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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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第四章 想いと言葉の裏返しかた

「いやまさか、カンバス・ウォーカーが男だったとはな。俺もビックリだ」
 イルミンスール魔法学校の教室。
 複数の生徒に囲まれた中心で、うんうんと頷いているのは久多 隆光(くた・たかみつ)
 生徒達の間からはざわめきが上がった。
「だって赤い髪にあのなり、だ。逃げてるにしちゃ派手すぎだろ? でも女装って考えたらどうだ? むしろ目立っとけば、男に戻ったとき楽だろ?」
 男子生徒からは悲観のため息がもれる。
 隆光は女子生徒に向き直った。
「残念だな男子諸君。そしておめでとう女子諸君。いや、女装させてあれだけの可愛いんだからな、男ったってもちろん美形さ。ま、俺には及ばないけどな」
 生徒達から笑い声が上がった。
「ねぇ、でもなんでこの学校来たの?」
 女子生徒から質問の声が上がる。
「何でも、この学校にいる大事な人に会いに来たってのが、本当らしいぜ。秘密で。変装して、嘘までついてな。中々泣かせる話だよな」
 隆光は目元に手を当ててみせた。
 その隆光の視界に教室の外、クイーン・ヴァンガードの一行がやって来るのが見えた。
「おっと、やべ。ヴァンガードの連中だ。俺は逃げる。じゃな。さっきの話、内緒だぜ」
 シュタッと輪を抜け出し教室の外へ向かおうとする隆光。
「ねえ、何でそんなこと教えてくれるの?」
 その背中に、女子生徒から声がかけられた。
「そりゃあ、俺は美人の味方だからさ」

「内緒話は放っておいても広がる。ま、これで少しは混乱するだろ」
 廊下を歩きながら、隆光は小さくこぼす。
 教師でした話のうち、胸を張って真実だと言い切れるのは自分が美人の味方だということだけしかない。
「踊る阿呆に乗る阿呆……か。さてさて」

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 イルミンスールの学生寮。
 ソアの自室を出た一団が、極力目立たぬように、カンバス・ウォーカーを中心にかばって移動していく。
「やっぱり、騒がしくなってきましたね。早く移動してしまった方が良さそうです」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)は校舎の方を振り仰いで、眉をひそめた。
「じゃあ、少し急ごうか、カンちゃん」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はカンバス・ウォーカーの手を取った。
 相変わらずクイーン・ヴァンガードとカンバス・ウォーカーを巡る騒動は続いている。
 風天と美羽はより安全と思われる大図書室を目指すこの一向に同行していた。
「ところで美羽さんは、クイーン・ヴァンガードでしょう?」
「そうだよ」
「いいんですかこんなことしてて?」
「だってカンちゃん、困ってるんだもんっ」
 言い切ってから、美羽は少し首をかしげた。
「変……かな?」
「いえ、歓迎すべき言葉です」
 一瞬は笑みを返そうとした風天だったが、その進む先に生じた気配を感じ、代わりにその表情を引き締めた。

「逃亡者の集団にしちゃ、派手な行列だな」

 一行の前に立ちふさがったアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がニィと太い笑みを浮かべた。
「どちらさまだか知りませんが……危険な匂いですね」
 風天はそれをにらみ据えて、腰の刀に手をかけた。
「ああ、えーと、敵じゃありません! 抵抗もしません!」
 タタタとほとんど転ぶようにアレクセイの前に出た六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、あせあせとその両腕を高らかに上げて無抵抗の意思を示した。
「むしろカンバスさんを助けに来ましたっ!」
 反論されたらその時点で負け、と言わんばかりに。
 優希は、堰を切ったように一気に喋り始める。
「私が知りたいのはカンバスさんを襲ったという襲撃者のことです。正気でない襲撃者の正体。襲撃者は、どんな武器を持っていたのですか? それから……襲撃者に、気になる装飾品はありませんでしたか? まずは、それだけです」
 そこで、優希は度の強そうな丸眼鏡をずり上げた。
「……あの」
 カンバス・ウォーカーが口を開きかけるが、風天がそれを制した。
「……なるほど。でも、あなたのパートナーさんはまだ物騒な雰囲気ですね」
 その言葉に優希は背後を振り返る。
 牙をむき出しにしたアレクセイと目が合った。
「あ、アレクさん、ダメですっ。なんて顔してるんですかっ!?」
 優希はアレクセイの腕に取りすがる。
 しかしその腕は優希を振り払い、次の瞬間――

 美羽とカンバス・ウォーカーを引き倒していた。

「なっ――」
 優希の口から悲鳴にも似た声が上がるが、直後、質量を持った一陣の風が吹き抜けたのにあたって、残りの言葉を飲み込んだ。

 全員が弾かれたようにして体の向きを変える。
 視線の先には二人の人影。
 その手で、場違いなほどの輝きをたたえる光条兵器と、揃って額で光る輝晶石が一同の目を引きつけた。

「剣の花嫁!? ぼくを追ってきたの!?」

 カンバス・ウォーカーが怯えの滲んだ声を上げた。

「本当に来ましたねっ!?」
 どこかとぼけたような声の主は志方 綾乃(しかた・あやの)
「必ずカンバスちゃんを狙ってくるとは思ってましたけど……当たっちゃいましたね。大丈夫ですカンバスちゃん。守り抜きますよ」
 そう言ってカンバス・ウォーカーをかばうように前に出る。
「せっかく現れたんです。私の質問に答えていきませんか」
 綾乃は眼鏡の奥の目をじっと細めて、剣の花嫁を眺め据えた。
「まずひとつ。何故女神像なんて破壊するんですか?」
「……」
 虚ろな瞳に何か反応が浮かんだ様子は無かった。
「じゃあふたつ。あなた達、十二星華じゃないですか? ちょうど二人いますし……例えば、双子座、とか?」
 答えは返らない。
 代わりに、剣の花嫁は光条兵器を構え直した。
 それを見て綾乃はムッとした表情を浮かべた。
「私――いーえ、イルミンスールに刃を向ける気ですね。そうですか、まったく、志方ない人たちですねっ」
 綾乃がヒロイックアサルトを発動させた。

「風ちゃん、迎撃準備っ!」
「『風ちゃん』って……ボクのことですか?」
 美羽の叫びに答えた風天が、剣の花嫁の攻撃を受け止め、弾く。
「アレクさん、下がりますっ! 後方から支援をっ!」
「上等だっ!」
 優希にアレクセイ、さらに美羽を加えた三人は遠距離攻撃を準備して、放った。
 即席の陣形は、連携となって作用する。
 光条兵器の攻撃にはおよそためらいというものが無く、風天と綾乃は冷や汗と共にその攻撃を捌き、打ち返す。
 しかしさすがにそこには二倍を越える人数差が横たわっている。
 支援攻撃にも不利を悟ったのか、二人の剣の花嫁は逃げ出していくこととなった。
 五人がホッとため息をもらした。

「気になる装飾品、って言ったよね」
 カンバス・ウォーカーは青い顔で優希と目を合わせた。
 その声は、少し震えているようだった。
「同じだよ。今の子達と同じ――ううん。今の子達が空京でぼくを襲ったのかもしれない。みんな、あんな石を身につけていたよ」

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「これはこれは、はじめましてカンバス・ウォーカーさん。俺は景山悪徒と申します」
 イルミンスールの廊下で、前に立ちふさがった景山 悪徒(かげやま・あくと)の丁寧な挨拶に和原 樹(なぎはら・いつき)はぎくりと足を止めた。
「いえいえ、ご安心を。あなたの正体もこの学校にやって来た本当の目的も詮索したりはいたしません。微力ながら俺も協力しましょう。そうですね、例えばその危険そうな像、俺が預かるというのはどうでしょう」
 なるべくゆっくりと。
 自分を落ち着かせる意味も含めて言葉を継いでいく悪徒。
「分かっているな、悪徒」
 悪徒の肩で、ごく小型の機晶姫小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)が、その体躯に見合わない重厚な声で口を開いた。
「狙いは奴が持っている女神像。裏オークションで売捌けば良い値がつくのは間違いない」
「承知しております」
「我が組織【ダイアーク】も不景気の波に勝てなくてな……今年度の決算は赤字確定してしまった。このままでは貴様等のボーナスカットはおろか、減給……果てはリストラだって有り得る状況なのだ……」
「これ以上ないくらい、心に刻んでおります。しかし大首領様。奴ら、大人しく像を渡すでしょうか」
「強引にでも奪え」
「正面からになりますが」
「構わん、今は速度を重要視する。幸い護衛もほとんどいないようだ。他の連中がこの本物のカンバス・ウォーカーとやらに気がつく前に像を奪うのが上策というものだろう」
「はっ」
 グッと覚悟を込めて、悪徒は前方を見据えた。

 そして悪徒の視線の先、疑問符にまみれて、樹は首をかしげた。
「さっきからどうなってるんだよ? イルミンスールの生徒には『がんばって』ってこっそり耳打ちされるわ、クイーン・ヴァンガードには追いかけられそうになるわ……」
「ふむ。それについては興味深い話があるな」
 腕組みをしたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が神妙な顔で頷いた。
「カンバス・ウォーカーは実は男で、この学校には大事な人に会いに来たらしいということだ……秘密で。これが最新の噂だ」
「ちょっと待ってくれ」
 樹の顔色が変わる。
「実は男のカンバス・ウォーカー」
 フォルクスが樹を指差し、
「秘密の大事な人」
 今度は自分を指差した。
「ふむ。傍から見ると我と樹もそう見えるであろうな。まあ悪い気分ではない」
「待て待て待てっ! ショコラちゃんはどうなる?」
 フォルクスは、小さなアリス、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)を見下ろした。
「女神像?」
「バカ言うなっ!」

「どうですかぁ? 像、俺に預けませんか?」
 少しだけ、悪徒の声に焦れたような響きが混ざり始めていた。

 とてとてとて、とショコラッテが樹達の前に進み出た。
 それからまるで悪徒達から護るように、小さな腕を広げる。

「カンバス・ウォーカーを、虐めたら、だめ」

「いや待て、ショコラちゃんっ! ちょっと待て!」
 樹が慌ててショコラの口を塞ごうとした。
「樹兄さん? どうして? カンバス・ウォーカーを虐めたら、だめ」
「それはそう! ショコラちゃんは正しい! 正しいんだけど今それ言っちゃうとさ、違うもの指すんだ」
「樹、やはり敵だったようだ。来るぞっ!」
 顔を上げた樹の先で、悪徒の姿がかき消えた。光学迷彩を発動させたらしい。
「ショコラちゃん、煙幕ファンデーション!」
 叫んで、樹はショコラッテを横抱きにし、そのまま駆け出した。
「結局これじゃ俺、カンバス・ウォーカーのままじゃないか〜」
 走りながら、呻き声を上げた樹だったが、ふと気がついたように頭を上げた。
「でも待てよ。こんな噂が流れるってことは……壊された女王像にはそれぞれに想いが込められてて、あっちこっちでカンバス・ウォーカーが出没してるかもしれないって俺の推測、当たってるんじゃないか?」
「独創的なのは間違いないが、確証はないな。しかし、今の状況ならカンバス・ウォーカーへの危険は大分軽減される。それだけは確実だ。せいぜい派手に逃げ回ってみるのも、得策かもしれんぞ、樹」

 おかしな噂が駆け回る中、クイーン・ヴァンガードも校舎の中を動き回っていた。
「はい、クイーン・ヴァンガードですよ。今からこの階の教室全部チェックするから。一般生徒は教室にて待機ね。勝手に動かない方がいいよ。オレ、ためらわないからね」
 青葉 旭(あおば・あきら)はそう言うと山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)に目で合図。

 パアンっ!

 天井めがけての威嚇射撃だったが、にゃん子はためらわず引鉄を引いてみせた。
 最初はブーイングに近かった生徒の声は、それで悲鳴に変わった。
「ミルザム様を女王候補として承認しているイルミンスール魔法学校は、女王警護隊の調査に協力し従うのが当然。文句があるなら、校長から女王警護隊へ正式な抗議するようにね」
「おいっ! やり過ぎだろっ!」
 見咎めた彼方が、がっとばかりに旭の肩を掴んだ。
 旭はことさら、「なんで?」という表情で振り返ってみせる。
 まったく悪意のないその表情に、彼方はグッと言葉を詰まらせた。
 
 そこへ――

 パチパチパチパチ……。

 突然、ゆっくりとしたリズムの拍手が響き渡った。
「素晴らしい宣伝だ。これでまた、シリウスくんが不審に思われる。彼方くんはじめクイーンヴァンガードがこの態度なら、シリウスくんが横暴な権力者だって見られること請け合いだね」
 拍手の手は休めず言って、桐生 円(きりゅう・まどか)は口許に皮肉気な笑みを浮かべた。
「ほら褒められた。やっぱこうじゃなきゃ、ねえ?」
 旭が嬉しそうな表情を浮かべる。
 ちらりと、円はテティスの方を見たが、彼女は唇を引き結んだままで黙っていた。
「ああ最高だよ。自信たっぷり羨ましいね。そこまで自信ありげに言ってるんだ、カンバス・ウォーカーとやらが犯人だという確たる証拠があるんだろうね?」
「クイーン・ヴァンガードから逃げようなんて、それだけでもう立派に犯人の資格ありだよ。ねえ彼方」
「……感情論以前の問題か」
 旭の言葉に、ぼそりと、だが吐き捨てるように円は呟いた。
「何か言った?」
「いや、クイーン・ヴァンガードというのはもう少しスマートな集団だと思っていただけだよ」
「だって銃弾一発で、みんなが黙るなら、そっちの方が早いじゃないか」
 そう言って、また旭がにゃん子に目で合図を送った。
 アサルトカービンの銃身が持ち上がる。

 ガッと。
 それを、ためらうことなく素早く掴んだ影があった。

「え〜と……ここまで非常識だと何から話せば言いのかな?」
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)は、頭痛でもこらえるように、空いた方の手の指でトントンと頭を押さえた。
「まぁ、これは学校の意志ではなく、言うなればパラミダに住む私一個人の意見なんだけど……つまりは誰でも思うことだよね……あなた達が『女王の護衛』ってことで頑張ってるのは分るんだけど、今はあくまで『女王「候補」の護衛』な訳だよね? 言いたい意味わかる?」
 噛んで含めるような調子で声を絞り出してから。
 泡はキリッと旭を睨み据えた。
「ただの候補のそれも護衛……もう言ってしまえば仲良し部隊の立場のあなた達に、身柄の引き渡しを要求する権利なんて物は無い訳。って言うか、今のあなた達のこの強行的な行動が、女王候補であるミルザムさんの名を汚すと共に、世間の信用を下げさせる事に繋がるってこと……わかってるの?」
「ほら、こんなこと言ってくる人がいる」
 泡の言葉を聞きながら、旭は人の悪い笑みを浮かべた。
「いちゃいけないんだ、クイーン・ヴァンガードに意見を言う人なんて。もっとクイーン・ヴァンガードって名前を聞いただけでみんなが黙り込むようにしなくちゃね。こりゃカンバス・ウォーカーに接触した人全員に、尋問が必要だね。それから強制の家宅捜査」
「お前なぁっ! そんなやり方、あるわけ無いだろっ!」
 彼方は旭の襟首を掴み上げた。
「なんで? ここに来た時からの、これがキミのやり方だよ? ただわざわざカンバス・ウォーカーを追いかけてみたり、ちょっとキミが甘いだけ。まだるっこしいことはやめようよ。なに、クイーン・ヴァンガードの力を知らしめる良い機会じゃないか」
「……こんな発言許しとく、あなたのリーダーシップも問題」
 ふうとため息をついてみせた泡に、彼方は唇を噛みしめた。
 そこへ、頃合いと見て泡の胸ポケットからもぞもぞと、リィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)が顔を出し、落ち着いた声をかけた。
「カンバス・ウォーカーさんが悪い人……いえ、悪い存在ではないことはこのイルミンスール魔法学校が保証してくれると思います。女王候補を守るという使命に全力を注ぐのは良い事だと思いますが、それにより周りが見えなくなっては、元も子もありませんよ? もっと冷静に状況を判断するための『余裕』を持ち合わせないと、本当に取り返しのつかないことになってしまう可能性もありますので、ご注意くださいな」
 ポンポン。
 リィムの後を引き継ぐように、久途 侘助(くず・わびすけ)が彼方の肩を叩いた。
「皇の負けだ。いや、勝ち負けじゃないと思うけどな」
 侘助はどこか眠たげな様子の声で、彼方の耳元でしゃべった。
「いいか? 皇の言うとおりだとしたらカンバス・ウォーカーは紛れもなく犯罪者だ。犯罪者をかくまうなんて、学校の看板に泥を塗りまくるようなもんだぞ? イルミンスールがそんなことすると思うか?」
 彼方から反論はなかった。
 ただ、グッと奥歯に力がこもる気配があった。
「情報がこじれてるんなら、その辺ほどいてさ。事件全体ってことで、見方変えて調べた方がいいんじゃないか? 大体、これじゃ蒼空とイルミンの関係が険悪極まりなくなるぞ?」
 グヌヌヌ。
 彼方はさらに強く奥歯を噛みしめた。
 テティスが心配そうにその様子を見つめる。
「わかるけどな。確かにすぐ折れてころっころ態度が変わるような指揮官に、誰だってついていこうなんて思わない。けど、ま、突っ張るばかりが、能でもないだろ?」
 グヌヌヌヌヌ。
「ああくそっ。降参だ。俺が勢いつきすぎてたみたいだ! 焦りすぎてたっ! どうもここに来てから調子が狂った感じだったんだけど……カンバス・ウォーカーに事情を聞くための捜索に切り替える。テティス、イルミンスールにいるクイーン・ヴァンガードに通信、手伝ってくれ。えーと、旭も。校舎壊しての家宅捜索とか、頼むからしないでくれよ」
 言うなり、彼方はあわただしく駆け出していった。

「あっはっは。旭ちゃん、これでだーいぶ憎まれ役だねぇ」
 彼方達の後ろ姿を眺めて、にゃん子が気楽に笑った。
「ま、いいよ。予定通り反面教師には、なれたでしょ。それより生徒達の中におかしな奴、いた?」
「いないね。旭ちゃん怖がったり、睨んだり。真っ当な反応ばっかりだよ」
「となると……やっぱり犯人は、外から来る……か」

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「全員入ったね!?」
 葉 風恒(しょう・ふうこう)はきょろきょろと周囲を確認。
 大図書室内小部屋の扉を閉めた。
「よっし、後は力仕事……期待してるよ」
「承知、ですな」
 ダレル・ヴァーダント(だれる・う゛ぁーだんと)はぐるぐると腕を回した。
「ちょっ、ちょっと? それ、その『期待してるよ』に、もしかして自分も入ってる?」
 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が自分のことを指差して慌てた声をあげた。
 風恒は、不思議そうな顔をしてケイラを見返す。
「うん。あったり前だよ。ちょうどよく本を抱えてるじゃないか」
「いや、これはね、別にバリケード作ろうって思ってたわけじゃなくて。女王に似た像について調べようと……有名な作者とか……ぶっ飛んでるの作って叩かれた作者とか……そんなのいないかなーって」
「あ、それからあなたのあの炬燵。あれも障害物にしよう」
 風恒はケイラが持ち込んでいた炬燵を指差した。
「さりげなくね。あくまでさりげなく進路妨害できそうな所に置いてね」
「それ、どんな炬燵?」
「……ケイラ殿はカンバス・ウォーカー殿を手伝いたい。そうですな?」
「うん。だってなんか大変みたいだし」
「カンバス・ウォーカー殿はもう目の前にいます」
 ダレルは小部屋の扉に目を向けた。
「だから、もう本を調べている段階ではないのですな」
「……」
 ケイラは、少し考え込む。
「そうだよ、今はまさに――」
 風恒が言葉を継ぐようにダレルの横に立ち、そして、

『本を積む段階!』

 二人の声がハモって、ケイラは思わずこけた。
「ってことで、僕たち本を集めてくるから」
「大丈夫、積み上げるのはわたくしの担当。ケイラ殿はその辺に集めておいてくれれば大丈夫ですからな」
 風恒とダレルは図書館の奥に去っていく。
「いや、手順の話じゃなくてね!?」
 声はむなしく大気を震わせる。
 ケイラは頭を抱え込んだ。
「ああ、なんか自分、また巻き込まれた気がするっ!?」

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 十数分後。
 カンバス・ウォーカーを探す一団が大図書室の奥にたどり着いたとき、やっと見つけた小部屋の前には、無数の本が積み重なっていた。

 トントントン。
 各務 竜花(かがみ・りゅうか)はバリケードを乗り越えるようにして扉をノック。その後でピタリと耳をくっつけてみたが、返答はなかった。
「んーダメか」
「よし、どいてろ」
 竜花のパートナー斗羽 神山(とば・かみやま)が扉の前に立った。
 はあと深呼吸をしてから拳を振り上げる。
「おい、開けろ! ここ開けろっ!」
 ドンドンドンドン。
 ノックの度に扉が揺れた。
「ちょっと、乱暴すぎない?」
「だって竜花、この騒ぎの謎が知りたいんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあとにかく本人出てこなきゃはじまらねぇよ。チッ。俺の身長が50メートルもあればこんな扉一撃なんだけどな」
 物騒なことを言って再び拳を振りかぶる神山。
「よし、そこまで、退場っ!」
 その肩を、レクス・アルベイル(れくす・あるべいる)が羽交い締めにした。
「ああん? 何すんだ?」
「目的と手段が逆転してそうな奴なんざ退場だ、退場。ったく……あんたのパートナーはクイーン・ヴァンガードだろ? 彼方からの話を聞いてないのか?」
「聞いてるぜ? カンバス・ウォーカーに会ってみることにしたんだろ? だからこうやって引っ張り出そうとしてるんじゃねぇか」
 ドンドンドン。
「ほら、隠れてないで堂々と吐けっ! お前何でイルミンスールに来たんだ?」
 ドンドンドン。
 そんな神山を、レクスは今一度羽交い締めにしようとしたが、
「おい、カンバス・ウォーカー! 出てこいっ!」
 思い直して、神山以上の大声を張り上げた。
「うわあっ!」
 思わず流花が悲鳴を上げた。
「菅が手無実を主張するならそれこそクイーン・ヴァンガードと共に調査して晴らすべきだっ。放っとくとこんな輩が増えるっ!」
「なんだよ。それじゃ俺と変わらねぇだろ。協力したいなら最初から言えよ」
「一緒にするな。俺はぼこぼこ扉を叩くような乱暴な真似はしない」
 神山のセリフに、レクスはフンと鼻を鳴らした。
 しかしその後、息を吸い込むタイミングは重なっている。

『カンバス・ウォーカーっ!』

「あああ〜冷静なのか血の気が多いのかどちらかにしてよ〜!」
 再び声を張り上げたレクスに、ほとんどすがりつくようにしてシスティル・フォーリア(しすてぃる・ふぉーりあ)はズルズルと崩れ落ちた。
「レクスさん? ほら見られてる。皆さんに見られてますよ? いや、というかもうあからさまに迷惑がられてますよ? ああ、すみません。ごめんなさい」
 四方八方に申し訳なさそうに頭を下げるシスティル。
「せっかく穏便な交渉にしようと思ったのに〜もう交渉ですらないです〜」
 その頬を、滂沱の涙が伝った。


 その扉の向こう側では。

「これまた、しかしえらいところに押し込まれたもんだね」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)がため息をついていた。
 薄暗い上に、あまり掃除をされていないのか、一歩足を踏み出す度に埃が舞う。

 ドンドンドンドン。
 入ってきた扉からはさっきからノックの音が止まず、何やら大声まで聞こえてくる。
「おまけに、やかましいときてる。どうする? 出て行ってみるか?」
 しかし、それでカンバス・ウォーカーが本気で身を固くするのを見て、天音はパタパタと手を振った。
「いや、冗談だ冗談」
 それからふと思い出したように続ける。
「こちらは冗談ではないが、君の存在が芸術品自体の意思であるなら、美術品が恐れた破壊者が近づいたり目の前に現れたら……もし、それが多人数で色々なの立場の人物の中に紛れていても『破壊すること』を目的にしている相手が正確に分るかい?」
「わ、わかんない。その……わかるかどうか、わかんない。最初にこの像が壊されそうになった時は、わかったと思う。だからたぶんぼくがここにいるんだろう、けど今はもうこの姿だから、たぶん人と、君たちと変わらないと思う」
 自分でも確証はないらしい。カンバス・ウォーカーは所々考えるにようにしゃべった。
「天音」
 そこへ、扉の近くで様子を見ていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が近寄ってきた。
「どうだった?」
「クイーン・ヴァンガードが混じっているようだが、それ以外変わったところはない。見たままであれば、何かの襲撃ということはなさそうだな」
「そうか。彼女は、『破壊してやる』って悪意の存在まではわからないらしいよ」
 天音の言葉に、カンバス・ウォーカーは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「む、おまえが落ち込むことはない。天音、もう少し気を遣え」
 見かけの厳つさに反して、このドラゴニュートの心配りは細やからしい。
「ところで天音、今何を考えている」
「そうだな、どこか他の十二星華に鏖殺寺院。カンバス・ウォーカーの不思議な存在のしかたも、だな。いずれにしろもう少しくっついていくことにするさ」

「嫌です。カンバスさんはかくまいます。ギルさんがダメって言ってもです」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)はそう言ってフイっと横を向いた。
「カンバスの話は聞いただろう? 無実だというのなら別に逃げ続ける必要はない」
 ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)は自分が無意識にいちるの目を追おうとしているのに気付いて、代わりに唇を噛んだ。
「だから捕まれって言うんですか?」
「可能性のひとつとして検討しろと言っている。籠城にだって限界があるっ」
「風恒さんがこの部屋は反対側から逃げられるって言っていました。踏み込まれたら、そこから逃げます」
「……危ない」
 ギルベルトは少し言い淀んだ。
「危ないって……何がですか?」
 ぐっといちるは身を乗り出してギルベルトを見る。
 ギルベルトは目をそらした。
「逃げ続けるのは……いちるが……危ない」
 いちるが一瞬ぽかんと口を開け、すぐに頬を膨らませた。
「だからってカンバスさんをあんな乱暴そうな交渉で差し出せって言うんですか?」
「あくまで検討、だ」
「嫌ですっ」
 言い放ってから、いちるは声のトーンを落とした。
「ギルさん、なんで最近私のやろうとすることに反対するんですか」
「……別にしてない」
「ほんとですか? ほんとって、言えますか?」
「……」

「ああああ」
 背中から聞こえてきたいちるとギルベルトのやりとりに、クー・フーリン(くー・ふーりん)は頭を抱えた。
「ああもう、聞いていられません。なんでああなんでしょう」
「……早く元通りにならないとやりにくくて仕方ありません。クー様が一度ギルベルトを怒って差し上げればよろしいのです」
 クーの横に並んだソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)がちらりと背後を一瞥して呟いた。普段は眠そうなその表情に、かすかな不満の色が浮かんでいる。
「それで解決するならいくらでも怒るのですが……」
「どういうことなのですか?」
「難しいのですが……ギルベルトが我が君を大切に扱いすぎているのですね」
 ソプラノは首をかしげた。
「大切に扱うのは、よろしいことです。ギルベルトがマスターを大切に扱わないなら、ワタシ、許しません」
「それは、その通りです。ただですね、ソプラノ。何かあった時に護るということと、護ろうとして何もさせない、ということは違うのです。分かりますか?」
「……難しいです」
「そうですね。言っていて、難しいと思います。実行するのは尚、難しいでしょうね」
 クーは背後を振り返って、深いため息をついた。

「ああ、島村さん? うん、情報」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は携帯電話を耳に当て、小さな部屋の小さな窓から外を眺めると、なんとなく空京の方に視線を漂わせた。
「今? 今はイルミンスール大図書室の小部屋。でかいねぇ、ここの図書館。え? いや、別に閉じこめられてる訳じゃないよ」
 島村幸の質問に苦笑して答えた正悟だったが、身動きが取れないという点においてはそう変わらないのかもしれない。
「まったく食い違ってる――主張の原因はなんとなく分かりかけてきたね。その点ちょっとはすっきりしたけど。うん、カンバス・ウォーカーさんからの話も聞いた。正直なところ、彼方さんもカンバス・ウォーカーさんも互いにウソをついているようには見えないね。真犯人が別にいるってのは、間違いないと思う」
 正悟はぐるりと小部屋を、小部屋に集まった生徒達を眺め回した。
「で、ここからは相談なんだけど。俺、クイーン・ヴァンガードとカンバス・ウォーカーさんの互いの橋渡しをしたいんだ。何人か『話聞かせろ』って来たんだけど、こっち今すっごいナーバスになってるから、たぶんそれじゃ交渉にならない。まあ最初があの騒ぎだから、仕方ないけどね」
 ふうと、軽くため息をついて一端呼吸を置いた。
「この辺の情報、うまく向こうに伝えられるかな?」