞ることにした。
 これからはとびねこの発生地域になってくるので、琳は、貴重品を各自で分担して持つことを提案。さもそこに貴重品があると見せかけた上げ底の積荷を一台用意し、これを囮として自らが引き受けた。
「さあ、行こうかっ」
 翌朝、一行は発つことになる。
 先は長い。鬼がいるという切通しも、吊り橋も渡らねばならない。



6-02 切通しの一つ目鬼

 荒野を流離うこの男。
 前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)
 前回、茶屋で他の者と別れてから、弓月 御法(ゆづき・みのり)と気ままに北へ歩いてきた彼であったが……
 草原を流離い、森を流離い……谷に迷い込んでいた。
「方角的には合ってるはずなんだが……下手に引き返すよりは進んだ方がいいか」
 何とも風次郎らしい。
 弓月も、何も言わずに彼に付いていく。(ちょっと不安ですが……。)



 旅の二日目。
 すでに、周囲は高く聳える山や木々で満たされた丘陵に囲まれている。
 この山谷を越えるための唯一の切通しには、一つ目鬼が巣食っており、通行料として、食糧・財宝や女を要求してくるという。
 ここを通る他、道はない。
 巡礼は食糧を与えるつもりだったが……腕に覚えのある教導団の者は、倒してしまえばいいと言う。
 しかし、ここでハインリヒは……
「金品や食糧ならまだしも、女の子まで要求するとは何という羨ましい、いや、非道なヤツだ」
 彼はその義憤(嫉妬?)から、鬼に囚われているであろう女達の救出を断固主張。
 パートナーのクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)を通行料として引渡し後、鬼が寝静まるのを待って彼女の手引でねぐらに侵入し討ち果たすという策に出た。
 ヴァリア、「……」
「切通しが見えましたね。鬼……いますね。で、でかい。ここからでも見えますね」
「鬼と話している者がいるな。先行する旅人か?」
「風次郎?」
「……ルースか。
 何とかならないか。この鬼、どうにも通行料を払えというばかりで、通してくれんのだが」
 鬼は、風次郎の隣で何とか話をつけようとする弓月のことをいやらしくじろじろと見ている。
 一行の前に立ちふさがった一つ目鬼。切通しは人数人が並んで通れるくらいの幅はあるが、一つ目鬼が立ちふさがると一人も通れないという程の体の大きさに、不気味な光りをたたえ一つ目をこちらに向けてくる。
「通行料として女を差し出す」
 と、ハインリヒ。
 ヴァリア、「……」
 鬼は、その一つ目でじろじろとヴァリアをねめ回し、いっそういやらしい笑みを浮かべた。
「ウヘヘ。オマエ、話ワカルヤツオニ。
 イイオニ。ジャアト、ソレトソレトソレモ寄越セオニ」
 鬼は、列の前方にいた琳、クリスティーナ、弓月を指名した。
「ええーっ」「はわわわわ」「何ですって……」
 風次郎が刀に手をかける。クリスティーナと顔を見合わせるアクィラ。
 しかし……癇癪爆発したのはヴァリアだ。
「ちょ!! ちょっと何、私じゃ足りないって言うわけっ!」
「オ前一人デ、オレ様乃相手ガ夜通シ務マルオニカ?」
 風次郎、刀を抜く。顔を赤らめるクリスティーナと顔を見合わせれないアクィラ。
「まあまあ……」ルースが、とりあえず風次郎の刀を収める。
 ヴァリアも絶句しつつ、一つ目鬼に連れられていった。
「サア来ルオニ」
「ええーっ」「はわわわわ」「何ですって……」
 琳、クリスティーナ、弓月もぞろぞろと連れられていくのだった。
 心配そうに見守るアクィラ。
「さて」
 ヴァリアがいなくなって、ほっとひと息し、ハインリヒ。「あとは連絡を待つばかり。まあ心配ございませんよ、皆さん」



 さて、一つ目鬼の住み処に連れていかれたヴァリア達。
 牢屋の中には、ちゃんと妖しいベッドが用意されている。
 ヴァリア、「……」
 このエロ鬼。絶対に許せない。あとは、夜になり、鬼が寝静まるのを待って……夜に、な……?
 夜になるのを待たず、一つ目鬼がやってきた。
「え、そ、そんな……!」



 日が暮れる。
 一つ目鬼の住み処の近くで待機する、ハインリヒ達。
「……遅いな。ヴァリアのやつ、まさか一つ目鬼と……」
「え? な、なんですか、ハインリヒさん??」
「……」
 風次郎は、刀に手を置いた。
「そうだな。ともかく、夜になっても脱出できなかったってこともあり得る。
 ヴェーゼル。俺はもう行くぜ。これ以上は待てないな。それに、本当にあんたのヴァリアや、女達が……」
「え? え?? なな、なんですか、ケーニッヒさん???」
「……」
 風次郎は、刀を抜いた。
 決まりだ。
 無言で一つ目鬼の住処の方へ歩き出す風次郎、ケーニッヒはグレートソードを携え、それに続く。
「俺もなんだかこうしていられない気がしてきたよっ。
 ジーベックさん。すみません、俺、行きます」
 アクィラも、ショットガンを手に、彼らを追って駆け出した。
「ヴェーゼルは?」
「まあ、ヴァリアなら失敗しても……」
 余裕だった。
「……」
 クレーメックはルースらと共に、一行を守ってその場にとどまる。



「真っ暗だな……」
 ねぐらに入り込んだケーニッヒは、鬼の寝床らしい部屋を探す。
「物音一つないな。気配もない。これはどうにも眠っているぜ。
 だがな、正体をなくして寝入っている敵を殺すのは、名誉に反するやり方だ」
 ケーニッヒは、盛り上がったベッドらしいそこまで来ると、耳元の辺りで叫んだ。
「ケーニッヒ・ファウスト推参! お命頂戴する!」
 ……動く様子がない。
「……? 野郎、おい、ケーニッヒ・ファウスト推参、お命……、ん?」
「グフフフ」
 ケーニッヒの背後で、気配がした。



「ぐ、ぐ、……しまった。すっかり寝入っているものだと……おい、汚いぞ。
 正々堂々、名乗りを挙げて勝負しやがれ……! ぐぐ、……」
 ケーニッヒの首をぎりぎりと締める一つ目鬼。
 そこへ、光が差し込んでくる。
「あ、朝……?」
「グフォ?!」
「お待ちなさい、このセバスチャンがいる限り、悪の栄えた試しなし!」
「セバス、チャン、だと……?」
 どこか高いところから、逆光で参上。
「暴力に訴えるは紳士的では御座いません。
 此処は一つ腕相撲等如何ですかな? 鬼殿が勝てば我々は言う事を聞く。
 ですが鬼殿が負けたら改心し真面目に働く、と」
「ば、馬鹿な……おいあんた逃げろ、死、ぬ、ぞ、……」
「グゥゥ……」
「どうですかな?」
 どっ。ケーニッヒの体が床に落とされる。「ごほ、ごほ……」
 爺に向かって歩み寄る一つ目鬼。
 爺は上着を脱ぎ捨て、瞳を輝かせるとドラゴンアーツッ!!で出力底上げ、
「相手に取って不足無し! 当方に迎撃の用意有り!」
 がっ。
 鬼の腕を握るや、筋力全開。
「黄 飛虎! ヒロイックアサルトの力を借りるぞ。
 ふぉぉぉぉおおお! 東岳の神威!!」
 一気に勝負をかける。ばっ。どんっ。しゅうぅぅぅぅ……
「成・敗・完・了!!」
「グァラ!!」
 ぼんっ。
 一つ目鬼のボディブローが爺の腹にまともに入った。
「ふ、ふ、ふ、不覚……!!」
 どたーん。倒れ伏すセバスチャン。
 その後ろ、戸口に現れた男の影。
 風次郎だ。
「……」
 刀を構え、無言で鬼と向かい合う風次郎。
「グァァァ」
 巨大な相手。
 一撃の破壊力もすさまじい。
「グァ!」
 鬼の拳が来る。間合いを取る風次郎。速い。
 ……相手は一つ目だ。
 まずドラゴンアーツで目を潰したいところだが、腕でガードされるかも知れない。
 だが。
 風次郎は、相手の一つ目に向けて、刀を上げた。
 鬼がそれに合わせて手を上げる瞬間、風次郎はすかさず鬼の腹に一太刀を入れた。
「!! グゥゥゥ……」
 鬼の手は風次郎によって動かされた、とも言える。
 先の先だ。
 しかし、浅いか。無論、これで倒れてくれるとはこちらも思っていない。再び、距離を取る。
 唸っていた鬼が、怒りにまかせ飛びかかってくる。
 後ろに下がりつつ、間合いを取っていた風次郎は、切っ先を向け一気に相手の懐に飛び込んだ。
 暗がりの中に黒い血が飛び散った。



「それで、ヴァリアは無事だったのかい?」
「ええ。無事でしたとも。
 外に人の気配がしたっていうものですから、一つ目鬼は家の明かりを消して、潜んだみたいですわね」
 他に、囚われた女達は、いなかった。
 鬼の住み処の縁下からは、たくさんの人骨が見つかった。
 クリスティーナは琳と手を取り合って、ぶるぶる震えていた。
「はわわわわ」
「で、でもよかったね。風次郎さん達が来てくれなかったら今頃……」
「はわわわわ」
「風次郎さん……。無事でした?」
「ああ、これは鬼の返り血だ。
 先の先と後の先での攻撃を試みてみたら、うまくいった。今回は刀で勝てたが、今後もっと強い相手が現れれば、やはり光条兵器を使った構えも考えていかねばなるまいな」
「……で、ヴェーゼル?
 ジーベックさんから聞きましたけど、ヴァリアなら失敗しても惜しくは無い、と言いましたとか……」
「えっ? ジーベック、ヴァリアに言ったのか?」
「いや、私は一言も……」
「ほら! やっぱりそうでしたのね!」
 こうして、ハインリヒはヴァリアのげんこつを食らった。

 鬼の言っていたことやしようとしていたことを色々と理解できずに悩んでいたアクィラは、この日から野宿の度、ノイエや獅子小隊の先輩方から色々と知識を授けられて新しい世界に目を見開いていくことになるが、詳細は別の機会に語られることになる。



6-03 とびねこ

 翌日、切通しを抜けていよいよ谷間に差しかかった一行は、早速、とびねこの来襲に見舞われることになった。
「うわぁぁ、な、なんで私……!」
 荷車を引く琳目掛けて続々飛来してくる。
「琳かくごしろにゃ」「えいっえいっにゃ」「にゃっにゃっ♪」
「ううう……これが今、巷で噂の弄らないで〜状態なのかしら……や、やめてぇ〜」
「い、いや琳殿。その積荷と一緒にいるからではないか?」
「そ、そうなのかな?」
 一度きりの手段なので、本当はできるだけ谷の出口まで粘りたいところだったが……すでに、あまりの数のとびねこだ。
 琳は囮の積荷を放棄する。
「にゃーにゃー」「おれのものにゃ」「ちがう。おれだにゃー」
 とびねこは、打ち捨てられた積荷へと、一気に群れがっていった。
「あ、あれ……私じゃないの??
 さっきまであんなにもふもふ食らわせてきてたのに、なんだか積荷に負けたみたいで悔しいよ?」
「琳殿。今のうちです、さあ行きましょう」
 一行は、積荷に向かって続々やって来るとびねこを振り切りながら、先を急ぐ。
 だが。
 やっぱりとびねこだった。
 程なくすると、またとびねこが大発生しており、一行の行く手を阻んで飛び交っているのだ。
「琳かくごしろにゃ」「えいっえいっにゃ」「にゃっにゃっ♪」
「うわぁぁい」
「り、琳殿? 大丈夫か……?
 皆さん。気をつけましょう、あまり猫にあたらない方がよさそうです」
 やがて、視界いっぱいにあふれるとびねこの中……
「たあっ」
 繰り出す槍に、とびねこがどさっと倒れる。
「爺さん! 大丈夫かっ……て、……」
 辺りには、ぴくぴくと倒れるとびねこ、十、二十、三十、……
「……なあ。俺、爺さんの護衛っつーか手伝いっつーかで付いてきたけど。
 この爺さん一人でも別に良くねえか?」
「むむ、此方からレオン坊ちゃんの邪魔だから来るなオーラを感じますな。
 真の執事たる者、この程度は余裕ですな。はぁっ! 行きますぞ、黄 飛虎(こう・ひこ)
 やれやれ……。
 寄ってくるとびねこの群れを、ドラゴンアーツで粉砕する、勇敢な執事セバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)の姿だった。
「さあ、皆さん、急ぎましょう」
 巡礼の一行が、その傍らを通り過ぎていく。
「坊ちゃん守れとォ!轟きィ、叫ぶゥッッ!滅ッ殺!! ジェントルフィンガァァァァァ!!!」



6-04 吊り橋事件

 一行が東の谷ルートに入って三日目。吊り橋に到着した。
 ここを越えれば、黒羊郷はもう目の前である。
 さいわい、とびねこはここでは発生していない。
 最後の難関と言っても、渡るだけなのだが……この吊り橋、向こう岸への距離は長く、傷んでいるため、一度に渡れるのはせいぜい三人。これだけの人数なので、時間がかかる。二時間くらいはかかると見た方がよいか。まだ、日没までは間があるし、ゆっくり渡ればいい。安全に……。
 安全を重ねるため、クレーメックの指示で、クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)がまず吊り橋に添ってゆっくり飛び、対岸に安全綱を引っ張ってきた。
 しかし、恐ろしい高さだ。と、ヴァルナは思った。翼を持っていても、恐ろしくなる。谷間から吹き付ける風で、翼があったとて、安全ではない。そして、谷底へ落ちれば……命はない、か。
 アカリも、身軽さ(隠れ身)を生かして先行し、命綱を取り付けるのを手伝う。
 その様子を恐る恐る見守る、アクィラ。
「まったくもう、男なら自分で行きなさいよ! これに成功したら、プリモ温泉で豪華ディナー全身エステ付奢ってもらうからね!」(この台詞……最初はフルーツ牛乳奢りから始まったのですが、三日の旅ですでにマックス段階まで上がりました。)
「これでよし、と」
 命綱の用意はできた。
 ルースとアクィラが、皆の護衛を願い出たが、ルースが先に渡り、対岸に渡る者の護衛を、アクィラが最後まで残り、しんがりの役割を担う、というふうに決まった。
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶる」
 いちばん乗りで、吊り橋を渡るルース。
 続いて、女性と子どもらが、吊り橋を渡った。渡ったところで、対岸の方向から、魔物が出現した。
「もうお約束としか言いようがありませんが、女性を守るためこのルース。一人で戦いますとも。
 女性や子どもを傷つけさせやしませんよ。身分隠してるから大した武器持ってないですが、まあ自分を囮にすれば問題ないでしょ」
 ルースは、キャラクエにでも出てこないようなマイナーな魔物に向かって突進していった。ルースは80ポイントのダメージを受けた。
「ルース!」
 ルースを援助するため、次にケーニッヒ、ザルーガ、風次郎が素早く吊り橋を渡る。
「おおっ、あ、危ない、ゆ、ゆらすな、ザルーガ!」「あ、兄貴!」「……う、うむ。このゆれはまずいぞ。く、待っていろルース!」
「女性は傷つけさせません!」
 ルースは100ポイントのダメージを受けた。
 次に、ヴァリア、弓月、琳らが、続いて男らが三人ずつ三組と渡り終えた。
 そして、巡礼の代表の男と、ハインリヒ、クレーメックが吊り橋を渡る。クレーメックがアクィラに声をかける。「この流れからいくと、どう考えても心配だが……」
「ジーベックさん。大丈夫。護衛を買って出たからには、最後までここは護り通してみせるよっ」
「はわわわわ、大丈夫です、行けますっ!」
 魔物が来た。
 キャラクエにも出てこないマイナーな魔物の攻撃! アクィラは25ポイントのダメージを受けた。
「アクィラさん!」クリスティーナが、家庭科の教科書で敵の攻撃を受け流す。
「くっ」アクィラがショットガンを放つ。
「……大丈夫かな……」
 吊り橋の上から、心配そうにアクィラの戦い振りを見守るクレーメック。
「ジーベック! 早く渡ってくるんだ」
 ハインリヒは対岸に着いている。
「ジーベック殿。苦戦のようです。ここは私達が戻って、アクィラ殿らに加勢致しましょうか」
「その方がよさそうか」
 キャラクエにも出てこないマイナーな魔物の攻撃! 吊り橋は100ポイントのダメージを受けた。
「……」「……」
 キャラクエにも出てこないマイナーな魔物の攻撃! 吊り橋は100ポイントのダメージを受けた。
「……まずいですな」「かなり、ゆれているようですね」
 キャラクエにも出てこないマイナーな魔物の攻撃! 吊り橋は100ポイントのダメージを受けた。
「ああっ。ジーベックさん!」
 アクィラのショットガン。魔物は最後の力を振り絞り、自爆した。吊り橋は100ポイントのダメージを受けた。吊り橋は最後の力を振り絞り、自爆した。
「ああっ。ジーベックさぁぁぁぁん!」
「はわわわわ、大丈夫です、行けますっ!」
「アクィラ! 来るなっ」
「ジーベック、私にしっかり掴まって! 皆さんも、私に掴まって。対岸まで飛……」
「うわ、うわぁぁぁぁ」
 どーーん
 ……
 ……
 対岸。
「どうなった?」
「画面上ではよくわからなかったが、五人……落ちたな」



 翌日、巡礼の一行はようやく、東の谷を抜けることになる。
 巡礼達は、谷の終わるところで、代表の死を悼んだ。
「ジーベックさんは……」
 琳も涙目になっている。
「ああ、ジーベックのことだから」
「うむ」
 ハインリヒとケーニッヒは余裕だ。
「とりあえずジーベックの指示に従い、黒羊郷に入ったあと私達は寺院には直行せず、街の様子を観察するつもりだ。琳殿はどうされる?」
「うん……。私は、そのまま巡礼さん達と一緒に復活祭を間近で見物に行こうかなぁって」
「俺も琳さんと一緒……いや、巡礼と行動を共にしますよ。カッコよく言うならスパイですね」
 ルースは静かに気どって言った。そう、この黒羊郷の者達……何か企んでる気がするんですよねぇ……。
「風次郎は?」
「そうだな。俺は弓月と、祭の見学でもして回る」
「黒羊郷の千年祭ですか……。伝統がありそうで、興味深いです」
「じゃあここからは別行動ですね」
「……ん? あれは、何だ」
「坊ちゃん守れとォ!轟きィ、叫ぶゥッッ!滅ッ殺!! ジェントルフィンガァァァァァ!!!
 真の執事たる者、この程度は余裕ですな。はぁっ! 行きますぞ、黄 飛虎」
「もう知らんふりだぜ、俺は……」

 こうして、黒羊郷へと至ったノイエ・シュテルンと獅子小隊のメンバー。
 この地で行われようとしていることとは?
 そして、谷底へ消えたクレーメック、アクィラらの命運はいかに……?