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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)

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『あんまりではないかマスター! 一人だけ取り残されて留守番というのはだな、存外に寂しいものなのだよ? いつもより時間が流れるのが、長く感じたりするのだよ、マスター?』
 空京から聞こえてくるフラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)の声はひどく湿っている。
「あっはっは、でも、僕はそのマスターじゃないしなぁ」
 サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)はそれを吹き飛ばすように、携帯電話片手にカラカラと笑った。
『どうして君が電話をかけてくるのだ? 私が聞きたいのはマスターの声なのだよ?』
「僕だって湿っぽいキミの声を聞くなんて趣味じゃないけどさ。しょうがないじゃないか、お嬢様はヴァンガードとの交渉役なんだから」
『うううう』
「さあそのお嬢様の役に立つときだよ。情報はひとつだって多い方が良い。空京は、どんな感じ?」
『……いつもより、少し騒々しい感じだな。イルミンスールから来たらしい姿が忙しく駆け回っているようだし……小さく戦闘もあったようであるな』
 うんうんと、フラムベルクの言葉に頷いてから、サーシャは、傍らにしゃがみ込んでいる九條 静佳(くじょう・しずか)に顔を向けた。
「うん、さっき調べたリネン殿のBBS……というのだな? それにあった情報と基本的に一致する。より詳細なところとしては、聞き込みに回っているのは主に美術商や美術品の展示施設だ。像の破壊被害にあった店のいくつかからは光条兵器の攻撃痕も見つかったみたいだね」
「戦闘の方は?」
「こちらはハッキリしないが、洗脳されていたという剣の花嫁に会ったという情報は上がっているね」
 サーシャはしばし宙を眺めた。
「おっけ。キミの情報の正しさが、一応証明された」
『どういうことだそれはっ!?』

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「さて、言ってみればさっきまでの騒ぎはカンバス・ウォーカーとクイーン・ヴァンガード、双方の話の食い違いで起こっていたみたいですが」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)がぐるりその場に集まった顔を見渡してから口を開いた。
 クイーン・ヴァンガードに協力する者。
 カンバス・ウォーカーを助けようとする者。
 おかしな事件の真相が気になる者。
 それぞれの思惑に彩られた顔が、この教室の中心に視線を注いでいた。
「キミは像を壊したんですか?」
「ぼくは、そんなことしない」
 ウィングの質問に、カンバス・ウォーカーは目をそらさずに答えた。
 ウィングは彼方に視線を移した。
「ではキミ。今のカンバス・ウォーカーはかつて現れた存在と容姿が違っているという話です。なぜ、彼女をカンバス・ウォーカーと、そして、像破壊の犯人と特定したのです?」
「ほとんど現行犯なんだ。現場から派手に逃げ出して、おまけに途中で何度かクイーン・ヴァンガード隊員が声をかけても止まってない」
「それは、ぼくがあの店でこの姿を取ったからで……逃げたのは……だって……逃げずにはいられないよ」
 カンバス・ウォーカーは手にした像を強く抱え込んだ。
「名前は自分から、あっちこっちで名乗ってたみたいだけどな」
「……人違いされてるんだって思ったから。まさかぼく、犯人だと疑われてるなんて思わなかったし」
 ウィングは眉根に皺を寄せて考え込んだ。
「その像には何か特別な力でもあるんでしょうか。例えばレプリカに女王の力が分散して封印してあり、破壊すれば解放される、とか」
 彼方もカンバス・ウォーカーも、「わからない」というように首を振った。

「まさかとは思うけど、この件はティセラの策略って事は無いよな?」

 天城 一輝(あまぎ・いっき)がひと言ひと言を慎重に置くように言葉にした。
 彼方が怪訝そうな表情を浮かべる。
「俺、最初にそう言ったじゃないか。カンバス・ウォーカーはティセラの手先かもしれないって」
「いや、そのもっとでかい話。ティセラが、蒼空学園とイルミンスール魔法学校の関係を悪化させて、あわよくば交戦させようとか企んでないだろうなぁって――荒唐無稽すぎるか」
「荒唐無稽とは言わないけれど――」
 一輝の言葉に、テティスが考え込んだ。
「たしかに、大きな話、ね」

「しかし現実、ほとんどそうなっているのではありませんか?」

 発言の元はスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)だった。
「少なくとも、イルミンスールとクイーン・ヴァンガードの関係は先ほどから大分悪化しているように見えますが」
 声は冷たく、テティスに向けられた瞳には、あまり好意的ではない色が宿っている。
「まあまあまあ」
 そのスヴェンの肩を、落ち着かせるように一輝が叩いた。
「いや、俺も『こんなこともあるんじゃないかな』って意味で言ったことだからさ」
「む、あなた、ここはもう少し押してもいいところではないですか」
 スヴェンの言葉に、しかし一輝は「大丈夫、大丈夫。目的は達した」とばかりにひらひらと手をふってみせた。
 若干不完全燃焼気味のスヴェンの、今度は背中をポンポンと叩く者があった。
「スヴェン、武器はしまいましょう。あ、心のトゲトゲって意味ですよ」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)がジッと見上げてきている。
「せっかくこうやってみなさんがお話する気になったんです。スヴェンが怒っていては、ダメですよ?」
 それから、ティエリーティアはスヴェンの耳を引き寄せた。
「それに、僕たちの目的は、彼方さんとテティスさんが暴走しないように見守ることです」
「……しかしですね、ティテイ。今回はあなたになんの被害もありませんでしたが、今後もこんな騒ぎがあって巻き込まれたのではたまりません。ひとつ釘を刺しておきませんと……」
「まったく、過保護ですね。僕なら、大丈夫ですよ」
 ティエリーティアはにっこりと微笑んでみせた。

「話の大小は置いておいて……双方立ち位置をまとめておきましょうか」
 部屋に入ってきたサーシャからの耳打ちを聞いて、いよいよ準備は整ったとばかりに伏見 明子(ふしみ・めいこ)が立ち上がった。
「これは、今回の騒ぎの情報収集場所になっていたBBSなのだけれど」
 おもむろに机の上にコンピューターを開いた。
「ここの情報、それに、イルミンスール内でカンバスが襲撃されたという情報を合わせると、どんなに悪く考えてもせいぜい彼女は『灰色』止まりだわ。そこで――」
 明子は人差し指をピンと立てた。
「私としては『カンバスの身柄はイルミンで保護。ヴァンガードの監視兼護衛を付ける』というのを提案したいけどどうかしら? 例え、カンバスが犯人でも、だったら空京から引き離せば被害は減るはずよね? カンバスが犯人じゃなければ、今度は像を護る護衛に早変わり。どうかしら」
 教室の中が、静かになった。
 反論は無いが若干の違和感が残る――
「ま、イルミンスールに物々しい一団を常駐させることになるとなると――ここにいる生徒達の一存で決められることでもないと思うのだが」
 つかつかと歩いて彼方の前に立った夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は違和感の正体を言葉にしてまとめた。
「君は、改めて真正面から、協力を要請すべきだろう。このイルミンスールにな。別段、端から君たちの邪魔をしてやろうという者はおらんのだよ。少し話がこじれていただけ」
 綾香はそこでフッと笑った。
「少なくとも、従わせることを求めることなく、そこに論理的な思考があるのであれば――私は協力にすることやぶさかではないのだよ」
「そう、筋を通すのであればな」
 綾香の後ろから、メーガス・オブ・ナイトメア(めーがす・ないとめあ)が顔を出して茶化すように言った。
「……そのような言い方をすると、急に重みが消えるものだな」

 フッと彼方は小さく息を吐き出した。
 何かを決めたように。

「イルミンスール魔法学校には、改めて正式な協力の依頼をするとして、まずここにいるみんなに聞いてほしい」

 それから立ち上がって、ぐるりと部屋の中を見渡した。
「今回最初のやり方は俺たちがまずかった。まず、カンバス・ウォーカーとイルミンスールの生徒にそれは謝る。それから、像破壊事件の犯人だって決めるのはやめるし、他のクイーン・ヴァンガードにもそう伝える。あ、けど参考人は参考人だぜ」
 緩みかけた空気が再び険を帯びる。
「そう簡単になんでも信じ込んでしまったんじゃクイーン・ヴァンガードは成り立たないし、それは今回ここで学んだ。カンバス・ウォーカーの目的がまだ分からない以上、まだ参考人。でも、だから決めつけるのはやめるって話」
 彼方はそこで一端言葉を切った。

「で――ここから先は、俺の個人的な話。クイーン・ヴァンガードに好意的になってくれなんて言わない。あくまで、そこにいるカンバス・ウォーカーを護るという目的でも全く構わない。だから聞いてくれ。まだ、騒ぎは終わってないんだ。この先何が起こるかも分からない。何か起こるなら、俺はそれを止めたいんだ。この事件を解決するために――頼む! 力を貸してくれっ!」

 頭を下げた彼方に、部屋の中の空気は完全に穏やかなものへと変わった。
 そこかしこで、小さな拍手も起きる。
 その情景を見て綾香もフッと小さな笑みを見せた。
 綾香の笑みに、メーガスは同じく笑みを返そうとする。
 しかし、綾香の背後、窓の外を見て、それが悲鳴に書き換わった。

「綾香、そこをどくのだっ!」

 次の瞬間、耳障りな破砕音をたてて窓のガラスが砕け散った。

 寒風とともに勢いよく躍り込んできたのは二人の剣の花嫁。
 その瞳に、光はない。
 二振りの光条兵器はためらうことなく、カンバス・ウォーカーを狙った。

 光が交錯して、甲高い衝突音が空間を震わせる。

 次の瞬間、カンバス・ウォーカーが見たのは倒れている彼方の姿だった。

 し損じたことを悟った剣の花嫁がバックステップして距離を開ける。

「なんで」
 カンバス・ウォーカーが彼方に駆け寄って声をかけた。
「普通は心配するんだぜ、こういう時。あーテティスは心配しすぎ。大丈夫」
 彼方は苦笑した後、駆け寄ってきたテティスの肩を借りて立ち上がった。
「ま、迷惑料ってやつか?」
 テティスに肩を借りたまま、彼方は襲撃者の方に向き直った。
 今度は逃げるつもりは無いらしい剣の花嫁が再び、光条兵器を振りかぶるのが見えた。
 ボフっ!

 それらの姿をすべて、煙幕が覆い隠した。

 ぎゅっ。

 視界を失った煙幕の中できょろきょろしていたカンバス・ウォーカーの腕をいきなり掴むものがあった。ハッとして身を固めたカンバス・ウォーカーだったが、そのまま引き寄せられる。すっぽりと誰かの腕の中に収まった。

「よっし、やっと会えたなカンバス・ウォーカーっ! ええい、抱きしめちゃうぞこのやろう!」
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)はそのままグッと力をこめる。
 カンバス・ウォーカーはジタバタと手足を振り回した。

 ごすん。

 トライブの脳天に、千石 朱鷺(せんごく・とき)の鉄拳が打ち下ろされる。
「なにしてるんですか。カンバス・ウォーカーがビックリしてるじゃありませんか」
「あんたこそ何してるんだよ?」
 トライブはカンバス・ウォーカーに聞こえないよう、朱鷺に耳打ちをした。
「打ち合わせどおりやってくれ」
「カンバス・ウォーカーの像を奪って逃げる――ですか?」
「そう。そうすれば黒幕があぶり出せるだろ?」
 朱鷺はやれやれと首を振るった。
「このパニックの中を逃げろと?」
 煙幕による視界悪化もあり、いまや部屋の中は怒号と悲鳴の嵐になっていた。
 仕方なさそうにトライブは頭を振る。
「ちっ。俺は正義の味方じゃないんだけどな」
 ひとつ舌打ちをしてから、トライブは大きく息を吸い込んだ。

「おい、みんな、こっちだ! こっちから外へ逃げろっ!」

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「エースロードっ! 逃げるなっ! しっかり引きつけろ!」
「そんな怖いの冗談じゃないよっ!」
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)の失跡にソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)は情けない声を返した。

 校舎の外に飛び出した剣の花嫁は、ソルランが抱える偽物の女神像を見つけるや否や、破壊のためなのだろう、片一方を隼人達の方へ差し向けてきたのだ。

「どこへ行くんです? ソルランくんの思いつき。ソルランくんが作ったんじゃないですか?」
 さっさとここから遠くへ逃げようとするソルランの襟首をホウ統 士元(ほうとう・しげん)が掴んで引き戻す。
「洗脳された剣の花嫁。捕まえればまたとない証人です。クイーン・ヴァンガードはもちろん、きっとイルミンスールにも恩が売れる」
 士元は二ヒヒと笑う。
「こんなおいしい話はありません。しっかり頼みますよ」
「うわぁ! 暴力はんたい! はんたいはんたい!」
 ソルランが尻もちをついた。
 的が止まったのを機会とばかりに剣の花嫁が突っ込んでくる。
「させないっ!」
 その光条兵器の一撃を、アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は銃剣型の光条兵器ではじき返した。
 剣の花嫁は素早く距離を取る。
 その表情には相変わらずなんの表情もないが、一方でアイナの呼吸は荒い。両肩で息を整えていた。
「休んでいてもいいぜ。洗脳された同族相手。気分の良いものじゃない」
「大丈……夫、だもん。……私達の光条兵器は『人々を守るため』に造られたモノ。これ以上、何かを壊させなんてしない。隼人こそ、休んでていいよ」
 隼人に気遣いに、アイナは笑って舌をだした。
「ふん……来るぜっ!」
 剣の花嫁再度の特攻。
 いち早く、進路を塞ぎに出た隼人を、しかし剣の花嫁はフェイントですり抜けた。
「しまったっ! ソルランっ! 押さえろ!」
「む、むりっ!」
 一瞬で眼前に迫った剣の花嫁に、無我夢中のソルランは偽の女神像を突き出した。
 ためらうことなく、光条兵器が像を砕いた。
「うわあっ!」
 しかし次の瞬間、勢いのつきすぎた剣の花嫁はバランスを崩し、

「ごめんねっ! 今、元に戻してあげるっ!」

 アンナの銃剣が一閃した。

 ……

 剣の花嫁は倒れた、振り返れば、煙幕の煙も引き、校舎内の騒ぎも落ち着きつつある。
「後は、この剣の花嫁を縛り上げれば終わり、だな」
 ひとりごちて、ホッとため息をついた隼人の耳に――

「スヴェンっ? スヴェンっ!?」

 どこかから、引きつったような叫び声が届いた。
 悲痛を通り越して、絶望一歩手前のような叫び声。
 どうやらもう一人の剣の花嫁が駈けていった方から聞こえてくるようだ。
 何故だか気になった。
 行ってみよう、と、隼人はパートナー達に声をかけるために振り向いた。
 
 その数瞬後、彼は全く同じトーンの叫び声を上げた。

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 空京。

「そんな……」
 八神 誠一(やがみ・せいいち)は愕然として声を震わせた。
 誠一の視界の端では、剣の花嫁がひとり、意識を失って突っ伏していた。
 ついさっき、相棒と一緒になって気絶させた相手だ。

 そして――

 目の前にはその相棒が、怖ろしいくらい静かに立ち尽くしていた。

「リア」
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)の瞳に意思の光りはない。

 像襲撃時の、美術商の監視カメラの映像データを手に入れて、さっさと逃げる。
 そういう予定だった。
 それだけの予定だった。

「おい、リア?」 
 無言。
 ただその額に輝く機晶石が、無機質な輝きだけを返した。

『せ〜ちゃん、飛ばすから、捕まるのだよ』
 嬉々として軍用バイクのスロットルを開ける表情が浮かんだ。
『やかましいのだよ』
 返答などばっさりと一刀両断。
 誠一のことなどまるで心配していない傍若無人な振る舞いが目に浮かんだ。
『せ〜ちゃん、いってらっしゃ〜い』
 ついさっき、美術商へ潜入しようとした誠一を送り出したときの笑顔が目に浮かんだ。

「返事をしろって言ってんだろっ、リアっっっ!」


 オフィーリアの肩に腕を乗せて、その人影はやはりオフィーリアのポケットから抜き取った携帯電話を操作していた。
 誠一とオフィーリアのやり取りに興味を引かれた様子はない。
 そこで何が起ころうと、自分には関係がないことを知っているかのような表情だった。 携帯電話から、リネンが開設していたBBSへとアクセス。
 それで、はじめて表情らしい表情を浮かべた。
「予想外。この機晶石は、使い道がありますわ。操った剣の花嫁に持たせておけば例え倒されたところで、次々に操っていける」
 人影はそう言ってオフィーリアの額を飾っている機晶石に触れた。
「面白いことになってきますわね――いえ、またとない機会、とでも呼んだ方がよろしいでしょうか。こうなってくると、ことはさらに大きな方がよろしいですわよね」

 十二星華のひとり。

 天秤座《リーブラ》のティセラは、そう言って妖艶な笑みを浮かべた。


担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「【十二の星の華】「夢見る虚像」(第1回/全3回)」に参加していただきましてありがとうございました!
 分からないことだらけのややこしいなか、ほんとに皆さんじっくり考えてのアクションを送っていただきまして……「そうか、こういう考え方もあるのか!?」とひとりで楽しくなってしまっていました。相変わらず次回へ、まだ謎を引きずっていますが、まずはリアクションが楽しんでいただける内容に仕上がっていましたら幸いです。
 剣の花嫁のパートナーがいらっしゃる皆さんには、今回特に辛い目に遭っていただいてしまっています。今後のお話の中で、ぜひ皆さん協力のもと助けだしてあげていただければと思います。
 それではまた、近いうちに今度は第2回で。ぜひ懲りずにお付き合いください!