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6.ケルベロス君、花粉症?

「あ、危なかったどすぇ〜…」

 ケルベロスのくしゃみで、鼻水が辺りに飛び散った。
 エリス達は、間一髪逃げることが出来た。

「全く、なんて非道な…」

「びっくりしたでございますな」

「ケルベロス君……やってくれましたわねっ!」

 怒ったティアが、何故かエリスを突き飛ばした。

「わひゃ!?」

 お古の毛布を集めて縫い合わせ、出来上がった大きな毛布──
 かけようと用意していたそれに足を取られて、ごろごろとケルベロスの元へと転がっていく。エリスは毛布に包まっていた。
 途端に興味を惹かれるケルベロス。

「あれ? エリス……」

 壹與比売がエリスを指差す。
 犬耳がひょっこり出てきていた。

 獣耳化????

「あ〜らエリスったら新婚初夜ですわね。ほら! ケルベロス君ももっと激しく強く嘗め回さないと!」

「ちょっ、ティア何しはりますんっ!? なんどすかそのビデオカメラは。なんどすかその笑顔は。な、なななななんどすかこの耳と尻尾は、う、うううう、うちに耳に尻尾にはは、はえてますえ!?」

 耳や尻尾が気に入ったのか、ケルベロスはエリスを執拗に嘗め回した。

「大丈夫ですわ、あたしはエリスがケダモノの元に嫁に行っても今と変わらぬように可愛がってさしあげますから」

 ティアは唇の端をぺろりと舐めた。

   ◆

「風邪は大丈夫ですか?」

 エルシーは、もう一つの頭に語りかけた。

(管理人さんがタネ子さんを食べていたなんて……。
 でもでも、管理人さんはタネ子さんが大好きなんですものね。
 つまり、タネ子さんも管理人さんも、お互いのことを食べちゃいたいくらい大好きだったっていう事ですよねっ。
 はぅ、何だか安心しました。世の中にはそういう愛情表現もあるんですね。お二人はもう大丈夫です、きっと)

 エルシーは、そう思うことにした。

「お加減はいかがでしょか……? 早く元気になってほしいです。温室なら暖かいでしょうから、中に入れてあげられたら良いんですけれど……」

「温室のドアでも開けましょうか? 暖かい空気が流れ出てくるんではないでしょうか、エルシー様」

「良い考えですね!」

 ルミの言葉に、エルシーはすぐさま賛同する。

「……あ、でもその前に、皆で持ってきたボールで一緒に遊んで身体を暖めましょう」

 エルシー達は、大玉転がしで使うような玉を持参して来た。

「あー! エルおねーちゃん、ルミおねーちゃん、それ使うの? 遊ぼう遊ぼう!」

 弾けた笑顔で、ラビがはしゃぐ。

(ラビ、ほんとはお見舞いより果物探しに行きかったんだけど……遊べるならそれでもいいやー)

「そのボールで遊ぶんですか?」

 メイベルが尋ねてきた。

「うん!」

「一緒に遊んで良ぃ?」

「仲間に入れてほしいな」

 セシリアは小首を傾げて可愛くお願いをする。

「皆で一緒に遊ばせてもらっても……宜しいでしょうか?」

 フィリッパが優しい笑みを浮かべた。

「もっちろんですぅ!」

 エルシーがボールを大きく放った。ケルベロスが頭で打ち返す。

「そっちに行ったよー!」

 笑い声が響いた。

   ◆

「う〜ん、もふもふ〜〜〜〜…」

 レキはケルベロスに思い切り抱きついた。

「柔らかい……」

(それにしても、ケルベロス君の食事はタネ子さんだったのかぁ。とりあえず人でなければなんでもいいか)

「レキはもふもふスキーだから、やる事が決まれば行動するのは早いアル」

 チムチムは体力を活かして毛布や食料を運び、ケルベロスに渡した。

「ケルベロス君、早く元気にるアル♪」

「──くしゅん、ふぇ? 風邪?」

 横で見ていた氷雨が、突然くしゃみをした。

「? 風邪アルか?」

 なぜか鼻がムズムズする。イヌさんのがうつった?

(離れた方が良いかな?)

 氷雨は首を傾げるとケルベロスの方を向いて。

「イヌさん、ボク行くね。早く良くなってね」

 バイバイーと手を振って歩き始めた途端。

「あれ? 鼻のむずむずが消えた……。場所? もしかしてあのイヌさんも花粉症なのかな? うーん、よくわかんないやー」

 確証があるわけでもないし。

「ねぇねぇ、そこのもふもふちゃん! もしかしてこの辺、花粉舞ってたりする?」

「ん? ボクに言ってる? どうだろう〜温室の扉開閉してたら、中から出てきちゃったりするんじゃないのかなぁ?」

「そっかぁ。なるほど」

 レキの答えに、氷雨はしっかり頷いた。

   ◆

 きらきらと舞うケルベロスの鼻水──
 真希とプレナと想は、その光景を呆然と眺めていた。

 綺麗……

 錯覚してしまうほどに、それは美しい光景だった。
 一瞬の後、全身にぶちまけられた鼻水に、真希は大笑いした。

「あははははっ」

(これはケルベロス君流のお友達への挨拶?)

 プレナもくすりと笑った。

「はは……あ、あぁぁぁあああ!」

 先輩たちを守るはずだったのに……!
 想は唇を噛んだ。

(前回の騒動では、危うく聖水と称したアレをかけられそうになったとか…何と言う破廉恥なっ!
 もし再びそんな事になってしまったら僕が…斬る! そう固く心に誓っていたのに、今度は鼻水!)

……でも、これはしょうがない出来事? きっとそうに違いない。

 想も二人に笑みを返そうとした。

 が。

 気付いた。
 なんだか喉が……声が、息がおかしい!

「ゆる〜く腐傾向」

「?」

 プレナは口を押さえた。

(ななななな何これ? 何これ? 何これ!? 今なんて言った?)

「壮太さん好……」

(!!!!!)

 真希はプレナを慌てて見る。
 同じように慌てふためいているプレナ。

「恋人が欲し……」

 どうしたんですか?と、ただ普通に聞こうとしただけなのに、想の口から出た言葉が──

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 口から発せられる言葉がおかしい!

「壮……」

 ダメだああぁああ!
 真希は顔を真っ赤にして悶絶する。

(どうなってんの、どうなってんの!?)

(分からないぃ〜……ってもしかして!)

(ケルベロス君の鼻水の影響かも……だねぇ)

 身振り手振りのみで会話を交わす三人。

(だから管理人さん、近づくなって言ってたんだぁ…)

(わ〜〜〜ん、どうしよう)

(早く帰ってくることを祈るしかないねぇ…)

 がっくりと肩を落とした。